第29話 バット・コミュニケーション
「ここに来るまでに落ちてた魔導銃。お前の仕業か?」
クラウンは岩場の上に立っていた1人の青年を遠目に見上げていた。
場所は森林エリアの北部、街エリアと湖エリアを繋ぐ街道地帯。
周囲にまばらに散らばる魔導銃だけが、ここで戦いがあったことを示している。
「その通りです」
背中に狙撃銃を背負うその男は、肯定を示す。
隠れられる岩場は点在する程度であり、見晴らしもよく跳弾のしようがない広い区域。
加えて、青年は岩に乗ることで広い視点を有していた。
奇襲攻撃が成立しえない環境だからかクラウンは敢えて正面から踏み込んだ形だ。
「この広い空間なら使えないんじゃないかと思ってたんですよ。跳弾を」
「へぇ、俺のことをよくわかってるじゃねえか……」
「そりゃそうでしょ。クラウンなら跳弾を完璧に使いこなすであろうことぐらい、少し考えればわかる」
青年はまるでこれまで何が起こっていたのか理解しているかのように語り掛ける。
この世界に跳弾なんてものがあるならば、この銃の形をした怪物であれば使いこなす程度わけないと。
「だから森林も、街も、岩場も全部駄目だ。長物を持つ可能性もあったけど、予測不可能な跳弾に比べれば警戒していればどうにかなる分まだマシなレベル。そう、あなたを迎え撃つなら湖か……」
青年は岩から飛び降り着地した。
「ここだ」
周囲になにもないこの場所こそが、対クラウン用の戦場であると。
「俺の名前は銃身バット」
そのまま、勢いよく腰を折り……
「クラウンさん! 大ファンです! 握手をお願いしてもよろしいでしょうか!」
無防備に前に体を倒しおじきと共に手を差し出した。
☆
映像の中で、参加者の一人がどうしようもないほどの隙を晒している。
『やっぱ俺のリスナーか』
『はい! アーカイブは全て視聴済みです!』
『へぇ、いいじゃねえか、見る眼がある、ほれ。撃たねえからこっちこい。握手だったか?』
『マジっすか! 失礼しまっす!』
青年は意気揚々と歩き出す。
クラウンはそれを笑顔で受け入れた。
そのまま武器をしまい、戦場の中心で握手をし始める。
『うっほおおおお! マジ感激っす! あ、写真もいいっすか! ツーショットお願いしたいんすけど!』
『いいぜ、好きにしろ』
『あざーっす!』
そのまま銃身バットと名乗った青年はスクリーンショットを使用しているのか、空中とにらめっこをし始めた。
「……一体、俺は何を見せられているんだ?」
「そりゃあ、見ての通り配信者からリスナーへのファンサービスタイムだろ」
《草》
《草》
《草》
エアーは頭痛を抑えるかのように頭に手を添え、天海は事実を端的に述べた。
『うっひゃー! 参加できてよかったー! 現実に写真出力して家宝にします! あ、サインもください!』
青年はとても嬉しそうにしながらも図々しくサインをねだり始める。
クラウンはそれに対し快く応じるため、配信はなんとも言えない空気になっていた。
「クラウンもクラウンでなんで笑顔で応えてる!? そこは、問答無用で撃ち殺すんじゃないのか! さっきまでの虐殺ムーブはどこへ行った!?」
「あんなんでもリスナーのことは大事にしてるみたいだからなぁ……」
サインを受け取った青年が大事そうにアイテムボックスの中に色紙をしまう。
とても満足そうな笑みだ。
『それで、俺への用はこんだけか?』
『あ、まだ色々ありまして……えーっと、自分語りしてもよろしいでしょうか!』
『んー、そうだな。俺は今、気分がいい。聞いてやろう』
「聞くな!? 戦え!」
過去の映像にエアーの渾身のツッコミは当然届くこともなく。
クラウンは続きを促し青年は宣言通り語り始めた。
『自分、クラウンさんとずっと戦いたいと思ってたんですよ!』
『ランク戦に来ればいいじゃねえか。俺はいつだって挑戦者はwelcomeだぜ』
『ええ。知ってます。だから行きたかったんですけどね。でも、クラウンさんがいるのっていつも最上位のランク帯じゃないですか。FPSとか俺全然ダメで、ランク戦とかやっても、エイムが合わなくて、本当に勝てなくて……』
銃身バットは言う。
ありとあらゆる銃のゲームにおいて最上位に位置する男とはそもそもマッチができなかったと。
戦う権利すら持っていなかったのだと。
『だから、今回はチャンスだって思ったんです! このゲームなら、俺でもできるぞって!』
青年は語る。
この剣と魔法の世界であれば、銃がだめだめな自分でもある程度ならやれるのではないかと。
《わかる》
《クラウンとマッチすること自体が上澄みの証なんよな》
《確かに》
視聴者は気づかない。
その言葉の意味に。
「……」
エアーは気づいた。
その言葉の真意に。
『クラウンさんが始めるって知った時からやり始めたんですけど、予想は当たってました! ここなら俺は戦えました! ちゃんと他のプレイヤーをキルできました!』
ファンは崇拝対象へと語り掛ける。
あなたに会いたかったが、自分にはその権利がなかった。
このゲームでなら自分でも戦えると思い、事実戦えたのだと。
であれば、やることは決まっている。
『クラウンさん、気づいてますか?』
青年は、クラウンが跳弾を使いこなすであろうと予想がついていた。
だから、跳弾する対象物がない広い場所で待ち構えていた。
握手を促し楽しく会話することでお互いに武器をしまう状態に誘導した。
狙い通りクラウンは腰のホルダーに銃を収めていた。
そう、これは明確な対策の一貫であり、メタであり……
『これ、俺の間合いっすよ』
青年は見ていた。
これまでずっと見てきた。
夢に見てきたのだ。
己がこの怪物に勝利する未来を。
『……おいおい、そこは黙って奇襲だろ。俺のこと舐めてんのか?』
『だって気づかれてましたし、それならいっそのこと言っちゃうのも手かなって』
『確かになァ。それも、ありだ』
青年は武器らしき武器を持っていない。
あるのはその背中に背負った、近接戦闘ではほとんど役に立たないスナイパーライフルのみ。
しかし、青年の手は当たり前のようにその銃身の先端を掴んでいた。
『ぜひ、俺のことを覚えて帰ってください』
『それはお前次第だな。俺の記憶に残りてえってんなら、相応の撮れ高を用意してみせろ』
『それもそうっすね。なら、頑張らないとだ』
両者の距離、僅か1メートル。
それは近接職の間合い。
決して銃の間合いでは、ない──
『ズィぃいいいいいいああああああああああッ!』
刹那、青年は力任せに銃の先端を握りしめ、引き抜いた。
銃身をまるで鈍器のように、バットを振り下ろすかのように、思いっきり。
一連の動作は一瞬、あり余る前衛職のステータスによる恩恵を肉体の行使に注ぎ込み、神速の一振りへと昇華させる。
それは《辻一殺》というパッシブスキルによるものだ。
【武士】系統のジョブが有する、初撃の動作補正を底上げするスキル。
敵対対象への最初の一撃かつ近接攻撃に限り、STR補正、AGI補正を大幅に上昇させる。
さらに一定以上同族を殺傷することで就くことができるようになる特殊下級職【虐殺者】が有する各種スキルによる補正によって威力を底上げする。
《狂気の殺害者》は同族と戦う際にステータス及びスキル効果に補正が掛かり、《隠された殺意》は自身の攻撃の隠匿性を高めるとともに、同族に対する奇襲攻撃の威力を上昇させる。
それらを重ね、束ね、放たれた初撃必殺の一撃が──
『まぁまぁだな』
その怪物に届くことは、無かった。
攻撃が届くよりも先にクラウンは魔導銃を抜いていた。
放たれた魔弾によって、青年はその首を貫かれた。
体勢が僅かに崩れた状態で放たれた一撃をクラウンは銃で角度をつけながら受け止め、完璧に流してみせた。
銃身バットが振り下ろした一撃はついぞクラウンを捉えることなく地面に力強く叩きつけられた。
地面は大きくひび割れ、凹み、その一撃の威力の高さを示して見せた。
ただ、それだけだ。
クラウンは既に距離を取っている。
振り下ろされたことで周囲に発生した衝撃を受けることはない。
それどころか一切のダメージを負うことすらもなかった。
そして、銃口は銃身バットの額へと向けられている。
『あ゛ー、ダメでじだが……』
『いい線は行ってたぜ。ただ、俺は近距離の撃ち合いも得意なんだ。悪いな』
『じっでまずよ』
青年の首に空いた風穴から赤いポリゴンが零れ落ちる。
HPが削れ落ちていく。
放っておけばすぐにでもデスペナルティ送りになることだろう。
しかし、クラウンは己の手で止めを刺すべく引き金に手を掛ける。
『次の動画もたのじみにじてまず』
『明日投稿すっから待ってろ。野球野郎』
銃身バットはそれだけ言い残し、額を撃ち抜かれポリゴンとなって砕け散っていった。
「……見事、としか言いようがないな」
エアーは純粋に褒め称える。
同じ手は二度と通用しないだろう。
たった一度しか使えない奇策の類。
しかし、それは確かに怪物に届き得た方法でもあった。
「俺も途中まで完璧に騙された。銃撃戦という相手の得意を封じ、自らの得意な戦いへと引き込んで見せるとは。結果的には銃で撃ち抜かれることになったとはいえ、だ」
「本人も度々口にしてるがクラウンは娯楽を提供する者だ。あんなこれみよがしな一騎打ちの挑発に乗らねえはずがないわな」
天海はコメントをした後、時計を見て配信開始から3時間程経過していることを確認する。
クラウンが進む先にあるのは巨大な湖とそこに建てられた大橋。
そこにいるのは、AR FPSのトッププロSONIC。
クラウンを除いた中で現役最強チームの一番槍。
制限時間は残り20分。
「さて、視聴者諸君。今日の大一番だ」
<ファースト・バレット>の決着の時は近い。