第28話 生存能力
「ふっひっひ……」
男は路地の暗がりにある箱の中に身を潜めながら笑みを浮かべていた。
わずかに空いた隙間から覗ける視線の先には一軒の家。
否、男が用意したトラップハウスだ。
プレイヤーネーム、ワーミー。そして【擬態罠家】ガースグースー。
家に擬態し内部に罠を設置するミミック種に該当する<アルカナ>。
本来は夜営において、即席の住居になりその中で警戒しながら休息を取れるような力であったが、進化の方向性によってより対人能力を高めたものとなっていた。
この家に誘い込まれたが最後、対象は罠に殺されることになる。
よしんば、罠から逃れたとしてもそこはすでにガースーグースーの胃の中。
いかようにも調理ができることだろう。
そして、その家のすぐそばにある台座こそがこの街にあるスポットポイントの1つ。
そこに陣取っている男とワーミーは協力関係を築いていた。
(うめーなー、うめーなー)
スポットポイントを取りに来た参加者に対し、スポットポイントにいる男はこれ見よがしにトラップハウスへと逃げ込む。
ポイントを稼ごうとした他の参加者はほいほいと家の中へと足を踏み入れ……そして、数多の罠によってポリゴンとなって砕け散るのだ。
ワーミーはスポットポイントを譲る代わりに撃破ポイントへの誘導を頼み、ドロップした物資はスポットポイントを確保している男へと渡し、そしてまた同じように待機する。
(今のポイントは……89か)
生存ポイントと撃破ポイントによって稼ぎ続けた結果、順調にポイントを伸ばし続けていた。
本来であれば魔導銃管理協会の規定の資格がなければ購入できない高性能の魔導銃、それも大会用にデザインが調整されたオリジナルモデルを入手できる上位10名以内に入れるかどうかはわからないが、最後まで生存すれば、可能性はなくはないだろう。
そのように笑みを浮かべ……
(あれ?)
気づく。
スポットポイントの傍にいた男がいつの間にか消えていることに。
(どこへ……)
一体どこへ行ってしまったのかと箱の隙間からワーミーは目を凝らす。
彼はスポットポイントの側に散らばるように落ちていた魔導銃にすぐに気づくことができなかった。
結果、その可能性について思い至る間もなく。
「ごえっ!?」
どこからともなく飛んできた魔弾にその眼を貫かれ、破裂し、頭部を破壊されポリゴンとなって砕け散っていった。
☆
「一撃! 安眠爆破選手に続き、ワーミー選手までもが撃ち抜かれました!」
「箱の隙間をこうも的確に……」
クラウンが街エリアを散策しながら無作為に魔弾を放つ。
まるで散歩をするかのような気軽さによって街の中に隠れ潜んでいた参加者が次々と砕け散っていく。
「糞ギミックのボスモンスターかよ……えー、視聴者の皆さんは勘違いしないでくださいね。本来はこんな簡単に一撃で仕留めるなんてことはできません」
「<カートリッジ>による威力強化と、完全な意識外から急所を狙い打たれたことによるダメージ補正か。【魔銃士】はCRT威力が出やすいとはいえ、ここまで一方的な展開にはならないはずなんだが……」
画面の中でクラウンは呆れたような表情で適当にカートリッジを放り捨てる。
「これでようやく2本目消費か……」
「何人やられたのかって話だよ。一切の無駄弾がねえ」
『やっぱ安物だな、またすぐに効果が切れやがった。1人取り逃がしちまったじゃねえか……』
「さっきもそうだが安物って言うんじゃねえ! 人数分揃えるとなると高かったんだぞこの野郎!」
「確かに、属性付与の<カートリッジ>や魔導銃があればもっと見ごたえがあっただろうな……」
「……えー、見事逃走を成功させたのはGEN選手ですね! 最初のSONIC選手やKONAMIN選手に続き、逃げの判断が早い!」
「誤魔化したな……」
エアーは切り替え、状況を整理する。
「確かにFPS出身者、取り分け上位プレイヤーはクラウンの気配を察知したらすぐに逃げ出しているな」
「さっきも言ったが、こっちの界隈じゃ災害みたいな扱いだからなぁ。クラウンとランク戦でマッチしたらいかにエンカウントせず逃げ延びるか。マイナスを抑えるか。長く生存するか。これが重要だ」
「確かに危機感知能力は鍛えられそうだ。ゲームによっては逃げようがない場合もあるが、その時は?」
「そりゃ、ボイチャでどうやって自分がやられたかをやべーやべー言いながら共有するに決まってんだろ」
《あるある》
《上位勢かわいそう》
《ランダムで敗北確定マッチあるの笑えるわ、いや笑えないけど》
《配信を見てクラウンがやってないゲームを選ぶのも一つの手》
《ビギナーの俺には無関係の世界》
それを境に映像が切り替わる。
「これにて制限時間の半分である60分が経過。既に参加者は150人を切りました!」
「想像以上に減る速度が速いというか、明らかに一人だけキルスコアが恐ろしいことになってそうだな」
「ということで、ここで中間発表です! 上位入選条件の10名を表示します! あ、ちなみに生存ポイントは1分につき1ポイント。撃破ポイントは1人撃破で最低値2ポイント、最大7ポイント。スポットポイントは5分ごとに3ポイント入手できます。覚えられないって人は概要欄の確認をお願いします!」
彼らの背後のスクリーンにずらりと名前が並べられていく。
そして、一番目にいたのはやはりその男だった。
「やっぱ1人だけえぐいんですけど……」
クラウン、獲得合計241ポイント。
「生存ポイント60で撃破ポイントが181。クラウンに倒された参加者の合計人数は74人か……」
「バグだよなぁ。1分で1人は倒している計算だもの。確かに一回当たりの戦闘時間は非常に少ない、というよりも接敵できた参加者がほとんどいないというべきか。これまでの戦いの中で一番時間がかかったのがマッカートニー選手との一騎打ちだしな……」
「やはりENDは重要だな。少なくとも、クラウン選手を戦いの土壌に引き出せたのはマッカートニー選手だけだ」
「2位にSONIC選手。3位はGEN選手。そして4位はKONAMIN選手……いや、上位ランカーはちゃんと入ってくるもんだな。この結果をまとめてた時は驚いたぜ」
「地力の高さもあるのだろうが、やはり本質的な立ち回りの違いだろう。銃撃戦闘に慣れているからか、総じて索敵と生存能力が高い。遮蔽管理の意識も段違いだ。そしてなにより漁夫のタイミングが上手い」
FPSから参加した中でも上位ランカーは生き残ることに長けていた。
他の参加者はノリと勢いで立ち回ることが多いのに対し、徹底的に死のリスクを排除しながらポイントを稼ぎ続けているのだ。
「特にKONAMIN選手はそれが顕著だな。とにかく基本に忠実。潜伏し、周囲の状況を見極め、油断した相手を的確に仕留めている。チームを相手する時は他の参加者とバッティングするように誘導し、乱戦で孤立した相手を背後から仕留めると言った風に。おそらく、今大会の立ち回りで一番参考になるのは彼女だろう」
「SONIC選手は高速移動しながらの百発百中の早撃ち。GEN選手は1キロ厳守の長距離スナイプ。クラウン選手はいわずもがな。真似しろっていわれても、どれも求められる技術水準が高すぎる」
天海は呆れたように言葉を零す。
「驚くべきは、上位4名が誰も<アルカナ>を未だに見せてないってところだなぁ。まぁ、チームを組む場合もあるがFPSのランクマはソロの世界だ。SONIC選手も大会とかだと先陣を切り開く一番槍を務めることが多い」
「ソロでの立ち回りに自信があるということか。それとも……」
「ま、何はともあれ後半戦を見るとしようか」
そうして映像は再び動き出す。