第27話 チャンネル登録
■森林エリア 第2スポットポイント マッカートニー
「誰だお前」
「クラウンだ。知らねえか?」
「知らねえな。自意識過剰も大概にしとけ」
「おいおい、そっちから聞いておいてそれはねえだろ」
男は盾を構えながら眼前の敵を見据える。
油断はしていない。
(俺を囲っていた5人が全く同じタイミングで一斉にやられた、おそらくこいつがやったんだろうが……どうやったんだ?)
マッカートニーは周囲を見渡す。
クラウンと名乗った男の<アルカナ>がいる気配はない。
武器を見れば今回貸し出される魔導銃の中でも一番ベーシックな<Seeker-R4>。
DEX重視の連射型の【魔銃士】だろうと当たりをつける。
スポットポイントを確保するにあたってマッカートニーが取った戦法は、敢えて自らの姿をさらし全力防御態勢を取るというものだった。
ここを取りに来た参加者が見合って牽制しあっているうちにスポットポイントを独占。
乱戦が始まったら始まったで、漁夫の利を狙う。
(ま、1人になったんならやりやすくていい。仕留めて次に備えるとするか)
どうやら森の外側では既に乱戦が始まっているようだと、遠くから聞こえる戦闘音から判断する。
周囲の気配を探るが、増援は無し。
(ラッガーダを出すか。いや、まだこいつも出してねえみたいだし、情報アドバンテージを渡すのは美味しくない、か……)
互いに<アルカナ>は顕現状態になっていない。
つまり、このまま進めば自力での勝負になる。
(それに、わざわざ出す必要もねえ)
ENDに特化した己のジョブ構成であればDEX重視の連射型には負ける筋は薄い。
そう判断し、マッカートニーは笑みを深めた。
「これでもトータルの登録者は100万人を超えてんだがな。エンターテイナーとして恥ずかしい限りだ。なら、お前には俺のことを覚えて帰って貰うとしよう」
「ミリオンとは恐れ入った。だがそうなると……悪いなぁ」
「あん? それは何に対する謝罪だ?」
「決まってんだろ」
マッカートニーは構えていた盾をわずかに下げ……
「てめえが、100万人に醜態を晒してしまうことに対する謝罪だよッ!」
盾の影で見えないよう控えさせていた背中から生えた2本の腕が魔導銃を構えた。
旅人という肉体は基本平等だ。
種族選択にて獣人を選んでも身体能力は高くならないし、エルフを選んでも魔法の威力は上がらない。
しかし、明確に他者と差別化できる種族が存在する。
例えば小人族。
ステータスの恩恵は変わらないのに、当たり判定が小さくなる。
しかし、ある程度の体積が重要になる前衛職を選ぶには向かない種族だろう。
つまり、魔法職を選べば、攻撃が当たりづらい回避魔法ビルドが完成する。
例えば巨人族。
こちらはステータスの恩恵が変わらないのに当たり判定が大きくなるデメリットが目立つ。
しかし、逆に言えば攻撃の当たり判定が大きいとも取れるため、純粋な面での破壊力に優れた前衛職になれる可能性がある。
つまり、旅人のアバターメイクにおいて身体的特徴であれば一切の制限がないのである。
多椀族という種族は文字通り多くの腕がある種族だ。
そして【闘士】を始め一部のジョブのパッシブスキルに《装備枠拡張》というものがある。
それは装備判定を増やすスキルだ。
ここに、4本の腕がある多腕族と装備判定を増やすスキルが揃った。
であれば、それは当然4本の腕で武器を装備し運用できることを意味している。
多腕族というアバターと《装備枠拡張》のジョブスキルによって生まれる一種のシナジー。
防具に特殊な加工が必要だったりと非常に癖の強い種族を選んだ者にだけ与えられる権利。
その名も<多腕武装ビルド>。
2本の腕で盾を構え、2本の腕の魔導銃から攻撃を行う一人要塞が牙を剥く。
「はんっ」
それに対し、クラウンは鼻で笑いながら魔導銃の引き金を連続で引いた。
マッカートニーが照準を合わせるよりも前に、先んじて放たれた2発の魔弾。
MPが注ぎ込まれたそれを、マッカートニーは前面に構えた両盾で受け弾き飛ばす。
「効かねえなあ!」
ふと、マッカートニーは違和感を覚えた。
盾で防いだというには、あまりにも衝撃が軽かったからだ。
確かにENDは高く盾も優秀なプロパティのものを選別してある。
だとしても、それはあまりにも軽く……その違和感は一瞬で思考の端へと追いやられた。
「死ね!」
一歩遅れてマッカートニーの魔導銃の照準がクラウンへと合わさる。
しかし、クラウンは迷うことなく前へと駆け出していた。
(血迷ったか!)
マッカートニーは内心で馬鹿めと悪態をつきながら2丁の自動小銃<White out>の引き金を引き……どこからともなく飛んできた2つの魔弾がその射出口に吸い込まれた。
魔導銃の内部で外側から入り込んだ魔弾と内側から放たれようとしていた魔弾が衝突。
本来想定しえない過剰な内部負荷の発生により銃身の機構が破壊された。
「はぁっ!?」
マッカートニーが手に持っていた2丁の魔導銃が暴発し破裂する。
それは、迎撃するための攻撃手段が失われたことを意味していた。
(なんだ今のは!? どこから飛んできやがった!? それに、俺が構えた銃口にピンポイントでとか、ありえね……)
「おい」
「……っ!?」
そして、マッカートニーの眼前には既に到達していた男が──
「──余所見してんなよ」
ぞわりと、マッカートニーは己の死を感じ取る。
そうはさせまいと本能のままに動き出す。
「《シールドバッシュ》!」
使い物にならなくなった魔導銃を放り投げつつ、ここは俺の領域だと出が早く使い慣れた【盾術士】のスキルによって殴りつけた。
しかし、ふわりとわずかに身体を傾け躱された。
そして銃口が。
魔導銃の銃口が。
いつの間にか左手に持ち替えられていたそれが、盾を振り切ったことでわずかに空いたスペースにねじ込まれ……
「《衝撃魔弾》」
魔弾が放たれ顎にあたり爆発した。
マッカートニーのENDはこの大会基準において非常に高い。
本来その程度の衝撃ではびくともしない。
事実、マッカートニーが受けたダメージは微々たるものだ。
だが、脳が揺さぶられたことで訪れる衝撃は別の話だ。
「うぐっ!」
クラクラと、マッカートニーの視界が若干ぼやける。
その瞳はクラウンのことを捉えており体は動く。
動くのだが、動きはどこか緩慢で。
だからこそ、それに対処することはできなかった。
「《充填》スタート」
「がっ!?」
膝で顎が蹴り上げられる。
「ごっ!」
肘で頭を叩き落とされる。
(こ、こいつ。DEX重視の中でも前衛寄りの!?)
その物理攻撃は少なくとも、高いENDを誇るマッカートニーの肉体の動きを制限できる程度の威力を有していた。
DEX重視の【魔銃士】においてどのジョブを選ぶかは千差万別。
つまり、格闘戦を前提としたジョブを選んでいてもおかしくなく。
(ラッガーダ! 出てきて俺を……!)
このままではまずいと、自身の内側にいる<アルカナ>に呼びかける。
しかし、その判断はあまりにも遅いと言えよう。
「あが!?」
瞬間、口の中に魔導銃の先端がねじ込まれる。
その魔導銃には《充填》によって十分な魔力が注ぎ込まれており──
「や、やべ」
「《衝撃魔弾》」
マッカートニーの口内に特大の衝撃弾が叩き込まれる。
身体や装備で受け止められたならともかく、体内で発生した衝撃。
逃げ場のないそれによって首から上が吹き飛んだ。
頭を失った肉体が前傾へと倒れていく。
頭部の消失、それすなわち重要部位の欠損。
「チャンネル登録よろしくな、歓迎するぜ新規視聴者」
マッカートニーは何が起きたのか理解できぬまま、ポリゴンとなって砕け散っていった。
☆
「決まったあああああああ! マッカートニー選手がここで退場だあああ!」
「……強い」
天海が叫び、エアーは端的に感想を述べる。
《天海叫び過ぎで草、動画編集したのお前だろ》
《あれも跳弾?》
《チャンネル登録しますた》
《うおおおおおおお!》
《Crown最強! Crown最強!》
「30秒にも満たない戦闘時間なのにツッコミどころは満載だな。今のは盾で弾き飛ばされることを前提とした跳弾ってところか?」
「ああ、何度も録画を見直したが間違いねえ。明らかに狙ってやがった」
マッカートニーが弾き飛ばした2発の弾丸は跳弾の性質を有していた。
そのまま周囲の木や岩に跳ね、最終的にマッカートニーが構えた2丁の魔導銃の銃口へと吸いこまれる。
そして、既定の回数に到達した魔弾が内部で炸裂したのだ。
「……ありえない、と言えないのが怖いところだな。マッカートニー選手がどのように弾くかを計算していなければ到底実現しえないはずだ」
それがどれだけ人間離れをしているかを理解しながらも、人は慣れるもので彼らは冷静に状況を分析していく。
やはりENDが高ければ一撃では倒されない。
頭や心臓といった急所を守ることが大事であり、武器や防具で相手の攻撃を的確に捌く技術が重要などなど。
その裏の映像ではクラウンが自分の<Seeker-R4>を適当に投げ捨て周囲に散らばっている中から1つを選び拾っていた。
『さすがに口内にぶち込むのはやりすぎたな。反省反省』
「どうやら<Seeker-R4>を交換しているみたいだな」
「壊れたからではなく衛生面を気にしてるのはなんていうか、余裕を感じさせる。とりあえず、これで森林エリアに設置された第2スポットポイントはクラウン選手が確保……すると思ったんだがなぁ」
クラウンは周囲を見渡した後、スポットポイントを獲得できる台座を無視し森の奥へと歩いていく。
それすなわちスポットポイントの完全放棄。
「スポットポイントで稼ぐ気はないと」
「強気すぎる! 一体次は何を見せてくれるのか。目が離せない!」
《このまま全滅させる気か?》
《実際どうなったんだ? 当日の現地参加勢教えて》
《展開のネタバレはNG》
《優勝はCrown》
《んなの知ってんだよ》
怪物の進撃は止まらない。