第26話 銃の世界からの訪問者達
「ちょうどいいし<アルカナ>について簡単に解説するか。よくわかっていない視聴者もいるみたいだからな」
エアーはコメントの反応を見て話を切り出した。
映像には銃を片手に周囲を警戒しながら森の中を慎重に散策する男がいる。
「今映像に映っている通り参加者の傍に青いまだら模様が特徴の一匹の黒い狼がいると思うが」
《(U^ω^)わんわんお!》
《イケメソわんちゃん》
《すげえリアル》
「この狼が<アルカナ>で、プレイヤ―の相棒のような存在だ。それぞれが固有のスキルを……言ってしまえば必ず相手に対して初見殺しになりうる力を持っている。プレイヤー1人につき1体の<アルカナ>がセットで存在するものと考えてくれればいい」
「このゲームにおいてクラウンを仕留められる可能性が一番高い要素だろうな。クラウンにも当然いるからそう単純な話でもないんだけど」
「他の映像でも<アルカナ>を出している参加者と出していない参加者に分かれているのは、単純に見つかるリスクが2倍に増えるからだな。感知系のスキルに引っかかる可能性を排除しているんだろう。あとは、できるだけ情報のアドバンテージを取るために秘匿しているか」
「温存が正解ってわけでもないのがつらいところだね~。表に出していれば不測の事態に対処できる可能性は高い」
流れるように解説をしながら、映像は次々と切り替わる。
しかし、500名の参加者ということもあり全員を描写できているわけではない。
あくまでもこの映像は見ごたえのあるシーンや戦況が動いた場面を編集して見やすくしたものだ。
「おっと、そもそもステージが広すぎないかというコメントをいただきました」
だからこそ、こういったコメントも当然届く。
500人もいるのに、最初のクラウンによる蹂躙以外未だに大きな動きを見せないことに対するものだ。
「確かに、500人に対してステージが広すぎるという意見はわからなくもない。そもそも接敵しないわけだからな。軽い撃ち合いはあったけど様子見ですぐに引く程度。ただ……」
「ああ、その心配は不要だろう」
エアーは画面を見ながら力強く宣言する。
「到達階位Ⅲの<アルカナ>を使役する参加者もいる以上、この戦場は狭いぐらいだ」
そのまま映像が俯瞰視点に切り替わり──
「銃を用いた銃撃戦だけを想像している視聴者は今すぐ情報をアップデートすることをおススメする」
次の瞬間、岩場地帯の一帯が吹き飛んだ。
☆
そこには、5メートルを超える巨体が暴れていた。
全身が岩に覆われた巨大な人型の生物。
否、その下半身は獣のような4本脚が生えている。
岩でできた巨大なケンタウロスがそこにいた。
「おらおらおら! 全員踏みつぶしちまえ!」
『GOOOOOOOOOOOOOO!』
その巨大なゴーレムの頭上のてっぺんで男は岩の手すりにつかまりながら声を荒げる。
まるで、操縦席のようなスペース。
そこから放たれた主人の指示に従い巨体が駆ける。
そのまま周囲を破壊し続け……
「な、なんだこいつは!?」
「まずいぞ、早くその岩陰から逃げ……!」
「うっそ、ぐああああああああ!?」
その巨体が吹き飛ばした岩陰にいた参加者3名が瓦礫の下敷きになり、踏みつぶされる。
そのままぐしゃりと嫌な音を立てた後、ポリゴンとなって砕け散っていった。
「糞、撃て! 撃て!」
応戦すべく魔導銃から放たれた魔弾。
しかし、その強固な岩の肉体を傷つけるには至らず。
「こんなちまちました銃撃戦なんかやってられっか! ゴレム! お前が全てを破壊しろ! お前が全てを踏みつぶせ! そうすりゃ俺達の勝利は揺らがねえ!」
男は意気揚々と叫ぶ。
到達階位Ⅲ【岩纏頑像】ゴレム。
周囲の岩をその身に纏い巨大化するゴーレム種の<アルカナ>。
そして、この巨躯を使役する……騎乗する男こそライダー筆頭の1人。
「蹂躙しやがれ!」
『GUOOOOOOOOOOOOO!』
ゴーレムライダー筆頭、ガレオン・グリオーマ。
それを皮切りに岩場の影に潜伏していた者や背中を預け周囲を伺っていた者は急ぎ飛び出した。
潜伏をしていたらゴーレムに踏みつぶされてました、などというつまらない死に方で退場するわけにはいかないからだ。
「おーおー、なんだなんだ! ぞろぞろ出てきたじゃあねえか!」
竜に騎乗した旅人や一部飛翔系の能力をもった<アルカナ>が、ゴーレムの主であるガレオンを仕留めるべく飛びたった。
こいつを放ってはおけないという共通認識により一時的な共闘関係が生まれる。
よしんば漁夫をしてやろうと遠目から様子を伺う者もいる。
少なくともこの瞬間、戦況は動いた。
それを受けて、男は足元に置いていた黒くて巨大な物体を担ぎ上げる。
そのまま腰から<カートリッジ>を取り出し凹みへと突き刺した。
今回使用可能な武器の1つ、マシンガン型の魔導銃。
その名を<Little dancer>。
小さな踊り子という名前とは裏腹に、今回使用可能な魔導銃の中でもとびっきり大きく、燃費が悪い武装。
貸し出し状態である魔導銃は<アイテムボックス>にしまえないという制約がある都合、重く、取り扱いも難しいその武器は最も不人気だった。
しかし、巨大なゴーレムの頭上に固定するのであれば?
機動力は足元のゴーレムに任せるのであれば?
「おい、あいつ……」
「やべえ! 戻ってこい!」
「ちげえ、岩陰に隠れろ!」
<アルカナ>を飛び立たせた旅人は自身の選択ミスを悟り、周囲にいた旅人達は急ぎ物陰にひそめようとし……
「全掃射おおおああああああああああああああ!」
そうはさせまいと男はマシンガンのレバーを思いっきり引き、強化された魔弾が周囲を薙ぎ払い始めた。
ガレオン・グリオーマのMPが恐ろしい速度で消費されていく。
<カートリッジ>によって威力が底上げされ、弾幕という密度によって瞬く間に周囲の<アルカナ>の部位を破壊し撃ち落とす。
その間にも巨大なゴーレムは暴れまわり、周囲を蹂躙していく。
マシンガンから逃れようと岩陰に隠れればゴーレムに蹂躙され、ゴーレムを迎え撃とうとすれば頭上から放たれるマシンガンの魔弾によって体勢を崩されまともに反撃もできずに踏みつぶされる。
周囲の岩を取り込むことで巨大化するゴーレム種の<アルカナ>。
その頭に騎乗し、相手の手が届かない位置から一方的に魔導銃を撃ち下ろし蹂躙する超攻撃的な戦闘スタイル。
とある魔域の主を一方的に蹂躙した攻防一体の力。
「俺達が最強だアアアアッ!」
これこそが、ガレオン・グリオーマがライダー筆頭と呼ばれる所以だった。
☆
「この戦い方! ガレオン・グリオーマか!」
「いやー、何回見ても凄い! 一気に撃破ポイントを稼いで行くねぇー!」
《蹂躙やん》
《バランス調整どこ……ここ?》
《あんなのに勝てるわけねえだろ》
《大怪獣バトルゲーで草》
《銃撃戦? なにそれおいしいの?》
ド派手な戦闘。
あまりにも一方的な展開。
巨大なゴーレムによる蹂躙。
クラウンの超絶技巧による蹂躙を見せられた直後だからこそ、このゲームを知らない視聴者にはなおさらこれは異常に見えた。
「あー、コメント欄もどうやって倒せばいいのかって言ってますね。そこんところどう思う?」
「……確かに、圧倒的と言えるな。少なくとも、この巨大なゴーレムを搔い潜りながら頭上に位置しているガレオン選手を倒すのは容易ではない。が、弱点もちゃんとある」
エアーは興奮した心を落ち着かせ冷静に分析をする。
「まず、この戦い方は非常に燃費が悪い。おそらく、あと3分もかからずガレオン選手のMPは枯渇し魔導銃そのものが使えなくなる。それに、ガレオン選手を振り落とさないようゴーレムは見た目以上に繊細な動きをしている。急制動をかけない。曲がる時は大きく曲がる。頭の位置を下ろさず踏み潰すことを優先する、といったようにだ」
「ほうほう、それで?」
「ここからわかるのは、ガレオン選手は先行逃げ切りを狙っているということ。つまり、指定時間逃げ切れば無防備なガレオン選手を仕留めるチャンスが転がってくるということだ」
最初に撃破ポイントを稼ぎ、その後潜伏状態に移行し生存ポイントを確保する。
この作戦の肝は潜伏に切り替える時にどれだけ相手の視認を減らせるか。
だからこそ、派手に周囲を破壊して土煙を起こしている。
そのために岩石地帯を戦場に選んだのだと。
「現に少しずつ森林エリアの方へと移動をしている。どこかのタイミングで一気に離脱するつもりだろうな。例えばゴーレムにその身体を投げさせる、とか。着地方法さえ用意しておけば、特に大きなリスクもなく森の中に逃げ込めるはずだ。<アルカナ>はその場に残り、倒されるその時まで足止め兼撃破ポイント稼ぎ。他の参加者が練っていた作戦を破壊しながら自らの得意を押し付ける素晴らしい戦術だと言えるだろう。彼の狙いに気付き離脱するまでの僅かな隙を見逃さないかを注目したいね」
「よく見てるな。プレメアのPK事変を収束させた戦術眼はだてじゃねえってか? 補足するとこれは最初にやるからこそ意味がある。ガレオン選手が離脱してしまえば、待っているのは外に炙り出された選手同士の潰し合いだ。こんな序盤で数十人規模の乱戦が起きるともなれば、漁夫狙いの参加者も動き始める。最初にセーフティリードを確保しているガレオン選手が生存ポイント込みで有利になるっつーわけよ」
そして、その時は来た。
周囲に土煙が充満している中、ゴーレムは頭上にいる主人をその手に掴んだ。
そのまま森の方向へと大きく振りかぶり投擲する。
ガレオンは着地の態勢を整えようとし……
次の瞬間、その頭を光が貫きポリゴンとなって砕け散っていった。
《は?》
《死んでて草》
《あっけねえー》
《またCrownか!?》
《ガレオンが死んだ!>
「へぇ……誰だ?」
「まあ待て……よっと」
そして、映像が切り替わる。
そこは岩石地帯からなお離れていた。
今回の大会用に街が建設されているエリア、その時計台の屋上。
『……』
まるで軍の特殊部隊のような黒一式の装備を着込んでいた男が、室内にて魔導銃のレンズを覗き込んでいた。
そして、その巨大な銃身から放たれた一筋の光が一直線に突き進む。
「<TitanⅢ>。見ての通り、遠距離射撃に特化した狙撃型の魔導銃だ。射程と威力に特化した都合、その消費MPも相当なものだが威力は折り紙付き」
映像は、俯瞰からその男の視点へ。
スコープの中心には豆粒よりもさらに小さなどこかの戦場が映し出されており……
『目標、命中』
「彼我の距離3キロを超えた超長距離スナイプ。流石だな、GEN選手」
それは<Virtual Warfare>現3位による漁夫だった。
男は仕留めたことを確認すると、すぐに付近の窓からその身を乗り出し飛び降りる。
次の瞬間、時計台の屋上が四方より放たれた銃撃や魔法によって吹き飛んだ。
「肥え太ったガレオン選手を仕留めたGEN選手は撃破ポイントを獲得。そして、自身の居場所を悟られるやすぐに離脱。時計台から飛び降りて周囲の建物に身を隠しました!」
「驚いた。まさか、この距離を的確に撃ち抜くとは」
「GEN選手の得意レンジだからな。そんなことをしている間に、他の戦場も動きだしたぞ!」
「始まって10分でもう既に50人以上がリタイアしてるのか。500人は少なすぎたかもな」
そうして、画面は切り替わる。
湖の上に建てられた大きな橋。
四方から続くその中心地点に存在するスポットポイントの台座。
そして、そこに陣取る男が1人。
「SONIC選手は森から東方面に抜けていたようですね。湖畔の周囲には様子を伺う参加者もいますが……」
「すでに格付けは済んだ後のようだな」
「振り返って映像を見てみましょう」
少し時間が巻き戻り、湖で乱戦が始まった場面に移る。
多くの<アルカナ>が空を飛び魔法やスキルで作られた即席の塹壕に各々が身を隠しながらスポットポイントの牽制し合いをしているところに、森から飛び出した影が一つ。
縦横無尽に駆け抜けて、すれ違った旅人が全員急所を貫かれていく。
「なんという正確無比な早撃ち! AR FPSトッププロの肩書きに偽りなし!」
「《加速》、いや。《二重加速》か。AGI依存で肉体の動作そのものを加速させる自己バフスキル。接近に合わせて剣を振ればいいような前衛職ならいざ知らず、あれほどまでに速いとなるとエイムを合わせるだけでも一苦労なはずだ」
「何人か防いでいますが、周囲に瞬殺された参加者もいるからか気圧されていますね。SONIC選手が使用している<Rapidfire>はとにかく軽く早撃ちに適した小銃型の魔導銃です。通常弾の威力は低いのですが、その代わり弾速に優れクリティカル補正を大幅に強化する武器スキルを持っています」
「相手の重要部位に当てれば一撃で仕留めることも可能ということだ、ただ防がれたり急所を外されると途端に威力がガタ落ちする。かなり使い手を選ぶ武器といえる」
そうして場面が移り変わる。
各地の戦場が映し出されていく。
「各地でスポットポイントの取り合いが始まりましたね。ここで確保できると有利になりますが、当然そのまま退場するリスクも高くなります。様子見をするか、リスクを取ってスポットポイントを確保しに行くか……」
そして画面が止まる。
森の中に設置されたスポットポイントのすぐ側に全身鎧で固め、大きな盾を2枚構えた男がいた。
「これは……【重騎士】と【盾術士】あたりか? 守りに特化したジョブ構成にしているのは間違いない。装備も込みでENDは4000を余裕で超えていそうだな」
男へ向けて、周囲から無数の魔弾が放たれるが全てを弾き飛ばしていく。
まるで一切のダメージを喰らっていないかのような堅牢さ。
事実、その守りに特化したそれは魔導銃によるダメージを一切寄せ付けていなかった。
「あー、魔導銃でなんで貫通できないのかってコメントが多いが、単純に威力不足だな。GEN選手が使っていた<TitanⅢ>とかガレオン選手の<Little dancer>ならともかくこの場にいる彼らが装備している<Seeker-R4>とアサルトライフル型の<White out>じゃあの装甲を打ち破るのは難しい」
<Seeker-R4>は弾丸一発に100MP消費するといったように魔導銃は基本、一発一発の弾丸を自動生成する際のMPの量が決まっている。
それだけの量を一発ごとに消費していたらすぐに魔力切れしてしまうが、【魔銃士】には自身のDEX依存で魔弾生成に必要な消費MPを軽減するパッシブスキルが存在していた。
しかし、それはあくまでも連射性能を上げるためであり威力を底上げするものではない。
「MPを上げて威力を底上げする火力重視の魔導銃使いはどちらかというと少数派。DEX重視の連射型の方が使い勝手がいいため現状プレイヤーの主流はこっちだ。継戦能力に優れている代わりに、見ての通りこういったとにかく硬い相手には火力が不足しがちなのが難点だな」
「硬さは強さだ。重要部位の欠損がそのまま即死判定になるため割と軽視されているが、ENDは最重要ステータスの1つでもある。極論、1ダメージも食らわなければ負けることはないというのも真理だ。このマッカートニー選手もそれを理解しているな」
「守りを撃ち崩すために適当に仕掛けると反撃される隙を生むことになる。なら、もっと火力を上げればいいという話なんだが、序盤も序盤にリソースを吐きまくるのも美味しくない。それにマッカートニー選手を囲んでいるのは全員個人参加勢。ここで先に切り札を切ると周囲にいる他の4人に漁夫られる。現状千日手に近い」
だからこそ、その均衡は容易に崩れ去る。
<アルカナ>を周囲に潜伏させている者やまだ表に出さずに温存している者。
マッカートニーへ向け木々を盾にし隠れながら銃撃を浴びせていた旅人5名が、何の前触れもなく同時にポリゴンとなって砕け散る。
それはまるで、何をまどろっこしいことをしているのかと言っているようで……
『よお、面白そうなことしてるじゃねえか。俺も混ぜてくれよ』
その戦場に誘蛾灯のごとく引き寄せられた怪物が1人。
魔導銃について……
威力:基本武器依存であり一定。
最大MP依存で威力補正が乗る【魔銃士】のパッシブスキルや、クリティカル補正や<カートリッジ>による強化アイテムによって上下する。《充填》により適宜MPを消費することによって威力を上げることが可能(過剰にチャージをしすぎると耐久値が下がる)
銃種によっては威力の距離減衰の比率が大きいものもある。
射程:基本武器依存であり一定。
《充填》により適宜MPを消費することによって伸ばすことが可能。
消費MP:基本武器依存であり一定。
高い威力を誇るものは当然MPの消費量が多い。【魔銃士】のパッシブスキルによりDEX依存で減算可能。
魔導銃を使う場合のジョブ構成における基本思想について……
最大MPを重視すると魔弾の威力が上がるが消費量が増加し、DEXを重視すると消費効率が上がり継戦能力が向上するが威力は相対的に下がる。
魔導銃の性能や自身のステータスと相談しながらどこを切り捨てるかを考慮して組む必要がある。
魔導銃から発射される魔弾は魔法攻撃に分類されるが魔法スキルではないため《魔法感知》には感知されない。