第25話 跳弾
□自室 烏鷹千里
《は?》
《ヤバすぎて草》
《何が起こったんだ?》
《コメントにキルログ流れるの無駄に凝ってるな》
《は?》
《チート?》
《Crown最強! Crown最強!》
《気づいたら20人以上一瞬で死んでんだけど》
《なにこれ?》
《こ れ は ひ ど い》
《巻き戻しできるの助かる》
《大☆虐☆殺》
《草》
《バ ラ ン ス 崩 壊》
《1回見て2回見て3回見ても意味わからん解説はよ》
コメント欄はまさに阿鼻叫喚というべきか。
確かにわかりやすいように編集されていたのだろう。
しかし、それでもなおその映像は一体何が起こったのか一度見ただけでは理解できないものだった。
「あいかわらずだな……」
ああ、全くもってありえない。
考察の余地がない。
いや、理論はわかる。
言語化までならどうにかできる。
その触り程度なら、理解もできる。
だが、それが成立する道理が存在しない。
『あー、コメント欄も色々と困惑してますねぇ』
『……当たり前だろ。なんだ、今のは?』
『そうだな……テンポ悪くなるけど、コメントも気になってるみたいなんで一旦止めて解説するか』
配信の中で流れていた動画が止まり映像が巻き戻る。
金髪の男が弾丸を放った。
そして、画面が切り替わり茂みに身を隠していた男は数秒後頭を貫かれポリゴンとなって砕け散った。
『クラウン選手が使用している魔導銃は<Seeker-R4>っていうモデルなんだが、最大射程距離が大体300メートル。有効射程距離はおよそ100メートル。実際に対象に当てるのであれば30メートルから50メートルがいいところか。わからねえ人は、警察が使ってる拳銃より大きさ含めてちょっと上くらいの性能って思って貰えればいい。今回貸し出している奴だとある意味一番ベーシックなやつだな』
天海はその魔導銃の画像を出した。
コメント欄はかっこいいやら想像以上に大きいなどと思い思いに感想が書き込まれていく。
『あくまでも基本性能であって、射程自体は【魔銃士】の《充填》っていうスキルを使えばある程度伸ばせるわけだが……今回注目すべきなのは跳弾っていう技術の方だ。【魔銃士】が持つ《弾性強化弾》っていう武器強化スキルを予め魔導銃にかけておくことで、放つ魔弾に任意で弾性を付与できるようになる。それによって壁に当てると跳ね返る、いわゆる跳弾の性質を獲得するってわけだな』
そう言って、再度映像を流し始めた。
『映像で起きたことを端的に言うと、クラウン選手が放った弾丸が森の中の障害物に跳ね返りまくり、最終的に200メートル先に隠れていた相手選手の重要部位を的確に破壊した……ってだけの話だ』
『だけ、というが……』
『いや、そう言うしかねえんだよ。まず、実際にVR FPSやAR FPSでクラウンとやりあったことがある奴は知っているだろうがあいつの前でハイドは成立しない。最初に弾丸を空に向けて撃ったろ?』
『ああ、撃っていたな』
『あれは自分の居場所を周囲に伝えるためじゃねえ。周囲の獲物の位置を詳細に確認するためのものだ』
『……あれが、エコーロケーションとでも言う気か?』
エコーロケーション。
音や超音波の反響を利用して、物体の位置、距離、大きさなどを把握する能力。
『どれだけ距離が離れていると思っている。それに、森の中だぞ。音は反響し、吸収もされる。出来るはずがない』
『でも、実際にクラウンはやってのける。いや、違うな……俺も奴がこれほどまでに詳細な位置情報や周囲の地形情報を把握していたのを初めて知ったよ』
画面上の天海は冷や汗を垂らしていた。
きっと、彼はこの動画を編集するにあたり何度も何度も見直したのだろう。
『今見せられた跳弾、やべえよな。まずこれはVR FPSをやってるやつには馴染み深いと思うが、跳弾なんて仕様は基本実装されない。オブジェクトごとの計算処理が莫大になるのもあるが、いわゆる糞あたり判定による自傷ダメージが発生してゲーム性を損なうからだ』
他にも色々理由はありそうだが、彼の言うそれも理由の1つなのだろう。
『だが、この<Eternal Chain>っていうゲームは自由度の高さが売りだからかちゃーんと実装されている。その上で、そこまで使い勝手がいいもんでもない。なんせ、破裂するタイミングは発射前に任意で指定できる。逆に言えば、指定の回数跳弾しないとその威力を発揮しない』
配信の中で天海は銃を構えるポーズを取り、エアーの方へと向ける。
『例えば、この距離なら外しようがないだろ?』
『そうだな。引き金を引けば確実に俺に弾は当たる』
『だが、スキルによって弾性を付与し跳弾指定を1回に設定して撃つと……』
『……俺に当たっても跳ね返る程度の衝撃だけしか来ない』
『そして、どこかに飛んでいった2回目の接触と同時に破裂しダメージを与える。このゲームの跳弾の仕様はそれだ』
MPを注ぎ込めば射程と威力が伸びる。
スキルを使えば、弾性を付与し跳弾を放てる。
威力が足りなければ<カートリッジ>によって魔導銃の放つ弾丸そのものの威力を底上げする。
理論上はこの3つを揃えれば先ほどの光景は誰でも再現できる。
しかし、跳弾という仕様は対象に当たれば破裂するというわけではなく指定の回数跳弾した後の接触で破裂する。
だから、的確に相手を仕留めるのであれば、どれだけ跳弾させれば相手の急所へと到達するかの緻密な計算が必要になる。
『だから、言い直そう。クラウン選手が放った弾丸は、予め指定した回数森の中の障害物に跳ね返り、最終的に200メートル先に隠れていた相手選手の重要部位を的確に破壊した。そして、それをこの1分の間に20人キルするまでひたすら繰り返しやり続けた』
な、言葉にすれば簡単だろと男は肩を竦めた。
『これを実現するには貸し出し用の魔導銃じゃ性能不足だったため、カートリッジを1本消費した。おそらく急所を貫くための火力不足だな。跳弾は回数に応じて威力が下がる。加えて、これだけの距離ともなると相応の威力減衰も発生する。ま、それにしてもたった25発で1本使い切るのは贅沢が過ぎるけども……これが【死の一分】の答えだ』
それこそが、試合が開始してからたった一分で起きた一方的なキルの真相。
『クラウンは配信中よくコメントにこう聞かれるんだ。どうして相手が隠れてる場所がわかるんですか? って。そん時に奴は決まってこう答える。十分な情報量が転がってる。逆にこれでなんでわかんねえのか俺の方がわからねえってな』
男にはそれだけで十分だった。
しかし、男以外には理解できない領域だった。
『このゲームは……まぁ、俺から見てもえぐい。川に流れる水に触れても、一切のポリゴンズレが起こらない。走れば宙に舞う砂煙の一粒一粒まで完全に再現されている。飯にはちゃんと味がするし、人肌はしっかりと温かい。まるで、もう一つの世界がそこにあるかのようだ。噓だと思うなら一回ログインしてみればいい』
ポリゴンズレや表示バグといった不具合は一つとして確認されていない。
一切の不整合がないもう一つの世界。
『そして、あいつの言っている情報量ってのはその全て。風、音、匂い、土、水、空気、それこそ重力、電磁波。この世に存在するありとあらゆる要素がクラウンにとっての情報量ってやつなんじゃあないかと、俺は考えている』
だからこそ、その世界が有する情報量は現実とほぼ同等。
いや、魔力や精霊など、いわゆるファンタジーの要素も加わればそれ以上かもしれない。
『エアーはAR FPSエンジョイ勢だったな。なら、お前含めて初見の視聴者諸君にも改めてこれを伝えよう。そして、俺達に対する戒めの意も込めて』
画面の中の男は何かを後悔しているかのような瞳をしていた。
『クラウンはAR FPS、VR FPSどころか、サバゲー、コンシューマー型のTPSゲーム含めてありとあらゆる銃に関連するゲームの大会から事実上出禁にされてる。なぜかって? 奴が強すぎるからだ。あいつが出れば、優勝する以外ありえない。そこにはゲーム性なんてものは生まれない。手に汗握る逆転劇も、ひりつくようなシーソーゲームも、なにもかも。あるのはただ一つ。クラウンが優勝するという結果だけだ」
それは、既に興業足りえない。
結果が決まっている戦いほどつまらないものはない。
そこに楽しみを見出すのであれば、どこかの無双ゲーのような……一方的な蹂躙を第三者視点で担ぎ上げることぐらいだろう。
『囲んで潰そうとした奴がいた、貫通チートを使った奴がいた。ありとあらゆる策が考案され、実践し、そんで全員返り討ちに会った』
まだ、無敗の王様程度の存在であれば盛り上がったのだろう。
最初に土をつけるのは一体誰になるのか、と。
しかし、そうはならなかった。
『そんな状況が5年以上も連続で続けば流石に気づく。ジャンル問わず多くの大会の優勝者の名前はクラウンで彩られ、クラウンがいない大会で優勝したとしてもクラウンがいなかっただけと言われるようになる。国内外問わずありとあらゆる大会でだ。奴の本拠地ですらないこの日本ですらその名前が上がるほどに。誰も勝てない。無敵。常勝不敗』
俺もその1人だと、元プロは語る。
国際大会に出た時にボロ負けしたっけなと遠い目をしながら。
毎年開かれるAR FPSの国際大会はクラウンが参加したチームが5連覇をはたした。
TPSのコンシューマーゲームは8連覇。
チーム参加可能のとあるバトルロイヤル系のFPSはクラウン個人による7連覇。
ありとあらゆる銃を用いて争う競技にクラウンという名は刻まれているのだと。
『そして、1年ほど前を境に手が届かない存在になった。恥ずかしいことに銃を用いて競い合うジャンルそのものがクラウンという個に敗北を認めたのさ』
そして1つの結論を出してしまった。
奴には誰も勝てないと。
『今の映像もそうだ。この<Eternal Chain>っていうゲームはどうにも、あの男が本来持っているスペックを十二分に発揮できる環境だったらしい。俺達が今まで相手していたのは、ゲーム性という名の枷が付けられたあいつだった。跳弾という仕様が1つ解禁されただけでこの有り様よ』
跳弾による弾道計算によって……避けられることも想定したうえで確実に逃げられない角度から即死攻撃を放ってくる銃の形をした怪物。
それこそが、クラウンという存在であると。
《ヤバすぎて草》
《妄想乙……妄想だよな?》
《お隣そんなことになってたんか》
《これ実話?》
《盛り過ぎだろ、盛ってると言え》
《大体実話なんだよなぁ》
《CrownはもうCrownっていう概念なんよ》
《実際クリップ集みてSUGEEEEE!するのが一番の楽しみ方だったりする》
『この話を聞いてどう思った。エアー』
明らかに異様な空気になったコメントを横目に男は疑問を投げかけた。
『そうだな……俺はまだその絶望を知らない。だからこう言おう。やってみなければわからない、と。そもそも、そちらの事情など知ったことか』
そして、それこそがきっとこのゲストが呼ばれた理由なのだろう。
『一度でもこの世界で俺達に勝ってから言え』
それは至極当然の意見。
このゲームはFPSでもなければ、銃が中心というわけでもない。
剣と魔法のファンタジー世界にたまたま銃という武器があったに過ぎないと。
『──その通りだ!』
その自信に満ちた返しを受けて、天海は嬉しそうに笑った。
『もうこれは先週終わった大会だ。コメント欄でもネタバレされてるし、今の俺の解説を聞いてわかった奴もいるだろうが、既に優勝はクラウンという結果がでた大会だ……だが!』
画面の中の男は笑っていた。
『この大会はコンセプトの都合銃が中心ではあるが、魔法だって、剣だって使える。それに、知らない人もいるだろうが<アルカナ>っていう初見殺し上等のシステムもある。それこそ、なんでもありだ』
この大会を主催した男は笑っていた。
『この銃の形をしたバケモノに、剣と魔法の世界の勇士たちがどのように立ち向かっていったのか! そして、こいつを倒すためには何をすればいいのか! それを、俺と一緒に振り返ろう!』
どうしようもないほどに、笑っていた。
『これはそんな配信さ。こっからは見逃し厳禁だぜ』
見れば、既に配信の同時視聴者数は5万人を突破していた。
とある界隈について……
たった一人の怪物に文字通り敗北させられた。
FPS、TPS、AR FPS、VR FPS、サバゲーなどのありとあらゆる銃を用いて競うゲームのジャンルにおいて最強が決定づけられた。
王冠殺しとは……
銃を用いるゲーム全般にて最強と呼ばれている男。
あまりにも強すぎたがために多くの界隈から実質追放された。
ただ、エキシビションマッチやイベントなどにはよく呼ばれているので完全に出禁にされたわけではない。良いように言えば殿堂入り扱いされている。
出禁そのものは気にしていなかったが、ランクマに潜っても雑魚(本人視点)ばかりの現状に痺れを切らす。
そんなある日、ちょうど使える武器種に銃があり、ついでに同類の1人がプレイし始めるという情報を得たのでとあるゲームをプレイし始めた。銃の要素がないゲームに一切の興味はない。MMORPGは初心者。
環境にもよるが音の反響や風の流れを含めた周囲の情報から詳細なマップ情報を作り相手の位置情報を体格含めて割り出すことができる。
未来予知に等しきそれにより、背後4キロ先のスナイパーライフルから放たれた一撃を見ずに躱すといった芸当も可能。
その精度と範囲は彼の言う情報量なるもので決定される。
本人曰くこの剣と魔法の世界には圧倒的な情報量があるらしい。
23人中3人が生存した状況について……
3人の参加者が逃げ出すことに成功したのは距離があったこと。
即座に逃げ出したこと。
跳弾の軌道に乗らないように無意識でルートを選別していたこと(跳弾が来るとは知らなかったが、嫌な予感に従っていた)。
その判断の速さから自分について知っているうえで逃げ出すようなつまらない奴だと判断され後回しにされたこと。
カートリッジが効果切れになったこと。
それらが上手く噛み合ったため。
すぐに逃げ出した4人の内の1人はルート選択を誤った結果、一応の射程圏外に逃れる寸前で跳弾の餌食になり即死した。