第24話 【人外】王冠殺し
森の中心から空に撃ち上がった魔弾。
それに対する反応は2つに分かれた。
「なんだ?」
すぐ近くにいた男は眉をひそめる。
「近くね?」
「それな」
「狩っちまうか?」
事前にチームを組んでいた旅人達は獲物がいると笑みを浮かべる。
自らの居場所を知らせるような調子に乗っている奴がいるようだ。
ならば、狩ってしまおう。
罠だとしても、それを食い破ってしまえばいい。
(自分の居場所をばらすとか、バカかよ)
呆れたように、物陰に身をひそめながら早速1人脱落したと蔑む者もいる。
一方で。
「は、今のって……やば!? 近すぎ!?」
それに気づいた男は焦りを浮かべながらすぐに駆けだした。
バレても構わないと言わんばかりの全力疾走だ。
「うひゃー、運なさ過ぎるでござる! さすがにしょっぱなからは勘弁だってー!」
女は外套を纏ったまま、足音を極力消し急ぎその場から離脱する。
「クソが! 冗談じゃねえ!」
この場に結果を残しに来た男は遠目に見えたそれを見てすぐに反対方向に駆け足で移動し始めた。
彼らはその空に撃ちあがった弾丸の半径500メートル以内にいた者達だ。
その中には今回の優勝候補と呼ばれるうちの2名がいた。
<Virtual Warfare>トップランカーの1人、動画投稿者KONAMIN。
AR FPSトッププロ、SONIC。
その2人が焦りながらその場から離れ出した。
優勝候補達がすぐさま逃げ出したのだ。
彼らは気づいていた。
先程の魔弾が、自らの居場所を知らせるために放たれたものではないことを。
理不尽から逃れるために、すぐに動き出さなければならないことを。
「すぅー……はああぁぁ……」
男は大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
「いいねぇ、この戦場の空気。そして、周囲に溢れかえる圧倒的な情報量」
男は楽しそうに笑みを浮かべながら──
「──その場に留まってるのが4人、4人、3人チーミングか。ばらばらにいる5人はソロだな。こっちに近づいてくるのが2人組。駆け足で離れてくのがソロ4人、そんで1人芋ってやがるな……」
既に男は周囲にいる敵の動きを完全に把握していた。
それは《気配感知》でもなければなんらかのスキルによるものでもない。
そもそも、貸し出されている外套には《気配遮断》効果が付与されている。
これだけの距離を探る方法は存在しえない。
これはただの結果だ。
男の鋭敏な感覚によって、経験則によって。
周囲の音の反響を、風の流れを、空気の変化を、土の匂いを。
この場に存在するありとあらゆる情報を取得し、精査し、算出したに過ぎない。
男からすれば、これだけの情報量があれば周囲の状況と、人と、地形を完全に把握するのはできて当然のことだった。
そう、先程空へ向けて放った一発は決して、自らの居場所を知らせるためのものではない。
「さぁてと……」
そして、その手に持っていた魔導銃を無造作に構え……
☆
特殊下級職【魔銃士】は数十年前、魔導銃というアイテムが開発されると同時に契約の神によって産みだされた新時代のジョブだ。
その主なスキルの効果は魔導銃から発射される魔法の弾丸にSPやMPを用いて様々な特殊効果を付与できるというもの。
チャージ時間に応じ魔弾の威力と射程を底上げする基本スキル《充填》。
魔導銃へ魔力の高速充填を行う基本スキル《連速》。
着弾した対象に衝撃を与えるアクティブスキル《衝撃魔弾》。
魔導銃から放たれるの魔弾の貫通力を高める武器強化スキル《貫通強化弾》
魔導銃から放たれる魔弾に弾性を付与する武器強化スキル《弾性強化弾》。
これらの他にも銃本来が持つスペックとして連射型か、威力重視の単発型か。
多種多様なカスタマイズを行い様々な距離で戦うことが可能なジョブが【魔銃士】であり、魔導銃という武装の基本的な運用方法だ。
その運用法の中に跳弾という技術が存在する。
《弾性強化弾》というスキルで武器を予め強化し魔弾に弾性を付与することで実現するそれは、魔弾にどの程度の弾性を付与するか任意で調整することができた。
つまり──
☆
銃の怪物が動き出す。
「俺のことも知らねえリスナーもいるみてえだし」
目標に狙いを定める。
「まぁ、自己紹介もかねて景気づけに」
世界最強のFPSプレイヤーが牙を剥く。
「楽しい楽しい、殺し合いの始まりといこうか」
そして、男は始まりを宣言した。
「うお……っ!?」
「まっず、い!?」
「間に合うか!?」
「やばたにえん!?」
すぐに逃げ出した4名は空気の変化を即座に感じ取る。
FPSで培ってきた経験。
銃の世界の殺し合いによって培われた危機感知能力。
全身に駆け巡る悪寒。
何が来るのかわからない。
わからないが、やばい。
スキルやステータスではない。
生存本能が、己の勘がここにいたら死ぬと言っていた。
彼らがいるのは森林地帯だ。
障害物が多く、隠れ潜むにはちょうどいいステージだ。
それを開始地点に選んだこの場にいる彼らには一切の罪はないと言えよう。
ただ、運が悪かったのだ。
障害物が多いということは、つまり……跳弾する対象が大量にあるということなのだから。
「まずはお前からだ、芋野郎」
引き金がひかれ、魔弾が放たれる。
<カートリッジ>によって威力が底上げされた弾丸は付与された弾性により、森の中を縦横無尽に跳ね返る。
木を、岩を、枝を様々なモノを経由し──
「ぶえ」
──200メートル先の茂みに隠れていた男の脳を的確に貫き破壊した。
「次」
魔弾が放たれる。
「よし、行こうぜ!」
「おーけぷびら!?」
──100メートル後方、その男は死角から跳ね返った弾丸に頭を貫かれ即死した。
「次」
魔弾が放たれる。
「逃げれ……っ!?」
真っ先に逃げ出し500メートル左方に到達していた男は首を的確に貫かれ即死した。
「次」
魔弾が放たれる。
「な、なんだこの悲鳴は……あ゛?」
50メートル右方にいた旅人は心臓を破壊され即死した。
「次」
魔弾が放たれる。
「き、緊張するなぁ……グガ!?」
150メートル右後方にいた旅人は頭を吹き飛ばされ即死した。
一発放たれるたびに、油断している者から死んでいく。
的確に死角から襲い掛かってる魔弾に重要部位を貫かれて死んでいく。
「出てこい! オレを守ごば!?」
──異常に気付き<アルカナ>に身を守らせようとした旅人はそれを実行する前に即死した。
「う、わああああああああああ!」
──周囲から時折聞こえる悲鳴に錯乱状態になり走り出した旅人は、頭上から降ってきた魔弾に頭を貫かれ即死した。
「……っぶね!?」
先程眼の前で仲間が死んだ男は周囲を警戒していた。
だからこそ、その魔弾を躱すことができ……
「はっはあ! い、生きて、は……?」
魔弾を回避したと思ったら、回避した先になぜか存在していたもう一つの魔弾に目を貫かれ爆発。
男は頭部を的確に破壊されポリゴンとなって砕け散っていった。
魔弾が放たれた。
魔弾が放たれた。
魔弾が放たれた。
魔弾が放たれ……
「ん? たったの25発でもう効果切れかよ。安物だな」
男は魔導銃に取りつけていた<カートリッジ>を外し無造作に放り棄てる。
ゲーム開始からわずか、60秒足らず。
四方、半径500メートル以内にいた旅人23名。
内20名がポリゴンとなって砕け散っていった。
それは、今大会の参加者500人の内、実に4%が既に脱落したことを意味している。
<カートリッジ>によって強化された弾丸の持つ貫通力は相当なものだ。
加えて【魔銃士】が持つ各種パッシブスキルによる威力強化が施されている。
ENDさえ高ければ耐えきることも可能だが、今この場にいるほとんどの旅人は威力偏重の銃使いのみ。
さらに不意を突かれ、魔弾が的確に重要部位へ着弾したことによるクリティカル補正の発生。
<カートリッジ>による強化補正とクリティカル発生による威力補正によって、距離減衰や跳弾による威力減衰があっても魔弾の威力はほとんど衰えることがなかった。
つまり、重要部位を的確に破壊さえできれば理論上一撃で仕留めることも可能だ。
音の反響による聴覚を。
匂いによる嗅覚を。
流れを鮮明に感じ取る視覚を。
肌に触れた空気の違和感を探る触覚を。
戦場の空気を目一杯吸い込むことで感じ取る味覚を。
ありとあらゆる情報を喰らい、跳弾の弾道を計算し、対象の急所を狙い穿てば可能なのだ。
そう、この一方的な展開の仕組み自体は実に単純だ。
周囲の情報から地形を掌握しきり、未来予知に等しき先読みを用い、跳弾という技術によって、相手の回避行動先へ魔弾を的確に誘導し、一発の無駄弾もなく仕留めただけだ。
所詮、それはただの理論値だ。
実際には到底実現しえないものだ。
だが、それが理論上可能であれば理論以上の精度によって実現する。
こと銃を用いた戦闘において男に不可能は存在しないのだから。
異常を超え、なお異常なまでの情報収集能力と解析能力。
そして、圧倒的な精度を誇る弾道制御能力。
「……なぁ、せっかくここまで待ったんだ。なんていうんだっけか? そうそう、一日千秋の思いってやつだ」
ここにあるのは彼が求めた銃がある世界だ。
銃を用いて、殺し合える世界だ。
この世界で探しているのだ。
己と同じ怪物を。
血肉が滾る最高の殺し合いを。
「楽しませてくれよ<ファースト・バレット>。いや、MMORPGゲーマー諸君」
そして、男は──
「俺を、失望させてくれるな」
銃に愛された人の道理を外れた怪物は、まだ見ぬ自らの宿敵に思いを馳せながら獰猛な笑みを浮かべた。