第23話 かくして、怪物は動き出す
□機械帝国レギスタ 特設会場 北待機スペース
『よ、GENさんじゃーん☆ おっひさ~』
1人の女性が自らの装備を確認していた男に話しかけた。
男は全身黒のアーマーを身に纏っていた。
剣と魔法のファンタジー世界に似つかわしくないほどに現代の武装に近しい姿だ。
『……その話し方。KONAMINか?』
『正解正解大正解! さっすがGENさん!』
その女性は、男とは反対に露出の多い軽装だった。
頭に明るい茶色のフレームがついたゴーグルを掛け、肩には上着を軽く被せている。
そして、白がベースの薄地の服を締め付ける黒ベルトで腰に銃を固定。
ついでに太ももをこれでもかと晒す大胆な服装だった。
『……相変わらずだな』
『装備は軽くて動きやすいのが一番だぜ? それに、こーんなかわいい私を全世界に知ってもらうにはこれが最適解なわけよ。あと、相手の集中を削げるし』
『色香に惑わされる程度の者にしか通用せんだろ』
男は呆れたように溜息を吐く。
アバターメイクができる一部のVR FPSにおいて、女性アバター使いという存在が一定数いる。
いわゆるネカマに近いプレイスタイルだが、異性にいいところを見せたい仲間が張り切り、嫌われたく無い敵のエイムがずれランク戦で有利になるからだ。
悲しいかな、仮想だからこそ夢を見てしまう。
だからこそ、VR FPSの上位層はそういった存在を無心で処理できる者達しか生き残れない。
そもそも、見た目に惑わされるなんてナンセンス。
中身は誰であろうと本気でキルする。
それこそが、上位プレイヤーのプライドでもあった。
『GENさんこそわかってないな~。ここはファンタジー世界のゲームだよ! 見た目は軽装でも、装備の性能が良ければその全身フル装甲よりも防御が高いなんてざらだぜ? ビキニアーマーとか、バニースーツとか!』
『……確かにその通り、か。なら、その装備もかなり性能がいいものなのか?』
『え、くっそペラペラに決まってんじゃん。見た目重視のおしゃれ装備だよ、これ? 何言ってんの? あ、ちょ……やめて! そんな熱い視線で私の肢体を見ないで! 私には心に決めた人が!』
『……背後には気を付けろよ』
『こわ~、ちょっとからかっただけじゃんね。ま、いいや。今日はお手柔らかに~☆』
そう言って、2人は分かれていった。
画面が切り替わりまた別の会話が映し出されていく。
「今のが<Virtual Warfare>において現ランキング3位のGEN選手と、現ランキング9位のKONAMIN選手の試合開始前の会話でした。コメント欄の皆さんも結構知ってる人が多いんじゃないでしょうかー!」
《KONAMIN最強! KONAMIN最強!》
《いぶし銀GEN!》
《KONAMIN最強! KONAMIN最強!》
「えー、コメント欄が少しヤバいことになってるので無視します。他にも今映像を流しているAR FPSのプロであるSONIC選手や、なぜかライフルで素振りしているおかしな参加者もいたりしますね。それにしても、視聴者さん結構増えたな~」
「彼らがこの大会でどんな活躍をしたのかはまだ知られてないからな。っと、そんなことを話しているうちに……」
「はい、待機スペースで待っていた人達が一斉に外套を被りましたね。これには《気配遮断》の効果がついてまして……一斉に走り出しました! 待機スペースは東西南北の4カ所! これより10分の間に移動を終わらせ好きなところから開始することができます!」
「これどうやって撮ってるんだ?」
「自動録画機能をONにすると、見栄えのする画角に調整してくれるみたいなんだよなぁ。だから、本来その視点を映像で撮るの無理だろ! ってプレイ映像も簡単に記録できるみたい……というかお前は知ってるだろ!」
「視聴者は知らないかもしれないし……ねー?」
「人のチャンネルで視聴者の好感度稼ぐのやめてくださーい」
映像は空高い位置に切り替わり、戦場を俯瞰するように映し出す。
「できるだけ人気がないところに行くか、それとも開始したらすぐに接敵するようにするのか」
「参加者はひりついていただろうな。ここから既に情報戦は始まっている。どこかに隠れるにしても、隠れる場所を見られたら開始と同時に火力を叩きこまれて即退場なんて可能性もある。割とガバいな」
「そこら辺はノリと勢いと……後はスニーキングスキルも重要だってことで。今コメントで指摘されてますが、チーミングに関しては特に制限をしていませんでした。なので、事前に打ち合わせをしていれば集合場所を決めて集まることも、逆に開始早々に罠に嵌めることもできます」
その穴に対しコメント欄が加速する。
「もうこの大会は終わってるんだからいまさら言っても遅いって。それに、なんでも禁止したらつまらんでしょうに。企画者として、なんでもありっていうスタンスは崩したくなかったんです~」
「チームを組んだら組んだで間違いなくポイントがチーム内で分散する。集団でスポットポイントを占拠しても、得点できるのは一番近くにいた一人だけ。そして、これはあくまでも制限時間終了時点の合計ポイントで決める個人戦だ」
「そういうこと~」
にやりと天海は笑みを浮かべた。
「お前らも楽しみだろ? それまで協力してた奴らが、ポイント欲しさに醜く仲間割れする様がよおおおおお! 見たいと言ええええええええ! 俺は見たあああああああああああい!」
《見たい!》
《性格悪くて草》
《対人ゲーやってる奴はだいたいそんなもん》
《俺達に対する熱い風評被害》
しばらく個人個人の視点に切り替わり、彼らがどのように動いているのかを解説していく。
高台を確保しに動く者。
森の中に入り隠れ潜む者。
スポットポイントの近くで身を潜め、近づいてきたものをキルしようとする者。
500人もいるので全部の視点は見れないからこそ要点を抑える。
気になるのであれば、個人チャンネルの方で動画投稿する人もいるからと誘導も忘れない。
そして──
「そろそろ時間ですね。一旦視点を固定します」
映像の画面が固定される。
周囲にあるのは大量の樹木、森林エリアに区分けされた場所だ。
そこに1つの人影が佇んでいた。
外套のフードを被っているため顔は見えない。
「ここからは少し我々も黙ります。視聴者の中には当時なにが起きてたのかを気になっている人もいるでしょう」
《何の話?》
《これを見に来た》
《マジで何が起こったのかわからんかったからな》
《死の一分な》
コメント欄がざわつき始めた直後、映像内で四方から大きな炎の魔法が同時に空に撃ちあがる。
そして、盛大に爆発した。
「……それでは、<ファースト・バレット>スタートです!」
それがゲーム開始の合図であり……瞬間、映像に映し出されていた人影が無造作に外套を脱ぎ捨てる。
そして、くすんだ金の髪を雑に切りそろえた男の顔が露わになった。
《きちゃ!》
《はじまた!》
《Crown!?》
《うおおおおおおおおおおお!》
そのまま魔導銃の銃口を空へと向け──
『《衝撃魔弾》』
開始早々に魔弾が発射される。
ほぼ無音なはずのそれはしかし、スキル効果によって破裂し周囲に音を響かせた。
──これは、過去の記録である。
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