第22話 <ファースト・バレット>
□2035年 4月12日 自室 烏鷹千里
小波先輩から例のものを受け取った翌日。
今日のガイダンスも全て終わり自宅に帰宅した俺はとある動画サイトを開いていた。
「ここか」
機械帝国レギスタにて開催されたユーザー大会、<ファースト・バレット>。
その録画データを編集しまとめたという動画の待機所を開く。
チャンネル名には「天海のゲームチャンネル」と書いてあり、その登録者数は20万人を超えていた。
過去の動画を見てみると、元々顔出ししていたゲーム配信者らしくFPSゲームのアーカイブがずらりと並んでいる。どうやらプロチームに所属していたこともあるそうだ。
すでに200人ほどが待機状態になっており、今もなお少しずつ増え続けていた。
<Eternal Chain>にログインしたことがある人数はすでに数百万人を超えているらしい。
【Impact The World】の影響も大きかったようで、大手の動画配信者や実況者が【Impact The World】部門のポイントを稼ぐために色々あの手この手で広報活動を行ったのが要因とのこと。
プレイ料金が月額500円なのと、VRヘッドギア自体はすでに普及していたのも大きいようだ。
実際に同一時間帯にログインしている人数や、一度ログインしただけでそれ以降ログインしているかどうかの詳細なデータは運営しか持っていないだろうがこれだけ波に乗れば些細な事かもしれない。
イデアによる内乱が起きているカラブ帝国や海賊と自警団組織の争いが激しい海洋国家オーシェルドではちょくちょくボヤ騒ぎが起きているみたいだが……非日常を求めるプレイヤ―もいるので評判はどっこいどっこいといったところか。
飛ばしていた思考を切り上げ、コメント欄を見る。
これから流れる動画はあくまでも既に終わった大会を振り返るためのものだ。
ただ、多くの参加者の視点が整理され、どのような思惑が働いていたのかを多角的に確認できることそのものに価値はある。
そう、だからこそこれは当然の帰結であり、必然だった。
「<ファースト・バレット>の優勝者はクラウン、か……」
銃を用いた戦闘において無敗の男は、今回も無敗を守り切った。
その前提条件と共に俺達視聴者はこれから、この大会で何があったのかを目撃することとなる。
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─配信が開始されました─
【Eternal Chain】<ファースト・バレット>について振り返る【見逃し厳禁】
「おはよう! こんにちは! こんばんわ! 天海のゲームチャンネルにようこそ!」
どこかのスタジオを借りているのか、まるでラジオ番組のように机に手を置きながら1人の男が話し始めた。
視聴者数は10000人を超え、今もなお増え続けている。
「本日はですね、MMORPGゲーム<Eternal Chain>でつい先日開催された最強銃手決定戦。またの名を<ファースト・バレット>の大会模様について編集した動画を皆さんと一緒に見ていこうと思います! ええ、はい。その通りファンタジー世界でFPSゲームを再現してみちゃいました!」
それも当然というべきか、なにせこの大会にはAR FPSのトッププレイヤーや登録者10万人や100万人を超える大手配信者が何人も参加していることで知られているからだ。
彼ら彼女らは本配信の公開が終了するまで自チャンネルでの動画投稿をしないルールがあった。
そのため、この配信が<ファースト・バレット>の全貌について初めて全世界へ向けて公開されることとなる。
「うんうん、なぜリアルタイム同時視聴じゃないのか、と。探しても大会のアーカイブが見当たらなかったってコメントもありますね。知らない人もいるみたいなので簡単に説明すると、この<Eternal Chain>っていうゲーム、録画データの出力の制限が厳しいんだよね。他のプレイヤーの顏とか情報が乗ってると本人の許可なしにリアルに出力できないんだよ。そのためか、配信機能も制限付きだったり」
その情報に対するコメントの反応は様々だ。
リア凸できないからそれはいい制限という肯定的な意見なものから、配信できないのは古臭いといったものまで。
「あ、でもインスタンスダンジョンに潜ってるときは使用できるから、ダンジョン配信とかしてる人はいるみたいだね。そういえば10年ぐらい前に流行ってた記憶があるわ。俺もちょくちょく読んでたなぁ……」
「10年前、嘘だろ……」と絶望する声や「現代ダンジョン配信物がまさかリアルになるとは……」と謎の感嘆のコメントが流れていく。
加速するコメント欄を流し見した男は話を本筋に戻した。
「話がずれちゃったな……公開がここまで遅くなってしまったのはほんと申し訳ないです。ただ、参加者500人の視点を過不足なく編集しようってなると、あまりにもデータが莫大で色々うちのAI子に手伝って貰ったり……逆に5日間で仕上げてきた俺を褒めて欲しい! 企画運営に加えて動画編集まで完璧にこなす俺ってまさか天才……!?」
《はよしろ》
《自画自賛乙》
《前置きが長い》
「あー、すみません! すみません! 早速本題に入りたいと思います。それでですね、本日はなんと一緒に動画を見るゲストをお呼びしています! あの超人気ゲーム実況動画投稿者、エアーさんに来ていただいてます。はい皆拍手!」
そして、画面の外側から1人の男が入ってくる。
ゲーム実況動画投稿者、エアー。
登録者70万人を超えており、元々はARゲームを中心に動画投稿を続けてきたが、ここ最近はそれまでとは一変、積極的にVRゲームである<Eternal Chain>の動画投稿を続けている。
最近では紐無しバンジージャンプという題名と共に、地上2500メートルの高さから総勢400名を超える人数で一斉に飛び降りるまでの過程やバカ騒ぎをいろんな視点で編集してまとめたコメディ寄りの動画が話題を呼び、登録者80万人が見えて来ていた。
2人の男は並ぶように座る。
「紹介されたエアーだ。本日は招待してくれてありがとう。所属国家が違うから本来は敵陣営同士だが、今日は1人のプレイヤーとして楽しませてもらうよ。実はずっと気になってたんだ」
「こちらこそ来ていただいてあざーっす! ……ま、他人行儀なのはこのぐらいにしておいて。リアルで会うのは久しぶりだな。最後に会ったのはAR FPSのイベント会場だっけ?」
「ははっ、幕張であったやつだな。懐かしい」
元々顔見知りであった両名は軽く雑談をする。
この頃には同時視聴者数は2万人を超えていた。
「……ということで、オープニングトークはこれぐらいにして動画を見る前に簡単にルールについておさらいするぞ。都度都度説明を入れる予定だけど、概要欄にも記載してるんで困ったら見てくれ」
そうして、フリップと共に大会ルールが画面に大きく映し出される。
「参加者は事前に抽選して選ばれた500人。場所は機械帝国レギスタにある大規模演習場を改修して作られた特別会場さ」
「元々は軍が使用していた場所だったな」
「イエス! NPCと交渉して使用権を勝ち取ったんだ。今後似たような大会を開く際には再利用していこうって話もでてるから、今回の大会に参加できなかった人もぜひ準備をしておいて欲しい」
そして、次々と会場の写真が映し出される。
広大な森、大きな湖の上に掛けられた橋、複雑な岩場、家屋が建てられた街になっている場所などいくつもの種類に分かれていた。
その多様で広大なステージにコメント欄が熱を持ち始める。
「武器はあらかじめ用意された15種類の銃から2つを選択し使用可能。防具は自由。その他の武器種も申請して通れば使用できるし敗者が落とした装備があれば使うこともできる。仕様の話になるから少しややこしいが、銃に関しては倒しさえすればその場にドロップするって覚えてくれればいい」
「魔導銃は【貸し出し】状態にあるため所持権利を有していないってやつだな。普通は倒されてもアイテムドロップは発生しない。だが、今回は倒し地面に落ちた相手の武器を漁ることができると」
「その通り。そして、今大会は参加者全員《気配遮断》効果のある外套を配ってある。それでフードで顔を隠しながら戦場の各地に散らばってゲーム開始ってわけさ」
画面が切り替わり、ポイントのルールが表示された。
「ポイントの取得方法は3つ。生き残るほどに増える生存ポイント。相手を撃破することで獲得する撃破ポイント。そして演習場の各地に配置され一定時間経過ごとに最も近くにいた参加者に配布されるスポットポイントの合計値で争うポイント取得形式だ! なんでそういうことができるのかに関してはよくわからん! 俺は要望を伝えただけだ。機械帝国レギスタの技術力は世界一いいいいいいいい!」
「これはイデア……NPCが持つシステムログへの介入する技術を応用した技法だろうね。貢物を用意して契約の神へ祈りを行い、契約書に記名した者達へ恩恵を与え……」
「長い長い! へいエアー! もっとわかりやすく!」
「そうだなぁ……運営が今大会用にメニュー機能をチューニングしてパッチを作成した。参加者は契約書への記名をもってしてカスタムパッチが自動で適用された、ってところか?」
「ようは今回の大会のために運営がいろいろ便宜を図ってくれたってわけだな! サンキュー!」
事前の打ち合わせの通り、説明は滞りなく進んでいく。
「ルールについては複雑なように見えるけど、最後まで生き残ってたくさんの敵を倒せば勝ちってことだね」
「甘いぜエアー。あくまでも最終的な取得ポイントの合計値で順位が決定されるからな。それ含めての駆け引きだ。流れ次第によっちゃ、他の奴ら全員が早々にリタイアして時間制限ギリギリまで芋決め込んだ奴が生存ポイント獲得で上位入選なんて可能性もある。撃破ポイントも撃破数が増えるに連れて自身のポイントが上昇するから目立ってポイントを稼いでいると狙われやすくなるぞ」
「おっと、それは悪かった。そう思うとかなり複雑そうだ」
「ま、ルールはずっと前から周知してたからな。それに、今大会の参加者は元々FPSをやってきたゲーマーも多いから、色々な戦略も見えてくるはず……というか、今いる視聴者の大半はそれ目当てじゃね?」
スポットポイントを取りに行ってもよし。
スポットポイントの近くで待ち伏せするもよし。
逆にスポットポイントは完全に無視を決め込んで生存ポイント重視にしてもいい。
最後まで潜伏し、撃破ポイントを稼いだプレイヤーをキルし美味しいところをかすめ取ることもできれば、早々にポイントを稼いだ後見つからないように隠れ潜むのも手だ。
故に参加者は戦略と共に流動的に移り変わりゆく盤面への判断能力が求められる。
まあいいやと、天海が次に映し出したのは長方形の物体だ。
「これは<カートリッジ>って言ってな。いわゆる強化アイテムだ。今大会で使用される魔導銃っていう武器はMPを自動で消費して撃てるお手軽な武器なんだが、<カートリッジ>を使用すれば弾の威力や射程を強化することができる。ここに構造を再現したものを用意してあってな。よっと……」
天海が机の下から取り出したのは魔導銃と<カートリッジ>の外装だけ再現した実寸大の模型だ。
その<カートリッジ>の突起部分を魔導銃の溝に突き刺しかちりとはめ込む。
「こうやってはめ込んで使う拡張弾倉の一種だ。他にも魔弾に属性を付与したりといくつか種類があるんだが、今回はわかりやすくするためにこの基本タイプのみ使用可能。これをなんと俺の懐マネーを犠牲に参加者全員に3本ずつ配布してやったぜ! いやー、参加費用徴収してなかったらゲーム内で破産してたわー」
「使えば強力な攻撃ができるが、ヘイトを買いすぎると当然他の参加者から手痛い反撃を喰らって退場しかねないと。早々に使い切ってしまった場合、補充できなれければ反撃の手立てが残されていない場合もありそうだ」
「そうなるな。今大会は持ち込めるアイテムにもある程度制限を設けさせてもらってるから、リソース管理が重要だ。アイテムボックスはこっちで用意したもんだし、キーアイテムボックスは大会参加中使用不可の契約を交わしてある」
そうして、男は説明を切り上げた。
「概要としてはこんなもんか。もっと細かい補足事項については動画とコメントを見ながら何が起こっていたのかを説明する感じでアドリブでよろ」
「急に雑だな」
「いいのいいの。そんじゃ動画を流し始めるぞ。ここからは見逃し厳禁! <ファースト・バレット>の全貌が今、明らかになる! 衝撃映像注意だ!」
白熱し始めたコメント欄と共に、画面が切り替わり──
天海のゲームチャンネルとは……
登録者数20万人を超えるゲームチャンネル。
チャンネル主である天海はFPSの元プロ。
AR FPSやVR FPSといった実際に自らの身体を動かすようなゲームが出てきている中、従来のコンシューマー型のFPSゲームについて動画投稿を続けてきたいわゆる界隈の古参であり、昔はイベントの司会や解説に呼ばれることも多くあった、がそれは過去の話。
新しい風を呼び込むためにここ数年でAR FPSやVR FPSについて触れていた中で、魔導銃なるものを扱える<Eternal Chain>について知った。
<ファースト・バレット>の企画運営に大きく関わっている。
エアーとは……
登録者70万人を超える動画投稿者。
元々は多くのARゲームの動画を投稿していたが、ここ最近はずっと<Eternal Chain>の関連動画ばかり上げている。
ゲーム開始初期のPK事変にて天空国家プレメアの自警団組織のリーダーを務め、収束まで導いた。
一部掲示板からはAR大臣の名で親しまれており、また一部界隈からはARゲーマーの裏切者と呼ばれている。
本人曰く、「既存のVRゲームは所詮まがい物に過ぎなかった。五感を完全に再現せしめた本物の完全没入型VRゲームがでたのであれば、それを遊ぶのは当然のこと」とばっさり切り捨てている。