第21話 加わるは”絵”
「お、みんな揃ってるね!」
再度部屋の扉が開き小波先輩が入ってきた。
その背後には、見覚えのない少女がびくびくと震えながら周囲を見渡している。
それを挟む形で身長180センチ近い男性もいた。
「それじゃあ早速、今年度最初の部会を始めよっか」
これで全員ということらしい。
☆
「えー、部長の学泉同級生はちょっと予定が入っているみたいなので代わりに私が取り仕切るね。まずは1年生に向けて簡単に自己紹介をしていこうと思います! その後はいつも通り適当に今後の予定について話し合っていこうかなーっと。それじゃあまずは私から。こほん……」
教壇に立った小波先輩は部会の始まりの挨拶と共に早速と言わんばかりに話し出す。
「3年副部長の小波遥でーっす☆ よろしくお願いするぜ1年ズ!」
「よろしくお願いします」
「……よ……し……ます」
1年ズ、ということは縮こまっている彼女もやはり新入生だったようだ。
元々実績のある新入生を招き入れてしまおうという理由からスカウトに行っていたようなので、彼女も何らかの記録や成績をもっているのかもしれない。
その身長は150センチぐらいだろうか。
明るい茶髪を肩口まで伸ばしダボダボのパーカーを着込んでいる。
(見た感じ、スポーツではなさそうだけど……)
「時間も勿体ないしバンバンやってこうか! ということで次鋒を任せたぞ大地同級生!」
「任されたぞ小波副部長!」
小波先輩に促された大男は立ち上がる。
その気迫は並のものではない。
「同じく3年の尾形大地だ! 高校の頃から柔道をやっている。全国大会にも何度か出場したことがあるぞ!」
柔道いんのかい。
「ARゲームであれば自分でいうのも何だが相応に嗜んでいる。柔道部との掛け持ちをしているため、もしかしたら会う機会は少ないかもしれないがよろしく頼む!」
そう言って尾形先輩は席に座った。
そこから先輩方は続いて自己紹介をしていく。
「それじゃあ次は私かな? 建築学部2年の風切来夏だよ! 高校の頃はアーチェリー部に所属してたんだ! よろしくね~」
「同じく2年の阿波一成。専門は弓道だね。そこにいる来夏とは子供の頃にうちの道場に弓を習いに来てた頃からの知り合いかな? まぁ、気軽に楽しくやっていこう」
「2年、武蔵だ」
「……え、それだけ? まぁいっか! あとはこの場にいないけど3年の部長に学泉湊ってのがいるぜ☆ ってことで、1年も行ってみようか!」
俺はちらりと少女を見る。
「じ、じこ……じこしょ……!?」
「……」
うん、俺が先に行くか。
「1年の烏鷹千里といいます。今日はサークル活動の見学に来ました。よろしくお願いします」
ザ、無難オブ無難。
ここは短くシンプルに。
「高校の時とか何してたの? 部活は?」
風切先輩が不思議そうに問いかけて来る。
「特に部活とかは入ってませんでしたね、VRゲームばっかしてましたよ」
「あれ?」
「あ、言い忘れてたけど、そこの烏鷹後輩は私と同じようにVR適性診断テストで合格点を出して入部の権利を勝ち取ったからね。だから、君たちみたいに高校の頃に部活の大会で結果を残してたとかそういうのは無いと思うよ……だよね?」
「はい、合ってます」
小波先輩が流れるように補足してくれたので席に座る。
「うんうん、次は……市ノ羽後輩、行けそう?」
「ひゃ……ひゃい!?」
少女はどうやら市ノ羽という苗字らしい。
呼ばれた勢いのまま立ち上がり固まった。
「い、市ノ羽絵奈……です。よろ……願いします……」
10秒ほどかけ、それだけ言って席に座る。
うん、実にシンプルだ。
「市ノ羽後輩は私が直々に風切後輩にスカウトをお願いしてもらいました。簡単に言っちゃうと、色々なコンクールで入賞してる画家さんだね! 名簿の中で名前を見た時からもしかしてと思ってたんだけど見事にドンピシャだったぜ☆」
「へー、それは凄い。美大とかには行かなかったんだね」
阿波先輩が先ほどの風切先輩と同じように質問を投げかける。
確かに、絵画のコンクールで何度も受賞しているのであれば美大に行くのも選択肢の1つだろう。
「ひゃい……え、と、その……私が……習うことは、無かったといいます……か……」
「おー、凄い自信家だね」
「ぴぇ、ち、ちが…………はい……」
(諦めた!?)
否定しようとしたのに諦めたぞこの子。
えーと……
「習いたいことがあって、こっちの大学に来たと」
「……!」
そう聞けば、こくこくとものすごい勢いで頷く。
「あー、市ノ羽後輩の画法はちょっと特殊らしくてね。私も聞きかじりの知識だから間違ってたら指摘して欲しいんだけど……」
小波先輩は少し貯めた後、なぜ彼女をスカウトしたのかを告げた。
「その子は思考で絵を描くんだよ」
☆
ブレインマシンインターフェースというものが存在する。
それは脳と機械の間で直接信号をやり取りし神経機能を代替・補完する技術のことだ。
脳の思考を機械に直接伝えて操作すると言えばわかりやすいか。
頭に装着したヘッドセットを介して脳波から機械の腕を動かすといったようなこともでき、AR・VR技術の基礎概念の1つでもある。
「ほら、こういうイラスト専用のマシンがあってね」
小波先輩はスクリーンを操作しボードにその写真を映し出す。
ARグラスの拡張デバイスと呼ばれるそれは、思考で絵を描くツールである。
「そういうのって、直接イラストを出力するんじゃないんですか?」
阿波先輩が言っているのはVR BOXのような直接思考で出力することが可能なツールのことだろう。
事実、ARの拡張デバイスの中にもそういったものがある。
タブレット上に思考だけで絵を書くようなものだ。
精度に関して言えばVR環境の方がよっぽど高いのだが、ARグラスでも十二分に活用できるぐらいには実用化されている。
ただ、今小波先輩が映しているのはあくまでも絵を描くための道具だった。
「デジタルならそれでいいけど、コンクールの内容によっては水彩画とか油絵とかあるからじゃない?」
「あー、そうか」
風切先輩が言ったように、直接思考を出力するタイプのイラストはデジタルイラストに該当する。
油絵や水彩画のコンクールでは当然評価対象外だ。
こればかりはルールに準拠する形になるだろう。
そのために、あくまでも思考という媒体を通して絵を書くというツールも存在しているのだ。
「凄い大変そうだけど、そうでもないのかな?」
「いぇ……こ……楽……」
「なんて?」
「ぴえっ!?」
聞こえなかったのか、阿波先輩が聞き返すと市ノ羽は震えだしてしまった。
えーと……
「こっちの方が楽だって言ってましたよ、たぶん」
そう補足すれば、再度市ノ羽はこくこくと頷く。
どうやらあっていたらしい。
阿波先輩は不思議そうな顔だ。
「え、聞こえたの?」
「いや、なんとなく。聞こえてきた単語と口の動きと俯き加減から予想しただけです」
「読唇術?」
「もどきですけどね」
口頭出力するタイプのVRゲームだと場合によっては相手の口の動きだけで何をしようとしているかわかるので、ある程度読唇術が出来る方が有利だ。
例えば、最初の一文字が「ま」の動きをしたらまから始まるスキルが来るとわかるように。
ゲテモノファンタジーとかがそうだったな。
覚え方としては百人一首と同じである。
最終的に口元を隠す装備をするのが主流になりこの技法は廃れた。
嫌なメタの回り方だなおい。
「市ノ羽後輩を私がスカウトした理由はまさにこれ。ARデバイスを用いて描いた絵でいくつものコンクールをそうなめする天才画家! しかも水彩画や油彩画、デジタルまで含めてジャンルを問わない! これこそまさに求めていた人材ってやつだぜ☆」
「天……なんか……じゃない、です……!」
天才なんかじゃないと恥ずかしそうに必死に否定をしているが悲しいかな。
少女の声は届かずに、風切先輩や阿波先輩は拍手までしている。
「とりあえず、これで自己紹介の時間は終了! 本格的に活動について話していくね」
小波先輩はホワイトボードに大きな円を描き、中に能力拡張研究会と書いた。
「1年生向けに簡単に説明すると、うちのサークルはエンジニアチームと私達能力拡張研究会の2つの部隊に分かれているの。エンジニアチームっていうのは言ってしまえば、VR環境やARデバイスの研究を行っているとある研究室のことなんだけどね」
隣にエンジニアチームと書き、その下に加賀研という研究室の名前が書かれる。
「この加賀研究室の加賀教授がうちのサークルの顧問。で、私たちの活動の下地はこのエンジニアチームに協力……言ってしまえばデータ取りに協力すること。逆に言えばそれ以外は自由。この大学にある仮想環境シミュレーターやAR実験場なんかも申請すれば使い放題って寸法だね。この間、烏鷹後輩に見せたあれもその一環なんだぜ?」
「というと?」
「あのARグラスだよ。今の院生が衝撃を吸収するための機構を色々と研究しているらしくてね。センサーとかつけて私と武蔵後輩が本気で動いた時にどの程度の衝撃がかかっているか確認してたってわけ。本来は彼らが自分で取るべきなんだろうけど、普段から遊んでる私達の方がより実践ベースのデータが取れるしね」
そういうことか。
なぜこうも色々と融通が利いているのかにもどうやらちゃんと理由があるらしい。
「ま、私たちはゲームで遊んでるだけだったんだけど☆」
「……」
「……」
反応に困るのでそういう裏事情暴露するのはやめてください。
☆
そこからは細かい説明を受け来週についての日程確認が行われる。
部会については、各々の予定を確認した結果毎週水曜日に行われることになった。
来週は特に協力する実験などはないため月曜日と水曜日にこの間訪れた実験室を確保したようだ。
「こんなところかな。何か質問はあるかい☆」
「あ、あの……! ……の……見て……も……」
市ノ羽が小さく声を上げる。
なにやら聞きたいことがあるらしい。
「ふむふむ……烏鷹後輩! 翻訳を!」
「いや、すぐに諦めないで根気よく聞いてあげましょうよ……ん?」
市ノ羽はこちらを見ており、その前髪の隙間から覗いた目はなぜか光り輝いていた。
「……VRシミュレーションルームに興味があるそうです」
そう言うと、ぱああっと少女の纏う空気が明るくなった。
「す……なん……!」
「さっきも言ったけど、なんとなく」
今は「凄い、なんでわかるの!」と言われた。
どこぞの中二病の意味不明言語の解読や、口を開いても「興味ある」と「興味ない」としか言わない奴らに比べればこの程度、優しい問題もいいところだ。
それに最近は「くま」だけで会話しようとしてる奴もいたからな。
呉羽、雲の糸、ハニーミルク、お前らのことだぞ。
「そういうことなら、この後見学に来るかい? 予定表を見てきたけど誰も使ってなかったし当日申請だからちょっと時間はかかるけど問題ないと思うよ?」
「……!」
小波先輩がそう言えば、ものすごい勢いで頷き始める。
どうやらこの後、彼女は俺がこないだ訪れた場所を見学に行くみたいだ。
まぁ、スカウト組だって話しだしな。
「あ、そうだった。烏鷹後輩。これが例のものだよ」
「……USBメモリですか」
約束通り<ファーストバレット>の録画映像を渡してくれるらしい。
「そそ、そこに私視点の映像が記録されて、いる……から……うっぐうううう!」
すると、なぜか小波先輩は悶え苦しみだした。
「はぁ……はぁ……で、できれば明日の夜に全体視点を纏めた動画が公開される予定でね。そのデータを見るならそれからにしてくれないかい?」
「もしかして、成績悪かったんですか?」
「いやいや! 私の目標は達成できたから! ちゃんと上位入選したから! ただ、なんていうか色々と醜態を晒したといいますか……まぁ、見ればわかるから……」
そう言って、とても苦しそうな表情のまま俺に渡してきた。
「よかったら来週感想を聞かせてよ。あ、約束破ったら泣いちゃうからね☆」
「泣かないでくださいよ」
年上にウソ泣きされるのキツイので。
「それじゃ、お疲れ様でした」
「お疲れ様だぜ☆」
俺はそれを受け取り、この場を後にする。
先輩方については色々と問題が浮き彫りになった気がしないでもないが、とりあえずどういった活動をするのかは大体わかった。
向こうの世界に支障がない範囲であればここで活動していくのも悪くはないだろう。
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……………………
……………
☆
□???
少女は疑問を投げかける。
「うん、さっきのデータはやり取りは何かって? そうだね……烏鷹後輩に仮入部して貰うための交換材料ってところかな」
少女はあらぬ妄想をし挙動不審になる。
「いやいや、そんな大した物じゃないよ。<Eternal Chain>っていうVRゲームのプレイ映像ってだけだし。知らない? 興味あるなら、遊んでみたらいいんじゃないかな。チュートリアルまでならプレイ料金発生しないし。ほら、こんな感じ」
少女は天空に浮かぶ島や箒で空を飛び回る映像を見せられ、そのゲームに少しの興味を持つ。
「お、意外とアクティブなんだね。風切後輩がスカウトしに行った時も、結構乗り気だったらしいし。機械帝国レギスタにおいでよ? 歓迎するよ? ……ちゃんと下調べしてからにするんだね。あ、そうだ!」
少女は急な大声にびくっと震えた。
「ついでに市ノ羽後輩もあれ受けてみる? ……ああ、あれじゃ伝わらなかったか。VR適性診断テストっていう入部テストみたいなのをしててね……そうそう、さっき烏鷹後輩が受かったって話してたやつだよ」
少女はやる気があることを伝える。
「そっか、やる気があるのはいいことだね! それならまずは一緒に使用申請に行こっか! 見学の旅にレッツラゴー!」
──そうして、◼️の◼️◼️を◼️れた◼️◼️がまた1人宴に加わった。
市ノ羽絵奈とは……
多くの絵画コンクールで結果を残してきた画家。
ジャンルは問わず水彩画や油彩画、パス画まで幅広くこなす。
ARグラスに実際の風景などを描写し、拡張デバイスを用い思考によって筆を操作し絵を描くといった風にその画法は少々特殊。
その経歴に目をつけられ、能力拡張研究会にスカウトされた。