第20話 能力拡張研究会 2年生
□2035年 4月11日 烏鷹千里
あれからのレベル上げは順調の一言に尽きた。
合計レベル200を超えてからは流石にレベル上昇のペースが下がり、ユティナもあれ以降新しいスキルを覚えることはなかったものの概ね予定通りレベル上げができていると言えるだろう。
しかし、それだけしていくわけにもいかないもので……
「はい、それでは初回のガイダンスは終了です。来週から本格的に講義を進めていくので、指定した教科書の準備をお願いします」
それだけ告げ、眼鏡をかけた細身の男性は早々に教室から去っていった。
俺はこれでも大学生。
不良でもなければ、清廉潔白かつ高潔無比で知られる身だ。
ここ数日は初回のガイダンスや学力確認の抜き打ちテストなど様々な荒波にもまれながらも、まじめに講義を受けていた。
数ある必修の1つ、情報数学の初回のガイダンスが終わり周囲はにわかに騒がしくなる。
大学といえば自分である程度カリキュラムを決められるイメージだが、必修の講義は必ず取らなければならず、その時間は基本決まっているため実態としては高校までとあまり変わりなかった。
ただ、ある程度の自主性を持てるのも確かで、必修以外の講義でいかに必要単位数を確保しつつ計画を立て自由時間を確保するかが重要なのだろう。
「ふぅ……」
これはVR講義の対象外なので、毎回現地に赴かなければならない。
とりあえず、水曜日は午後から大学に行くのは確定と。
「よ、烏鷹! お疲れ様!」
「ん、っと。荒木か。お疲れ。ちゃんと向こうで集まれたか? 確か、合流が遅れてたんだよな?」
「もうばっちしよ!」
そこにはつい先日の入学式後のレクリエーションで知り合った青年がいた。
昨日、一昨日と何度か顔を合わせている彼との話題はもっぱら<Eternal Chain>である。
大学生とはいえ、ここにいるのはゲーマー二人組。
天空国家プレメアにはあまり詳しくなく、彼もルクレシア王国について知りたいということで雑談ついでに情報交換をするのが空き時間の過ごし方になっていた。
彼らは一度天空国家プレメアの首都で合流をするはずだったのだが、既プレイ組の1人がかなり遠い場所にいたらしい。数日かけて移動し、昨日ようやく合流できたようだ。
「冒険感はあっていいんだけど、普通に首都へワープとかできればいいのにな。リスポーンワープじゃ限界があるわ。転移門だっけ? うちの国にも欲しいなー」
ルクレシア王国は魔車が、機械帝国レギスタでは魔導列車や魔力を用いて移動する空飛ぶ車のようなものもあるそうだが、転移門などという便利な移動手段があるのは魔導王国エルダンだけだ。
そもそも転移系のスキルを覚えるのが現状【魔導師】だけと言われている。
それに対する不満なのだろう。
天空国家プレメアも、飛行型の乗り物があったはずだが……
「わかるー」
俺は知っている。
【花魔法師】でも超長距離の転移移動が可能なことを。
世界中の旅人が血眼になって探した技術の一端を。
しかし、この情報については当然伝える気はない。
(絶対他にもあるんだろうなぁ……)
【花魔法師】が特別という可能性もなくはない。
ただ、あの世界を作り出した契約の神は非常にいい趣味をしている。
見つかっていないだけで、知られていないだけで隠し要素の1つや2つや3つ仕込んでいるに違いない。
俺のように知っていても情報を秘匿している旅人もいるだろうしな。
「あとはセーブ機能付きの乗り物を乗り継いで楽をするぐらいか?」
「ああ、降り忘れた時が悲惨な奴な」
「……経験あるのか?」
「3回ほど。見事に延長料金を払わされるはめに……」
アラームとかかけておけよ。
「荒木! 飯食いにいくけどお前も来るかー!」
「ん? あー、行くー! ちょっと待ってくれ!」
軽く話していると、荒木が声をかけられる。
見れば、つい先日グループワークで一緒になった面々がいた。
「烏鷹も来るか? ちょうどみんな1つ目のジョブがカンストしそうで、2つ目のジョブについて色々と相談に乗ってるところなんだよ」
あれから5日。
どうやら新たに始めた彼らも既に1つ目のジョブがカンストしているそうだ。
経験値10倍キャンペーンは続いているし天空国家プレメアは首都にダンジョンがある。
毎日1時間ほど、ゲーム時間であれば2時間ダンジョンにこもれば1週間もかからずカンストは見えてくるだろうしな。
あまり気にしたことは無かったが、確かに新規が継続しやすいラインだと思う。
「悪い、この後用事があってな」
「お、そうか? なら、また今度一緒に話そうぜ! ちなみに用事って? もしかして……ご、合コンか!?」
んなわけあるか。
「サークルだよ。まだ正式に入部したわけじゃないから見学だけどな」
「へー。どこのサークルだ?」
俺は荷物を纏め、立ち上がりながら質問に答える。
「能力拡張研究会」
「……能力拡張、研究会? って、なんぞや」
そう繰り返す荒木の顔は、どこか間抜けに見えた。
☆
「ここか」
指定の集合場所の教室に到着した。
部会は基本、どこかの空き教室が借りて行われるようだ。
中には人の気配があるので、既に誰か来ているらしい。
俺はそのまま扉を開ける。
「あ」
そこには、黒のポニーテールを腰ほどまでに延ばした女性がいた。
この間の説明の場にはいなかった人だな。
そして、今この場には彼女しかいない。
どうやら、少し早く来過ぎたらしい。
「もしかして、1年の子?」
「はい、見学に来ました烏鷹千里といいます」
「おー、後輩だぁ……おっとっと、そうでしたそうでした。私は2年の風切来夏。よろしくね、烏鷹くん!」
やはり、彼女も……風切先輩も能力拡張研究会の部員ということらしい。
「よろしくお願いします」
「硬いなー、もっと軽くていいのにー……」
無茶言わんといてください。
「そう言えば、あのバカから聞いたよ。<Eternal Chain>の、それもルクレシア王国に所属してるんだってね! 私もそうなんだ! あ、いきなりゲームの話してごめんね? 迷惑だった」
きっと、共通の話題でこちらに歩み寄ってくれたのだろう。
なんて言えばいいのか、すごく普通にいい人そうだ。
人の心を取り戻せる気がしてきた。
特に決まってはいなさそうなので、荷物を適当な机に置いておく。
「いいえ、大丈夫ですよ。風切先輩もルクレシア王国なんですね」
「そうそう。もしかしたら、私のこと知ってるかもしれないな~。これでもちょっと有名人だからな~」
そう言いながら、ちらちらとこちらの様子を伺ってくる。
これはあれか、聞いてほしい奴だ。
「有名人……というと、何か記録を残されたんですか?」
「聞いちゃう? 聞きたいかそっかー! 聞いちゃいたいかー!」
明らかに自慢したそうな雰囲気を醸し出しているので、聞く姿勢に入る。
リアルバレとか気にしない人なのだろうか?
「この間ルクレシア王国でグランドクエストがあったでしょ。その前に入替戦ってユーザー主催のバトルロイヤル大会があったのは知ってるよね?」
当然知っている。
数百人が入り乱れるバトルロイヤル。
ユーザー主催の大規模大会ということもあり注目度も高かった。
「そうですね」
となると、優勝かそれに近しい順位を獲得したのだろうか。
優勝者の情報は頭に入っているので、軽くリストアップする。
「私が参加したのは初日の午後の部なんだけどー」
そんなことを考えていたらより詳細な情報が手に入った。
どうやら、入替戦初日の午後の部に参加していたらしい。
奇遇だな、俺も全く同じ戦いに参加した記憶がある。
「なんと、私はその中で生き残り2位を獲得しました! ぶいぶい!」
300人以上もいる戦場を生き残るには高い生存能力が必要だ。
そして、その中で2位という順位はかなり高い。
確かに、ある程度有名人になってもおかしくはないだろう。
そうか、入替戦初日午後の部で2位を獲得した旅人か。
なるほどな……
「……おー、凄いですね! もしかしてですけど、グリフォンライダーで有名なフウラさんですか?」
「大正解! いやー、照れるなー。知られちゃってたかー!」
<アルカナ>の分類で騎乗系という枠組みが定着した背景には、当然色々な<アルカナ>に騎乗し戦う旅人がいたからだ。
その中でも、初期から活動を続けその存在感を示し続けてきた騎乗系の<アルカナ>の第一人者と呼ばれる者達がいる。
天空国家プレメアにおける元PK組織幹部の1人。
ドラゴンライダー筆頭、【竜騎士】ゼイン。
商業連盟アーレにあるクラン、<幻想の園>所属。
ペガサスライダー筆頭、【魔法騎兵】フラべべ。
そして、ルクレシア王国所属。
グリフォンライダー筆頭、【弓騎兵】フウラ。
速報! <Eternal Chain>ニュースまとめ「【調査】騎乗系の<アルカナ>について詳細まとめてみたったww」の記事で見た覚えがある。
つまりだ。
グリフォンの<アルカナ>を使役していた女性。
入替戦、初日午後の部で戦った相手の中身がそこにいた。
(せ、せっまあああああああああああああ!)
またかよ!?
グランドクエストの時といい、一時的に戦った相手ってだけで特に知り合いというわけでもないのにこうも的確に遭遇してしまうのか。
「入替戦の時は惜しかったですねー……」
「そうなんだよね! ほんと、あれさえ勝ってれば私の経歴はもっと完璧なものだったのに!」
風切先輩はとても悔しそうな表情で手を握りしめる。
「あの謎の仮面戦士ってやつはいつか絶対に私がたおーす!」
なんか知らない因縁が勝手に生まれてた件について。
「でも、そっか。知っててくれたなんて嬉しいなあ! そうだ! 烏鷹君は? 結構初期からやってる感じ? もしよかったら今度一緒にダンジョンに潜ろうよ!」
「いや、あはは……」
凄い、ぐいぐい来る。
悪意とかなく単純な好意で誘ってくるから断りづらい。
返答に困っていると、教室の扉が開き2つの人影が入ってきた。
「来夏、自分から名乗るならともかく人のプレイヤーネームを聞くのはマナー違反だぞ」
「……うわー、来たよ。バカ2人が」
そこには武蔵先輩と阿波先輩がいた。
これで2年生は全員集合ということらしい。
「烏鷹くん、気を付けてね。武蔵は見た目通りだからともかくとして、この男はこんな人畜無害そうな顔をしておきながらPKだからね!」
「元な元。今は真っ当なプレイヤーだっての。なぁ?」
「俺に振るな」
「ほら、武蔵もこう言ってる。ちゃんと仕様の範囲内だからいいんだよ」
どうやら、阿波先輩と武蔵先輩は元PKだったらしい。
「ね、烏鷹君もそうは思わないかな?」
「思わないよね! 戦うなら正々堂々とフェアな精神を持つべきだよ! 相手の事情も考えずに不意打ち闇討ち上等なんて良くないってびしって言ってやって!」
そうだな……
「武蔵先輩も阿波先輩も有段者みたいですし、どの程度実戦で役立つのか確かめたかったのであればわからなくもないです」
全国クラスの剣道と弓道の実力者がどうしてVRゲームをするのかとなった時、自分が鍛え上げてきた武術が本当の殺し合いならどの程度のものか知りたかったというのは動機としてわからなくもない。
「えー、君もそっち側なのー!?」
「お、さすが分かってるね! 後で飲み物を奢ってあげよう」
「ふん」
武蔵先輩、その「ふん」はどういう意味なんですかね。
(それにしても、元PKねぇ)
剣道と弓道なら、向こうの世界で最初に選んだジョブは【剣士】と【弓術士】だろうか。
【剣士】と【弓術士】で、単純にプレイヤースキルが高い元PK。
なーんか、引っ掛かるような気が……
「……あ」
いや、まさかな。
そんなことあるはずないだろ。
うん、一応。
一応確認だけしておこう。
「もしかして阿波先輩のプレイヤーネームってこれだったりします?」
俺は軽く右手を挙げる。
そのまま左の手のひらで叩きポンと音を鳴らした。
「お、正解だよ。知っててくれたんだね」
阿波先輩は笑顔でそう答えた。
答えてしまった。
「あー、あはは。有名人ですからねぇ……」
プレイヤーキラー、右手にポン。
サービス開始初期、活動期間は短かったため殺傷人数こそバッカスやスカルフェイスには及ばないものの、木々が生い茂る森の中で《チャージショット》による必殺の一撃を的確に頭部へ直撃させ仕留めて回ったとされる弓の使い手。
後日の調査で、たった一日で当時の上位層に該当する旅人を20人以上もPKしたことが分かったカイゼン樹林で活動していた男。
つまり、俺とカイゼン樹林で殺し合った旅人である。
「となると、武蔵先輩は……」
「そこまでわかってるなら隠す必要もないか、烏鷹君が思っている通りだと思うよ」
あー、やっぱそういうことですよねぇ……
(武蔵先輩ってmu-maかよ!?)
プレイヤーキラー、mu-ma。
こちらもサービス開始初期にカイゼン樹林で活動していたことで知られている。
横づてに聞いた話だが、発狂モードの<プレデター・ホーネット>が放つ風の刃をなんのスキルも使用せずに純粋な技量によって何度も受け流してみせたらしい。
そんな経歴もあってか、剣の技量だけで言えばルクレシア王国の旅人の中で最も優れている旅人なのではないかと言われている男。
つまり、俺とカイゼン樹林とPKクラン戦で合計2回殺し合った間柄である。
いや、ルクレシア王国で活動しているとは言ってたから可能性としてはなくはないんだろうけども……
「もしかして、カイゼン樹林で殺っちゃってたりしたかな? それなら悪いことをしたね」
「いえ、知ってはいましたけどPKされたとかそういうのじゃないんで大丈夫です」
「そう?」
なんなら、俺が金策のためにあなた方を狩りに行ってました。
(えーと、つまりなんだ。ここにいるのは、mu-maと右手にポンとフウラってことだな……)
フウラ改め風切先輩は謎の仮面戦士の時のことなので大した問題はないが、mu-maと右手にポンはまずい。
向こうの世界でバチバチにやり合ってきた仲だ。
(俺がバレてないのは……まぁ、そりゃそうか)
向こうの世界では旅人に対しては無礼講よろしく普通に接するようにしている。
髪の色も違うし、骨格などもチュートリアルで編集するときに一部補正がかかっているし、髪型をいじったりもしているので雰囲気も違うだろう。
妹である麗凛ならばいざ知らず、さすがに赤の他人に紐づけられるような要素はない。
それに、ここでは世間一般的な立ち振る舞いをしているからな。
状況は理解した。
うん。
(どうすんの、これ?)
どうしようもならないですね……
【竜騎士】ゼインとは……
ドラゴンライダー筆頭の旅人。
元PK組織の幹部であり、その戦闘能力は非常に高い。
天空国家プレメアのPK事変が泥沼化した原因の1人。
最近でこそ武勇によって名を上げ始めたが前までは<残念男でした事件>の被害者やら元PK組織の幹部格の旅人として有名だった。
自分のようなネカマ被害者を生まないために見た目が男なら男と、女なら女とパーティを組むべきだという主張を掲げ暴れ回った。
同様に暗い過去を持つ旅人で構成された部隊を率い、PK組織の中でも高いモチベーションを維持していたが、最終的に自警団組織に説得されその矛を抑えた。
【魔法騎兵】フラべべとは……
商業連盟アーレに所属するペガサスライダー筆頭の旅人。
幻獣系の<アルカナ>を相棒にした者達で構成されたクラン<幻獣の園>のクランリーダー。
天を舞うペガサスに騎乗しながら空から魔法をばら撒く戦闘方法で一躍有名になった。
【弓騎兵】フウラとは……
ルクレシア王国に所属するグリフォンライダー筆頭の旅人。
サービス開始初期から活動が確認されており、空飛ぶグリフォンに騎乗しながら弓を射落とす目立つ戦闘方法を実践してきた。
加えて入替戦で2位になったことや、グランドクエストにて《グリフィンアロー》を空からばら撒きモンスターを大量に殲滅する移動砲台として確かな結果を残したことで広く知られるようになった。
生来の目立ちたがり屋に加えて、名を上げるという行為そのものに憧れがあり、とある道場にて幼少の頃から付き合いのある者達に対抗心を燃やし精力的に活動している。好きな武将は小笠原貞宗。
ライダー筆頭とは……
騎乗系の<アルカナ>を紹介する記事にてピックアップされた旅人達の総称。
記事ではドラゴンライダー、グリフォンライダー、ペガサスライダー、フェニックスライダー、ビーストライダー、ゴーレムライダー、プラントライダーが紹介されている。
記事の中では彼らの戦闘シーンの録画も添付されており、総じて記事映えするように戦闘方法がド派手である。彼らを参考にジョブを組みなおす旅人も一定数いるらしい。「速報! <Eternal Chain>ニュースまとめ」の中でも人気の記事の1つ。