【世界の記録】 PK事変 ルクレシア王国 ~討伐隊結成~
PK事変。
後にまとめてそう呼ばれる、<Eternal Chain>にて世界各地で起こった事件が存在する。
ルクレシア王国でそれが起きたきっかけは2つあった。
一つ目はユーザ数の急激な増加である。
サービス開始から5日ほど経過した頃、運営の杜撰な宣伝体制とは裏腹に口コミで話題が話題を呼び、<Eternal Chain>の推定合計DL数は10万を突破した。
運営曰く、ユーザの脳波データが登録されているため、1つのVRヘッドギアがあれば複数人ログインすることが可能(月額料金はログインユーザ数で計上)となっており、実態のログインユーザ数はもう少し多いかもしれない。
VRヘッドギアが普及して既に5年近く経過していたという社会的事情もあり、興味を持ったユーザがスムーズにゲームを開始することができたのも大きいだろう。
これは、単純計算で初期リスポーン地点の9つの国、それぞれの首都におよそ1万人以上の人間がログインした計算になる。
リアルの国の時差や平日、休日等ログイン時間の違いがあること。
混雑状況や込み具合によって国ごとにいくつも存在している初期リスポーン地点が自動で割り振られる仕様などにより、キャパシティオーバーこそ起きなかったが、確実にユーザ数は増加した。
結果、初心者用の狩場の縄張り争いや、初心者を狙うPKの問題が少しずつ表面化し始めたのだ。
また、攻略を進めている先行組のプレイヤーの一部はすでに1つ目のジョブをカンストし、ある程度の情報を集め終えていた。
彼らはプレイヤーの少ない効率のいい狩場を目指し、首都周辺に見切りをつけ他の街に移動を開始しており、それまでPKを抑制していたプレイヤーの絶対数が減ったのも要因だ。
そして【賞金首】が増え始めた。
ルクレシア王国は現時点で20名以上が【賞金首】となっており、メニューからその名前を確認することができる。
また、彼らを支援するべく街の中で補給用の資金や装備を揃えているメンバーもおよそ30名近くいることが確認されている。
これは【通報システム】にて、明らかにPKに関与していないプレイヤーを通報したという報告が上がっており、間接的に支援するメンバーがいることが確認されたためだ。
現【賞金首】と潜在的【賞金首】を合わせれば、実に50人近くものPK集団が潜んでいる状態であった。
二つ目に、運営からとあるお知らせが通知されたことだ。
それは『初回のサポートを除き、特定条件に該当する場合故意に死亡したプレイヤーはデスペナルティ中の管理AIによるサポートを受けることができない』といったものである。
具体的に、わざとモンスターに無抵抗で殺される、毒を服用し継続ダメージでHPを全損する、自身の武器で首を切断し致命傷判定でデスペナルティになる、といったものがお知らせに記されていた。
なぜこの通知がされたのか。
それは管理AI2号レイナに会うために一部のプレイヤーが暇さえあればデスペナルティに該当する行為を行っていたことにある。
ゲームをほとんどプレイせず積極的にデスペナルティになっていた者もいれば、遊んだ後、ログアウトの代わりにデスペナルティになって寝る前に会話することを目的とした者まで、あとを絶たなかった。
ログインボーナスならぬデスペナルティボーナスの概念が、一部に根付いてしまったのだ。
ゲームをプレイして欲しいというレイナの説得を受け辞めたものもいるが、それでも会いたいというプレイヤーは継続的に、恒常的に繰り返した。
結果、運営はこの問題を重く受け止め、解決方法を策定しその内容を通知したのである。
デスペナルティになったことのないプレイヤーも多くいたため、興味本位でデスペナルティになり、さらなるレイナ信者の増加こそ起きたが概ね通知された内容は受け入れられた。
そもそも、死亡前提のサポートであり、ゲームへの影響がなかったのも大きいだろう。
☆
しかし、この決定を受け入れることができなかった者達がいる。
そう。問題のデスペナルティボーナスの恩恵を受けていたプレイヤー達だ。
彼らは悲しんだ。
自分たちが原因とはいえ、レイナに会おうと思っても会えないことに苦しんだ。
12:00というタイムリミットを迎えてしまった彼らにできることなどほとんどない。
掲示板で暴れる者や、SNSで署名を募る者、一年に一度しか会えない彦星と織姫に自らとレイナを重ねる者もいたほどだ。
わざと勝てないモンスターに挑んでデスペナルティになっても、通知された内容の通り結果は芳しくなかった。
どうにかして、他者を出し抜き最高効率で会う方法はないか彼らは本気で議論を重ねた。
そんな時、ある一人の天才が閃いた。
「PKに殺されれば、レイナちゃんに会いにいけるんじゃね?」
「それだ!」
それは、一筋の光明であった。
発想の転換である。
自分たちがデスペナルティになることが、ゲーム的になんの影響がないのが問題ならば、自分たちの死によって恩恵を受ける者がいればいいのだ。
しかし、一人の天才が問題点を指摘する。
「それはもう試した。前は出来たけどもうできなくなった」
「マジか……」
当然である。デスペナルティになる流れは、モンスターもPKも変わらないのだ。
同じような結果になるのは目に見えていた。
そして、一人の天才は重大な問題に気づいてしまった。
「……そもそも、PKが横行すればするほど、ライバルが増えるんじゃないか?」
「あっ……」
初心者狙いのPKや恐喝行為が増加した問題があったが、あくまで表面化程度にとどまっていたのは、管理AI2号によるサポートのおかげだ。
PKされた初心者は、デスペナルティになったことを憤り、SNSや掲示板で報告をする。
それを見た既存プレイヤーは、デスペナルティになるとか自慢かよ羨ましいと逆ギレし、デスペナルティ中のサポートの存在を初心者に教える流れがすでに出来ていたのだ。
そして、レイナに骨抜きにされるプレイヤーも爆発的に増加していた。
ゲームに理解のある悪魔に、悩み事から何まで真摯に相談に乗ってくれる悪魔に、その信者になる量産体制が整っていたのである。
彼ら彼女らは意図してデスペナルティになっているわけではないため、当然デスペナルティ中にサポートを受けることができた。
ここからは早かった。
「PKはダメだ、あれは悪い文化だ! あれを許容したら俺たちのレイナ様がどんどん遠くの存在になってしまう」
「初心者は守らないとならない、俺たちのために!」
「PKKだ! 俺たちがあいつらを狩るんだ!」
「PKを根絶やしにしろ!」
「PK狩りだぁぁぁああああ!」
「うおおおおおおおおお!」
彼ら、『レイナちゃん様緊急会議』に参加していたプレイヤー12名は、全力で情報を集めPKの現場に直行した。
待ち構えるは物々しい雰囲気を纏う仮面を被った男。
立ち向かうは、まともにレベル上げも、装備集めもろくにしてこなかったプレイヤー12名。
彼らはPKを相手に初心者を守るべく戦った。
それはもう本気で戦った。
その姿は狂気に満ちていたといえよう。
デスペナルティを繰り返しておりまともにプレイしておらず、レベルが低い者もいたが、<アルカナ>という相棒とともに全力でPKに挑んだのだ。
そして、4人という犠牲は出たものの、彼らは初心者を守りきることができたのだ。
☆
ルクレシア王国のあるところに、初心者狩りを危険視していた1人の善良なプレイヤーがいた。
そのプレイヤーの名前を【トマス・E・リッチフィールド】という。
彼はPKによる初心者狩りという最悪即引退に繋がるこの問題をどうにかしたいと考えてはいたものの、偶発的かつ人目が少ない場所で実行されていたPKを止めるほどの人員を用意できるほどのきっかけがなかったのだ。
そのため、数少ない仲間とともに、その日も通報を受け彼はPKの現場に急ぎ駆け付けた。
そこで彼は、仲間たちと共に衝撃的な光景を目にした。
「こ、これは……」
そこには、PKに立ち向かう勇敢なプレイヤー達の姿があったのだ。
装備は初心者向けのものばかり、武器の構え方も不格好。
初心者特有の武器に対する恐怖も見えた。
<アルカナ>との連携も拙く、動きや使用しているスキルからおそらくレベルもほとんど上がっていない。
10人以上もいるのに1人のPKとほぼ互角というありさまだ。
技のキレが、アルカナとの連携が、ジョブレベルが、全てが格上。
しかし、彼らは本気だった。
覚悟を決めた目で、本気で戦っていたのだ。
「トマス、加勢しないのか……?」
「待ってくれ、これは彼らの戦いだ。彼らが守ろうとしたプレイヤーの保護だけでいい」
少しずつ倒れていくプレイヤー達。
しかし、彼らは諦めない。
戦意を激らせ目の前のPKに立ち向かう。
──そして、ついに彼らはPKに勝利したのだ。
「おおお!? やりやがったぞあいつら!」
「すごいわ!」
「……トマス?」
湧き上がる歓声を後に、トマス・E・リッチフィールドは彼らの下へ歩みを進める。
「や、やったのか……」
「誰か! 毒回復薬くれ、俺死にそう」
「そのまま死ねばレイナちゃんに会えるんじゃね?」
「絶対に俺を回復するなお前らああああ」
「おらぁ! とびっきりの毒回復薬だ飲め! おかわりもあるぞ!」
「抜け駆けは許さねえぞごらぁ!」
「や、やめろおおおお!」
瞬間、トマス・E・リッチフィールドは叫んだ。
「──私は感動した!!」
「お、おお!?」
「なんだこの金髪」
「今君たちが戦っていたPKは、かなり有名なPKだったんだ。それなのに誰一人として恐れず、勇敢に立ち向かう! その覚悟に私は感動したんだ!」
トマスは彼らの戦いぶりに感動したという。
「お、おお……」
「いや、俺たちはレイナちゃんが遠くに行ってしまわないように戦っただけだしさ……」
「それな」
しかし、彼らはそれはそれで受け入れづらかった。
そもそもPKに挑んだ理由がライバルを減らすためという見切り発車もいい動機だったからだ。
冷静になれば、無駄に疲れただけという風にまで思っていた。
しかし、トマス・E・リッチフィールドは諦めない。
「理由なんてなんでもいい。重要なのは、君たちが行動を起こした事実だ」
好きな子のために頑張ったなら、それでいいじゃないかとトマスは言う。
「親に褒められたいがために、テストで100点を目指す。いいじゃないか! お小遣い増額のためにテストで100点を目指す! 素晴らしいことだ!」
動機なんて、関係ない。
行動を起こした事実がなによりも大事だと彼は語り掛ける。
「好きな子のために、カッコつけて何が悪い! 好きな人のために、オシャレに気を使って何がいけない!」
我欲に生きてこそ、人は何よりも頑張れるのだと。
「今のはかなり極端な例だけれど、それと同じさ。義憤に駆られて活動している私たちと同じく、理由はどうであれ、好きな人のために頑張った君たちはそれだけで誇り高い戦士なんだよ!」
「俺たちが……戦士?」
「そうさ。なんなら私も承認欲求を満たしたいという願望がないかと聞かれれば、ないとハッキリ言えないしね」
「あ、あの! 守っていただいてありがとうございました!」
そこに、彼らが守った初心者から感謝の言葉が投げかけられる。
送られる感謝の言葉。
守り切ったという達成感。
あれ、俺たちもしかして今猛烈に輝いてね? という少しの自尊心。
少しずつ、彼らの心に実感としてしみこんでいく。
「時間はあるかな? 少し、私たちと話さないか?」
「ま、まぁ別にいいけどよ。なあ?」
「お、おお。どうせレイナちゃんに会えないんじゃなにしていいかわかんねえし……」
彼らにとって<Eternal Chain>というゲームはレイナと会うためだけのツールでしかなかった。
つまり、彼らはこのゲームで何をするのかが明確に決まっていなかったのだ。
そしてトマス達に誘われ歓談することおよそゲーム内で2時間、彼らに更なる吉報がもたらされる。
なんと、デスペナルティになっていた4人がデスペナルティ中にレイナと会うことができたというのだ。
しかも、お褒めの言葉も頂けたらしい。
「マジか!?」
「これ、いけるんじゃね?」
彼らは確信した。
天啓を得た
これだ、と。
PKを狩れば、感謝される。
初心者を守れば、ライバルが減る。
デスペナルティになれば、レイナ様と会える。
いいことづくめのプレイスタイルが、今この瞬間確立された。
ここにデスペナルティを厭わない、狂気に満ちた不死身のPKK集団が<Eternal Chain>の世界に生まれ落ちたのだ。
「君たちの覚悟は受け取った! 私たちと一緒に初心者を守ろうじゃないか!」
トマス・E・リッチフィールドとその仲間達はメンバーが一気に倍以上増えた勢いのまま、街の中で12人の武勇伝と共に初心者を守るための勇士を募り始める。
そして、その話は瞬く間に広まり、共感したプレイヤー達を巻き込みながら急激に仲間を増やしていった。
たった4人から始まった小さな火種は12人の勇敢なプレイヤーという起爆剤により、【賞金首】組織の50人に匹敵する規模となった。
彼らは一日もせず、一つの大きな群れと化したのだ。
☆
国の首脳陣もこれに乗る。
プレイヤーの増加により経済的に活発になりだし、市場にも多くのモンスターの素材が出回りはじめたことを嬉しく思っていたものの、旅人同士の争いがいつイデアの民に波及するのか戦々恐々としていたのだ。
ルクレシア王国も、既に国民に被害が出ていた国の一つだ。
国の兵士の平均レベルはおよそ150から200と、現状すべてのプレイヤーより高いため、街道などの見回りで現場にいれば即制圧は出来ていたものの、人手不足は否めなかった。
そして、街の外で被害にあったケースが確認されたのだ。
また、不死身というアドバンテージと<アルカナ>という恩恵の元、どんどんレベルを上げるプレイヤーとの力関係が逆転するのは時間の問題であった。
善良な、それも経済的にも国の戦力的にも頼りになる存在との軋轢を防ぐため、治安の悪化の防止という名目でルクレシア王国は協力を申し出たのだ。
各々の思いが交錯した結果、紆余曲折を経て、ここにPKによる被害防止を掲げるPK討伐隊が結成されたのである。
──まだ、終わらない。