第15話 高速レベリング
□ラネルカ遺跡 19F クロウ・ホーク
「おいおい、随分と遅かったじゃねえか。もしかして……大きな湖についはしゃいで泳いじまったか!? 背泳ぎか? 平泳ぎか? それとも犬搔きかぁ!?」
19階層へと戻った俺を出迎えたのニヤニヤと煽って来るレトゥスの顔だった。
メニュー操作で済むとはいえ服を着替え、<サラマド>装備に戻し、アイテムボックスに納める前に濡れた装備一式を軽く絞り日に干し髪をタオルで拭いてと事後処理をしていたらかなりの時間が経過してしまった。
「クロウならもっと早く終わると思ってたんだけどな~」
それに対し、ここぞとばかりに煽り散らかしてくる。
俺でもそうする。
「あれ、レトゥス。遺言はそれでいいのか?」
「クロウ、言葉から殺意が漏れてるわよ」
殺意?
ユティナもおかしなことを言うものだ。
これはただの確認なのに。
「わーってるって。お前のその鬱蒼とした雰囲気に見覚えがあるもんでな。あれだろ、当たりを引いたんだろ? 俺も数百回はやったが一回も出たことねえんだぞ? ある意味持ってるな」
「嬉しくねえ……」
選ばれるジョブはランダムで、少なくとも数百種類はある中から抽選されていたはずだ。
抽選の方法にもよるが、ピンポイントで引く確率は非常に低いと言えるだろう。
「それで。例の物はどうよ」
「ああ、ほらよ」
俺は20階層で獲得したドロップアイテムである水色の魔石をレトゥスへと手渡す。
「んー、当たりだな。2万スピルってところか。んじゃこの調子で続けていこうぜ」
「続けるって……なにをだ?」
「こういうことよ。千の烏をその身に宿す者よ」
呉羽は20階層へ続く門に近づき手元に袋を取り出した。
そして、袋の中に入っていた大量の魔石を流し込んだ。
すると門が強く光輝く。
フロアボスモンスターはパーティや個人ごとに判定が分かれており、一度討伐するとしばらくの間復活しない。
しかし、それはまるで再度挑戦できるようになったことを知らせるようで……
「ボス周回だよ、ボス周回。お前が昔言ってたんじゃねえか、忘れたのか?」
ボスモンスター周回。
同じボスモンスターを連戦する行為全般を指す言葉。
レアなアイテムや強力な装備品、経験値などを効率的に入手することを目的として行われることが多い。
「最後に纏められてはいるが、ここの経験値判定は4回存在する。んで、ソロで入ればその経験値をひとり占めできるわけだ。<リキッドガーディアン>はそのランダム性もあってか、推奨討伐合計レベルが150から250に設定されててな。しかも、ボスモンスターだけあって一般のモンスターよりかは経験値量も多い」
探し回る必要がある外の世界とは異なり、魔石さえあれば確定で遭遇できるボスモンスター。
これはつまり……
「高速レベリングの時間だ」
「宝物は我が手中也」
俺は<リキッドガーディアン>を周回しレベル上げを慣行。
呉羽は俺が<リキッドガーディアン>に挑むために必要な魔石をここで収集。
そして、<リキッドガーディアン>討伐で手に入る高品質の魔石やドロップアイテムは呉羽がペナルティ返済のために回収。
俺は金策はできないが、その代わりひたすら高効率で経験値を得ることができるということらしい。
「ダンジョンにそんな仕様があったんだな」
あまりダンジョンに潜ったことがなかったとはいえ初めて知ったぞ。
「ゼシエに教えてもらった」
「古の賢者の知恵」
なるほどな。
呉羽は20階層へ続く門の周りに袋をどんどん並べていく。
中を覗くとそこには大量の魔石が入っていた。
その数は合計15袋。
つまり15回続けて挑戦できるということらしい。
「よくこんだけ集めたな」
「そこまで難しくねえぞ。ボスを復活させるには質より量が重要だからな。一応、16階層以降の魔石じゃねえと一気に効率が悪くはなるみてえだが、モンスターハウス系の罠を復活するたびに回れば割とすぐに回収できる」
罠で出現するモンスターを倒してドロップする魔石は品質が悪い。
ただ、このボス周回はどこで入手した魔石かが重要なので、低品質の魔石でも問題ないらしい。
(結構手間だな)
経験値効率だけ見ればかなりいいであろうこのボス周回がなぜ知られていないのか。
それはきっと旨味が少ないからだ。
イデアは天職の最大合計レベルが決まっている。
つまり、一度カンストしたらこのように周回をしてレベル上げをする必要がない。
加えて、魔石集めのためにモンスターハウスの罠を踏み抜くのはイデアからすれば正気の沙汰ではない。それは余計な死のリスクを負うのと同義だからだ。
そんなことをするぐらいなら自分が潜れる階層まで進み普通に魔石を集めた方がよっぽど稼げるだろう。
イデアはこの手法を知っていてもまともに使う機会がないのだ。
そして、旅人も大体似たような理由だ。
モンスタートラップの罠で出現するモンスターは経験値が少なく、ドロップする魔石の質も悪い。
ボス周回するための準備段階に費やす時間を使って普通にモンスターを狩る方がよっぽど実りのある時間を過ごせるだろう。
それこそ、質のいい魔石の納品依頼がある時に使うぐらいしか……
「そんじゃ俺も魔石を集めてくっかね」
そう言って、レトゥスも肩を回しながらどこかへと行こうとする。
「……なにか依頼でも受けてるのか」
「依頼ってか……ほら、俺ってこないだ正門前で暴れただろ?」
そうだな。
思いっきり暴れてたな。
「つい昨日、最終的な報告書がゼシエのところまで届いたらしくてな。結果、責任者ってことでペナルティを与えられたんだよ。まぁ、そこまで難しいもんでもねえから別にいいけどよ
「定められし結末」
「うっせー。呉羽も似たようなもんじゃねえか」
筆頭クランに免じて許してやるから、代わりに高品質の魔石を集めて来いと言われたと。
なんだかんだ言って、この国もこいつらを良いように使っているらしい。
「……ってことで、クロウはさっさとそこの15袋消化しとけよ。《詠唱置換》を覚えさせてこいってアルカに言われてんだ」
「なんでアルカ?」
「確か……言い訳の余地もないほどにボコボコにするためだとさ。なんか知らんがこないだブチ切れてよ。全員1対1で順番にタイマンで相手させられたんだわ」
アルカは普段は仲裁する側に立っているのだが、たまに暴れることがある。
しょっちゅう暴れているこいつらに比べれば比較にならないぐらいに回数は少ないのだが、そうなった時は大抵彼女が満足するまで魔法での模擬戦に順番に付き合わされるのだ。
当然、魔法という分野でアルカに勝てるやつはいないのでみんな等しく蹂躙されるまでが様式美である。
「それって結構前のことだろ? 俺関係なくね?」
「クロウだけ仲間外れにするのはかわいそうだって言ったら二つ返事で『それもそうだね』って頷いたぞ。しばらくしたら勝負挑んで来るんじゃねえか? 準備しとけよ」
「お前のせいかよ、てか裏声やめろ」
まぁ、それならそれでちょうどいいか。
せっかくなら一度ぐらいアルカとも手合わせをしたいと思っていたところだ。
「それにしても、こっちでも相変わらずアルカが一番強いんだな」
「クロウが一番知ってるだろ。どうしてもあの眼を抜けらんねえ」
<グランドマジックオンライン>という魔法の世界で過ごすうえで何度も助けられた彼女の眼。
そもそも、俺達が構築した魔法理論のほとんどはアルカの視覚情報をベースに言語化されている。
「どうやっても、こっちの発動する魔法の規模や性質を事前に察知される。どれだけ流れを複雑にしようが、周囲に馴染ませようが、あの眼で見られたら一発だからな」
アルカは相手が発動する魔法の規模が見るだけで大体わかる。
魔力の流れの起こりといった本来感覚で判断するはずのそれを、眼で把握することができるからだ。加えて、眼に頼りきりになっているわけでもない。
眼で見た情報を自身の感覚に置き換え続けた結果、見ずともその精度を維持できるぐらいに知覚能力に優れている。
MP1000を使って放った魔法に対し、アルカは1001のMPを使った魔法を的確に被せることができるようなものだ。加えて、こと性質変化の技量に関して言えば俺達の中でも随一。
魔法の撃ち合いをしたら、あっという間にアドバンテージを稼がれて取り返しのつかない状況へと持っていかれるのである。
(ほんと、どうやって攻略すればいいのかわかんねえんだよなぁ)
少なくとも魔法という分野において、彼女と同条件かつタイマンで勝つのは不可能に近いというのが俺が出した結論だ。
ただ、それはあくまでも魔法だけに限った話ではあるのだが……
「ま、そういうことなら俺はレベル上げに集中させて貰うとしますかね」
「そーしろそーしろ、そんでいっぺんアルカにボコされて来い」
とにかく【イデアル・マジック】協力による高速レベリングの時間だ。
気張っていくとしよう。
アルカにボコされ事件とは……
【イデアル・マジック】で1か月ほど前に起きた内輪の事件。
花の国アウローラへ行く際クランメンバー全員から置いてけぼりを喰らい寂しくなり最終的にブチ切れたアルカが、マリアを除いた全員をボコボコにした事件。
遭遇すると問答無用で模擬戦を挑まれるのだが、どこかの灰色の旅人はその間グランドマジックオンラインにログインせず、入替戦や魔域の浄化作業に参加していたため難を逃れた。
なお、クランメンバーの熱い説得によりその熱は冷めず虎視眈々と機会を伺っているのだとか。
ボスモンスター周回とは……
適性レベル帯のダンジョンのボスを周回し経験値を稼ぐ方法。
再挑戦用の魔石は品質ではなくどこで入手したかが重要。
10階層のボスモンスターの場合6階層以降、15階層のボスモンスターの場合11階層以降など。
適性レベル帯より低いボスモンスターを周回しても経験値の効率は悪くなるため、周回すれば効率が良いと言うわけではない。あくまでも適性レベル帯であることが重要である。
効率的に魔石を集めるためには作中の通りモンスターハウス系のトラップをわざと起動させるのが良いのだが、適正レベル帯で数十から数百体近く出現するモンスターを捌くのが前提として困難である。
普通にダンジョンを散策し魔石を集めた場合、その品質も加味してそのまま売りに出した方が稼げることが多い。
適性レベル帯の大漁のモンスターを捌き、適性レベルのボスモンスターをデスペナルティになることなく効率的に倒せるような者達でなければ逆に効率が悪くなる可能性がある。加えて、魔石は自動でアイテムボックスに回収されないため、モンスターに踏みつぶされる前に殲滅する必要がある。つまり、奥義などの攻撃範囲の広いスキルで巻き込むような大雑把な殲滅方法を取ってはならない。
フロアボスモンスターは時間経過で復活するがかなりの時間を要するため、魔石で復活させなければこの方法は成立しない。
※【イデアル・マジック】に課せられているのは一定品質以上の魔石の大量納品依頼なので、罠を起動し集めた屑魔石をボスモンスターの魔石に変換するのが効率的だということで選んでいる。
結論として、「複数人が魔石を集めただ1人のレベル上げを行う場合」においては理論上最適解の1つである。この時の魔石を採取する複数人には「モンスターハウスのトラップにおいて落下した魔石を一切破壊することもさせることもなく即時に殲滅できる」という条件が必要。
キャリーなら一考の余地あり。少なくとも同レベル帯しかいない初期の環境では成立しないであろう手法(一部を除いて)。
別の方法として、お金さえあれば街中で魔石を買い集めたり、ギルドへクエストを出すことで集めることができるのでわざわざダンジョンで魔石を集めずとも連戦が可能。




