第14話 水精霊デュ・ラック・ポセ
□ラネルカ遺跡 20F 水神殿エリア 入口 クロウ・ホーク
俺は上下の防具を<マグガルム・コート>に切り替える。
<アークロッド>を片手で軽く握り、腰のホルダーの呪われた短剣を確認。
現状できうる完全武装にした上で意識を深く沈め、周囲の情報を収集し続ける。
「……」
<リキッドガーディアン>と<水精霊デュ・ラック・ポセ>が俺のことを認識した。
召喚の魔法陣が消えさると同時に俺達を遮っていた壁も消え──
「《雷纏強化》!」
雷を纏い駆け出すと同時に周囲の湖から勢いよく水の柱がいくつも打ち上がる。
そのまま大きな弧を描きながら俺へ目掛け降り注いで来た。
(やっぱそうなるよな!)
【精霊術師】は周囲にいる精霊に協力して貰い現象を行使するジョブだ。
風を吹かせ、火をおこし、水を操作する。
自身の魔力で魔法を発動させるのではなく、微精霊という出力装置を経由させることで状況に合わせた多種多様な属性の魔法現象を起こすことができるジョブ。
ただ、出力値は基本環境と精霊依存だ。
弱い力の微精霊ではそれ相応の威力の魔法現象しか起こせない。
それを補うのが【精霊術師】が有するスキル《精霊契約》。
精霊と契約関係を結び、自身の魔力で育て強くするというもの。
旅人は最初から<アルカナ>がいるので優先度は低いが、好んで【精霊術師】を選んでいる旅人もいるらしい。
それを前提とした上で、この場にいるのは実体を持ち顕現できるほどの力を持つ水精霊とそれを使役する【高位精霊術師】。
そして、周辺環境は広大な湖ときた。
(完全に敵有利な環境!)
長期戦ほど不利になる。
ならば狙うは当然短期決戦のみ。
出し惜しみは無しだ。
「《戦士の極意》」
ステータスを上昇、さらに加速し空から降ってきた水流を掻い潜る。
大量の水が床に激突する音を背後に《武具切替》を動作置換対象スキルに指定。
走る動作に合わせアイテムボックスから呪われた武器達を雑に宙に取り出す。
「《呪物操作》」
地面に落下しきる前に接続。
呪いの手斧、剣、槍、短剣を周囲に展開。
ステータスの上昇に伴い、操作可能な呪物は増えている。
しかし、<リキッドガーディアン>の周囲には既に水の壁が張られており……
「《暗黒槍》!」
圧縮した闇槍を前方に放ち強引に壁をこじ開けた。
視線の先、そう遠くはないがしかし近くもない距離に見えるは<リキッドガーディアン>。
奴の頭上には巨大な水の塊が生成されていた。
【水魔法師】の奥義、《ウォーター・フォール》。
大量の水による質量破壊攻撃だ。
これで奴のジョブは確定。
【精霊術師】、【高位精霊術師】、【水魔法師】の合計200。
加えて、頭上と背後からは精霊魔法による水流攻撃が迫る。
「────!」
巨大な水球を掲げたスライムは笑っていた。
表情はないが<リキッドガーディアン>は確かに俺のことを笑っていた。
逃げ場のない場所へ誘い込まれた哀れな人間のことを嘲笑っていた。
四方八方を水によって完全に囲まれたため、逃げ場は存在しない。
否、あの<水精霊デュ・ラック・ポセ>が顕現した時点で、この階層すべてが敵に回ったようなものだ。
莫大な魔力の奔流により周囲の湖がまるごと大きくうねり始めている。
<リキッドガーディアン>の支援の片手間にあの龍は準備を進めているのだ。
そして、それが放たれた時点でゲームオーバー。
おそらく、この闘技場を水で丸ごと覆い尽くすような……
(つまり、前進あるのみ!)
今のステータスならば多少の無茶は効く。
俺は一切の加減をせず前へと突き進む。
<リキッドガーディアン>の前面に発射口が展開され、まるで吸い上げるポンプのように《ウォーター・フォール》と接続。
精霊によるバフを受けてか、濃密な魔力が練り込まれた魔法。
圧倒的な破壊をもたらすであろう一撃。
「────!」
そして、水の大砲は発射された。
いや、大砲などという生易しい表現では済まない。
それはまさに巨大なウォータージェットとでも呼ぶべき広範囲噴射攻撃。
背後や頭上から水流が迫ってくるため下がることも、上に逃げることもできない。
回避は不可能。
「《呪光》!」
故に、俺はなすすべもなく激流に飲み込まれ──
「──よお」
「────!?」
それをまるごとぶち破った。
「さっきも言ったろ」
アルカにあんな魔力の行き渡っていないお粗末な広範囲攻撃を放ったら、内側から余裕で決壊させられるっちゅーに。
INTのステータスは諸々のバフに加えて、ユティナの拡張を受けている俺の方が若干上。
魔法の威力はおそらく、精霊の支援を受けている相手の方が上。
感覚で測った限り奴が準備している間に込めることができたMPは大体2000程。
それに対し俺は3000程の量を注ぎ込み呪いの光を発動し、俺を包み込むように展開。
圧縮させ、より小さな範囲に限定し発動した魔法が撃ち負けるはずがない。
目標との距離、僅かのみ。
つまり、俺の領域だ。
「────!」
「《呪爆》」
奴の四肢にこれまで付き従えて来た呪いの武器達を突き刺し、肉体に潜り込ませ爆発。
態勢を崩したがしかし、魔力が迸る。
<リキッドガーディアン>は距離を取るためか魔法を発動しようとする。
「《暗黒矢》」
「────!?」
ので、魔力が収束する場所に闇の魔法を発動。
発動領域を重ね合わせ魔法の射出口を潰し相殺した。
これだけ近ければ、嫌でもわかる。
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAA!』
<水精霊デュ・ラック・ポセ>が咆哮を上げると同時に俺達を取り囲むように無数の水の矢が形成された。
どうやら準備に割いていたリソースを俺の迎撃に向けてきたようだが……それじゃ遅すぎる。
杖の照準は既に合わせてある。
この間のアルカのように、わざわざお手本を見せるべくゆっくりと準備をする気もない。
魔力を圧縮し圧縮させ、圧縮し放つ。
頭、首、心臓のいずれかを貫くための貫通力を求めた……ただ、対象を斃すことに特化した技法。
「《暗黒弾》」
0距離から放つ遷音速に相当する闇弾。
それは<リキッドガーディアン>の肉体を貫き、そのまま核を破壊。
重要部位の欠損によって、HPが全損判定となり<リキッドガーディアン>はポリゴンとなって砕け散っていった。
「……」
水精霊が発動した水の矢が俺の身体に到着する寸前で止まる。
他にも周囲で蠢いていた全ての水が動きを止めていた。
<水精霊デュ・ラック・ポセ>はその場に静かに佇ずんでいた。
俺のことを睨むように、観察するように、確かめるように。
そして……
『GYUA』
契約者にして召喚者である<リキッドガーディアン>がいなくなったからだろう。
顕現条件を満たせなくなった<水精霊デュ・ラック・ポセ>は呆れたように一鳴きすると同時に、空気に霧散して消えていった。
「……ふぅ」
よし。
(あっぶねえええええええええええ!)
あと5秒倒すのが遅れてたら俺が死んでたかもしれん。
いや、<リキッドガーディアン>を倒すのがこちらの勝利条件であり水精霊は放置でいい以上、他の手も考えていたが一番勝ちの目が高い選択でゴリ押しできて良かったと言うべきか。
(……《詠唱置換》が必要だな)
今は【闇魔法師】をメインジョブに設定しているが、先に【魔術師】をカンストさせるべきだろう。
というか経験値がかなりもらえるな。
4連戦を俺達だけで独占したからだろうか。
レベルが5上がり【闇魔法師】がレベル42になった。
ついでに《暗黒衝波》を覚えたので、これで魔法の選択肢も増えたことになる。
【闇魔法師】で習得する魔法スキルは確か《暗黒弾》、《暗黒矢》、《暗黒槍》、《暗黒霧》、《暗黒衝波》、そして奥義の《暗黒放射》。
後は闇魔法威力が上昇する《闇魔法師の心得》に、《魔力感知》のようなパッシブスキルがいくつか。
この魔法スキルの多さがクールタイムを気にせず連続して放てる魔法の数になるので、覚えておいて損はない。
(現実逃避はやめようか……)
俺は諦めて空を見上げる。
そこには<水精霊デュ・ラック・ポセ>が進めていた準備の後が残されていた。
空に作られていた巨大な渦潮が。
先程まで降り注いでいた水流が。
湖から空に巻き上げられた大量の水が停止していた。
あれらの水は魔力として空気に霧散することはない。
なぜならこれは精霊が引き起こした、ただの水流操作の一貫であり……制御者のいなくなった大量の水が、崩壊する。
当然、この闘技場を目掛けて。
「……ユティナ、お前もびしょ濡れにならないか?」
「嫌よ……ちょ、ちょっと! 無言で解除しようとするのをやめなさい!」
俺は《限定憑依》を解除しようとし、ユティナは必死の抵抗を見せる。
気持ちで切り離されないようにするためか、俺の肩にしがみついてきた。
「俺達これまで苦も楽も一緒に潜り抜けてきたじゃないか! 一緒に水遊びしようぜ!」
「クロウだけで遊んでてちょうだい! 私は見てるだけで十分だから!」
「そんな寂しいこと言うなよ!」
くっ! 《限定憑依》はユティナのスキルだからか、優先権を奪い取れない。
まずい、もう時間が……っ!
「こ、こんなのってないだろ! 俺のことを見捨てやがっげぼぐぼかがぼ……っ!?」
そして、ありえないほどの大量の水が闘技場へと降り注いだ。
実体を持たないユティナは水の中でも変わらず透過し続けるが俺はそうはいかない。
彼女にじとーっとした目つきで見られながら、俺は闘技場の外に流され放り出されないように必死に耐えきるのだった。
……精霊ってすごいね。
水精霊デュ・ラック・ポセとは……
ラネルカ遺跡の20階層に出現が確認されている水精霊。
広大な湖に囲まれるという周辺環境による恩恵があるため、こと出現時の戦闘能力は並の精霊とは比較にならない。魔導王国エルダンの冒険者ギルドにおいて20階層以降へのダンジョン探索は一定以上のレベルや資格を持たなければ実施してはならない(旅人は除く)と規定に定めているほどに出現階層と個体の強さが剝離している。
そのため、魔導王国エルダンでは高品質の魔石の価値が相対的に高い。
遭遇するかどうかは完全に運によるものとされており、運が良ければ何百回挑んでも遭遇せずに済み、運が悪いと初回で遭遇することがあるらしい。
一部からは何らかの条件が合致すると確定で出現するのではないかと言われているが、遭遇した者達の共通項が存在しないため今のところはこの線は薄いと考えられている。
推奨討伐合計レベル:???




