第4話 外れ値
明日は08:00頃更新します。
「ふぅ、ちかれたー」
「お疲れ様です」
見学に来ていた後輩がログインするのを見届け休憩室から出た後、小波は体をほぐすように大きく背伸びをする。
「とりあえずこれで今日は6人目かー」
「午前中は結構来てたんですね」
「そうそうー。昼食も取らずにすぐきた子とか、早いうちに入学式が終わった学部の子とかね。全員丁寧にお断りさせてもらったんだけどねー」
それは能力拡張研究会に見学に来た新入生の数だ。
学内の掲示板に張り出したチラシを見て活動内容に興味を持ち訪れてきた新入生にVR適性診断テストを受けてもらい、結果全員断ったというもの。
「入りたいって思って貰えるのは嬉しいんだけど、こっちにも事情というものがあったりなかったり。ただ、この感じだとテストの合格者は今年もでなさそうだねー。後はスカウト組の結果次第かな☆」
小波は裏のツテで入手した新入生の名簿から目ぼしい人材を事前にピックアップしていた。
その中から一人でも多く連れてくるのがスカウト組の仕事だ。
「俺も烏鷹君のテストが終わったらまた適当に声かけてきますよ」
「よろよろ~。流石に新入生が1人も入らないってのは避けたいかんね~」
「そう言えば、こなみん先輩はテストに合格して入られたんでしたっけ?」
「うん、ただ色々不親切だったからね。私の方で修正も加えたんだぜ☆ 初心者用の推奨設定を用意したりとか、チュートリアルを準備したりとか……」
VR適性診断テスト。
それは、このサークルの創設者が提唱した理論を基に作り出されたものだ。
元は大学のローカルな仮想空間上にあったものだが、VR BOXのサービス開始と共に環境を移し替えられた。
結果、誰でもカスタマイズすることができるようになり、多くのサービスと連携できる都合テストの幅を広げることができたという背景が存在する。
1つ目は四則演算500問早解きテスト。
小学校低学年で習うような簡単な計算問題500問をどれだけ早く解けるかを計測する。
誰でも解けるがために必要なのは情報の処理能力の速さだ。
2つ目は取得した情報を文字列として書き起こすドローイング。
時間経過と共に羅列されていく文字列をそのまま書き起こし、どれだけ早く誤差なく文章を完成させられるかを計測する。
3つ目は思考の出力のみで行うイラストの転写。
ランダム生成された1枚のイラストがあるため、それを念写しその正確性を計測する。
コピー&ペーストは禁止されているため、文字通り自身の想像力に依存する。
4つ目は間違い探し。
3次元的に出力された2つの立体物。
制限時間内にどれだけ間違いを発見できるかを計測する。
必要なのは空間認識能力と観察眼だ。
最後は仮想肉体による適応能力調査。
自身の身体が鳥の身体になり空を羽ばたけるか。
そして、羽ばたけたのであれば実際に空を飛べるかを確かめる。
制限時間内に高さ20メートル地点にあるゴールをタッチできるまでの時間を計測する。
初心者でも楽しめる要素を内包しながらも、仮想空間ならではの要素を盛り込んだそれによりVR空間での適性を診断することができるというものだ。
「さてさて、烏鷹後輩は今どんな感じかな~」
VR BOXは一つの仮想空間上に1人しかログインできないという制約が存在しているため、そのテストの様子を直接確認することはできない。
しかし、計測結果やその内容を出力する環境を用意し、現実からそこにアクセスすることで現在の進捗を確認することができる。
休憩室の横にある作業場……貸し出されている検証室の扉を開き、パソコンを起動した。
「本人はVRゲームをやりこんでいると言ってたので、結構いい線行くんじゃないですかね?」
「ちっちっち、甘い。甘いよ阿波後輩。この適性診断テストはね、そこら辺のVRゲームよりも簡単だけど、難しいのさ」
ただテストを受けるだけなら簡単だ。
チュートリアルも用意し、推奨設定も用意してあるのだから。
全体を通して30分もあれば終わるだろう。
そもそも、新入生向けのレクリエーションの側面もある以上難しいものにするわけにはいかない。
しかし、サークルの合格基準を満たすレベルともなれば話は別だ。
「ほら、武蔵後輩もそんなところにいないで。というか帰り支度するのはやいよきみ〜」
「もう俺は不要だろう。今日のデータ取りは終わったはずだ」
「えー、なんでさー。私がそんな薄情に見える? たまにしか顔を出さない後輩と親交を深めたいってだけなのに。ほらほら、一緒に結果を見ようぜ☆」
「諦めろー、こなみん先輩はこうなったらうるさいぞ」
「……はぁ」
「いっひっひー。私の勝ちぃ☆」
青年は先輩と友人の声を煩わしそうにしながらも、立ち上がり彼女達の方へと向かった。
「さーてと。やっぱこういうテストを覗き見るのは楽しいですな~」
「性格悪いですよ。まぁ、否定はしませんけど」
「でしょー」
彼女は新入生に適性診断テストを受けて貰い、その結果を堂々と覗き見るこの時間が好きだった。
それにはいくつか理由がある。
まず前提として仮想現実と拡張現実、それらの技術が現実になった。
結果、本来であれば厳正なる許可と専門家による指導をもってして行わなければならない銃弾斬りも、拡張現実でならば何の危険性もなく行うことができるようになった。
現に、彼女の背後で面倒臭そうな顔をしている大学生最強剣士は、拡張された映像上とはいえ弾丸を見切り刀で両断することができる。
それも、片手間に。
このサークルに所属する中でも間違いなくとびっきりの人材だと言えよう。
それこそがこのサークルの活動内容。
拡張現実と仮想現実という新たな環境に適応した人類。
それを自分たちの手で創り出す、もしくは在野に眠る人材を見つけだすというもの。
存外その研究テーマは特別に憧れる若者達の興味を刺激するもので。
結果、今日まで代を重ねこのサークルの活動は続いてきた。
その意思を小波は尊重している。
その意義を小波は認識している。
故に、自分も特別だと理解していた。
仮想の世界であれば全員が平等だ。
肉体的制限も性別による体格差も関係ない。
同じ条件で平等に競い合うことができる。
それは計測結果という形で現れる。
だから彼女はこの時間が好きだった。
自分が特別だと感じられるこの時間が好きだったのだ。
「……え?」
しかし、小波遥という人間は知らなかった。
今日この瞬間まで、本当の意味で理解していなかった。
「どうしました?」
「いや、もう1つ目のテストが終わっててさ。今さっきログインしたばっかだよね?」
そこにあったのは既に1つ目のテストが終わっているという通知。
「3分も経ってない、のに……」
そして彼女は、結果を見た。
「……14.32秒って」
それは500問の計算問題が15秒もかからず解き終わったというものだった。
「ほう」
「……適当に回答した、とかじゃないですかね」
武蔵はその鋭い眼をわずかに開き、阿波はこの結果に対する私見を述べる。
「は、はっはーん。そっか、そうだね。そうに違いない。確かに穴埋めをするだけなら、このスピードも頷ける。うんうん、阿波後輩さすがだね」
彼女はわかっていた。
そもそも15秒もかからず、500問の回答が終わっている事実そのものが異常だということに。
「さーて、正答率は……」
しかし、その現実から目を逸らす。
認識しないために意識を背ける。
自らを誤魔化し、後輩の指摘を是とし……
「100、パーセント……?」
それを嘲笑うかのように現実は彼女に突き付けられた。
「……いや、ありえないでしょ」
秒間40問弱を回答し、そのすべてが正解。
ログを見ても、ツールやアプリが使われたような形跡はない。
それも当然だ。マクロやプログラムなどのツールは利用できず、外部アプリケーションを呼び出せないように環境を制限しているのだから。
できるのは、仮想上の肉体からの出力のみ。
つまり、全ての問題をしっかり情報として処理し出力しているということに他ならない。
「……こなみん先輩って何秒でしたっけ」
「私がこの間測った時は60.28秒だったよ」
人はどれだけ頑張ろうとも、肉体以上の出力数を確保出来ない。
器用な者であれば、両手足を使用して4つ同時に文字を書くことはできるかもしれない。
音声認識を利用すれば口からも文字を書くことができるかもしれない。
しかし、それが限界だ。
字を書くことが可能な出力系を増やすことができない以上、人体というツールはそれが限界なのだ。
そして、その出力方法を増やすことができるのが仮想空間だ。
リアルと同じように手で書くことができる。
視線の動きから文字を記述することができる。
直接思考から出力することができる。
なんなら腕や目を追加で生やし出力項目を増やすことも可能だ。
1問につき1秒かかると仮定すれば単純計算で500秒。実際には問題の回答を書きながら次の問題を認識するためそれよりも短いぐらいか。
それに対し60秒で出力し終えたと答えた彼女もまた仮想の世界に適応した人類の1人。
マルチタスクによる複数制御を実現したそれは、異常の領域に到達していると言えるだろう。
だからこそ。
「あー、えと……」
単純なテストだ。
時間はかかるが小学生でも解けるような問題だ。
故にそれは異常な彼女から見ても、なお異常だった。
かくあるべしという人の道理から外れていた。
まるで未知の生物に遭遇したかのような衝撃と共に──
「阿波後輩。君は一体ナニを連れてきたのかな?」
その日、彼女は初めてそれを観測した。
直接出力について……
人は「1+1は」と聞かれたら口に出す前に「2」と思い浮かべる。
思い浮かべるということはつまり、2という答えは自身が認識する前に、潜在的に出力されている。
その潜在的な意識であったり脳波を読み取り、直接出力することをこの世界では直接出力と定義されている。
これは多くの完全没入型VRゲームのシステム……例えばスキルの発動やシステム補正を適応するための基盤とも呼べる技術とされている。
それをより高度かつ複数的に制御することで、1秒の間に2つ以上の回答を同時にするといった動作を出力系をカスタマイズすることでVR BOX上では実行することが可能。
彼らがしているのはそれを極限まで効率化したもので、計算式という情報の羅列を視界及び直接的に取得しそれを並列的に処理し出力することで実現している。
500問の計算問題を60秒で出力し終えた小波遥もまた、仮想現実に適応した人類の1人と言えるだろう。
14.32秒は早いのか……
俯瞰的に視覚から情報を取得した上で、それらの情報の羅列を視界だけでなく直接認識し潜在的な意識下で出した答えを正誤判定しそのままノータイムで出力。仮想空間上において思考の分割、体感速度の操作、思考演算の最適化等々の並列処理をほぼ無意識レベルで実行することで成立している。
バイト先の同僚であるねここやロボトミーは似たようなことを普段からしているため同じことが可能。
他の人外も慣れさえすれば似たような結果になることだろう。
何も珍しいことではありません




