第2話 チュートリアル
□2035年 2月15日 烏鷹千里
「<Eternal Chain>、か」
俺はVRヘッドギアの中に表示される更新中のゲームアイコンを見て、小さく呟いた。
一週間前、完全没入型VRゲームという条件設定で通知が来ており、その時に表示されたのがこのゲーム<Eternal Chain>だ。
とある無名の会社が突如発表し、いつの間にかVRヘッドギアのダウンロード可能リストの一覧に月額500円のプレイ料金で名を連ねていたこのゲーム。
SNSの公式アカウントや公式動画チャンネルも突如開設され、現在の登録者数は1000人ほどといったところか。
いくつか動画も投稿されており、かわいい兎のキャラクターが身振り手振りでゲームの仕様について説明している。
見ていて和むし最低限の内容も理解した。
この兎だけ見ればゲームのキャラクターデザインについては期待できるといえよう。
肝心の中身だが、簡単に言えば剣と魔法のファンタジーに古代文明の存在があるというSF要素を兼ね備えたMMORPGだ。
プレイヤーは異世界からの旅人としてこの世界に訪れ仲間とともに冒険することが可能というものらしい。
プレイヤーは最初に9つの国家から好きな国を選択し始めることができ、冒険はもちろん、NPCの悩み事を解決したり、花や作物を育てたりと好きなように遊ぶことができる。
ただ、なんというか色々拙い。
話題性はもちろん情報戦略の面ですでに大敗しているといっていいだろう。
宣伝担当の社員の首が飛んでいないか心配だ。
βテストもなければ、そもそもSNSやホームページの開設がサービス開始一週間前は情報社会をなめすぎだ。
俺も通知設定に入れていなければ、気づかなかったかもしれない。
しかも、サービス開始初日が平日の真っ昼間はかなり強気と言えるだろう。
一応アルカを含めた何人かの知り合いに、しばらくこのゲームを遊ぶ予定と伝えておいたが、あいつらが気にするとは思えないし俺も気にするつもりはない。
当分会うことはないだろう。
しかしこのゲーム、大きく目を引く点があった。
それは、公式ホームページに書かれていた内容にある。
「ここに書かれている内容は、本当なのか?」
俺は疑いながらも、再度確認した。
一つは「現実に対する2倍の時間加速」
ゲーム内で2時間遊んでも、現実では1時間しか経過していないという既存のゲームとは一線を画す革新的機能だ。また、現在は初期運用段階であり、今後順次調整を行うといった旨も書かれていた。
次に「どこまでも広がる広大なフィールドと完全再現された五感」
多くの国、文化、住人、モンスター、ジョブシステムと世界が無限に広がっており、完全に再現された五感をもって心行くままに世界を堪能することができるというのだ。
最後に「あなただけの相棒<アルカナ>の存在」
ゲームを開始すると同時に一人一つ<アルカナの卵>というアイテムが貰え、それが孵化すると、あなただけの相棒が生まれるというもの。
<アルカナ>は現実に存在する猫や犬といったものから、ドラゴンやユニコーンのような空想上の生き物まで自由に選ぶことができ、プレイヤーの成長に合わせてともに強く、かわいく、逞しく成長していくという。
世界の謎を解いてもいい。
広大な世界を冒険してもいい。
冒険せずひたすら楽しく過ごしてもいい。
そんな夢のようなメッセージが書かれていた。
疑わしいことこの上ないな。
今は新手の詐欺か疑っている所だ。
まず、現実時間の2倍加速なんて技術でどうこうできる問題を超えているだろ。
次に完全に再現された五感とか、俺が知っているのは動物の感触がプラスチックのような硬さやら、すべての食材の味がゴム風味のものなど散々なものばかりだった。
「<アルカナ>に関してはこのゲーム固有のシステムで、ビルドの差別化とかプレイの幅を広げるための要素でいいのか? とにかく何から何まで未知数だな」
そんなことをしていたら、VRヘッドギアには更新完了のメッセージが表示されていた。
現在、時刻は11時59分。
サービス開始まで1分を切ったのだ。
俺も例に漏れず多くのVRゲームで遊んでは落胆してきたが、はたしてこのゲームはどうだろうか。
食事やトイレなども済ませたからしばらくはログインして遊ぶことができるが。
「鬼が出るか蛇が出るか、だな」
時計の針が12時を指す。
俺はVRヘッドギアを頭に装着し、VRゲームをする際の推奨姿勢を取りベッドに横になる。
そのままゲームを選択し、いつものように側面にあるスイッチを入れた。
新しいゲームを始める時特有のワクワクと共に、瞼が閉じていく。
そして、視界が暗転した。
─システムメッセージ─
<Eternal Chain >の世界へようこそ。
チュートリアルを開始します。
☆
気が付くと俺は白を基調とした謎の空間に佇んでいた。
部屋なのか野外なのか、その認識すらあいまいになる不思議な空間だ。
そして、目の前にはマスコットみたいな兎が二足歩行で立っていた。
かわいらしいデフォルメチックな姿。
童話にでてくるようなカラフルな紳士服をまとっている。
公式チャンネルの動画でゲームについて説明していた兎だ。
「こんにちは! ようこそ<Eternal Chain>へ!」
「あ、こんにちは」
とりあえず挨拶を返してみる。
「そしてはじめまして! ぼくはチュートリアルとゲーム開始時のサポートを担当している管理AIのラビっていうよ、よろしくね!」
管理AI?
動画の説明にはなかったな。
見たところ簡単な会話ができるようだし、わからないことは聞いてみるか。
「えーと、管理AIってなんですか?」
「管理AIはこのゲームを管理しているAIだよ。環境整備担当とかモンスターの生態系管理担当とかみんな色々やってるんだ。全員で15人いて、僕はチュートリアル担当。名前の設定とかアバター作成とか、簡単な説明をここでしてから<Eternal Chain>の世界に入ってもらうようになってるよ!」
会話や抑揚に違和感もなく、システムメッセージ特有の硬さもない。
ここまで自然体に会話できる時点で驚きだ。
彼、でいいのか。
ラビの言葉を信じるのであればAIが独自の思考をもってゲーム内の事象を管理しているということだろう。
本当であればすごい技術だ。
「それじゃあよろしくお願いします」
「うん、よろしくね! あともうちょっと砕けた口調でもいいよ、せっかくゲームを始めるっていうのに堅苦しいのもなんだしね」
「……わかったよ、よろしく」
そういってラビは手元を動かした。
「チュートリアルを始める前の注意点として、基本アカウントの作り直しができないから気を付けてね。まずはプレイヤーネームの設定になるよ。ゲーム中の名前は何にする?」
どうやらアカウントの作り直しができないらしい。
今時珍しいな。
「それじゃあ、クロウ・ホークで」
これは俺がよく使用している名前だ。
名前に烏と鷹がいるので、適当に組み合わせただけである。
「はい、次は容姿設定だよ! イメチェンぐらいならゲーム内でできるし見た目を変える方法もあるにはあるけど、基本ここで設定した容姿で遊ぶことになるね」
ラビがそう言うと、目の前にいくつかのプリセットが表示された。
西洋風の金髪の見た目をしたものや、黒髪黒目のなんの特徴もないもの。また、現実の俺の容姿をベースにしたかのような姿も表示された。
「それは君の身長に合わせたデフォルト設定だから、好きなものを選んで変更していいよ! それ以外にも容姿の希望があれば言ってくれれば対応するよ。ただ、性別判定だけは変更できないから注意してね。君の場合、見た目はいくらでも女の子にできるけどゲーム内の性別判定は男の子になるよ」
いわゆるネカマプレイやネナベプレイはできないらしい。
できるけれどしかるべき場所に行くと簡単にばれるというべきか。
詳しく聞くと公共施設の温泉など含めて一部ハラスメント判定が発生する場所があるらしく。
「プレイヤーが双方合意であれば基本問題ないんだけど。詳しい対処方法についてはハラスメント担当の管理AIに一任されてるから、一般常識の範囲内で日常では気をつけてね!」
とのことだ。
「身長を変えると、動きに違和感とかでてくるのか?」
「そうだね、身長を変えすぎると慣れるまで少し時間は必要になるかも!」
であれば、下手にいじらないでいいだろう。
俺は自分をベースにしたアバターを選択し目の色を変えたり、髪の色を黒から灰色にしたり、気持ちかっこよくなるように調整を行う。
変声機能もあるらしく女性の声にしてみたりもした。
ボイスチェンジャーで遊んでいるみたいで少し面白い。
「人種設定のエルフとか獣人はなんとなくわかるけど、動物ってなんだ?」
「動物になれるよ! ちなみに僕はミニマムラビットって種族だね。うさ耳が欲しいなら獣人で兎を選択すれば色んなオプションを選べるよ!」
「うさぎ推しの圧がすごい……」
そんなことを話しながら20分ぐらいでキャラクターメイキングは終わった。
自分の容姿をベースに細かい箇所を色々調整しただけだ。
種族変更によるステータスへの影響もないらしいし、人間のままでいいだろう。
「これでよし、っと」
「いいね、かっこいいよ! それじゃ初期アイテムを配布するね」
そういうとラビの手元にカバンと小包が出現した。
「これが収納バッグ、要はアイテムボックスだね! 容量は大体大型トラック一つ分くらいで、アイテムボックスの中身はゲーム内のメニューからリスト表示で確認できるようになってるよ」
「アイテムボックスね」
「かなり頑丈な作りにはなってるんだけど、壊れちゃうと中身全部ぶちまけちゃうから注意してね! 買い直しや修理もできるけどお金がかかっちゃうよ」
壊れる?
「耐久値の設定があるってことか?」
「よっぽどのことがないと壊れないけどね。君たちの言葉でいうなら象が踏んでも壊れない筆箱とか、100人乗っても安全な物置って言うらしいね。<Eternal Chain>の世界の言葉でいうなら……バイスドラゴンが本気で噛みついても壊れないぐらい?」
その例えはよくわからないが、もう一つ気になることを聞いておこう。
「意図的に壊されることもあるってことでいいのか? 例えば、PKとか」
MMOをプレイするにあたり、PKシステムの有無は非常に重要だ。
今から行く世界が、現実のような世界であればあるほど、PKの存在は大きな影響を与えるだろう。
「うん、そこは僕たちの間でも意見が割れちゃってね。PKを無しにした方がいいんじゃないかって意見もあったんだけど、接触禁止やハラスメントの調整が難しかったのと、結局粘着行為や過度な誹謗中傷の対策にはならないと押し切られちゃって……」
管理AIの間でも意見が割れたが、どうやらゲーム内でPKはありになったらしい。
「ただ、アイテムボックスは壊れても基本的にアイテムの所持権利は失われないね。PKをしすぎると【賞金首】に認定されて、その状態でデスペナルティになると所持アイテムと所持金が全部ドロップすることもあるよ。街の中から追い出されることもあるんだ」
PKには多くのペナルティがあるらしい。
ただ、そうなるとだ。
「接触判定の兼ね合いってことは、流れ弾でキルしてしまった時もPK判定されるのか? あとはMPKの処理も気になる」
「君さてはまぁまぁ詳しいね? あの子にそっくり!」
誰かに似ていたらしく、ラビは嫌なことを思い出したかのような顔をしている。
「……回答になるけど、【害意判定システム】を取り入れててね。あいつを邪魔してやろ~って意思を読み取って処理するようになってるのさ! PKされた側や襲われた側に通報対象の名前の通知と【通報】の権利が与えられて、一定数通報されると【賞金首】になるんだよ。あとは管理AIの一人が付きっきりでログと合わせて見守ってるから、誤判定は起きないよ!」
「え、それどうやってるんだ?」
「こう、脳波をびびび~って!!」
「なにそれこわい」
ラビが両手を頭の上にあげる。
人差し指だろうか、指で脳波を表す動きをしているがかわいらしい見た目とは裏腹に言っている内容は怖い。
「え、規約の第1条【本ゲームの利用において】にちゃんと書いておいたよ。法令遵守の範囲内だし、脳波の利用に関しては他の完全没入型VRゲームのいくつかも採用してたはずだけど?」
「そ、そうだったかな?」
後で改めて読み直そう。うん、そうしよう。
「基本アカウントの作り直しができないのも脳波をゲーム側で登録してるからだね。他のVRヘッドギアでログインしても入れるアカウントは一つだけなんだ!」
逆に言えばゲームデータはサーバ側で保存、バックアップされているから、こちら側で問題が発生してもデータに異常は発生しないってことか。
「ありがとう、大体わかった」
「そう? なら良かった。あとは対人戦がしたいなら【決闘システム】があるし、粘着行為やストーカー行為には【管理AIコール】でお願いね。ヘルプに方法は書いてあるよ」
PKの仕様よりもどちらかというと、【管理AIコール】の存在の方が重要そうだな。
「話を戻すけど、メニューの中にはアイテムボックスとは別に、キーアイテムボックスっていう大事なものを設定してしまえる機能もあるから、本当に失いたくないものがあればここに入れておけば基本安全だよ。機能は同じだけれど、アイテムボックスが外付けの装備だとするとこっちはアバターのメニューに紐づいてるんだ」
貴重な装備や思い出の品がある時に便利そうだな、覚えておこう。
「次にこれが初期費用の銀貨10枚で10000スピルね。スピルが単位で、1スピルが日本円換算でだいたい10円ぐらいだよ」
およそ10万円か。学生の俺からすると大金だな。
ゲームだから勝手は違うんだろうけど。
「結構もらえるんだな」
「ゲーム内マネーだからね! 想像してる通りであってると思うよ」
ラビが手元を動かしアイテムボックスが俺のアバターに装備されるのを眺める。
「次は初期装備を渡したいんだけど……その前に! お待ちかねジョブ選択の時間だよ」
そういうと、一冊の本が俺の手元に現れた。
「ここは簡単に済ませちゃうね。説明を聞くより実際にシステムに触れた方がわかりやすいから!」
「わかった」
「うん! ジョブには下級職、特殊下級職、上級職、特殊上級職の全4種類が存在するんだ。君の手元の本には下級職だけを表示しているね」
そう言われ、手に取って本を開こうとすると、勝手に動き出し開いた。
おお、それっぽい!
「その本もゲーム内で使用することができるアイテムで、実際にジョブチェンジする流れをここで確認しようというわけだよ!」
ラビの説明をまとめると、下級職と特殊下級職は最大レベル50まで上がり、上級職と特殊上級職は最大レベル100まで上げることができる。
最大合計レベル400までセットすることができるらしく最大レベル100の上級職1つと最大レベル50の下級職6つや、上級職に就かず下級職8つなど好きなようにカスタマイズできるらしい。
就いたジョブのうち一つをメインジョブとして設定してレベルを上げることができ、ジョブに就くことで覚えるスキルやレベルを上げて覚えたスキルは、一度覚えればサブジョブにセットしておくことにより使用できるようになるとのことだ。
一部メインジョブに設定していないと効果が発動しないスキルや、ジョブ構成に縛られない汎用スキルなどもあるらしい。
文字で見るよりも実際にゲーム内で触れた方が仕様はわかりやすそうだな。
一人につき一つしかアカウントが用意できないという話だが、ジョブを切り替えれば戦闘職のプレイヤーが一瞬で生産職になることもできるのだろう。
「特殊職は何か違いがあるのか?」
「特定の実績や、条件をクリアすることで就くことができるようになる職だね。上級職も条件達成自体は必要なんだけど、それよりももっと捻くれてるものが特殊ってついてるだけで理論上プレイヤーはほぼ全てのジョブに就くことができるようにはなってるよ」
「わかったよ、ありがとう」
「一つ補足すると、まだ条件が判明していない特殊職や、そもそも名前が見つかっていないものも存在しているから、興味があるなら探してみてね。誰か一人が見つけると、みんなもそのジョブの名前や条件がわかるようになるよ!」
つまりジョブ構成を色々試して、これだというものを作ることになるんだな。
そして、特殊職の宝探し要素もあるらしい。
「レベル上限に関しては今後のサービス次第で調整するかもしれないね」
環境を見つつレベル上限の開放によってバランス調整をするというわけだ。
ゲーム内のインフレ速度を調整する手法としては一般的だな。
「それじゃ実際に選んでみよっか。やりたいこと、やってみたいことがあれば言ってくれれば相談に乗るよ! ここで初期スキルならお試しもできるから、動きとか仕様を確認したいなら言ってね。アバターの作り直しも受け付けるよ。それと新規ユーザ応援キャンペーンとして、ここで選んだジョブに限り取得経験値倍率が10倍になるから、バンバンレベルやスキルレベルをあげてね!」
経験値10倍?
「10倍って、どれぐらいすごいんだ?」
「そうだね……早い人はゲーム内時間で2日、遅い人でも1週間と少しあればカンストするぐらいかな? テストプレイは僕たち管理AIでやってたからよくわからないや」
「サービス開始した直後のMMOでそれなら十分早い、かなぁ?」
ここで選んだジョブがゲームの基礎になりそうだな。
操作感をここで確認してたら、一生選べなさそうなのでスキルは試さないでいいだろう。
本を眺めていると少し気になるものがあった
「この【造形師】とか【工芸家】ってジョブはなんだ?」
「その名の通り【造形師】と【工芸家】だよ。クラフト関連のスキルとステータスのDEX、いわゆる器用さが大きく成長するジョブだね!」
「戦闘系ではないよな」
「戦闘系ではないね、生産職の中でも趣味ジョブというもので、この世界を冒険するよりも、創作をして過ごしたいって人が取るようなジョブかな?」
他にも【演奏家】とか【園芸師】とか、趣味ジョブらしきものが数えきれないほど並んでいる。
これは探すのが大変だな。
「検索機能とかもあるから、キーワードで検索するか口頭入力である程度絞れるようになるはずだよ」
「ありがとう、そうするよ」
そう言われて戦闘と検索するとこれまたずらりと並ぶ。
よし。これは無理だな、諦めよう。
「剣とかナイフとか、投擲武器とかいろんな装備をつかえる前衛職業ってあるか?」
「あるよ! キーワード検索で<全武器適性>と<近接>もしくは<前衛>で検索すればでてくるよ。脳内で思い浮かべたイメージもある程度検索に反映されるから意識してみるといいかも!」
言われたとおりにするとようやく数を絞ることができた。
ゲーム内ではラビのサポートを受けれないと考えると、今のうちに慣れておいた方がよさそうだ。
「ちなみにオススメは?」
「自分で戦うのが希望なんだよね? 個人的には【戦士】か【闘士】かなぁ。汎用的なスキルを覚えるよ。ちなみに武器自体はどの職業でも自由に装備することができるけど、対応のスキルは覚えてないと使えないから注意してね。剣を装備して弓のスキルを使うとかはできないよ!」
「魔法もあったよな。使えないのか?」
「魔法は使えるよ、装備してる武器に紐づく武器スキルと違って魔法スキルはジョブとステータスに紐づいてる感じかな。だから杖も魔法職専用ってわけじゃなくて、ちゃんと耐久値が高いのを用意すれば棒術士みたいな近接武器の区分になるね」
杖で殴りながら魔法を使うこともできるのか。
見た目に騙されないようにしないとだな。
「ありがとう、【戦士】にしてみるよ」
「わかった! それじゃメニュー操作できるようにするね。メニューを開いてステータス画面を開くかステータスオープンって口頭で言えば確認できるよ」
言われた通りステータスを開いて実際に<ジョブ>の項目で【戦士】を設定してみる。
プレイヤー名:クロウ・ホーク
レベル:1(合計レベル1)
メインジョブ:【戦士】(1)
サブジョブ:
HP(体力):140(+20)
MP(魔力):20
SP(技力):20(+10)
STR(筋力):40(+20)
END(耐久力):30(+10)
AGI(敏捷):25(+10)
INT(知力):10(+5)
DEX(器用):15(+10)
CRT(致命):10(+5)
所持スキル
《戦士の心得》、《スラッシュ》Lv1、《インパクト》Lv1
「できた? ステータスについては自分でいろいろ確認してね。一応ヘルプにも書いてあるんだけど、スキルの仕様とかそこらへんは僕の管轄外だからうまく説明できる自信がないんだ」
「右に囲んである数字は?」
「これはジョブ補正だね、レベルを上げるとどんどん強くなっていくよ~。最初だからわかりやすく表示してるけど、普段は左の最終加算ステータスが表示されるようになるよ。実際に武器とか装備すればステータスも変わってくるんだ。ということで装備選びに戻ろっか! 何か希望はあるかな」
そういって剣や斧、弓といった武器リストの一覧と初心者用防具のカタログを渡された。
防具は和装や洋装から民族衣装のようなもの、クマの着ぐるみといったネタ装備まで幅広く取りそろえてある。
俺はその中から武器は剣を選び、防具は冒険者セットと書かれた、インナーとレザーアーマーの上下セットに冒険者のバンダナというシンプルなものを選んだ。
完了を押すと目の前のアバターの衣装が選んだものに変わっている。
「次は<アルカナ>の準備だね! 説明するよ」
一番の不安要素である<アルカナ>についてだ。
聞き洩らさないように注意しよう。
「<アルカナ>はチュートリアル、つまり今のタイミングで全ユーザに配布される【アルカナの卵】というアイテムが孵化することで<アルカナ>が生まれるんだ。というわけではい!」
ラビがそう言った瞬間にシステムログが流れてきた。
「今、君のキーアイテムボックスにアルカナの卵がセットされたよ。これは取り外し不可能だから安心してね? 枠も消費しないよ。そんでもってほい!」
今度は俺のアバターが光始めた。
「これは?」
「君が<アルカナ>の主人であるシンボルを刻むのさ。紋章とかマークでもいいのかな? 要はNPCとプレイヤーを見分ける方法だね。額、右手、左手どこにする?」
「それじゃあ、右手で」
「そうそう、<アルカナ>についてだね。<アルカナ>は大別してサポーターとガーディアンの2種類に分かれるよ。色々プレイヤーをサポートするスキルや魔法を覚えるのがサポーターで、プレイヤーと一緒に前線に立ったり、代わりに戦ってくれるのがガーディアンだよ」
そして本がまたでてきた。
「その本をつかえば最初にアルカナでどんな子が来てほしいかある程度指定できるんだ! 犬や猫、恐竜、ドラゴン、悪魔や天使、ゴーストやゾンビと自由自在! そしてサポーターとガーディアンでどっちがいいか、自分は将来何をしたいのかを決める感じだね。生まれてくるときのベースになるよ。ただ容姿や外見に関してはある程度みんなの想像を反映してくれると思うけど、基本ランダムなんだ。ごめんね?」
つまり、猫を選べば猫の姿をベースにした<アルカナ>が生まれて、竜を選べば竜の姿をベースにした<アルカナ>が生まれるわけだ。
「設定しなかった場合はどうなるんだ?」
「何も決めなかった場合、君のゲーム内の経験、願望、活動方針や感情、興味のあったできごととか色々なところから読み取って生まれてくるよ。種族だけ設定して、タイプやゲーム内でやりたいことはランダムにする、みたいなこともできるね」
なにも設定しなかったらランダムな要素で生まれる、と。
「ランダムを選んで不都合なことってあるのか?」
「内容に差はないよ。まぁ悪魔とか天使とか、アンデッドとかゴーストが生まれたら珍しい感性してるねって僕は思うかなぁ?」
「それじゃなにも設定しないで頼む」
「おー、確定ガチャは引かないんだね!」
「……確定ガチャ?」
「うん、なんか確定ガチャって言われてるから使ってみたんだけど……」
「まぁ、間違ってはいない、のか?」
「そう? じゃあ最後に、最初に行く国を決めよっか! 9つの国から選んでね、どこにする?」
ラビの前にスクリーンがいくつも開き、数々の国が映し出される。
どこか幻想的な雰囲気を感じる、空に浮かぶ美しい街並みの空中都市。
他には白亜の城を中心とした中世ファンタジー風の街並みや、空飛ぶ絨毯のようなもので飛び回っている魔法の国らしきものもある。海に浮かぶ大きな生物の背中に築かれた都市もあり眺めてるだけで楽しい。
非常に悩ましいが、剣と魔法のファンタジー世界ならば王道を攻めるべきだろう。
白亜の城を中心に城壁に囲まれたファンタジー風の街並み。
騎士の国「ルクレシア王国」、ここしかない。
「ルクレシア王国にするよ」
「……よし、これで準備完了だね! 一応ここで選択した国に所属ということにはなるけれど、所属国家は変更できるし、世界旅行とかもやろうと思えばできるから安心してね!」
そして、ラビの前に扉がでてきた。
「この扉をくぐれば、ルクレシア王国の王都ルセスにつくよ。これで君とも一旦お別れだ」
ラビの口調は穏やかで、嬉しいという気持ちであふれていた。
「ここから先は、君にとって無限の世界が広がっている。冒険するのもよし、何もせず無気力にすごすのもよし、世界の謎を解き明かすのもよし。ただそうだね、『僕たち』から君に望むことがあるとすれば……」
気が付いたら、俺の意識はアバターに移っていた。
「願わくば、君たちがあらたな【魔王】として目覚めることを」
その言葉は切実な願いのようで、【魔王】とはなんだろうかという疑問もわいてくる。
しかし、俺はもうこの衝動を抑えることができない。
わからないことがあるならラビの言う通り、世界を冒険して遊んで、そして世界の謎とやらを解き明かしてやればいいのだ。
「ありがとう、ラビ。それじゃ楽しんでくるよ」
俺はラビにお礼を言い、扉を潜り抜け、<Eternal Chain>の世界に飛び込んだ。
「うん! <Eternal Chain>へようこそ、クロウ・ホーク。『僕たち』は『君』を歓迎するよ」