エピローグ 胎動する悪意
「早速だ、その探しモノについて教えてくれよ」
「そう逸るな。なに、ついでに見かけたら生け捕りにするぐらいの、そんな軽い気持ちで構わねえさ」
【荒らし屋】は懐から紙を取り出し読み上げる。
「まず1つ目はハイエルフっていう種族だ」
「ハイエルフ? んだそれ。エルフじゃねえのか?」
「名前の通りエルフの上位種族、らしい。純血のエルフの中でもある種の先祖帰りによって生まれるんだとよ。知らねえのも無理はねえ。俺も古ぼけた本の一文に書いてあったのを見て初めて知ったからな」
現在絶滅しかけている種族の先祖帰り。
中々のレアリティだと言えるだろう。
「はー、そもそも見つからねえだろそんなの。エルフって、もうほとんど生き残ってねえじゃねえか」
エルフという種族自体が既に絶滅寸前。
加えて、エルフの部族が商業連盟アーレに併合されたのは有名な話だ。
今後、純血を維持するのは難しくなるだろう。
なんならすでに混血が進んでいてもおかしくはない。
つまり、ハイエルフの発生条件を満たす環境がすでに失われているということに他ならない。
「いや、それがな。実は目星は付いてるんだ」
そうでもないと男は話し出した。
「エルフの寿命は大体1000年から1500年って言われている。150年から200年ほどで成人し、肉体の成長が止まってから老化が始まるまでその姿形が変わらない。が、結局は老いて死ぬってこった」
現にエルフは既に何人かリュークに喰わせてあった。
結果、大きな変化は見受けられなかったためエルフという種族はその神秘性とは裏腹に餌としての価値は低いと【荒らし屋】は認識している。
だからこそ、ハイエルフには期待しているのだ。
「比べてハイエルフは永遠に近い存在らしい」
「永遠だぁ? それはあれか、寿命じゃ死なねえってのか?」
「ああ、老化もほとんどしないらしいぜ」
曰く、エルフを導くたる存在である。
曰く、精霊とエルフの懸け橋となる存在である。
曰く、それは永遠を約束された存在である。
「お前も知ってるはずさ。いるだろ? 神代から生きているとされるエルフの中でも、未だに見た目が子供のままの奴がよ」
その活動の記録を辿れば、是非は別として800年前に歴史に姿を現しているとされる。
神代から生きているとエルフの中でも、唯一見た目が変わらない神秘。
エルフという種族の枠組みから間違いなく逸脱している存在。
「……おい。殺す気か?」
魔導王国エルダンの国家最高戦力【魔導師】。
それこそがハイエルフではないかと疑っている少女だった。
「【魔導師】とか無理に決まってんだろ」
「だよなあ」
国家最高戦力【魔導師】を生け捕りにしろ、などと達成不可能、死亡確定の依頼。
【超越種】の素材程度では到底割に合わない。
遭遇したらこちらが裸足で逃げ出すまであると【盗み屋】は吐き捨てた。
「まぁ、今のは冗談さ。どっちかと言えば次が本命だ」
けらけらと笑う【荒らし屋】に対し、【盗み屋】は呆れた表情のまま無言で続きを促した。
「竜人族」
それは、竜の特徴を有する者達の名だ。
《竜化》という固有の種族スキルを覚えるのが竜人族である。
「……竜人国に行けば一発だろ」
「あそこには国家最高戦力級がいやがるからなぁ。さすがに少々危険が過ぎる。かといって、竜人族は基本あの国からでてこねえ。手詰まりってやつだ」
竜人国ヴァルドラーテ。
その国は大陸の中心に存在しており、広く知られている。
しかし、実際に訪れたことがある者は非常に少ない。
なぜならその国は、探索の推奨合計レベル400相当の危険な魔域に四方八方を完全に囲まれているからだ。
国外との交流は最低限。
危険な魔域という天然の要塞に囲まれたことも考えると、鎖国に近い状態と言えるだろう。
逆に言えば、危険な魔域に囲まれていながらも国を維持できている。
そして、鎖国しても問題ない程の戦力と自国内の経済力を有しているということでもある。
かの国が9大国に続く10国目に任命されていないのは、その人口規模が契約の神が定めた条件に合致していないだけだ。
「ただまぁ、いくら国交が少ないと言っても、この時勢だ。旅人が大量に訪れるようになった以上、外に飛び出したがるガキの一人や二人はいるかもしれねえだろ? なんなら国外に連れ出すような旅人もいるかもしれねえ」
旅人は国に縛られない自由人だ。
不死のままに冒険を謳歌する者達だ。
ならばこそ、竜人国という枠組みを壊す者もきっと現れるはずであり……
「なるほど。確かに狙うならそこだな」
そこが狙い目だと【盗み屋】は理解を示した。
「次に……」
「まだあんのか?」
「当然だろ。続けるぞ。3つ目は純翼族だ」
その名を聞いて【盗み屋】は再度呆れた表情を浮かべる。
「今度はプレメアの王族とか、無理難題ばっかじゃねえか」
天空国家プレメア。
その王族に連なる者達の種族を純翼族と言った。
見た目は普通の人間族だが、その背中から純白の翼が生えているのが特徴だ。
似た種族に白翼族や黒翼族が存在しているが、それらとは格が違う。
種族特性として飛行の概念を保有しており、それこそが純翼族の証。
それはまさに上位種族、ハイエルフと同じ高位の存在である。
天空国家プレメアはこと航空戦力に関して言えば9大国の中でも最強だ。
そして、航空戦力最強を誇る国の首都は地上からおよそ2000から3000メートル付近にある。
空軍最強の国の首都が空にあるのだ。
「ま、あそこは子沢山で領地、ならぬ領空がだいぶしっちゃかめっちゃかだからな。末端の第6王子とか第11王女あたりなら、隙を見て攫えるかもしれねえぞ?」
「自分にできねえからって俺に振んなよ」
超越種のドラゴンを従える【荒らし屋】といえども、空軍最強の国に対し挑むのは無謀というものだ。
事実、天空国家プレメアに【荒らし屋】は近づくことはできない。
なによりも、天空国家プレメアの国家最高戦力との相性は最悪に近かった。
「仕方ねえだろ? 【空柩】の警戒網をリュークが潜り抜けるのは難しいんだからよ。だからお前に頼んでいるともいえる。盗むのは得意だろ? なぁ、【盗み屋】……そんでもって、次が最後だ」
「ようやくか……」
想像以上に無理難題ばかりでどこか辟易としながら、ようやく終わりかと。
どうせ次も問題のある種族なのだろうと。
【盗み屋】はどこか諦めながら続きを聞く。
そして……
「精霊人」
【荒らし屋】はその種族を告げた。
「エルティ……なんだって?」
「ああ、もうこれは一般的な呼び名じゃなかったな。精霊人だよ」
「なんだ、精霊人か……」
これならば可能性があると【盗み屋】は思う。
精霊人は、精霊と人間の間に生まれた子供が成る種族だ。
【盗み屋】はその性質上、精霊の恩寵を有する者から恩寵を盗み取っている。
精霊とはある意味馴染み深いものであり、相性も悪くない。
最悪盗んだ恩寵を利用しぶつけ合わせればやれないこともないだろうと考え……
「当然、精霊の格を有した方の精霊人だぞ」
「だろうな!」
そして、やはりそんな簡単な話ではなかったと悪態をついた。
「精霊信仰とか何百年前の話だよ」
精霊としての格を有する精霊人の発生条件の1つ。
信仰の依り代となる施政者、つまるところ王が必要だ。
国規模の精霊信仰が必要なのだ。
しかしながら文化としても、実利としても精霊信仰は既に廃れ、多くのイデアは契約の神を唯一の神と認識している。
契約の神を祀り上げる聖国が9大国の1つに名を連ねている程度には、だ。
「まぁ、いくつか心当たりはあるから回ってはみるけどよ」
精霊信仰を掲げる国家はほとんどいないが、部族単位であればいることにはいる。
少数ながら、今も根強く精霊を信仰している者達だ。
少なくともこの眼があれば、見逃すことはないだろう。
ハイエルフや純翼族よりはよっぽど可能性がある。
「アウローラは……探るにせよ、攫うにせよさすがに手を出しづれえな」
花の国アウローラ。
4つの大国に囲まれた立地を有効活用し生き延びてきた小国。
その国は今の時勢では珍しく精霊信仰によって成り立っている国だった。
しかし、大国西部にてエリクシルの製法を独占している国というのが問題だ。
アウローラに探りを入れるということは機械帝国レギスタ、ノースタリア、ルクレシア王国、魔導王国エルダンの4つの大国に国境を……なんなら自国の領土よりも厳重に監視している場所に行くということである。
指名手配されている男からすれば死にに行くようなものだ。
「そこんところ、どうなんだ?」
「当然気にしていたさ。ちょうど今代は精霊の年に王女が生まれてるしな。可能性は高いと見ていい。ただ、少々問題が合ってな……」
【盗み屋】はお手上げであると、軽く手を挙げ降参の身振りを取り……
「アウローラにはここ数年ずっと【死の森】が引っ付いてたやがったんでな」
彼にとっての本当の障害を告げた。
「……精霊人がいるの確定だろ、それ。あの害虫、明らかに狙ってるじゃねえか」
「そうとも限らない。少なくともアウローラには国家最高戦力級の戦力はいねえからな。休養目的と考えられなくもない」
【盗み屋】は忌々し気に。
【荒らし屋】はどこか親し気に。
「そういうこともあって、全くと言っていいほどにアウローラの内情は探れてねえんだ。俺達は【死の森】に嫌われてるからなぁ。アウローラに近づいてたら間違いなく滅ぼし合いになってただろうぜぇ?」
それはそれで面白そうだと思いながらも、積極的に敵対したくはない相手であった。
「それに、本当に精霊人が生まれていたとしてもどうせ国からは出られねえよ。アウローラは森も多いからな。その好機を見逃すわけがねえ」
精霊の格を有する精霊人が実際に生まれていたとしても、国を出ようとすれば【死の森】に呑まれて死ぬだろう。
それであれば許容しよう。
先に見つけたのは向こうの方なのだから。
早い者勝ちだ。
【死の森】に呑まれなければ国から出ていないということ。
その場合は【死の森】がアウローラから離れた後でゆっくり探せばいい。
「【死の森】がいなくなったら軽く探りを入れる予定だ。首都に潜り込めさえすれば、俺の異能なら見つけ出すのはそう難しくねえからな」
【荒らし屋】は知らない。
【死の森】が契約の神を恐れていることを。
契約の神の使徒である旅人が共にいれば、現状【死の森】に襲われることはないということを。
すでにアウローラから1人の精霊人が旅立っているということを。
「だからアウローラは後回しでいいぜ」
【荒らし屋】は知らなかった。
ここにも1つ、旅人の介入により運命がねじ曲がっていた。
それは命の終着点。
精霊人が、自国から旅立たなかった時の終わりの日だ。
ありえた一つの死の未来は消え去った。
既にルートは分岐している。
しかし、それは決して安寧を意味しているわけではない。
更なる混沌の始まりだと言えよう。
「一応他の候補も渡しておくぞ」
【盗み屋】は一枚の紙を受け取り、懐にしまった。
「今言った4種類は、1匹につき1つ素材を渡そう。他に関しては出来高制だな」
「生憎、生け捕りな以上そこまでの数は揃えられねえよ。目標はとりあえず、ハイエルフ、竜人族、純翼族、精霊人だな。と言っても、竜人族と精霊人のほぼ二択なわけだが……」
世界の歯車は加速する。
旅人の介入により、その在り方が大きく変わりだしている。
それに連動するように悪辣なる者達が動き出した。
人類に仇なす反逆者は国際指名手配犯と呼ばれる。
そして、それはこの場にいる者達だけではない。
他者から盗む者、【盗み屋】。
世界を荒らす者、【荒らし屋】。
死を仕立てる者、【仕立て屋】。
人を殺す者、【殺し屋】。
宝を隠す者、【隠し屋】。
モノを壊す者、【壊し屋】。
かの存在らに道理を、倫理を、救いを求めることなかれ。
我欲に従い暴れる獣に遭遇したのであれば討伐以外の選択肢は存在しえない。
故に。
「その依頼、この俺様が引き受けてやろう。潜伏ついでに、な」
──激動の時代が幕を開ける。
To be continuited……
以上で断章【胎動する悪意】編は終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
楽しかったという方は評価やブクマ、感想、いいねをいただけるととても嬉しいです。
後ほど断章の裏話(各種設定や詳細な説明等)を活動報告にて記載します。
次回第9章のアップデート開始は予定通り9月中旬頃を予定しています。
私用により少し執筆が遅れているため、おおよそ後半の方になると思います。
それまでは番外編などの更新の予定はございません。
断章に関しましては、今後も引き続き視点を完全に切り替えて更新していきます。
現在はカラブ帝国周辺に焦点を当てていますが、天空国家プレメアやオーシェルド、機械帝国レギスタ等他国にもいずれ触れたいと考えています。
ただ、本編と完全に別々というわけではなく同じ世界の出来事であるため、いずれどこかで物語が交わる時がくることもあるかもしれません。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
それでは……