第10話 悪辣なる取引
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「天輪眼、分身、陽光の加護、残ったのはこの3つだけか……」
国際指名手配犯【盗み屋】は【山狩り】から逃れるべくカラブ帝国から離脱し、商業連盟アーレの外れにある魔域に身を潜めていた。
落ち着ける場所に移動した現在、カラブ帝国で集めた成果の確認をしていた。
任意の対象の情報を解析する魔眼、【天輪眼】。
複製体を作り経験を本体に還元することができる【分身】。
日中に限り状態異常耐性が上昇する【陽光の加護】
しかし、それ以外の加護や異能は全て消失していた。
「容赦ねえなぁ。15歳にも満たねえガキや、家庭を持った女もいたってのに。人としてどうかと思うぞ」
自らを棚に上げながらカラブ帝国を批判しつつ、元の所有者たちを脳裏に浮かべていく。
女子供を始め、貴族、兵士、その他多種多様な人材がいた。
そして、全員が丁寧に処分されていた。
「テルトぼっちゃんはやるじゃあねえの。そのまま俺のために生き残ってくれよ……」
しかし、収支で見ればプラスであろう。
カラブ帝国で入手した最大の成果、【天輪眼】は消え去ることはなかった。
これさえあれば、今後の異能狩りを楽に行うことができる。
しかし、結果的に成果の多くが無駄になったのもまた事実。
(さて、どうやって俺のことを見つけ出したかだが……)
目下、警戒しなければならないのはどのようにして自らの痕跡を辿られたかについてだ。
(予め把握していたならもっとやりようがあったはずだ。つまり、盗んだ後に気づかれたと考えるのが妥当。結果的に俺の痕跡を辿ったって感じだろうな)
国を敵に回して生き残るには、ありとあらゆる選択肢を考慮する必要がある。
可能性はいくらでも存在している。
イデアであれば【異能】や【加護】。
習得条件が一般に知られていないジョブスキルや装備スキル。
旅人であれば、<アルカナ>などもあるだろう。
己が有するような【読心の加護】があるのだ。
似たようなことができる力はいくらでも転がっていると考える。
「もしくは、ただの技術か」
相手が隠し事をしているか否かを判別できるような、そんな異常なまでの観察眼を持つ者がいる可能性もまた0ではない。
現に自らの行動指針を予測し居場所を特定した存在がいるのだから。
(……と考えると、やっぱ旅人の線が一番高えか)
カラブ帝国の国土は並のものではない。
これだけの広範囲をカバーできるとなると、なんらかの情報網を構築する必要があるだろう。
必然的に、向こうの世界における旅人による情報網と<アルカナ>による解析系統の能力の合わせ技と考えられる。
情報は非常に重要だ。
相手の装備を、ジョブ構成を、スキルを事前に知っておくことで対策をすることができるのだから。
そして、これはさらにその奥。
戦争を前提としたリアルタイムでの化かし合い。
男はこれもカラブ帝国が内乱を起こした理由の1つではないかと考えていた。
実戦形式で運用することによって経験を蓄積していく。
それは本番を迎える時の糧となることだろう。
「【霊命の加護】を失ったのは痛いな。有用な力なら攫って監禁した方が安全か? ただ、それをやると足がつくんだよなぁ。単純に管理もめんどくせえし」
失いたくない能力があるのであれば、能力の所有者を誘拐し管理するのが最も合理的な方法だ。
しかし、そう単純な話でもない。
人攫いで足がつくリスク。
管理できる安全な場所の確保。
生存させるための最低限の食事の管理。
拠点を作るということは、それだけ見つかる危険性も高くなるということ。
結局、今まで通り盗んだ後は個人の努力で生き残ってもらうようにするのが楽だという結論になる。
「……」
ぴくりと、【遠耳の加護】により一つの足音を捉える。
彼の部下である少年と大男は、今この場にはいない。
追跡を惑わすために国境を超える場所を3か所に分けた。
合流する場所と日程だけを決め、各地に分散した形だ。
つまり、近づいてくるのは第三者ということに他ならない。
戦意を漏らすことなく、懐の短剣に手を添えた。
一切の容赦もなく殺す準備だけ整え、近づいてくる存在を待つ。
がさりと茂みが揺れ、そして1つの人影が現れた。
「よぉ」
そこには、茶色のローブをだらりと着流した黒髪の男が立っていた。
どこか気の抜けるほどに気安い挨拶。
「……【荒らし屋】か、驚かせんなよ。間違って殺すところだったろ」
「悪いなぁ。数か月ぶりだが、元気そうでなによりだ」
「そっちこそ、随分と大暴れしたらしいじゃねえか」
ここで合流する予定も、そんな取り決めもなかった。
しかし、【荒らし屋】は当然のように【盗み屋】の元へと訪れ【盗み屋】はそれを受け入れた。
「どうよ、カラブ帝国は。面白そうな力は集まったか?」
「ああ、おかげ様で祭りに乗り遅れることなく参加できたぜ」
「そいつはよかった。俺の情報が役に立ってくれたようでなによりだ」
竜を使役する【従魔師】は、その活動範囲の広さを活かし情報屋としても活動していた。
それも、裏の住人専用の情報屋だ。
世界各地に散らばっている指名手配犯や犯罪者。
地域に根付いた裏組織。
闇に住む者達へ求められた情報を渡し、そして新たな裏の情報を手に入れ、またそれを売る。
「で、なんか用か? しばらくは来ねえって話だったが」
「お前に1つ頼みごとがあってな」
「頼みごとだぁ……? 別にいいが、タイミングが悪いな。しばらく潜伏する予定だから内容によっては断らせてもらうぞ」
潜伏していると聞き、【荒らし屋】は周囲を見渡した。
商業連盟アーレとカラブ帝国の国境沿いにおいて端も端。
周囲にめぼしい村や街もなければ、珍しい素材が入手できる魔域があるわけでもない。
「どうりでこんな辺鄙な場所にいるわけだ。どうした。【山狩り】にでも見つかったか?」
「ああ、そうだ。カラブ帝国からひーひー言いながら逃げ出してきたところさ」
「……ほう。内乱の処理で手一杯だろうに、国家最高戦力様は随分と暇なんだな。それとも、働き者と褒めるべきか」
【荒らし屋】は皮肉を言いながらおかしそうに笑みを浮かべ……
「【山狩り】の野郎、分身しやがるぞ」
その情報を聞き笑みをひそめた。
ぴくりと訝しむように眉が動く。
「そんでもって、そいつも《山狩り》を放てる無法っぷりだ。具体的な数は知らねえが、少なくとも2人、3人じゃ済まなさそうだぜ」
「へぇ、そいつは初耳だな」
「知らなかったのか」
「さすがに国家最高戦力に喧嘩を売るなんて真似はそうそうしねえからなぁ。よっぽどの好条件が揃ってんなら話は別だけどよ……その情報買うぞ、何か欲しいものはあるか」
国家最高戦力はスキルの情報そのものに価値がある。
各国に1人しか就くことができない特殊上級職が契約の神から配られ、今日まで続いている大国同士の睨み合い。
それは結果的に、国家最高戦力が全力で戦闘をする機会がほとんどなかったことを意味している。
つまり、それぞれの特殊上級職のジョブスキルの情報が全くと言っていいほどに足りないのだ。
「気にすんな、今回は想像以上にいい能力を盗めたからな。その礼とでも思ってくれ」
「いいねえ、やっぱお前は人間の癖に話ができる。持ちつ持たれつ、助け合いの精神ってやつだ」
【盗み屋】は男の戯言を聞き流す。
持ちつ持たれつ、助け合いの精神、話し合えばわかる、などと。
(よくもまぁ、これっぽっちも思ってもいないであろうことをぺらぺらと言えるもんだ)
【盗み屋】はその付き合いから目の前にいる存在が、人という種そのものを見下していることを知っていた。
人間の癖に、人間にしては、人間の中だと。
【荒らし屋】と会話をする度に何度も聞くフレーズだ。
であれば当然、己のことも見下しているのだろう。
結局のところこの関係も利害の一致に過ぎないのだ。
互いにお尋ね者同士。
今この瞬間にも殺し合いが始まってもおかしくはない。
だからこそ、【盗み屋】は情報を集めるべく【天輪眼】で覗き見ようとし──
「やめとけ」
そして、それを止められた。
「その眼で俺のことを見るのはお勧めしない」
【天輪眼】について知らないはずの男は、しかしまるで知っているかのようにそれを牽制した。
普段浮かべている不気味な笑みはなりを潜め、どこまでも冷たい視線が【盗み屋】へと突き刺さる。
(ちっ、読まれたか)
目の前の存在もまた、己と同じ異能使い。
同類、否、それ以上。
異能を鍛え上げた先に到達せし者。
なんとも反則的で、羨ましい力。
欲しい、欲しい、欲しい。
奪いたい、寄越せ、俺に盗ませろ。
そんな溢れ出る渇望と欲望を理性で押さえつける。
「……珍しいな、いつもなら笑って流すだろうに」
「いやなに、今はまだお前のことは殺したくないってだけさ。これは褒めてるんだぜ? 少なくともそれは俺に届きうる力だ」
【荒らし屋】と【盗み屋】の視線が重なった。
「良い能力を盗めたようでなによりだ」
互いに国際指名手配犯と呼ばれる者同士。
彼らが協力関係を築いているのは、相互協力のため……などという理由では断じてない。
【盗み屋】は【荒らし屋】が有する異能を欲している。
その異能を盗みだすことで、己の渇望が満たされるからだ。
しかし、今は時期尚早だとも理解していた。
単純に戦力が足りていないのだと。
【荒らし屋】は【盗み屋】がこれ以上ないほどに成長するのを待っている。
数多の力を盗み出し成長する理から外れた存在。
その珍しさは群を抜いているだろう。
ジョブスキルと才能に恵れているだけの国家最高戦力よりも、よっぽど珍しい餌だ。
成長しきった暁には愛竜に食わせることで臨界を成し遂げられるかもしれない。
しかし、今は時期尚早だとも理解していた。
まだ、熟していないのだと。
いうなれば利害の一致。
「それで、その頼みごとってのは?」
──いつか奪う。
「おっと、そうだった。なんのためにここに来たんだって話だよな」
──いつか喰らう。
あまりにも歪な協力関係であり、だからこそ彼らは気負うことなく付き合いを続けることができた。
そんな無言の取り決めだ。
「俺の目的は知ってるだろ」
「……あのドラゴンの進化だよな」
【盗み屋】は軽く空を見上げた。
そこには漆黒の雲が月を覆い隠している。
「その通りだ。ただ、今後はしばらく別件に集中する予定でな」
「お前が趣味をほっぽり出すなんて、珍しいじゃねえか」
【盗み屋】はその別件とやらに純粋に興味があった。
目の前にいるのは、己の趣味を優先した結果、世界を敵に回した男だ。
モンスターの進化論の研究自体は各国で日夜行われている。
それは、超越種や臨界個体の発生を未然に防ぐためのものだ。
しかし、この【従魔師】は違う。
モンスターの進化の促進という研究テーマを掲げ、実際に超越種を育てあげてしまった存在。
その過程で多くの超越種に干渉し、ちょっかいをだし、その余波でいくつもの街や村を滅ぼしてきた。
その危険度は押して知るべし。
「そんな、大したことじゃねえよ」
【荒らし屋】はそこまで期待をするなと前置きをする。
「旅人をどうやってこの世界から追い出すかについて、だ」
そして、その別件について語った。
「……正気か?」
それを聞いた【盗み屋】は不可能だと即座に答えをだす。
そして、それは当然の反応でもあった。
そもそも不死身の旅人とこの世界の住人である彼らでは意識が違うのだ。
契約の神から祝福を受けている旅人からすれば、この世界は多くの場合において娯楽でしかない。
加えて、旅人を追放する権利を持っているのは契約の神に認められた小国含む各国の王族や部族の長。
リスポーン地点と呼ばれる場所の管理権限を有している者達だけだ。
「正気も正気よ。なに、全員というわけじゃねえ。ただ、無駄に数が多いのもまた事実。まさに玉石混合の状態だからな。石はいらねえ。……その顔、できると思ってねえな?」
「当たり前だろ。そもそも連中からすれば俺達ですら娯楽小説の敵役みたいな扱いが大半だからな。命の危険がねえんだ。死んでも生き返る不死の戦士とか相手するだけ無駄だろ」
この世界の住人ではない旅人には加護もなければ異能もない。
恩寵を授かることもできないだろう。
つまり【盗み屋】からすれば、奪える能力が存在しないということ。
結果、旅人という存在は相手をするだけ無駄という評価に落ち着く。
「いくつか既に手は思い浮かんでるんだ。あとは検証を重ねるだけだな」
どこか楽しそうに【荒らし屋】は今後の流れを思い浮かべる。
「まぁ、そういうことなんでお前には俺がこっちに集中している間に餌探しを頼みたい」
「餌探し、ねぇ」
【盗み屋】はようやく頼みごとの内容を理解した。
食性や環境によってモンスターが進化することも当然知っている。
とどのつまり、珍しい種族をあのドラゴンに食わせて進化するかどうかを確かめたいのだろう。
そして、なぜ【荒らし屋】が情報屋として世界を飛び回っていたのかも理解した。
情報屋として活動するついでに、それらの珍しい種族を探していたのだと。
「今から言う種族を見かけたら生け捕りにしといてくれ」
「生け捕りか。だるいな」
「そう言うな、報酬は弾むぜ?」
【荒らし屋】はアイテムボックス機能を有するカバンを軽く叩く。
「俺が保管している【超越種】の素材……って言えば価値はわかるな」
「いいぜ、乗った!」
【盗み屋】は前のめりに返事をした。
加工するのは少々手間だろうが、手がないわけではない。
ならば、後は条件のすり合わせだけで──
「──生きてさえいればいいんだな?」
悪意と悪意は重なり合う。
「──ああ。四肢が欠損してようが、どれだけ精神が壊れてようが、構わねえ。生きてさえいればいい」
故に、ここにまた一つ、悪辣なる取引が交わされた。




