第7話 マガイモノとマガイモノ
「なんでここにいるとわかった」
【盗み屋】からすれば、それは当然の疑問だった。
移動中の自分を的確に見つけ出されたことに対する疑問。
カラブ帝国で活動をしていることを知る者はごく一部のみ。
知っているであろう盗み元に関しても、徹底して脅し、脅迫し、心をへし折った。
加えて盗んだ【異能】が消えれば、消されたのだと……自分の存在に気づかれたのだと判断が付く。
しかし、男はここ最近の活動で盗んだ力は一つとして消えていなかった。
「私も最近よい縁ができましてね。言ってしまえば、情報提供元がいるのですよ。まさかまさか、ここまで正確だとは思いもよりませんでしたが」
そんな【盗み屋】の疑問に【山狩り】は笑顔で言い切った。
(……ちっ、どいつか報告しやがったか? そんな度胸があるようなやつはいるように見えなかったが)
脅しは所詮、脅しだ。
この帝国において【盗み屋】に盗まれたことを報告するのは死を意味する。
逆に言えば、自らの命を犠牲にしてでも国家最高戦力に報告をした勇気ある者がいた、と【盗み屋】は考えた。
(だとしても、だ。どうやって俺の位置を割り出しやがった)
自身の居場所を的確に特定してきたことに対する違和感。
だが、相手は国家最高戦力の1人。
なんらかの探知系のスキルでも持っていたのであろうと無駄な思考を切り上げる。
「おいおい、俺に言っていいのかよ」
「構いませんとも。どうせ貴方程度の知能では理解できない相手ですので」
「言うじゃねえか」
一触即発。
【盗み屋】はそれを理解しながらも、会話を続ける。
そのまま、先日手に入れた瞳で最高を盗み見た。
「……へぇ。お前、分身か」
「おや? おやおや!? これはこれは、また随分と素晴らしい眼をお持ちのようで」
【山狩り】は薄く目を開く。
「いったいどこから盗んできたのやら」
放たれるは濃密なまでの殺意。
【山狩り】に睨まれ【盗み屋】は冷や汗を垂らす。
本来であれば内乱など起こるはずがなかった。
国家最高戦力【山狩り】の一声があれば、国内の貴族は皇帝にひれ伏すこととなる。
つまり、この状況は意図して起こされたものであり、旅人によってもたらされる戦争の形の変化を確かめるためという推測を【盗み屋】はしていた。
(ついでに、国内にいる不穏分子を炙り出すのも狙いだとは思ってたが……)
過激な汚職、人身売買、違法なアイテムの作成。
これを機に内乱によって炙り出した国内の膿の一掃作戦。
そこまでは読んでいた。
そして、それを一任された【山狩り】は内乱の処理で手一杯のはずだろうとも。
しかし、これは予想できなかった。
「てめえ。一体、何体分身を放っていやがる……」
今目の前にいるのは本物の【山狩り】ではないという解析結果。
内乱によって国家最高戦力が動けない、などという楽観的な思考を真っ向から否定する理不尽。
(【山狩り】のジョブスキルか? 聞いたことねえぞ)
【山狩り】が複数存在できるなどという情報を聞いたことは無かった。
つまり、これを知る者は全員消されてきたと考えるのが妥当であり、この分身はただの姿見だけではないことを意味している。
「気にする必要はございません。貴方は今ここで、死ぬのですから」
最高が目標に対し狙いを定める。
「なぜなら私は国家最高であるからして」
戦意が膨れ上がる。
「私が分身であるとわかったところで貴方が勝てる理由にはなりますまいて──」
刹那、【山狩り】の姿が消えた。
「──ッ!?」
【盗み屋】は素早く振り返り、直観に従い防御を固める。
いくつもの異能を、加護を掛け合わせ、右腕へと集中。
その視線の先には鋭く脚を振り抜く最高の姿が……
「……っふ、ざけ!?」
そして【盗み屋】は蹴り飛ばされた。
「がっ……ぐうううううううううアアアあああアアアアアアッ!?」
ただの、背後への移動。
ただの、蹴り。
【山狩り】がしたのはそれだけだ。
ただそれだけで、【盗み屋】は数百メートルもの距離を一瞬で蹴り飛ばされた。
並みのENDであれば、衝撃だけで体がバラバラに吹き飛んだことだろう。
(くそ、腕が折れた! 態勢を立て直せ! どれだけ吹き飛んだ!? 勢いが止まらねえ! 肉体を空気に……駄目だ、範囲外になってすぐ実体化してやがる! 地上はまだか! 【山狩り】の野郎は……!?)
【盗み屋】の鋭敏になった《気配感知》に1つの反応。
それは吹き飛ばされ、今も止まることのない肉体の進行方向にあった。
「こんの……化け、もんがアアアアアアアアアッ!」
そこには【盗み屋】よりも早く、吹き飛ばされた先に到達していた男がいた。
「それでは、これにて閉幕」
【山狩り】は取り出した大きな鎌をゆったりと振りかぶる。
その軌道は縦ではなく、横。
態勢が完全に崩されている【盗み屋】にそれを避ける術はない。
(まっ、ずぃ……ッ!?)
これより振るわれるは国家最高の一振りである。
「──《山狩り》」
鎌が振るわれた瞬間、周囲一帯を光が埋め尽くす。
膨大な熱量の放出により大気は歪み、大地を軽く焼き焦がす。
ただの余波で、数百メートル以内にいた多くのモンスターがポリゴンとなって砕け散る。
あまりにも圧倒的な力。
これこそが国家最高戦力が国家の最高たる所以。
剣を扱う最高は、ことごとくをその剣によって斬り伏せることができる。
氷を操る最高は、1人で理想の軍隊を創り出し運用することができる。
魔を用いる最高は、杖の一振りで天変地異を引き起こすことができる。
鍛冶を司る最高は、己が腕により最高の武具を作りだすことができる。
そして、とある帝国の最高は鎌の一振りで山を刈り取ることができた。
それは圧倒的な合計レベルの高さによるステータス補正。
加えて、各々が有する特殊上級職の各種パッシブスキルによる恩恵によるものだ。
国家最高戦力に対抗するのであれば同じ国家最高戦力か、【国家最高戦力級】と呼ばれるほどの実力がなければならない。
(あー、この身体は死んだなこりゃ)
どこか冷静に、男は自身の死を受け入れた。
投げやりとも言えるだろう。
現状では勝つことは不可能。
それがわかっただけでも収穫だと言わんばかりであり……
(ま、新しい情報が集まったってことで良しとするか)
そして無抵抗のまま光を許容した。
「……」
先程、己が有する至高の一撃を放った男は振り切った鎌を背中に担ぎ直し周囲を見渡した。
そして、一切の生命反応がないことに疑念を持つ。
「はて。一応、肉片が残る程度には加減をしたはずなのですが。これは……してやられましたかな」
想像以上の手ごたえの無さ。
逃走ではなく、まるで情報収集を優先していたかのような立ち振る舞い。
相手の取った行動の違和感から導き出した答え。
「もしやもしや、向こうも偽物だったとは……」
それは、先程まで自分が相対していた相手もまた仮初の肉体であったというものだった。




