第3話 レトス防衛戦②
街の各所から戦闘音が響き、建物からは火の手が上がり暗い夜を照らす。
「ううううっ……」
「はっはっ、はっは!」
そんな中、一人の少年が少女の手を引きながら必死で走っていた。
少女は大きく泣き声をあげそうになるのを堪えていた。
少年は歯を食いしばりながら駆けていく。
北門に比較的近い場所にいた結果、逃げ遅れた2人のイデア。
「GYOGYOGYO!」
「GIGIGIGI」
その背後から迫るのは紫色の毒々しい色をしたクワガタ型のモンスターだ。
その数、5体。
<ポイズンスタッグ>と呼ばれる下級モンスター。
しかし、毒の状態異常を付与するそれは低いステータス以上に厄介な存在だろう。
AGIの違いと飛行速度の差により、少年と少女にクワガタの鋭利な顎が襲い掛からんとし……
「ずいぁああああああああああッ!」
瞬間、剣が駆け抜けた。
5体の<ポイズンスタッグ>は両断され、蹴り飛ばされ、弾き飛ばされる。
そのままHPを全損しポリゴンとなって砕け散っていった。
「あ、ありがとうござい……」
少年は助けてもらったことを理解した。
見ればところどころ装備が汚れ、傷ついた一人の剣士。
そのままお礼を言おうとし……
「おいガキ共! 親はどこだ!」
少年と少女を救った旅人……レバレッジは戦闘の高揚感と苛立ちを込めた怒鳴り声をあげた。
「ひっ、わ、わからない……うぅ」
「泣くな! 体力を無駄に使うな!」
「……っ!?」
少女は急に怒鳴られたことに再度泣き出しそうになるも、堪える。
レバレッジは周囲を見渡し、安全を確認。
そのまま自分の背後にいた元仲間に話しかけた。
「佐藤醤油。このガキ共でいいんだな。事前に聞いた情報とは違って親はいねえ、逃げ遅れたか先に逃げたかだ」
「お、おう……」
知っていたが容赦ないなと、佐藤醬油はどこか引いた目でレバレッジのことを見る。
「……お、おじちゃん!?」
少年はそこにいた旅人が知り合いだということに気づいた。
「ああ……よかった。オーアも一緒だったんだな」
「……う、うん」
佐藤醤油は顔見知りの少年と、その妹が無事な姿を見て安堵した。
「おい、時間の無駄だ。感動の再開は後にして南門にさっさと行け! まずは自分が生き残ることを優先しろ!」
レバレッジの怒号を受けてこくこくと少年は頷いた。
言い方は強いが、それもまた事実だからだ。
そのまま妹の手を握り走り出そうとし。
「ちんたら走らせるわけねえだろ。佐藤醬油! てめえのわがままに付き合ってやったんだ! 死んでも送り届けてこい! スカー、援護に行け!」
「おうよ! まじで、まじでありがてえ! この恩は絶対に返す! いくぞオモチ!」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
『ギュルアアアアアア!』
「Popopo!」
佐藤醤油は少年と少女を両脇に抱え走り出した。
オモチと呼ばれた粘液状の子蜥蜴はその傍に控える。
それだけでは足りないだろうと、レバレッジは自身の<アルカナ>を援護に向かわせた。
周囲に毒の煙幕をまくスカンクをベースとした到達階位Ⅱのガーディアン。
護衛程度の役割は果たせるだろうという、気遣い。
「おい、北門の方から次々とモンスターが流れ込んできやがる! もう抑えきれてねえぞ!」
「レバレッジ! どうするんだ!?」
建物の上から北門の方面を見た男は悲鳴のような声を上げた。
北門周辺からはいまだに大きな戦闘音が鳴り響いていた。
瓦礫が吹き飛び、城壁が粉砕され、空からは隕石がごとくそれらが降ってくる。
北門に到達した上級モンスターと、それを迎え撃つ街の兵士たちによる争いは一層激しさを増していた。
そして、上級モンスターにかかりっきりとなった結果、小粒の下級モンスター、中級モンスターに対処できる者はほとんどいなくなり戦闘の余波を潜り抜けたモンスターから次々と街の中になだれ込んできていたのだ。
既に北門周辺のイデアは西門や南門の方へと逃げ出したか、戦闘に撒きこまれポリゴンとなって砕け散った後だった。
先ほどの少年たちが無事だったのは、戦闘に巻き込まれないギリギリの場所にいたこと。
不運だったのは、飛んできた瓦礫などにより逃げ道が防がれ遠回りをせざるをえなくなり逃げ遅れたこと。
レバレッジ達は周辺のモンスターを倒しながら探索しており、遠目にそれを見つけ駆け付けた形だ。
結局のところ運がよかっただけである。
(武器の消耗。防具の破損。背負ったリスク。これで報酬が経験値だけとか、全部が全部割に合わねえな。やっぱさっさとずらかるのが正解だったか。まぁいい)
レバレッジは、やはり割にあわない依頼であったと内心で嘆く。
「義理は果たした! 予定通り撤退する。周囲のモンスターを散らしながら砂糖醬油たちを追うぞ」
それは佐藤醬油の退路を確保しながらの殿宣言。
そこに、空から一つの影か降り立った。
旅人達はそれを視界に収める。
「旅人か! モンスターに追われていた子供たちは!」
「……もう南門の方に避難したよ。護衛もつけておいてある」
「そ、そうか! よかった……すまない。俺もちょうど東門方面から援護に駆けつけてきたところだったんだ。もしよければこのまま一緒に北門に合流を……」
遠目にそれを視認し、急ぎ駆けつけてきたイデアである男は大きく息を吐く。
そのまま、どこか疲労を感じさせつつ旅人に助けを求める。
「悪いな、俺達は撤退するところなんだ」
「なっ!?」
イデアが……NPCが驚愕の表情を浮かべてもレバレッジは何も思わない。
「報酬が出るのかすら不明だってのに、これ以上装備を消耗したら俺達が破産しちまう。十分な理由だ」
レバレッジ達は、北門周辺の深い地域まで来た結果相応に装備が消耗していた。
下級モンスター78体。
中級モンスター5体。
6人で動いていたこともあり、処理自体は滞りなく進んだ。
しかし、これはたったの15分程度周囲を探索した戦果だ。
北門周辺へ行けばより一層激しくなる。
素早く街の中に入り込んだ小粒のモンスターだけでそれだけの戦力がいたのだ。
ギルドのランクが上がるわけでもなければ追加報酬が豪華になるわけでもない。
クエストを達成できるなら話は別だろう。
しかし、このグランドクエストは難易度10。
(下手したらアイテムボックスもろとも、なんてこともある。明らかにリスクに対してリターンが見合ってねえ)
破産するほどではないが、レバレッジは撤退の理由付けのためにあえて誇張して伝えた。
「そ、そうか……」
無限の命を持ってして戦い続けることができる旅人は貴重な戦力だ。
事実、この戦いが始まってから旅人の有する力は戦況に非常に大きな影響を与えていた。
それでも、その戦う理由は様々であることも知っていたイデアの男は何も言えなくなる。
「……ちっ」
レバレッジはNPCの反応を見て、苛立ちを覚えた。
まるで、自分たちが人でなしのように扱われる苛立ち。
「……撤退のついでだ、南門の方から他の街に避難してる連中を護衛してやる。俺達はそのままずらかせてもらうがな。それでいいな」
「あ、ああ! それでいい! か、感謝する!」
なんてことはない。
これ以上付きまとわれると面倒なため、それらしい理由をつけただけだ。
しかし、イデアの兵士である男からすれば、それだけでもありがたいことであった。
「……うん?」
瞬間、レバレッジは違和感に気づいた。
わずかな空気の揺れ。
そして、軋み。
「っ!?」
それは、濃厚な死の気配。
「しゃ、が、めええええええええええ!」
レバレッジは叫び、地面へと飛び込んだ。
統率の取れたPKK達も急ぎその場にしゃがみ込む。
刹那、彼らの頭上を線が駆け抜ける。
周囲の建物が両断され、轟音を立てながら崩れさっていく。
「ちぃっ! なんだぁ!?」
「《気配感知》の反応がでけえ! 強いぞ!」
レバレッジは先程まで一切の反応がなかった場所に表れた1つの気配を睨みつける。
攻撃行動により気配遮断効果が途切れたそれは家屋を壊しながら姿を現した。
距離にしておよそ50メートル先。
先ほどの斬撃は大きく腕を振るうことで放たれた飛ぶ斬撃によるもの。
巨大な獣の体躯。
大きな爪に加え、肉体から生えている首は2つ。
体を支える4本の足と二本の腕。
頭上に表記された<アンフェバ>という名前。
四足二手双頭の怪物が、そこにいた。
「なっ! <アンフェバ>だと!?」
それを見てイデアの男は驚愕の声を上げた。
「情報を共有しろ!」
「双頭の獣<アンフェバ>! 上級モンスターだ! いや、ありえない。この付近には生息していないはずだ。もっと奥地の魔域で……」
「んなこと言ってる場合か、現に目の前にいるだろうが!」
「ちぃっ、上級に前線突破されてんじゃねえか!」
旅人とイデアが言い合っているうちに、獣は大きく息を吸い込んだ。
そのまま2つの頭部が、咆哮──
『──GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
『──GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
周囲一帯に響き渡る轟音。
音の衝撃により家屋が軋み、崩れだす。
旅人達は耳を塞ぎ、しかしながら怪物からは眼を逸らさない。
そして、咆哮を終えた双頭の怪物は眼前にいる獲物を喰らわんと四肢と両腕を構えた。
レバレッジはここで逃げた時のことを考える。
(背後からこいつが襲い掛かってくるとなると、逃げきるのは不可能だな。結局装備ロストのリスクは変わんねえ。下手したらさっき逃げ出したばっかの佐藤醬油を巻き込むことになる)
せっかく、元仲間同士で恨みつらみが起きないようにあらゆるリスクを踏み倒して助けに向かったのに、先程のNPCが死んだらそれが全てご破算になる。
結論、リスクが変わらないのであればリターンを取りに行くべきだ。
「……おい、おっさん。名前と武器と合計レベルを教えやがれ」
「ブーモ。大剣使い。合計レベルは362だ」
「なら、メイン火力はてめえだ。あの怪物の注意は俺達が引き付ける……野郎ども! 撤退の前に上級モンスター狩りとしゃれこむぞ! 損傷した装備の請求先は当然佐藤醬油の野郎にだ! 遠慮せず暴れやがれ!」
レバレッジは大きく息を吸い込み。
「金策の時間だああああああ!」
吠える。
「やってやんぞおらあああああ!」
「上級モンスター討伐の名誉は俺達のもんだ!」
この場にいた6名の旅人と5体の<アルカナ>も臨戦態勢へ。
『GYUOO! GYUOO!』
双頭の獣<アンフェバ>は興奮のままに、両の手を上に振り上げた。
その腕が強く光り輝く。
それを見て、旅人たちは先ほどの攻撃を思い出した。
この距離は安全地帯ではないということに──
「──退避いいいいいいいいいっ!」
怪物はそのまま塗装された道へ腕を勢いよく振り下ろした。
瞬間、大爆発を引き起こす。
大地がひび割れ、波及し、崩壊していく。
衝撃のままにレンガや石の破片が飛び散った。
大地に巨大なクレーターが作り出され、近隣の建物のことごとくがその衝撃で吹き飛んだ。
瓦礫の山が<アンフェバ>の前方方向……旅人たちに襲い掛かる。
レバレッジはどうにか、その広範囲攻撃を回避。
(さっきの咆哮! この威力! こいつが城壁を破壊したやつか!?)
あれだけの頑丈な壁をただの腕の一振りで粉砕した怪物。
それが目の前にいる獣だと理解する。
レバレッジは初めて接敵する上級モンスターという存在を前に、悟った。
(……あー、割に合わねえなぁ)
レバレッジは眼前に迫った巨躯を両の眼で捉えた。
態勢は崩れている。
<アルカナ>も佐藤醬油に同伴させたためいない。
なによりも早い。
圧倒的なステータスの差。
回避は不可能。
これはデスペナルティ送りだと、どこか冷静に認識する。
(散々イキっておいて最初の脱落者が俺かよ。防具の耐久値残んねえなこれ、ロストしなきゃいいんだが……)
走馬灯のように駆け巡る思考。
(だっせー……)
レバレッジは心の中で恨み節を上げ……そのまま視界が暗転した。
「レバレッジ!?」
レバレッジは殴られ、地面に叩きつけられた。
装備はぐしゃぐしゃにひしゃげ、そのままポリゴンとなって砕け散っていく。
自分たちのリーダーがデスペナルティになった。
それによって旅人の間で動揺が広がる……わけではない。
「ははっ! またあいつ最初に死にやがったぞ!」
「目立ちたがり屋だからな、本望だろ」
「獣てめえ! よくも俺たちのリーダーをやりやがったな!」
「野郎ども! 敵討ちの時間だ! やっちまええええええ!」
「ひゃっほおおおお!」
それどころか、まるでいつも通りとでもいう風に戦意を漲らせる。
レバレッジという旅人は小ズルいことを考えるのが人より得意なだけの男だ。
戦闘技能が優れているわけでもなければ、正義感で慕われているわけでもない。
なんなら、性格はかなりひねくれている方だろう。
人並みにプライドも高く、目立ちたがり屋で、正論で人を殴るのが好きなだけの旅人だ。
しかし……。
どんな理由であれ、誰よりも前に立つ男だった。
どんな理由であれ、【賞金首】を狩る行動は正義の旅人だった。
どんな理由であれ、仲間を気遣える男だった。
ならばこそ、彼の仲間たちがその意思を引き継ぐ。
「ブーモって言ったっけ? そういうことなんで、俺たちを壁にするでも好きにしろよ。ただ、あの<アンフェバ>ってやつは絶対倒せよな」
「勝利の暁には俺たちの銅像を建ててもいいぞー」
「銅像はセンスないわー」
「ばっか、おめえ勝てたらの話だろうが……来るぞ!」
『GYUOO!』
<アンフェバ>は取り逃がした獲物に襲い掛かる。
それを迎え撃つように一人の男が前に出た。
「ガードル!」
「GYUAAAA!」
男の傍にいた一頭の狼犬が吠えると同時に、男が有する盾が肥大化。
指定した装備を巨大化させるスキルの恩恵をもってして、男はスキルを発動させた。
「《シールドバッシュ》!」
巨大な獣と巨大な盾が勢いよくぶつかり合う。
それが開戦のゴング。
襲い掛かるは双頭の獣<アンフェバ>。
上級モンスターに名を連ねる怪物の一柱。
それを迎え撃つは上級兵士のイデアと【賞金首】狩りを生業とする5人の旅人達。
イデアと旅人の合同パーティによる上級モンスターとの戦いが始まった。




