エピローグ① 【管理AI13号】ゼシュー
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管理AIトークチケットの使用が確認されました。
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トークを行いたい管理AIを指定してください。
─システムメッセージ─
選択を確認しました。
これより特別エリアへ移動を行います。
☆
□??? クロウ・ホーク
視界が光に覆われ、あまりの眩しさに目がくらむ。
しばらく待つと光が収まったため、瞼を開いた。
周囲を見渡せば、どこかのパーティ会場のような空間が広がっている。
そして、正面には一人の男が立っていた。
次の瞬間、遠くの空には花火が打ち上がり、どこから大量のクラッカーが鳴り響き降り注ぐ。
「おめでとうございます! クロウ・ホーク様! あなたは公式イベント【Impact The World】において合計参加人数987312人中497位と素晴らしい成績を収めましたー!」
VRMMORPG<Eternal Chain>公式イベント【Impact The World】。
世界への影響力を競い合うというランキング形式の争い。
合計参加人数約100万人。
多くのプレイヤーが参加した大規模イベントだ。
その中でも上位の500位以内の旅人には特典として一つ付与されたものがある。
それはゲームが有利になる特殊なアイテムや、装備ではない。
一定時間の間、管理AIの中から誰かひとりを選び時間いっぱいまで会話できるというもの。
「その健闘を称えさせていただきますとともに、今後の良きサービス継続のために貴重なご意見なども伺いたくー。有益かつ素晴らしい時間を過ごしましょうー」
そして、俺はログアウトついでに使用期限が差し迫っていたその権利を行使し、ここにきた。
目の前で、おそらく定型文であろう文面を読み上げる金髪の長身の男。
その耳は尖っており、どこか高貴なオーラを放ちながらもへらへらと気の抜けた顔が緊張感を削ぐ。
身体の特徴をファンタジー的な表現でいうのであれば、エルフ。
「初めまして。僕は管理AI13号、ゼシュー。この世界の環境整備を担当しているよ」
そして、その男は管理AI13号ゼシューと名乗った。
「ああ、知ってるよ」
「え、ほんとに!? いやー、うれしいなぁ。僕のことを知った上で選んでくれたんだね。僕人気ないみたいでさぁ。候補者は500人もいたのに、たったの8人しか選んでくれなかったんだぁ」
エルフの男は人好きのする笑みを浮かべながら気さくに話しかけてくる。
「それにしても、使用期限ぎりぎりまで温存してたんだね。あと1週間で切れてたよ? 好きなものは最後に食べるタイプなのかな? ……あ、そうだ! なんで僕のことを選んでくれたのか聞いてもいいかい? ほら、ね。一応、何が決め手になったのか気になるところがあってさぁ」
なぜ俺が、イベントで手に入れた権利を行使し環境整備担当の管理AIに会いに来たのか。
「顔とか? それとも、エルフだから? ほら? ほらほら?」
そんなの決まっている。
「ええ、まぁ。くそったれの面を拝みに」
「くそったれ!?」
<Eternal Chain>環境整備担当、管理AI13号ゼシュー。
【死の森】を生み出したであろう存在。
ゼシエ曰く契約の神の1人の顔を拝みに来たのである。
☆
「酷い!? 僕君に何かしたかな!?」
男はびくりと震える。
よほど先ほどの言葉が堪えたのか、がくがくと脚も震えていた。
「た、確かに、『管理AIのエルフ枠は美少女がよかった。なんで男なんだよ』とか、『優男風のイケメンキャラ嫌い』だとか、『レイナちゃんに近づくなこの軟派野郎』だとかそれはもう散々なことをそこらじゅうで言われてるから心当たりはあるけどさぁ!?」
ゼシューは自身へ向けられたであろうSNSの呟きを羅列する。
「ぐ、ううう! 僕に会いに来た8人中5人はレイナちゃんに近づくなっていう過激派信者が牽制に来ただけだったし、そもそもあの旅人を手のひらの上で転がして楽しんでる悪魔と誰が仲良くなんてするかっていうかぁ! 女性人気はほとんど晴嵐のやつにかっさらわれたしぃ!」
地面に腕を何度もたたきつける長身の男。
「純粋に僕と話しに来てくれたのって実際に3人ぐらいしかいないんだよおおぉぉ……これ以上僕をいじめないでおくれよぉぉ……」
ついには膝をつきおいおいと泣き崩れてしまった。
「……」
環境整備担当管理AI13号ゼシュー。
プロフィールに記載されていた種族はエルフ。
【死の森】、正確には<アル・ガロア>を調整したであろう存在がみっともなく泣き崩れていた。
(どうすんのこれ)
少し顔を見てやろうと思って来たら、すでにメンタルがKO寸前になっていた件について。
「ふぅ……よし。とりあえずクロウと呼んでいいかい? いやー、あははー、まぁまぁお互いに初対面同士。せっかく僕に会いに来てくれたんだ。いがみ合いなんて生産的じゃない。そうは思わないかい?」
しかし、次の瞬間にはゼシューは復活していた。
ぱちりとウインクする姿は様になってはいるが、どこか軽薄な、浅い印象を受ける。
先ほどまでの言動も全て演技だったのではなかろうかと、そう思えるほどに。
「……そうだな。俺も初対面の相手に強く当たり過ぎたかもしれない」
「だよねだよね! とりあえず、少し調べさせてもらうねー。一応この場は上位500名の旅人に対するボーナスステージみたいなものだからさ~」
そう言って、ゼシューは虚空を覗き込む。
「ふむふむ。なるほど。とりあえずクロウのポイントの内訳になるけれど、花の国の護衛依頼の影響がとても大きいみたいだね」
どうやら、俺が【Impact The World】で稼いだポイントの内訳について簡単に教えてくれるそうだ。
上位の特権という奴なのだろう。
まぁ、結果はもう出てるのでここで内訳について教えてもらったからなんだという話ではあるのだが。
「どれ、護衛対象は……ほー。それで、ポイントの推移は……撃、退……え? 勝ったの? しかも連戦? 嘘でしょ!? 当時の合計レベルは……150にも届いてな、い……? うわぁ……きっしょ……」
ぶつぶつと聞こえないほどの小さな声でゼシューは呟く。
そして、どこか引いた様子で俺のことを見た。
「なにか?」
「一応の確認だけどアウローラで戦った相手、誰かわかってる?」
「機械帝国レギスタの工作部隊とノースタリア所属の高レベルのイデア。後者はおそらくなんらかの加護か異能持ち」
「……うんうん。大体あってる。クロウが取得したポイントのほとんどはそこの撃退戦で稼いだものだね。護衛対象もさることながら、当時のレベルじゃ普通勝てない相手に勝ったことが大きかったみたいだ。誇っていいと思うよ」
当時のレベル帯からして明らかに格上だったからな。
なんならレベルだけで言えば今もなお格上なことには変わらないだろう。
「うーん、後は特に目立った活躍は無いかな? 良くも悪くも1つのイベントの影響の大きさから高順位入りを果たしたみたいだね。クロウから何か質問はあるかい?」
「どんな行動が【Impact The World】部門で高ポイントだったんだ?」
「そうだねぇ……例えば、国の意思決定に関わるような重要NPCの意識に変化を与えたり、その戦いで裏社会のボスが決するとある裏闘技場の決闘の代理として出場して完全勝利したり。知っての通り、世界への影響度合いが高いほどポイントも高い傾向にあるね」
最初に考えた通りだったということか。
というか裏闘技場とかあるんだな、どこの国だ?
「とりあえず、フィードバックはこれで終了かな~。あとは、こういう機能を実装してほしいだとか、今後の展望だとか、気になることはあるかな? 回答できる範囲で回答するよ。当然、ここで見聞きした情報を拡散するのは君の自由だ!」
そういうのも聞けるのか。
ゲームの内容で優位になることはないが、ここでしか聞けないような情報を聞けるとなると上位に入る意味は生まれてくるかもしれないな。
「ランキング機能の常設の予定は?」
「あるけど、現在は調整中だね。個人部門とクラン部門の2つにわける案が内部であって、モンスター討伐、クエスト達成部門の常設を今は予定しているかな? 今はクランの数が少ないから促進できるよう働きかけていく予定だよ。流動性を高めるために毎月更新にする案が今のところ優勢だね~」
おお、とりあえず前に気になったことを聞いてみればするりと情報が出てきた。
どうやらランキングについては今後常設になるらしい。
「今のってデスペナルティ支援やQ&Aでも解答を貰えるのか?」
「答えはノーだね。レイナがやっているデスペナルティ中の支援やQ&Aは情報開示におけるレベルが一番低いものしかされないよ。さっきのはそれよりも一つ上のレベル2相当だから、こういったボーナスステージでないと確認することはできないね」
情報開示レベルによって質問の回答を得られる場所が決まっている、と。
「次のイベントの予定とかは?」
「うーん、それは僕たちも悩みどころでね。ほら、前回経験値ポーションを配ったでしょ?」
ゼシューは苦い顔をしながら話を続ける。
「あれでユーザ間の格差が一部広がりすぎっちゃってね。ある程度環境が固まり切ったあとならともかく今は色々手探りの時期だからさ。2か月近く経過して公式イベントが1個しかないのはどうなんだ派ともっと環境の流れを意識してゆったり進めた方がいい派が喧嘩してるんだよ。ちなみに僕はゆったり派かな~。実際クロウはどう思ってる?」
「……やることが多すぎて手が回らないから、ゆったり派だな」
「あはは~、それは開発者冥利に尽きるってやつだねぇ」
今イベントが来ても、まともに手を回せる気はしない。
変わりにメリナのようにユーザ主催でイベントを開いたり、どこかのインフルエンサーが企画したりと、音頭を取る面々が積極的に動いているので大きな問題はないのかもしれない。
「とりあえず、こんなもんだな」
「もうないんだね? それで、それで。どうして僕のことをくそったれなんて品の無い言葉で罵ったのか、その原因を見つけ出してやろうじゃないの。ぐへへへへ、丸裸にしてやるもんね……」
ゼシューは下卑た笑みを浮かべながらも、どこか演技臭い仕草でログを漁り始めた。
「……あれ?」
そして、何かに気づいたのか改めて俺のことを見てくる。
「──へぇ」
瞬間、その目が好奇心で彩られた。
「なんだよ」
「いやー、とても面白いクエストを受けてると思ってさ。それに、情報の解放条件を満たしてる。随分とあの子と仲良くなったんだね~」
彼の表情は先ほどまでの軽薄な印象を与えて来る笑みから一変していた。
「そっかぁ、なるほどなるほどぉ。それであれば、クロウの先の言葉は極めて貴重な感想だったってわけだねぇ。この世界に触れて、感じて、思いを積み重ね、出した1つの回答だったと。いやー、それは大変失礼なことをしてしまった」
「これは失敬」と言いながら、頭をかきつつ男は佇まいを治す。
「クロウ・ホークと、あえて今はそう呼ばせてもらうねぇ」
軽薄さは薄まり、表層に出てきたのは異質な気配。
「どうも、僕が多くのエルフの御霊が眠る地を、ドブに捨てるかのごとく扱い【死の森】を創り出した元凶。くそったれの管理AI13号さ」
自嘲をしているようで、一切の悪気もなく言葉を並び立てる。
「花の精霊人の守人にして、【死の森】に挑むことを決意せし勇敢なる旅人よ」
へらへらと。
へらへらと。
気の抜けた笑顔を浮かべながら……
「何か僕に、聞きたいことでもあったのかい?」
男は軽薄な笑みのまま、そう言った。




