第19話 答え合わせ
6月26日は20:00頃更新になります。
□魔導師の間 クロウ・ホーク
ちょうどいい。
向こうから誘ってくれるのであれば渡りに船である。
「俺も少し話がしたかったんだ」
「ほう、お主も私に用があると?」
俺の返答を受けて、ゼシエは小さく笑みを浮かべた。
面白いと言いたげな不敵な笑み。
「ユティナ、エリシアを任せてもいいか?」
「……ええ、任されたわ。先に行ってるわね」
エリシアはアルカと共にそのまま部屋から去っていく。
部屋の外にある3つの気配は遠くへと離れ……そして、この場には俺とゼシエだけが残された。
軽く視線を交わし、どちらが先に話すかを決める。
「呼び止めてなんだが、私のは大した用事ではない。ただ、なかなかに面白い催しであったでな」
先に話し出したのはゼシエだ。
開口一番、先程の交渉が愉快なものだったと評価を下した。
「まさかあれ以降一言も喋らぬとは。つまり、あの流れは全てお主の予測の範疇だったということだ」
「それはお互い様だろ」
「だからこそよ。一体どのように考え、お主がその答えに至ったのかを聞いてもよいか? なに、答え合わせのようなものさ」
答え合わせ。
答え合わせか。
「どのようにと言われてもなぁ……」
エリシアが精霊人だと知られなかった場合は何の問題もない。
しかし、エリシアが精霊人であることが何らかの形で知られた場合、それを跳ねのけるための壁が必要だ。
その存在を前提条件として仮定する。
「まず、あいつらに筆頭クランとかいう権力を与えるなんて無茶なことをするのは、とびっきりのバカか、何らかの利用価値を見出している腹黒しかいないと推測できる」
事実、この国に来て一番に合流できたことで推測は正しかったと確信した。
街のすぐそばであれだけのドンパチをして許されるなど、普通はありえない。
例え筆頭クランであろうともだ。
「ほう、この私を腹黒と評すか……まあ、よい。続きを申してみよ」
「ゼシエは【イデアル・マジック】には強く出れないだろ? その弱みに付け込んだだけだよ」
魔導王国エルダンは【イデアル・マジック】を厚遇している。
優遇している。
替えの効かない人材だと認識している。
それがわかったことで、大体の不確定要素はほぼすべて解決した。
エリシアが精霊人として国の上層部にばれようと問題なかった。
模擬戦の前にエリシアにどちらでも問題ないと言ったのはそのためだ。
【イデアル・マジック】は魔導王国エルダンにとって最も利益をもたらす存在と認識されていた。
ならば、そこさえ抑えればいい。
抑え方は、俺が知っている。
「……随分と舐められたものだな。私は【魔導師】だぞ」
国家最高戦力【魔導師】。
この世界で9人しか存在しない最高の名を冠する一柱。
「確かに、かの者らが有する魔法の技量は素晴らしいものだ。だが、私は今この瞬間にでも羽虫を踏み潰すかのごとく全滅させることができる。当然、お主のこともな」
腕の一振りで、その莫大なステータス補正の恩恵により天変地異を巻き起こす生きる災害からの重圧。
俺程度のHPなどそれこそ一瞬で削り切ることができるのだろう。
「先ほどお主が言った通り、引き抜かれるのは困るところであるな。だが、切り捨てる分にはなんの問題もない」
筆頭クランとして厚遇している所を引き抜かれるのは、魔導王国エルダンからすれば困ることだ。
だが、排除するだけであればそう難しくはない。
なぜなら、【イデアル・マジック】の評判は決して良くはない。
理由などいくらでも転がっている。
「私からすれば些事でしかない。なぜそう言い切れる?」
一体、どこが弱みだというのか。
「国家最高戦力が国に1人しか存在しないからだな」
「然り」
俺の若干ずれた返答を【魔導師】は力強く肯定した。
「よい、実によいな。こちらの欲しているものをよく理解しておる。お主の言う通り、私は私と肩を並べうる存在を欲している。その可能性があるものを優遇する。当たり前のことだ」
ゼシエは少し自慢気に胸を逸らす。
「自分で言うのもなんだが、これでも私はなかなかに器用でな。転移の座標指定をここに設定し軽く遠出をする程度のことはそう難しくはない。だが、今はとある事情でこの地にいなければならないのだ」
そして、どこか辟易するかのように大きく息を吐いた。
見た目はどこから見ても少女であるが、その仕草や言葉はどこか疲れを感じさせる。
「【荒らし屋】。この名を知っているか?」
「名前だけは」
レイラーやバーティが気を付けろと言っていた国際指名手配犯と呼ばれる者達。
そのうちの1人、竜を使役する【従魔師】。
9つの大国から指名手配犯されているにも関わらず生き延び続けている存在であり……
「つい先日、奴の手によって商業連盟アーレに属すレトスという街が陥落した」
ゼシエが語った内容は、ここ最近話題の中心になっていたものだった。
ルクレシア王国の魔導図書館でこの世界の歴史について簡単に調べた際に、超常のモンスターの手によって一夜で滅んだとされる国がいくつもあった。
記録にすら残されていない、あくまで状況証拠からモンスターの手によって滅んだであろうという推測。
一つの都市がモンスターの群れに滅ぼされるというのは、この世界ではありふれた悲劇の1つだ。
しかし、今回それを為したのは1つの悪意によるものだと判明していた。
曰く、世界との敵対者。
「被害は甚大。隣国が混乱の真っ只中の現状、私がおいそれと自由に動き回ってみろ。いらぬ誤解を生んでしまう」
「……それだけじゃなさそうだな」
「なに、私も所詮1つの駒だ。情勢が落ち着くまでこの地にいるよう王命を下されれば、従わざるを得ないというだけのことよ」
魔導王国エルダンと言う名の通り、この国にも王族は存在している。
ただ、今日のあれこれは全部ゼシエの独断で進んでいる気がしないでもない。
「それにしては随分と自由にやってるように見えるけど……」
「当然だ。そもそもこの国は私が興したのだからな。私の決定に否を唱えられる者など、それこそ片手で数えられるほどしかいないであろうよ」
ええ……
「さっきの発言と矛盾してないか?」
「その命が正しいのであれば大人しく従うぐらいはするさ。あ奴の祖先には世話になったでな」
話しのスケールがいちいちでかい件について。
魔導王国エルダンは、数百年生き残ってきた大国だ。
それだけの歴史が存在しており、その全てにゼシエは関わってきたということ。
【魔導師】と肩を並べうる存在を求める理由。
それは戦力以上に、心意気や考え方もありそうだ。
(そらそうなるだろ……)
この魔法の国にとって、ゼシエは偉大すぎたのだ。
「だが、旅人は違う。旅人に我らの道理など通じない。故に、私はそこに可能性を見出した。この私に並びうる可能性をな。【イデアル・マジック】はその1つだ」
【魔導師】が動けない状況に陥った場合、代わりに動ける戦力がいる。
それだけで取れる手段が多くなる。
ゼシエはそれを求めている。
「これはあくまでも、旅人を善としたときよ。旅人と協力できるのは何も、我らだけの特権というわけでもない」
ゼシエは旅人に自身に並びうる可能性を見出した。
しかしながら、旅人はなにも魔導王国エルダンにのみいるわけではない。
魔導王国エルダン以外の8つの国にも、当然ながらその可能性の原石共は散らばっている。
他国所属の旅人への対策が必要だ。
他国の旅人に旅人をぶつけるためには、自国所属の旅人を増やす必要がある。
かといって、ある程度管理はしなければならない。
それらを複合的に組み立て、考慮し、新たな共生の形を築いていかなければならない。
「ああ、まっことに恐ろしきことよ」
【魔導師】は欠片も恐怖を感じさせないような笑みを浮かべそのように言い切った。
しかしながら。そこにはどこか、自嘲の念が込められていたいたようにも見え……
「今はいたずらに【指名手配】をすることもできぬのでな。無実の者に対して、契約の神による幽閉が長くは続かんのもわかっておる。たったの1日だぞ? まったくもって話にならん」
旅人に対するイデアの切り札、【指名手配】。
この世界からの強制排除システムとでも呼べばいいか。
旅人は不死だが【指名手配】し、リスポーン地点が存在しない状態でデスペナルティ送りにすることで隔離することが可能だ。
そして、【指名手配】による隔離日数は旅人が犯した罪に依存する、と。
(やっぱ、できるんだな)
やはり、そもそも【指名手配】に制限などなかったらしい。
ルクレシア王国のPK事変の際は、何らかの条件が必要なのではないかという話であったが、当てが外れたな。
あくまでも罪状が関係するのは隔離日数のみ。
ゼシエの言葉から、その条件を汲み取り情報を更新する。
何も問題を起こしていない旅人を【指名手配】し隔離したところですぐにこの世界へと舞い戻ることが可能だという推測を確定させる。
つまり、今この瞬間に【イデアル・マジック】全員を……俺を【指名手配】しデスペナルティ送りにすることで、強制的に排除することが可能だ。
俺の場合、魔導王国でリスポーン地点の更新はしていないのでルクレシア王国の王都ルセスへと一瞬で逆戻りするだけだが。
そうすれば、確実にエリシアを確保できる。
しかし、ゼシエはそれを選ばない。
選べない。
リスクとリターンが見合っていないからだ。
ゼシエは少なくともそう考えているからだ。
「不確定要素も多い。ここまでは全て余興よ。まだ、始まってすらおらん」
多くの推測を重ね、これまでの情報から逆算した結果、魔導王国エルダンがリスクを冒す可能性は非常に低かった。
「お主もそう考えたからこそ、【イデアル・マジック】に目を付けたのだろう? 我らがリスクを取らぬと理解していたが故に」
少なくとも、今の時勢で強引な手法は取らないと考えられた。
そして、俺はそれを利用した。
「ああ、そうだ」
「はっ。そうでなくてはな。よい、よいのだ。今はお主に利用されてやるとしよう。楽しませてくれた礼だ」
そう言って、ゼシエは話を締めくくる。
「いや、それは困る」
そう、だから俺はゼシエに話が合ったのだ。
「なに……?」
ゼシエは否定されるとは思っていなかったのか怪訝そうな顔をする。
しかし、なにもおかしなことを言ったわけではない。
「今回は色々ゼシエに譲歩して貰った形になるからな」
「お主はこれを譲歩と言うのか……そうさな。確かに私は譲歩した。だが、見方を変えればお主は私に妥協させてみせた、と誇ることもできようて」
「それはゼシエの中で妥協の余地があったからだ。それに、言い方を変えれば、俺は【イデアル・マジック】の厚遇にタダ乗りしただけとも言えるだろ?」
「……ふむ。確かに、そうとも言えるな」
結局俺がしたのは状況を整えただけだ。
いや、整えてすらいない。
状況が整っていた場所にするりと潜り込んだだけなのだ。
「──貰い過ぎだ」
それではあまりにも、天秤が釣り合わない。
「これから世話になる国と遺恨を残したくもないんでな。さっきも言った通り、国に所属する理由があるわけでもないが、かといって協力しない理由があるわけでもない」
結局のところ、だ。
「俺で良ければ、ゼシエからの依頼を旅人として率先してこなすと伝えておきたかったんだ。……って、これはちょっと、傲慢が過ぎるか?」
「いや、そうでもないさ。少なくとも、お主がどういった人物かは理解した。そういうことであれば、いずれ頼らせてもらうこともあるだろう。いや、そうだな……」
ゼシエは少し考えた後、その小さな口を開く。
「これは、既に【イデアル・マジック】には依頼済みの内容だ。であればこそ、お主にも共有しておいた方が無駄が少ないと判断した」
そして、その依頼内容について語りだした。
「【死の森】と、そう呼ばれる魔域がある」