第13話 魔法の国の最高
□第5訓練場 クロウ・ホーク
「……凄かったわね」
「そうだな」
模擬戦が終わった。
俺も本当の意味で初めて見たエリシアの全力。
(【精霊人】か……)
自らの存在を精霊へと昇華させる力、といったところだろう。
精霊人は人でありながら精霊としての格を有しているとエリシアは言っていた。
結界によって阻まれたため直接感じ取れたわけではない。
それでも、先程まであの空間が特異な環境になっていることは明白だった。
ふと、花の国での護衛依頼を思い出す。
機械帝国レギスタの工作部隊やノースタリアからの刺客に襲われたあのクエスト。
エリシアの精霊人としての力があれば、もう少し戦況を優位に進めることが出来たように思う。
しかし、実際はエリシアは氷の檻から抜け出せず、それどころか自らの足では立ち上がれないほどに体力を奪われ疲弊していた。
(あの氷の檻って相当やばいものだったんじゃ……)
ノースと名乗っていたあのイデアは、精霊の恩寵の力を発揮できないように檻を組み込んだと言っていた。
おそらく、あの<アルカナ>の力と誤認させてきた何らかのスキルによるものだろう。
結果的に精霊そのものの格を有しているエリシアにはある種の特攻効果を発揮した、と。
魔法の発動規模、無限と思えるほどの魔力。
精霊としての力を解放したエリシアはアルカに肉薄するほどの勢いがあった。
それを完全に封じ込められていたという事実。
(……まじで、暫く近づかない方が良さそうだな)
うん、ノースタリアには絶対近づかないようにしよう。
あれほど人に擬態できるゴーレムを他国の領土に遠隔操作で送り出せるのとか今考えてもヤバいし、どんなスキルを持っているか分かったものではない。
魔導王国エルダンであれば、あのゴーレムを放ってきたとしても自由には動き回れないはずだ。
(ここからだな……)
エリシアはアルカと軽く話しながら、先ほど脱いだローブを再度身に纏い、髪飾りを付けている。
結果だけ見れば、エリシアはアルカに1ダメージも与えることが出来なかった。
しかし、この戦いで得たものは非常に大きい。
これで、最低限の条件は達成できたと考えていいだろう。
「クロウ、ありゃなんだ?」
「それなー。びっくりしちゃったよー」
「興味あるね」
「ふむ……桜色に輝く者、といったところか」
レトゥス達が興味あり気に話しかけて来た。
そして、それに対する答えは決まっている。
「俺も知らないぞ」
「はああ? 知らねえだぁ? おめえが連れて来たんじゃねえか」
「いや、本当に知らないんだよ」
何かあるのかもしれないとは思っていたが、それ止まりだ。
どういう力があって、何ができるのか。
精霊については、どういった存在か書かれた本はルクレシア王国にもあった。
しかし、精霊人というのは既に希少な種族らしく、数百年前の歴史書にその名前がある程度だった。
それに、変に知識を身に着けた結果ボロを出す可能性もある。
エリシアから話してきたならともかく、不必要に踏み込まないようにしていた部分はあった。
「本人に直接聞いた方が早いだろうけど。まぁ、時間はあるんだ。後でゆっくり聞けばいいだろ」
「……まー、それもそうか」
元々エリシアの実戦経験を積むという目的があった。
この感じであれば、率先して相手をしてくれそうである。
「次は僕が戦いたいなー。今日はもうそろそろログアウトしなきゃだし、予定確認して調整しとかないと……」
「虫のいい奴め、さっきまでつまらなそうな顏して見てたくせによ」
「興味なかったよね」
「我田引水」
「うるせー、悪かったってのー」
そうだ、これからでいい。
そのために。
「レトゥス」
「あん? なんだよ……」
適当に雑談をしていたレトゥスを呼び戻す。
そのまま肩を組み、耳元に口を寄せ周囲には聞こえないように……
「さっきの、頼んだぞ?」
レトゥスが疑いの眼差しで俺のことを見て来る。
おっと、気づかれたか?
「……おいクロウ、お前やっぱなんか隠してんだろ。吐け。どんな厄介事に俺達を巻き込もうとしてやがる」
「だから知らねえって。ほら、《噓感知》は反応してないだろ? クロウさん噓つかない」
「お前が知らねえのはさっきの力であって、それ以外のことについては知ってるみたいなオチだろどうせ?」
さすがレトゥスだ。
俺のやり口をよく知っている。
「悪い、今は話せないんだ。それに……」
エリシア、というよりも花の国アウローラ周りのそれは明らかに一旅人で処理可能な範疇を超えている。
当然だ、バカでもわかる。
あの時、アウローラでは水面下で何かが動いていた。
俺はその場に偶然居合わせただけだ。
結局のところ、ただの巡りあわせでしかない。
そして、その巡り合わせにてよって俺はフレシアさんからエリシアを任されている。
あの護衛依頼は依然として継続している。
少なくとも、俺は今、そのように認識している。
知らない事ばかりのこの広い世界。
現時点では旅人個人が持つ力はあまりにも脆弱だ。
なら、どうすればいいか。
こちらも信用できる戦力を揃えればいい。
言うのは簡単だが、実際のところこの条件は非常に難しい。
損得勘定抜きに、自身の我欲によって協力してくれるような。
国との敵対もいとわないような。
そんなどうしようもないバカ共でなければ……
「その価値は、さっき本人が証明したはずだ」
そして、その交渉材料は図らずも本人が示してくれた。
「……はっ。そういうことなら今は聞かないでおいてやるよ。どうせすぐわかるんだろ?」
そう、わざわざ説明する必要はない。
「何より、その方が面白そうだ。」
なぜなら、この男は何よりも自分の楽しさを優先する男だからだ。
☆
「クロウ、エリシアのこと私に頂戴!」
結界が解かれ戻ってきたアルカは俺に向けて笑顔でそう言ってきた。
「ダメだ。他を当たれ」
「えー! けちー!」
「あの、私の意思は……?」
同様にエリシアも観客席へと戻ってきている。
どこか納得がいかなそうなエリシアの元へといくつもの人影が群がる。
「あなた凄いのね、私の次に輝いていたわ。それで、あれはなんなの? 私も髪の毛をキラキラ光らせたいのだけれど!」
「エリシアさー、さっきは悪かったよー。だから次は僕とやろー? ほら、口の悪いガキをボコボコにしたくない? チャンスだよ?」
「自分で言うなよ。自覚あるなら直せよ。戦う理由それでいいのか?」
「笑止千万」
「わ、ちょっ……」
そのまま、もみくちゃにされていく。
エリシアと次に戦うのは自分だと詰め寄る。。
「ぶー……」
それをちらりと見たアルカは、どこか不満そうな表情だ。
「アルカ、エリシアについてだけど……」
「うん? ……あー、そういうこと? えーと、エリシアのことを【イデアル・マジック】の客人として正式に迎え入れます。これはクランリーダーによる決定事項です……これでいいかな?」
「助かる」
これでよし、と。
(クロウ、今のは?)
(エリシアが【イデアル・マジック】の客人になったって言質を取った形だな)
これには2つの意味がある。
【イデアル・マジック】がエリシアを客人として迎え入れたこと。
エリシア本人が自分にその価値があると証明したこと。
その宣言であり……
「あ、来るんだ」
次の瞬間、アルカの声に続くように魔力が弾けた。
しかし、未だに《魔法感知》には一切の反応がない。
つまり、その魔法は高度な偽装によって発動したということ。
俺とアルカは魔力が弾けた方向へ視線を送る。
レトゥス達もエリシアに詰め寄るのをやめそちらを見ていた。
気づいていないのはエリシアとユティナだけであり……しかし、すぐに気づく。
なぜなら、先程まで誰もいなかった訓練場の中心にその人物は立っていたのだから。
そこには明るい金髪を腰ほどまでに伸ばした1人の少女が立っていた。
高級感のある白を基調とし、新緑を思わせる緑と色鮮やかな桜色の色彩が特徴のローブを身に纏っている。
絡みつくような金装飾は自らの存在を控えめに主張する。
見た目の年齢は10代前半程であるが、尖った耳を見れば少女がただの人間種でないことが伺える。
その身体の特徴をファンタジー的な表現でいうのであれば、エルフ。
「ふっ……」
少女から放たれる覇気とも呼べる気配に、エリシアとユティナは気圧されていた。
誰が見ても、彼女がただびとではないとわかることだろう。
圧倒的な存在感。
そこにいるだけで周囲を引き付けてやまない神秘。
そう、彼女こそは……
「ロリっ子エルフちゃああああああああん! きゃあああああああ! 私に会いに来てくれたのねええ!」
「覗きが趣味の人! 覗きが趣味の人じゃないか! どうしたんだ! 覗きはもう終わりか!?」
「品がないよねー。さっきからずーっとちらちらちらちら。構って欲しくて必至かってのー。かまちょかー?」
「いったい毎日ナニを覗いているのやら……興味あるね」
「ぜーちゃんやっほー!」
瞬間、旅人から飛ぶは言葉の嵐。
MAMI☆MAMIは観客席から飛びおり一目散に少女の元へ走りだした。
レトゥスは煽り、ヘリオーはこけおろし、雲の糸は変態扱いしていた。
最後に至っては普通の挨拶だ。
「ええい! 飛びついてくるな! 覗きは趣味でもなければかまちょでもない! 変なものは覗いとらんわ!」
「ごぱっ!?」
少女は律儀にツッコミながら、自身に飛びついてきたMAMI☆MAMIを魔法の衝撃で吹き飛ばす。
MAMI☆MAMIはそのまま訓練場の壁に叩きつけられた。
なんかすごい悲鳴が聞こえたが、MAMI☆MAMIだから気にする必要はないだろう。
防御はしていたみたいだし。
(来たか……)
そのまま、一歩、また一歩と近づいてくる。
そしてふわりと宙に浮き、観客席に着地。
「はぁ、全く……ふむ」
ユティナを、俺を、そしてエリシアを順番に見た。
曰く、かの存在は数百年を生きるエルフである。
曰く、かの存在の杖の一振りで天変地異が巻き起こる。
花の国アウローラの建国の一因となった、片翼。
「挨拶がまだだったな。私は国家最高戦力【魔導師】だ。名は色々とあるのだが、今はゼシエと名乗っておる」
魔導王国の最高は、当然のように俺達の前に現れた。
「歓迎するぞ、旅の者よ」