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第12話 リミットオーバー


 武器を装備することにはいくつかの意味がある。

 装備補正によるステータスの上昇。

 武器に対応するジョブスキルの発動条件の達成。

 そして、装備スキルの獲得だ。

 SPを消費することで剣身が風となり数十メートルの射程を確保できる長剣や、全てを崩壊させる魔法を放てるようになる杖など、戦術の拡張性が一気に広がると言えるだろう。


 ただ、彼らが杖を装備するのにはまた別の意味があった。


「────ッ!」


 エリシアは思わず息を呑む。

 アルカは杖を装備しただけだ。

 ステータスが上昇し、装備スキルの恩恵を受ける。

 自身も<深緑の杖>による恩恵を受けている。

 何も、おかしなことは無い。

 しかし、精霊としての側面が表層に出た結果、鋭敏になった生存本能が告げる。




 死が、そこにいると。




 実力を確認するための模擬戦で、初見の相手に対し、少女が杖を握った。

 それが意味することは何か?


「楽しもうね、エリシア」


 それは期待と肯定の表れ。

 ()()使()()として相手をするという意思表明。

 杖を用いるに値する存在であるとエリシアを認めたということ。


 ありていにいえば、()()()()()


「……ええ、楽しみましょう」


 それを受けても、エリシアに喜びなどない。

 これは、ある種のお情けだ。

 精霊人という()()へ向けた期待。

 その期待にエリシアという()はどれだけ含まれているのか。

 この程度で満足してはいけないのだと己を叱責する。

 そのまま、示し合わせたかのように距離を取る。






 ──2人の魔法使いが杖を構えた。






 アルカが構えた杖の先端に小さな炎が灯る。

 まるで()()()()()()()()()()、ゆっくりと炎は蠢き、揺らぎ、強く一瞬輝いた。

 そのまま光が消える……否、()()()()()()()()ことにより視認できないほどの大きさになった。


 エリシアも意識を集中させる。

 莫大な魔力のうねりが、精霊人の周囲に収束していく。

 時間を掛け、練り上げる。

 何があっても対応できるように。


 アルカの杖の先端で消えた光が、再び灯った。

 その輝きはどんどん増していき──


「行くよ?」


 人の道理を外れた怪物はその魔法を放つ。




「────《()()()()()()()》」





 エリシアがそれを認識できたのは、偶然だった。

 アルカが合図を出したこと。

 精霊として有する知覚能力があったこと。

 これ以上ないほどの集中状態に入っていたこと。


(は────)


 それでもなお、その攻撃を認識できたのは奇跡に等しかった。

 彼我の距離、およそ40メートル弱。

 放たれてから魔法が到達するまでの時間、0.1秒強。

 ()()3()0()0()()()()()、遷音速に相当する炎弾。


 それは、かの魔法の世界で培われた中でも最も殺意に満ちた技の1つだ。

 圧縮した魔法のエネルギーを速度に割り振り、相手の急所を貫く一撃。

 1人の魔法使いが最も美しい魔法とは何かを考え、生み出された……ただ対象を殺すため()()の魔法である。


(────や……)


 眼前に迫るそれに対し、無意識レベルで魔法の発動を合わせられたのは運が良かったのか。

 はたまた、彼女の努力の賜物によるものか。

 しかし、直感でエリシアは理解していた。

 これは()()()()

 土の壁、魔力の壁。

 今自分が出せるありとあらゆる防御方法を用いても貫通してくると。

 回避は不可能、それを実現させうる()()()()()()()は有していない。

 大規模な魔法を発現させ迎撃する時間もない。


 死。


 死。


 死。


 つまり、()()だ。


「────ッ!」


 エリシアは自身の正面。

 感覚に身を任せ、その炎弾の射線上に()()()()()()を作り出した。

 ()()()()()()に。

 コンマ秒にも満たない時間にて、自身の魔力と周囲に拡散していた魔力を。


 集束する。


 収束させる。


「────あアアアッ!」






 魔力を()()させた。






 衝突音が鳴り響く。

 超硬度の魔法と魔法がぶつかり合う。

 炎の弾丸に対し、角度をもってして生成された土の硬弾。

 接触と同時に、土は跡形もなく粉砕され……それにより炎弾の軌道が僅かに()()()


 その炎の弾丸は逸れた勢いのままに戦場に構築された結界に衝突し()()

 第5訓練場の観客席奥にある壁へと突き刺さる。


 そして、通常の魔法では決して傷つくことのないはずの、魔法の威力を減衰させる特殊な加工が施されたそれが大きく凹み、炎弾が弾け飛ぶ音が戦場に響き渡った……



「はっ……はっ……!」


 エリシアは額から滝のような汗を流しながら膝から崩れ落ちる。

 杖は手元から零れ落ち、カランと音を立てた。

 肉体からこぼれ落ちていた光は霧散し髪から輝きが失われ通常の色へ。

 超常(せいれい)から少女(にんげん)へと戻る。

 少女は死を幻視した。


「今……のは……」


 そして、気づいたら()()()()()()()


 エリシアの元へとアルカはゆったりと歩いてくる。

 そのまま膝を折り曲げ、エリシアと視線を合わせた。


「どう、()()()()()()()()?」


 エリシアはなんとか顔を上げる。


「……」


 視線の先にはニコニコと、とても嬉しそうに微笑むアルカがいた。


「……はい、()()()()()()


 エリシアは普段浮かべることのない笑みを浮かべた。

 それは実に、皮肉気な笑みだった。


「ほんと? それなら良かった!」


 アルカもそれに応えるように笑みを浮かべた。

 それは本当に良かったと言いたげな、実に気持ちのいい笑みだった。


「……」


「……うん?」


「……死ぬかと、思いました」


「あ、説明してなかったね。この結界の中にいればHPが1割以下になるようなダメージが完全に無効化される保護効果があるんだって!」


「……初耳なのですが」


「言わない方が緊張感がでるかなって?」


 ここは訓練場だ。

 回数制限はあるものの訓練の最中の事故を防ぐためのセーフティ機能が存在している。

 加えて、エリシアが先ほどの攻撃で死ぬ可能性は万に一つもなかった。


「それに、当たりそうになっても大丈夫だったしね」


 アルカは炎を作り出す。

 それを自身へ向け高速で操作した。

 そのまま炎はアルカの肉体に接触すると同時に、()()

 空気に馴染むように霧散していった。


「ね? エリシアに当たりそうになったらすぐに魔力へ戻してたからダメージはほとんどなかったはずだよ?」


「……」


 エリシアは再度言葉を失う。

 絶句と言ってもいいだろう。


「そうだ。おめでとう! エリシアの勝ちだね!」


 アルカは杖をしまい、両の手でぱちぱちと拍手を送る。

 エリシアは勝った気がしないことを含め、諸々言いたいことを全て飲み込んだ。

 なぜなら、ここに決着はついたのだから……



 場所は魔導王国エルダンの首都、魔導都市エルダリオン。

 4つの浮島の1つにある第5訓練場。


 【イデアル・マジック】アルカと、旅の少女エリシアによる模擬戦。


 勝者。


「……ありがとう、ございます」


 エリシア。

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― 新着の感想 ―
一体この初見殺しの塊のような魔法を作ったのは誰なんだろうなぁ。 クロウかアルカか、はたまた別の魔法狂いか。
クロウならこの1回の勝ちを大層誇らしげに活用しそうですが、エリシアは果たして……(ゴクリ それでなくとも、エリシアの成長には拍手です!!
更新ありがとうございます!
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