第11話 杖
アルカはまるで指揮棒を振るように腕を動かす。
そして、周囲に展開された炎弾が高速で螺旋状に回転し次々と射出された。
その先にいるのは1人の精霊人だ。
エリシアが手をかざすと同時に、地面からいくつもの厚い土の壁が炎弾の進路上に生成される。
しかし、炎弾は必要最低限の軌道を描きその全てを躱す。
「くっ!」
これでは駄目だと、エリシアは前面に巨大な土壁を作り出した。
炎弾は迂回することなく着弾すると同時に爆発。
轟音を立てながら壁が崩れ去る。
そのまま多くの炎弾が崩れ落ちた壁の奥へと突き刺さり……土煙の中から勢いよく大きな影が飛び出した。
「へぇ……」
アルカは小さく笑みを浮かべる。
土煙の中から勢いよく飛び出したのはエリシアだ。
彼女は足元に土で創り出した鳥に騎乗していた。
それは、彼女がつい先ほど見た光景を参考にした運用法。
物理的な干渉能力を有する魔法を自らの足場に形成し、それに乗って移動することでAGIの低い魔法使いでありながら高速機動を可能とする技法。
「レトゥスの真似かな? エイラのことも参考にしてそうだね」
アルカは手を緩めない。
今もなお多くの炎弾がエリシアを追従する。
「──っ!」
それを、土鳥は旋回しながらなんとか躱し続ける。
不慣れな魔法の運用法にエリシアは表情を歪めながらも、どうにかしがみつき振り落とされまいと耐える。
この状態での迎撃は不可能と判断。
鳥からせり上がった土で身体を固定することにより、限界ギリギリまで速度を上げ回避行動に専念する。
「速さは十分。制御は甘いけど、結果的に成立してるから問題なし。その状態は随分と感覚派なんだね」
意図的に魔法の速度を上げるとして、出来る限り速くすればいいというものでもない。
制御できずに振り落とされ、地面や壁に高速で叩きつけられればひとたまりもない。
どこかの蜂蜜狂いのような空間認識能力や、身体制御能力、高い前衛ステータスがあるならいざ知らず、魔法使いのジョブは前衛と比べてENDやSTRが低い傾向にある。
それは、ある種の自殺行為に近しい運用法であった。
アルカから見て、その空中機動は少女の技量で制御できるであろう負荷を超えていた。
しかしながら、精霊としての鋭敏な感覚が少女であった頃では到底不可能であった繊細な魔法行使を成立させる。
「じゃあ、これはどうかな?」
次の瞬間、エリシアへと迫っていた炎弾が順に爆発をし始めた。
爆風に煽られながら土の大鳥はそれを潜り抜け、最後の炎の弾丸がはじけ飛ぶ。
「これは……っ!?」
それは波の輻輳とでも呼びべき事象。
断続的に発生させた魔力波の流れを意図的に誘導し、整形し、一ヶ所に纏めあげる。
そして、最後の爆発によって指向性を付与しながら伝播。
濃密な魔力の残滓による波の方向を調整。
不可視にして広範囲の魔力波が放たれた。
「……っ!」
更なる魔法を発動させ制御できるほどの余裕はない。
そのため、エリシアは波に対し片手をかざし、魔力を垂れ流した。
濃密な魔力の壁により波の威力を減衰させ防ぎきる。
「あはっ! そっかそっか、魔法じゃないもんね。同一系統の現象であるならばこそってことかな?」
アルカの眼にはそれが見えていた。
光り輝く魔力の層が、波を減衰させる様を。
魔力波はただの事象であり、それ以上に濃密な魔力の壁を作り出せば影響は出ないという強引な防御方法。
それを為しえてしまう精霊という存在の規格外さを前に少女は納得とでもいう風に頷いた。
「やっぱ魔力の性質が違うみたいだね。濃厚で、重厚で、そして何よりも刺激的……」
そのまま土鳥は弾幕が収まった隙を突き、大きく旋回しアルカの頭上を取った。
そして、空から土の槍雨が降り注ぎ始める。
アルカは自身の周囲に展開していた《フレイムピラー》に魔力を注ぎ込み、大胆に、何よりも繊細にうねりを利かせ土の槍一つ逃すことなく、業火が全てを叩き落とす。
「いいね」
刹那、アルカの頭上が影に覆われた。
見上げると、巨大な土塊。
その数6つ。
「これで……っ!」
それはエリシアが先の魔法戦で見た戦法だった。
相手の上を取り、空から質量攻撃を仕掛ける。
大きすぎてはいけない。
自身の身の丈にあった魔法行使。
むらなく、均等に、丁寧に、その上で最大限の大きさを。
自身の力量からこれ以上の数は無理だと理解した上での、ぎりぎりを。
「おー、偉いね」
その魔法はアルカの眼から見ても、色むらの一つもなかった。
つまり、先ほど見せたゴーレムや土波を決壊させた方法は使えないことを意味しており……
「それなら正面からいこっかな」
アルカは一歩踏み出した。
動作置換による魔法の発動。
大地から6つの炎が天へと燃え上がる。
その炎は先端に行くほどに細くなっており……
「《貫け》」
巨大な6つの土塊。
そのすべてに炎が突き刺さり、削り、内側へと入り込み弾け飛んだ。
土塊の内側から爆破したことで強引に破壊。
アルカは空から落ちて来る土塊だったものを見上げる。
「そういうのもありなんだ」
その土片のことごとくが、アルカへ向けて軌道を変えた。
これこそが、精霊による魔法行使。
己の意思1つで超常を引き起こす力。
「あはっ!」
大量の土片による質量攻撃がアルカへと降り注いだ。
☆
「はぁっ……はぁ……っ!」
エリシアは空から降り地上へと足を降ろす。
度重なる連続の魔法行使。
一手のミスが致命的という精神的な負荷。
一度土の鳥を解除し、自身の心に余裕を持たせる。
「……ふぅ」
今もなお、自身の優位性は覆らないと理解している。
否、理解しているからこそ──
「これでもダメですか……」
目の前にいる現実を直視しなければならない。
煙が晴れた視線の先には今もなお無傷の少女がいた。
「ううん、いい線行ってると思うよ? ただ、その力をあまり使い慣れてないみたいだね」
「一応、切り札ですので……」
「切り札だからこそもっと自由に扱える方が良い気もするけどね。まぁ、色々事情がありそうだから深くは聞かないけど……」
その感覚をエリシアは知っていた。
それは、花の国で精霊としての力を封じる氷の檻に閉じ込められていた時に見ていた戦いで感じたものだ。
レベル差やステータスという指標を覆す技巧。
魔力操作という技術の最高峰の領域。
「つかぬことをお聞きしますが、クロウはあなた達の中でどれぐらいの位置にいるのでしょうか?」
「クロウの位置って強さってことだよね? そう言われてもなぁ……」
アルカは不意に飛んできた質問に疑問の声を上げ、悩む。
強さというのは定量的に表すことはできない。
例えば、この世界で今の環境で魔法だけで競い合おうとした時《詠唱置換》を覚えていない灰の旅人はことごとくに負けることだろう。
勝負にすらなりはしない。
なぜなら戦う土俵が違うからだ。
しかし、何でもありの戦いになれば話は変わる。
勝敗とは結局のところありとあらゆる外的要因含めた総合力で決まるものだ。
ルールを設けるか、平等になるよう何らかの上限を設けるか、それらを考慮せず現時点のお互いの全力をぶつけ合うか。
彼らからすればその時々で勝った方が強いという結論になる。
故に、少女は言い淀んだ。
「……聞き方を変えます。魔力操作の技量だけを見た時で構いません。アルカの評価を知りたいのです」
「あー、それならまぁ……たぶん、15番目ぐらいじゃないかな?」
アルカはそれならと、自分から見た時の評価を率直に告げた。
「……15番目」
エリシアは小さく声を零す。
あれよりも上が14人もいるという事実に戦慄する。
そして、眼前に佇むのはその中での、最強。
なぜ、あの灰の旅人があれほどまでの技量を有していながら慢心の一文字もなかったのか。
自分を特別だと考えず、あくまでも自らが培ってきた自信程度の心持ちしか持っていなかったのか。
理論上誰でもできるからと、魔力操作の訓練の度に言っていたのか。
「あくまでも単純な技量だけを見た時だよ? 同時に精密操作可能な数とか、魔法の正確性って意味だと私よりも丁寧なところもあるし」
その答えが今、目の前にいた。
これを前にしたら、ことごとくは凡百に成り下がる。
特別は平凡になり、しかしながら魔法に対して向上心の塊である者達からすればこれ以上ないほどのお手本。
それが平常な環境で生きていた。
その異常な環境に適応して生きていた。
異常が日常になるほどに過ごしてきたのだと。
「なにより、クロウは勝つためなら手段を選ばないからね!」
異常は嬉しそうに言葉を紡ぐ。
それはまるで、自慢をするかのような。
「どんな手を尽くしてでも自分に有利な盤面を整えて、1%でも勝ちの可能性が高い環境を用意してくるの!」
「はぁ……」
「実際に私も何度かあれにやられてね! だから、次は絶対に罠にかからないぞーって、クロウはいつも私に新しい刺激をくれるんだ!」
「……」
それはそれとして嬉々と語られるその内容に若干の苛立ちをエリシアは覚えた。
何がとは決して言うつもりはない、小さな苛立ち。
「そんなクロウが、エリシアを連れてきくれた。これはもうそういうことだよね!」
アルカは言う。
エリシアという存在が自分にとっての新たな刺激であると。
「そうですか」
エリシアは目の前の少女が異常な魔法行使能力を持っていることも、クロウと長い付き合いであることも理解した。
あの魔法行使に秘密などというものは存在しておらず、ただ異常な環境に身を置き続けたことによるものだということも。
「あ、まだ模擬戦の続きだったね? ……どうする、もうやめる?」
アルカは先ほどまで大きく息を切らしていたエリシアを心配そうに見つめる。
これはエリシアがどこまでできるかを確認するための模擬戦である。
先程までのお遊びとは異なり、現在は相応に本気を出している状態だ。
だからこそ、アルカはエリシアの身を案じた。
つまり、アルカは「心配する余裕が私にはある」と言っていた。
言うなれば、ナチュラルな煽り。
本人にその気がある無しに関わらず、魔法の世界で無意識レベルで培われてしまった話法。
明確に違う点があるとするならば他の面々は意図して煽るのに対し、少女はこの時心の底からエリシアのことを心配していた。
「……何を、言っているのですか?」
悪意はないことは理解していた。
最初から最後まで一貫して、アルカは自分に対し全力を出せるように尽くしてくれている。
本来であれば、おそらく一瞬でケリがついていたであろう模擬戦。
目の前の存在が本気を出せば、自分などひとたまりもないだろう。
今、曲がりなりにも戦うことが出来ているのは精霊人としてのアドバンテージによるものだ。
そして、相手がそれを引き出せるよう常に限界を見極めてくれているからだ。
「ここからが面白いのではありませんか」
その上で今はただ純粋に暴れたいと、エリシアはアルカに続行を宣言する。
「~~~ッ! そう来なくっちゃ!」
新しい遊び相手を前に、新たな刺激を前に。
もっと遊ぼうと、精根が尽き果てるまで遊びつくそうと誘われた少女の内心が歓喜で埋め尽くされる。
「うーん、でも私も残りMPが1800ぐらいだからなぁ」
あれほどの魔法を行使しておきながら、まだ1800も残っていることにエリシアはどこか呆れの表情を浮かべた後、小さく息を吐く。
バカげた魔力の変換効率だ、と。
「次で最後にしよっか! これを凌いだらエリシアの勝ちね!」
「……乗りましょう」
次を乗り越えれば勝ちだとゴールを用意された。
ならば、乗り越えてこそだとエリシアは気を引き締める。
そのまま冷静に彼我のMPの差を確認する。
精霊として顕現した結果手にした膨大なMPの大部分は既に消費してしまっていた。
しかし、精霊の魔法行使は内部のMPによるものだけではない。
周囲に拡散している魔力すらも利用できる利点は今もなお健在だった。
単純なぶつかり合いであれば間違いなく自分の魔法が打ち勝つだろう。
(などというのは、甘い考えですね)
そのようなお気楽な思考などしていない。
例えMPが残り100しかなかろうと、油断をしてはいけない存在が目の前にいる。
「こういうのは戦いの花だよね!」
少女は楽しそうに笑う。
けらけらと、にこにこと笑い続ける。
そのまま見せつけるように腕を前につき出し……
「《武具切替》」
その手に杖を取り出した。