第7話 魔法師級と魔導師級
□魔法師団本部 第5訓練場
「お、準備は終わったんだね」
歩いてきたエリシアへ、アルカは声をかけた。
「クロウはなんて言ってたかな?」
「アルカの眼が魔眼の類であることを少々」
「あー……この世界だとそういう扱いになるんだ」
アルカは面白い視点だと1人納得する。
旅人である少女とイデアから見える世界は異なっている。
「他には?」
「あとは……」
エリシアは少しの思案。
「よくわかりませんでしたが、私の判断に委ねると」
「ふーん、そっか……」
アルカはしっかりと伝えてくれたことに感謝する。
そして、クロウも正確には把握していないのだろうと理解した。
であれば、それを引き出すのは自分の役目だ。
「それじゃ、ルールの調整をしよっか! エリシアは《詠唱置換》は覚えてる?」
「【魔術師】の天職は持っていないので、使えませんね」
「それなら私も《詠唱置換》は使わないようにするね! うーん、でも追い詰められたら使っちゃうかもな~」
アルカは対等な条件で戦えるように自らに枷を付けていく。
【天職】によってジョブスキルに制限があるイデアと、無限の選択肢から選び取ることができる旅人。
そこには、契約の神によって平等に押し付けられた不平等が存在している。
ある程度対等な条件で競い合うことを好む彼らからすれば、それは調整の範疇だ。
そのまま認識のすり合わせを行い……
「戦闘続行不可能な状態に陥るかどちらかのMPが枯渇したら試合終了。戦闘続行不可能な状態には、戦闘の意思の損失も含まれる……ってところでいいかな?」
「はい、問題ありません」
どちらかが気絶などの戦闘継続ができない状態になる。
MPが枯渇する。
戦闘を継続する意思を失う。
今ここに勝利条件が制定された。
それを受けて、エリシアは手元に杖を取り出す。
「良い杖だね! 名前はなんて言うの?」
「<深緑の杖>です」
上級モンスター<マザーウッド>の素材を用いて作られた魔杖。
装備スキル《母大樹の冥護》により装備中に発動した土属性系統の魔法威力を増加させる。
合計レベル150以上であれば誰でも装備補正が乗る癖のない使いやすさが特徴だ。
土属性の魔法効果を底上げするこの杖は、エリシアからすれば非常に手に馴染む装備であった。
「アルカは杖を装備しないのですか?」
エリシアの視線の先には、未だに杖を取り出さず無手の少女がいた。
「え? あー、うん」
アルカはあっけからんと笑う。
どうとでもないように笑う。
「今のエリシア相手なら必要ないかなって?」
それは、彼女からすればただの事実を言っただけだ。
道具は、使う必要がある時に使うものである。
つまり、エリシアには使う価値がないと言っているに等しく……
「そうですか」
「あれ? 乗ってこないんだ?」
「クロウに煽られ慣れてますので」
「それはそれでどうかと思うけど……」
エリシアがその挑発に乗ることはない。
そして、アルカの評価は正しいのだろうとエリシアは冷静に現実を受け止める。
その視線の先でアルカは挑戦的な笑みを浮かべていた。
「まぁ、なんて言うのかな? 不満なら抜かせてみなよ」
杖を使わせてみせろ。
その価値が、自分にあることを示せ。
どこまでも傲慢で、横暴で、しかして彼女に驕りはない。
「ようやくかな?」
そして、アルカとエリシアを囲う形で訓練場を囲うほどに大規模な結界が張られた。
それは第5訓練場に備え付けられた結界の魔道具によるものだ。
遠くに視線を飛ばせば、この結界を起動させたであろう男がマイク片手に叫んでいる。
結界に阻まれその声は聞こえることは無い。
しかし、アルカからすれば実に見慣れた光景だった。
きっと、いつも通り実況や解説をしていることだろう。
アルカとエリシアは示し合わせたかのように距離を取り始めた。
最終的に20メートルほどで向かい合う。
「先手はどうぞ?」
「……すぅ」
エリシアは小さく息を吸う。
「《マッドスワンプ》!」
そして、ノータイムで魔法を発動させた。
上級職【泥濘術師】による拘束魔法。
予備動作を見せずアルカの足元を起点にその魔法が効果を発揮しようとし……
「《フレイムピラー》」
アルカの足元から炎が舞い上がる。
その炎によって、真下にあった魔力反応を強引にかき消した。
(上書きされた!?)
【炎魔法師】で習得する魔法スキル《フレイムピラー》。
指定の場所を起点に炎を立ち上らせ攻撃する攻勢魔法。
その応用。
エリシアが発動した地形指定型の魔法に対し、寸分たがわず同規模の魔法を発動。
先に《マッドスワンプ》を発動されたにも関わらず、発現速度によって強引に追いつき、指定場所の発動権利を奪い取るという荒業。
今の一瞬の攻防によりエリシアとアルカという魔法使いの格付けが済まされたと言えるだろう。
「……っ!」
エリシアは驚愕しながらも動作を止めることなく思考を回す。
相手は自分よりも格上だ。
想像もつかないようなこともしてくるはずだ。
この程度のことで決めきれるはずはないと己を鼓舞する。
エリシアは予め手元に用意しておいた物を空へと放り投げた。
それは花の種だった。
【花魔法師】というジョブが存在する。
花に眠っている多くの可能性を引き出し戦う特殊下級職であり、その習得スキルの中には【園芸師】と同じく、花を育てるスキルも存在していた。
しかし、【園芸師】と違う点があるとするならば……
「《即席の開花》!」
一瞬で花を咲かせることが出来るという点である。
空に撒かれた花の種は一瞬光り輝き、花弁を咲かせる。
花の種というコストを消費することによって、対応した花を即席で咲かせる強制開花スキル。
育てられる花の種類や性能は、花の種の品質に始まり、各種スキルレベルや知識量に依存する。
空より舞い落ちる即席の花達。
<シャボンフォール>が。
<レッドブライアン>が。
<ウィンドゥール>が。
<黒散花>が。
色とりどりの花びらが咲き乱れ……
「《魔の開花》!」
その全てが光り輝いた。
特殊下級職【花魔法師】の基本魔法。
花を消費して発動させることで、対応する特殊効果を発動させる。
その魔法に同時発動数などという制限は存在しない。
必要なのは対価のみ。
<シャボンフォール>は水の弾丸へ。
<レッドブライアン>は炎の弾丸へ。
<ウィンドゥール>は風の弾丸へ。
複数属性による飽和攻撃はそのスキル補正に従い放たれた。
アルカの視界には、色とりどりの光が映し出された。
本来であれば、複数属性魔法の同時制御時にしか見れない景色。
しかしながら、特殊下級職【花魔法師】は単独でそれを為せるジョブだった。
「よっと」
少女は先ほど発動させていた《フレイムピラー》を操作する。
魔力を注ぎ込み、細くしなりを利かせ鞭のように鋭く振るう。
そして、緻密な制御、圧倒的な速度、異常なまでの魔法行使によって数十を超える《魔の開花》は等しく叩きおとされた。
(ふーん……)
しかしながら、《フレイムピラー》が叩き落としたのは炎、水、風の魔法。
それらは爆発した結果、魔法の相互干渉により霧が発生。
一瞬アルカの視界が覆われた。
「《創造土兵》!」
(足元への拘束魔法。続けて、複数属性による面攻撃。魔法の相互干渉で霧を発動させ視界を封じ、自分の身を守るためのゴーレムを召喚)
まるでお手本みたいな、教科書通りの戦い方。
実にクロウ好みの戦い方だとアルカはここまでの一連の流れを評価する。
なんらかのスキルを使ったのかエリシアの気配が消えていた。
おそらく、先程発動させた《魔の開花》によるものだろうと推測。
手堅く、硬く、丁寧に積み上げていく。
一つの行動に複数の意味を持たせるところも実にらしいと言えるだろう。
であれば当然……
「外すよね?」
定石通りに動いているところからの不意打ち。
つまり、定石からの脱却。
視界の端から、霧を掻い潜るように鋭い突きが放たれた。
エリシアが手に有するは土の槍。
まるで踊るように接近戦を仕掛けていく。
アルカは魔力の流れを辿ることでそれに気づいていた。
魔導師級魔法使いに不意打ちは成立しない。
その上で、敢えてそれを許容し……
「甘い」
そのまま高速で振るわれた《フレイムピラー》がエリシアの肉体を打ち払った。
魔法職は接近戦が苦手という常識は彼らには通じない。
至近距離であろうとも、緻密に制御された魔法による迎撃を可能とするからだ。
そして、少女の身体はボロボロに崩れ去る。
まるで土塊のように……そう、それは土の肉体だった。
エリシアは<ミラージュシール>という花を素材に発動した《魔の開花》によってゴーレムに虚像を乗せていたのだ。
「ばればれ」
アルカは眼で、そして感覚でそれに気づいていた。
「小細工だけじゃ勝てないよ?」
小声でスキルを発動させることによって、相手にアクティブスキルの発動を悟らせないのは一種の技術だ。
しかし、それが魔法であるのなら、魔力の流れに影響を与えるのならば、それを辿ることが可能な存在。
魔導師級魔法使いに、魔力を用いた不意打ちは通じない。
「《フレイムアロー》」
アルカは一本の矢を生み出し放つ。
それは的確に、背後に移動してきていたそれを軌道上に捉えた。
「……っ!? 《土壁》!」
霧に、土埃に身を隠し、《魔の開花》によって消費した<黒散花>で気配遮断効果を自身にかけていたエリシアはとっさに飛んできた魔法に対し土の壁を作り出す。
そして、己の失策を悟る。
「しまっ!?」
炎の矢は最短軌道を描き、土の壁を回避。
エリシアはそれを知っていた。
圧縮され、緻密に操作された基礎魔法の脅威を。
「《土弾》!」
叫び、エリシアは周囲に複数の土の弾丸を作り出し射出。
複数制御された土弾が1つの炎矢を迎え撃つ。
1つ、躱される。
2つ、接触と同時に土弾が粉砕される。
3つ、炎矢を捉え、土弾が削りつくされる。
たった1本の矢を迎え撃つためにいくつもの土弾が消費され……瞬間、炎の矢が爆発した。
「……っ!?」
迎撃されたことにより、込められていた炎が解放されたのだ。
圧縮と解放によってもたらされる通常の魔法よりも破壊力が増した一撃。
加えて、爆発の指向性まで緻密にコントロールされたそれによりエリシアは大きく弾きとばされる。
否、自ら背後へと飛び勢いを殺すことで態勢を立て直し……
「一応言っておくけど……」
ぞわりと、悪寒がエリシアの全身を巡る。
視線を上げれば、そこには周囲に炎の矢を装填している少女の姿。
その表情は、なにを安心しているのだろうかと言いたげであり……
「まだあるよ?」
2桁もの炎の矢が放たれた。
それに対しエリシアはとっさに集中力を高め、深緑の杖を横に振りかぶる。
「《大地振動》うううっ!」
そのまま大きく振るうとともに【土魔法師】の奥義を使用した。
それは前方への広範囲振動破壊攻撃。
大地を駆け巡る衝撃波。
迎撃を優先した結果、アルカにそれが届くことは無い。
しかし、炎の矢全てを近づく前に叩き落とすことに成功した。
「はぁっ……! はぁっ!」
今、ここで奥義を放たなければ負けていた。
炎の矢を全て撃ち落とさなければ終わっていた。
それは確信だ。
エリシアはそれを理解していた。
理解させられた。
ただの下級魔法が、そこらの必殺を遥かに上回る脅威。
「あーあ、奥義使っちゃったね」
「……くっ!」
2人の魔法使い。
魔導師級と魔法師級。
1人は小さな笑みを、1人は苦悶の表情を。
(ここまで……っ!)
遊ばれていた。
遊びにすらなっていなかった。
そこには圧倒的な魔法の運用効率の差があった。
天と地という表現では足りないほどに、技量に差があった。
「それで、次はどうするのかな?」
──異常がそこにいた。




