第6話 集まる異常
グランドマジックオンラインという魔法の世界のサービスが開始されてから現在に至るまで、俺が知る限り1対1の魔法戦でアルカが負けたことはない。
各々が成長を重ね、環境が移り変わり、ありとあらゆる魔法戦術論が提唱された。
その全てにおいて少女はタイマンでは無敗であり続けた。
最も強い、故に最強。
「アルカは眼が良いんだ」
「眼、ですか」
「ああ。あいつの瞳は魔力を色や形として捉えることができる」
魔力の色を捉えることができる共感覚。
彼女の前では、ことごとくの魔法行使は全て先読みの対象である。
いかに緻密な魔法を練ろうとも、いかに大規模な魔法を発動させようとも、アルカは発動前からその予兆を見て、感じて対応することが出来るのだ。
「【異能】。魔眼の類ということですか……」
「魔眼? ……まぁ、そうとも言えるか?」
エリシアが理解できるのであれば、その表現でもいいだろう。
大きな違いはなさそうだし。
グランドマジックオンラインで俺達が勝手に開いた第1回大会から第28回大会……先月のを合わせれば29回中計21回の優勝を誇る少女。
彼女についている8つの黒星は全て、単純な魔法戦とは異なる分野で付けられたものだ。
例えば、指定の時間にぴったりになるように、複数の魔法を順番に発動させていきコンマ秒単位のずれもなく同時に発動させることができるかを競う【同時発動数】。
必要なのは、集中力、繊細さ、コンマ秒単位計測できる正確な体内時計。
例えば、発動させた魔法の美しさや可憐さを競い合う【コンテスト】。
評価を下すのはあくまで第3者の審査員たち。
審査員の趣味嗜好によってはいかようにも結果はかわるだろう。
例えば自分以外の全員が死ぬまで戦い合うバトルロイヤル形式のものと、一戦ごとの回復行為を禁じたトーナメント形式がある【デスマッチ】。
バトルロイヤルになれば、全員で最初にアルカを狙うのはある種の決定事項のようなものだった。
それすらも跳ね除けアルカが優勝したこともある。
あの世界で煽り行為が常態化しているのもそこにある。
相手の集中力を削り、魔法の制御を乱す手法。
いかにして相手の心を抉るかすらも、真っ当な戦術の一つなのだ。
そうでもしないとアルカと勝負にならないから。
単純に煽りが大好きな連中が集まっているだけかもしれないというのは考えないでおこう。
「さっきヘリオーが言ったのも間違ってはないんだ。アルカが見ると言った以上、ある程度の余裕はあると考えていい。これに関しては実際に戦ってみた方が早いか」
まぁ、俺もこの世界のアルカがどこまでやれるかは知らないけどな。
ただ、先程のヘリオーの反応から見ても大きく変わっていることはなさそうだ。
「とりあえず今から戦う相手は俺やレトゥスよりも強いってことを知っていてくれればいい」
「……クロウなら、どう戦いますか? いえ、自分で考えるべきだというのは分かっているのですが」
「参考にならないと思うぞ?」
「構いません」
そういうことであれば。
「俺なら戦わない」
「え?」
そもそも、正面からアルカに魔法戦を仕掛けるのは無謀である。
「初見殺しを叩きつける。仲間の振りをして背後から奇襲する。集団で囲い込む。自分が勝てるルールや盤面を整える。勝利条件を魔法以外の何かに置き換える。正面からの魔法戦の舞台には立たない」
それが前提条件だ。
「だから、戦わない。……な? 参考にならないだろ?」
「珍しい、ですね。クロウがそのように言うのは……」
「そうか? 俺は元からこんなんだぞ」
相手が想定を超えた力を発揮し、それに対応できず負けるということはゲームの世界においては多々存在している。
いや、ゲームに限らないか。
ただ、ああいうのは結局のところ相手の評価を見誤ったのが原因だ。
想定を超えてくるというのであれば、予め想定を超えてくることを想定しておけばいい。
相手の得意が自分よりも上だと言うのであれば、それ以外を駆使して総合力で勝ればいい。
情報収集を怠らず、対策に対策を重ね、相手の得意を潰し自分の得意を押し付ける。
ただ、現実はやはりそううまくは行かないものだ。
PK事変といい花の国の時といい、想定外はいつでも起こりうる。
(ま、その時はその時だ)
今までがそうであったように。
そしてこれからも……
「あ、そうだった。最後に、俺からひとつだけ言わせてくれ」
危うく忘れるところだった。
「はい、なんでしょうか?」
俺はエリシアを……フードが付いた黒のローブと綺麗な髪飾りを付けた今もなお、どこか浮世離れした雰囲気を醸し出している少女のことを正面から見る。
「エリシアが選んでくれ。俺はその選択を尊重する」
これでよし、と。
「……一体、なんのことでしょうか?」
エリシアは不思議そうに首を傾ける。
「さぁ、なんだろうな。頑張れよ」
「はぁ……」
そのまま、納得がいかないような顔をしているエリシアを送り出した。
(……さて、どうなるか)
この施設に来てからずっと頭上から感じる視線。
ここからは対策も何もないアドリブだ。
後はエリシアの選択次第。
ただ、どちらに転んでも分の良い賭けではあるだろう。
(ああ、そういやまだあったな)
アルカを倒すのであればどうすればよいか。
向こうの世界ではできず、こちらの世界ではできること。
否、今だからできること。
「レベルを上げて圧倒的な魔力で殴れってね……」
INTが1万ぐらいあれば、純粋なステータス差で押し勝てる可能性もあるだろう。
まだ、アルカの合計レベルが低いからできる裏ワザであり。
(精霊としての格を有した人類種。【精霊人】、か……)
おそらく、その答えはきっと……
☆
「きゃー! なにこの子超可愛い~! 悪魔っ娘! あなた悪魔っ娘なのね!」
「ちょ、近づかないでくれるかしら!」
「怖がらなくていいのに! きゃー! 遠目に見るだけでもわかるきめ細かな綺麗な銀髪! 私に撫でさせて嗅がせて愛でさせて~!」
戻ると、ユティナが変態に襲われていた。
いくつもの椅子を挟み込む形で向かい合う両者。
一方はユティナであり、悲壮な表情を浮かべている。
そして、色々とアウトな発言を繰り返している1人の女性。
「く、クロウ! 助けて頂戴! 私は愛でたい側であって愛でられるのは専門外よ!?」
ユティナは涙目で俺に助けを求めて来る。
「……クロウ、ですって?」
先程までユティナに迫っていた女性はゆっくりと振り向き俺のことを視界に収めた。
そのままわなわなと震えだし……
「あ、あああ……あああああああ! ほんとにいるううううう! いやあああああああああああああ!」
そして、これ以上ないほどの叫び声を上げた。
「……いきなりな挨拶だな。MAMI☆MAMI」
大変遺憾ながらその旅人は知り合いの1人だった。
プレイヤーネーム、MAMI☆MAMI。
好きなモノはかわいい女の子というのは本人の言である。
「こっちのセリフだっての! しっし! ほら、ここは男子禁制の花園なんだからあっちに行って! あっちに行ってーーーー!」
「俺たちは?」
「さあー。女装でもするー?」
レトゥスとヘリオーがどこか気の抜ける会話をしていた。
どうやら、レトゥスが呼んだ面々とは無事合流できたようだ。
「いい? 私とユティナちゃんはこれから2人で愛を囁き合うの! どぅーゆーあんだすたん?」
「勝手に人の相棒に愛を囁くな」
その1人が、今目の前にいるMAMI☆MAMIである。
「言っておくけど、ユティナはそんな身なりだが男だぞ」
(クロウ! 言っていいことと悪いことがあると思うのだけれど!)
ユティナから抗議の念話が飛んでくるが。
(まぁ落ち着け、見てみろ……)
「男、ですって……」
そこには衝撃を受け固まったMAMI☆MAMIがいた。
(え、今ので効果が……?)
(ユティナ、今のうちに早く)
(え? ええ、わかったわ……)
戸惑いつつもユティナは俺の元へと戻ってきた。
そのまま俺の背中に隠れ伺うようにMAMI☆MAMIを見る。
なぜ早く戻った方が良いのか。
「──つまり、男の娘ってこと!? セーフ! セーフ! 危なかったあああ!」
「アウトだよバカ野郎」
この女が先の発言で止まるわけがないからだ。
「て、あれ!? ユティナちゃんがいつの間にかクロウの後ろへ!?」
(……なんか、色々とツッコミどころが多いのだけれど)
気にしたら負けだぞ。
「ほれ、さっさと席に着けって。そろそろ始まるぞ」
「そういえばそんな話もあったっけ? アルカに無謀にも戦いを挑んだ奴がいるんだとか……」
瞬間、彼女の雰囲気が変わる。
先ほどまでと同じ人物とは思えないほどに戦意を漲らせた魔法使い。
そこにあったのは自負であり、怒り。
「はっ! クロウ。あんたさぁ、そこら辺の雑魚がアルカに勝てると思ってるわけ?」
舐めたことをしてくれたとでもいう風に、MAMI☆MAMIは呆れた表情で戦場の方を見た。
「全く、勇敢だけが取り柄のバカの面でも拝んでやろうじゃ……きゃー! なにあの子超かわいい~! 背中見ただけでわかる! 美少女の気配! えー! 困っちゃう! きゃっ! きゃぴきゃぴ!」
「……レトゥス、MAMI☆MAMIって【賞金首】か?」
「ああ、俺と同じ【賞金首】だ。ただ、ルクレシア王国からはまだ【賞金首】認定されてないから倒してもアイテムドロップはしねえぞ?」
MAMI☆MAMIを横目にレトゥスが補足してくれた。
ちっ、命拾いしたな。
「ふっ。今日も変わらず姦しい女だ」
全身に黒装束を身に纏った青年がMAMI☆MAMIを見ながらそう呟く。
黒の包帯でその顔すらも覆い隠した旅人がヘリオーの横の席で腕を組み座っていた。
「呉羽か」
「久しいな、千の烏をその身に宿す者よ」
「おう。ただ、俺の今のプレイヤーネームはクロウ・ホークなんでそこんところよろしく」
「委細承知」
(……彗星みたいな話し方ね)
プレイヤーネーム、呉羽。
言ってしまえば彼もまた中二病である。
「しかして、なかなかに面白い催しだ。そうは思わんか、雲に垂らせし者よ」
「興味ないね」
呉羽の後ろの席に座っている片目を隠すような髪型の男は、興味なさげにそう答えた。
プレイヤーネーム、雲の糸。
何事にも興味を示さない風の言葉が口癖だ。
「あれ、マリアは?」
「あー、なんか急用できたからパスだってよ」
そうなると、現在ログインしているメンバーはこれで全員ということか。
(ちょっと付いていけないのだけれど、全員クロウの知り合いなのよね?)
(ああ、気の良い奴らだろ?)
(……)
ユティナが何か言いたげにジト目で睨んで来る。
なんだよ、ちょっと変なところはあるかもしれないけど悪い奴らではないんだぞ。
MAMI☆MAMIは例外だが。
「ま、何はともあれ準備は整ったってことだな。よし……司会、始めてくれ!」
『任せろ!』
レトゥスがそう言えば、いつの間にか少し離れた場所で準備を終わらせていた司会がそう答える。
マイクを片手に、息を吸い込み慣れた様子で実況をし始めた。
『これよりスペシャルマッチ! 【イデアル・マジック】所属、アルカと、旅の少女エリシアの模擬戦を開始するぜ! ルールはいたって単純! お互いが納得するまで魔法で競い合うこと! ただ、それだけだ! さあさあさあっ! 盛り上がってきたぜええええええええええええええっ!』
この場に集まっていた面々の視線が戦場の方へと向く。
俺も近くの椅子に座り、ユティナも並ぶように席についた。
「きゃー! エリシアちゃーん! こっち向いてー! ご尊顔見せてー!」
「誰かポップコーンとコーラ持ってきて! この私に尽くす栄誉を与えてあげるわよ!」
「エリシア……桃髪の者? しっくりこんな。この戦場にてよい渾名が見つかればいいのだが……」
「はっはっは! クロウの連れとアルカの戦いとか、マジで……いーひっひっひ!」
「興味ないね」
「どこまで抗えるか見ものでしょー? とりあえず、5分はもって欲しいよねー」
……うん。
(やっぱちょっとうるさいかもしれん。ごふっ)
ユティナに脇腹を肘で突つかれた。




