第21話 剣と魔法のファンタジー
□王都ルセス 国立魔法図書館 個室 クロウ・ホーク
「みんな、今日はよく集まってくれた」
俺は集まった面々を見渡す。
「くくく、そうそうたる顔ぶれが集まったじゃねえか」
「ふふふ、楽しみね」
「え、えーと。ふ、ふっふっふー! 私を呼ぶなんてなかなかみ、見る目があるじゃないか!」
「ククルちゃんこっちおいで~」
「にゃー」
今この場には俺、メリナ、ゴーダル、りんご飴の4名が揃っている。
集めたのは俺だ。
あと、りんご飴は無理して他の2人に合わせなくていいぞ。
「さて、はじめましてのメンバーもいるので簡単に自己紹介をしていこうと思う。といってもりんご飴以外の顔合わせは済んでるから実質彼女への自己紹介だな」
そう切り出すと、各々が意気揚々と自己紹介をし始めた。
「おう、俺の名前はゴーダルだ。よろしくな茶髪の嬢ちゃん。最近はよく<カイゼン樹林>の入口でPK紛いの対人戦のふっかけをしているぜ」
「初めましてりんごちゃん。私はメリナよ。<ゴズ山道>でPKとして活動してたわ。キルスコアは10を超えてからは数えてないわ。よろしくね」
「ああ! はじめまし……クロウ、今PKしかいない気がしたんだけど私の気のせいかな?」
「気のせいじゃないぞ、そこにいるのはPKもどきと現役PKだ」
「ぴぇっ!? な、なんで!?」
りんご飴から人の声とは思えない声が聞こえてきた。
少し驚かせすぎたか。
みるからに強面と悪女だもんな。
「落ち着くんだ。確かに雰囲気はあれだが、今回は味方のはずだ。たぶん、おそらく……」
「安心できないんだけど!?」
緊張はほぐれただろうか?
アイスブレイクはこのぐらいでいいか。
「真面目な話に戻すと、作戦会議をするためさ。りんご飴にも関係があることだからな」
「作戦会議?」
そうだ。
「とりあえずりんご飴、自己紹介の続きをどうぞ」
「あ、ああ。私の名前はりんご飴だ。この世界で猫カフェを開くために活動している。よ、よろしく」
「おお、おもしれえ! なかなか骨があるな嬢ちゃん!」
「いいわね、私も子猫ちゃんは好きよ?」
絶対そういう意味の子猫じゃないだろ。
まぁ、これで簡単に人となりは理解できたはずだ。
俺はメンバーを見渡しながら進行を続ける。
「りんご飴への説明もかねて、最初から順に状況を整理したいと思うが異論のある人は……いなさそうだな。それじゃあ始めるぞ。時にりんご飴、今<Eternal Chain>で起きている問題と言えばなにかわかるか?」
りんご飴に問いかけると、彼女はそれぐらいわかっていると答えを言う。
「PKだよね、今この場にいるメンバーもだけどさ……」
そう言いながらじとーっとした目で周囲を見渡すりんご飴。
おい、ついでに俺を見るな。
俺はこいつらとは違う!?
「そ、そうだな。ある意味でりんご飴が一般人代表みたいな立ち位置で聞いてくれればいい。この会議はそのPK、いや【賞金首】を俺たちの手によって撲滅しようという会議に他ならない!」
「は!?」
「くくく……」
「ふふふ……」
りんご飴は驚きで口が開き、ゴーダルとメリナは不敵な笑みをこぼす。
「結論から言うとそう遠くないうちに今いる【賞金首】は何もしなくても壊滅する」
俺は結論から言った。
そう、【賞金首】が壊滅するのはほぼ確定している未来である。
「今ルクレシア王国にはさっき5人増えて合計11人の【賞金首】がいるけれど、1週間もせずに30人ぐらいになるはずよ。そしてほぼ全員が【賞金首】として活動できない状況に追い込まれるでしょうね」
「な、なんでそんなことがわかるんだい!」
りんご飴は驚いた顔をしながらも、嬉しそうだ。
それもそうだろう。
戦闘狂のきらいがあるゴーダルや俺、スリルを楽しむメリナと違い彼女は戦闘がからっきしのプレイヤーなのだから。
対人戦なんてもってのほかだ。
俺は彼女の疑問に答えるように説明を続ける。
「それは【賞金首】の仕様にある。【賞金首】はなんで街から追い出されるのかは知ってるか?」
そう聞くと、りんご飴は、何かを思い出すようにしながら答えた。
「街の兵士から追い出されるからだよね?」
【賞金首】は状態把握系のスキル、【鑑定眼】や【審美眼】、【看破】といったようなスキルを使うことにより誰でも簡単に判別することができる。
レベルが負けていても、どれだけステータスを隠していようとも、そのプレイヤーが自分にとっての、いや、自分の所属する国にとっての【賞金首】か判別することができるのだ。
だが、それだけでは足りない。
「半分正解だな。正確には『【賞金首】が街の中にいると他のプレイヤーが街の中で【賞金首】狩りをはじめて治安が悪化するから』、だ。結果的に追い出されてるだけで、街の中に入れないという明確なルールが存在しているわけじゃない。場合によっては【賞金首】だって街の中で活動できる可能性もある」
王都ルセスはもちろん、他の国の主要都市は差異こそあれ様々な技術で町中の戦闘行為が発生しないように工夫している。
ルクレシア王国は魔道王国エルダンから【大結界の宝珠】という魔道具を輸入しているらしく、彼の国とは友好国の関係にあるそうだ。
街中で発生するダメージを減らすなど様々な効果があるらしい。
NPCからすれば治安維持の観点から、俺達プレイヤーからすればセーフティエリアということになるだろう。
そこでプレイヤーによる【賞金首】狩りなんて行われたら、誰も死なずに永遠と争われることになる。
だから、街の治安維持を担当するNPCの兵士は【賞金首】には町の外にいてもらわなければ困るのだ。
これは追い出す理由を説明したところでほとんどの場合において解決策にはならない。
唯一の方法は【賞金首】が通報したプレイヤーに謝って通報を取り消してもらうことだが、そんな善良なプレイヤーならそもそも【賞金首】になるはずがないからな。
かといって【賞金首】の側につくと、他のプレイヤーを敵に回してしまうかもしれない。
なので、NPCは【賞金首】を見つけ次第、速やかに街の外に出て行ってもらい街の外のどこかにあるリスポーン地点を設定してもらうしかないのだ。
「【賞金首】はプレイヤーの敵ではあるが、NPCの明確な敵というわけではないんだ。だけど、【賞金首】はそうは思わない。俺たちを追い出したとNPCを敵視し始めるが、NPCも彼らに街の中にいられると困ってしまう」
「それは、そうだろうね……」
わざわざゲームでなんで謝らなきゃいけないんだ! って逆ギレする可能性もある。
「ここで補足を入れると【賞金首】のペナルティは、【通報権】によって通報された国のプレイヤーにデスペナルティにさせられた時しか発動しないだろう」
「え、そうなの?」
「推測だけどな」
ヘルプにも書いてなく明確に確認されたわけではないが、かなりの高確率で当たっているはずだ。
もしかしたら、NPCは別口で知っている可能性はあるが、今の段階で口外はしないだろう。
「基本的に初期リスポーンは別の国だからな。【賞金首】リストに他国の【賞金首】の情報が載ってないのはそれが理由だと考えてる。俺たちはチュートリアルで説明された通り、現状ルクレシア王国所属の旅人という分類になっているわけだ」
「……そういうことか」
りんご飴は納得といった顔をしている。
「他の国に移動してしまえば【賞金首】は事実上【賞金首】じゃなくなるんだね」
これが一つ目のポイントだ。
【賞金首】は移動した先の国で物資を整え仲間を揃えることになる。
彼らは最初の失敗から学び、今度は真っ当な形で国に所属することになるだろう。
それに文句を言おうものなら、今度は自分たちがその国の【賞金首】になるかもしれない。
「そう。【賞金首】になったプレイヤーはそのまま【賞金首】として活動し続けるか、必死に謝って通報を取り消してもらい【賞金首】から解放されるか、他国に移動して心機一転やり直すかの3択になる」
そう考えると、国外逃亡という手は実に理にかなっている。
逃亡先では普通の生活を送るだけで、手を出しづらい状況の完成だ。
つまり、場合によっては国同士の移動をするわけだ。
そしてこれは、NPCにとって非常に大きな問題でもある。
なにせ、自国のプレイヤーや兵士に恨みを持った【賞金首】が他の国に所属するのだから。
逆恨みであろうと、恨みは恨みである。
「つまり、NPCから見ればこのまま放っておくと【賞金首】は将来的な仮想敵国家所属の敵意を持ったプレイヤーになる可能性が高いんだ。指を咥えながら放置しておくと思うか?」
「え、噓だよね……?」
まじだ。これに気づかない【賞金首】は序盤でほぼ詰みの状況に入っていることに気づいていないことに他ならない。
否、序盤だから完全に詰んでいる。
「そうだな、俺なら絶対逃さねえな。できるだけまとめて潰すぜ」
「今はその準備期間よ。各国は水面下で【賞金首】狩りの計画を進めているでしょうね。情報収集も念入りにしているはずよ。りんごちゃんのような善良なプレイヤーに恩を売る機会でもあるもの」
「俺たちは現状高くてもレベル70で、それに対してNPCの兵士は平均で150から200だと確認されてる。現状NPCの方が強いし、この世界での戦いに慣れてるからな」
これは街中で活動しているプレイヤーの大半が知っている情報だろう。
少し過ごすだけで、会話から確認できるのだ。
「サービス開始直後の今だからこそでもある。今なら最悪NPCだけの力で解決できる範囲なんだよ。時間が経過してプレイヤーが育って、それこそ自国の各地に散らばったら対処するのが不可能になる」
今なら、まだ王都ルセスとその周辺の街にプレイヤーが固まっている状態だ。
俺達が知らない技術やスキルも多くあるだろう。
魔道具なんてその筆頭だ。
いずれはそういう技術も周知されるだろうが、今すぐにではない。
つまり、初見殺しができるのだ。
なぜ初期の今だけなのかについても説明したいのだが。
「え、えーと……」
りんご飴は理解が追いついてなさそうな顔をしている。
ある意味当然かもしれない、突然政治の話をされたに等しいからな。
「そうね、クロウ。すこし説明を代わってもらえるかしら?」
メリナは、なにか企んでいるような顔でそう聞いてきた。
「ああ、頼む」
ここからは、彼女の時間である。
「りんごちゃんは、この世界に過去のプレイヤーがいたことは知ってる? 管理AIのβテスト用アカウントって推察がされているのだけど」
「NPCと話すとよく、『昔はたまに街の中で見てたから、こんなに旅人がたくさん来るなんてはじめてだ』って言ってるけど、その昔来てた旅人のことだよね」
「ええ。話は少し変わるけど、昔はもっと国が多かったらしいのよね、300年前で80カ国近くあったそうよ」
「でも今は最初に選べる9つしかない……」
「緩衝地帯や小国もあるにはあるけど、その通りよ。それで9割近い他の国だけどね、全部滅んじゃったみたいなの」
この情報こそが、世界の鍵だ。
俺が今日図書館で確認し、メリナはおそらく初日に確認していたであろう情報。
これを知っているかどうかで、ゲームに対する見方が180度変わってくる。
「落ち着いたのは100年ぐらい前。それまでの200年もの間、旅人という存在は暴れに暴れてたそうよ。国に所属して他国に戦争を吹っ掛けて勝利をもたらすかと思えば、所属している国も滅ぼす災害みたいな扱いだったみたいなのよね。その暴れてる理由も酷いわよ?」
「ど、どういう内容なんだい?」
りんご飴は戦々恐々とした顔で続きを促し、メリナはとてもいい笑顔でそれに応じた。
「ご飯がまずいからあの国は嫌いだ」
──飯が不味い国は淘汰された。
「お金がないからあの国を滅ぼそう」
──財政難を抱えた国は淘汰された。
「今いる国は資源がないからさっさと他の国に移動しよう」
──自国の領土内に資源が存在しない国は淘汰された。
「あの国は娯楽が少ないからつまらない、滅ぼしてしまおう」
──文化的に特徴なく成長しない国は淘汰された。
「技術的な進歩のない国だ滅ぼそう」
──技術的に成長しない国は淘汰された。
でてくるでてくる、横暴な理由の数々。
そのあまりの適当さに、りんご飴は絶句と言った様子だ。
「その結果、ごはんが美味しくて、文化的にも知的にも高水準で、アイテムボックス技術みたいな技術革新を起こして、金と資源を旅人の横暴に耐えられるぐらいため込んで用意して提供することができる。滅んだ国を吸収しながら条件を満たしている大きな国だけが残ったのよね」
メリナの説明は一つのゴールに繋がっていた。
とあるゲームが存在する。
それはプレイヤーが世界の創造主となり命を作り、それの発展を観賞することができるというものだ。
作られた文明は物や家、道などを作り、同盟を組み他の文明と戦わせることもできる。
そして、基本プレイヤーが直々に干渉するといったことは想定されていない。
ルールを決めることもできるし、色々施設や生物を設置することもできるが、創造主がキャラクターとなってゲームの世界に入りこむものではないのだ。
創造主が、自らの作った世界の歴史そのものに干渉するのは禁忌に該当するということだろう。
しかし、その禁忌を犯したのがこの世界だ。
「そう、私たちプレイヤーにとって都合がいい国だけが選別されたのよ」
それは、文字通り仮想現実。
もう一つの世界、もう一つの歴史である。
メリナは、りんご飴にこれがどういうことか理解できるように質問を投げかけていく。
「りんごちゃんは、魔道具がどうやって作られてるか知ってる?」
「知らない、かな」
「生産職で使用される《レシピ生成》やこの図書館に埋蔵されている本の素材となる紙やインクの製造元は?」
「知らない……」
「アイテムボックス、便利よね? 商業ギルドで精算用や普段使い用、容量の大きなものまでたくさん貸し出されたり販売されてるわ? どこでどんな技術体系で作られているのかしら」
「わからない」
知らなくて当然だ。
なぜなら、それらは旅人が知っていいような技術ではないのだから。
「そうよ。この世界ではジョブシステムによってスキルでできること、スキルでできないことが明確に決まっているの。スキルを使えばだれでも簡単に武器も作れるし、料理もできる。コストさえ用意すれば時間もなにもいらないわ。逆に言えば、スキルでできないことに対して習熟できる時間があるのはNPCの特権とも言えるの」
まさに、ノンプレイヤーキャラクター。
プレイヤーという脅威にさらされ続けたからこそ、適応進化した存在。
「スキルでできないこと、いわゆる基幹技術とでもいうべきそれは、ほとんど全てをNPCが押さえているのよ」
それをプレイヤーに渡されても困るだけだろう。
そもそも俺たちはこの世界にずっといるわけではない。
インフラの一部に組み込まれても、NPCもプレイヤーもお互いに困ってしまうだけだ。
故に、俺たちは国に所属する。
遊びを、ゲームをするのに必要なものはNPCが揃えてくれるのだからそれを買えばいい。
金策をして、クエストをこなして、交流を積み重ね、一つの経済圏に少しずつ組み込まれる。
俺達が生産スキルで使えないからいらないと判断したモンスターの素材が、なんらかの過程を経てスキルで作れないような何かに代わり、販売したのを買っているかもしれないのだ。
そして、どこでどのように作られているかはやはり俺達プレイヤーには簡単には知らされない。
これはNPCにとっての生命線だからだ。
国が商業ギルドや冒険者ギルドと密接に連携を取りながらも組織を分けているのは、一つの組織から情報を抜かれても、その一つの情報では何の役にも立たないようにしているからだろう。
情報のリスク分散である。
多くの国でギルドという組織制度を採用しているのも、そうなるように運営が促したからと見ていいだろう。
あとはメニュー機能を調整するだけでいい。
「りんごちゃん、ククルちゃんのこと好き?」
「……ああ、大好きさ」
「その子のこと、ただの0と1のデータの存在だって言われて、怒らないでいられる?」
「無理、かな? たぶん怒るだろうね、すごく気遣ってくれたんだろうけど、それでもかなり怒りの感情が芽生えたよ」
「あら怖い」
そのメリナの言葉は、俺にも、他のプレイヤーにも言えることだろう。
<アルカナ>という唯一無二の相棒を、相方を、苦楽を共にした仲間をバカにされて冷静にいられるプレイヤーはそうそういないだろうし、そうなるようにこのゲームはデザインされている。
だからこそ、ノンプレイヤーキャラクターと甘く見てはいけない。
どんな手法を使ったか知らないが、この世界には歴史があるのだ。
それだけの積み重ねがあるのである。
「それなら、私たちはもっと嫌われていてもいいんじゃないかな」
「100年も前のことだから、ちょうどプレイヤーの横暴を知らない世代と代替わりしているのよね。それに、今残った9カ国は他のどの国よりもプレイヤーの恩恵を受けた国よ? 歓迎こそすれ、追い払うなんてできないわ」
それは、他の国に置いて行かれるのと同義だから。
それは、無限の命を持つ不死身の怪物を敵に回す行為だから。
「彼らにとってはね、私たちは英雄で、憎むべき敵で、どうしようもないほどの恩恵をもたらす存在なの。ここ100年は落ち着きを取り戻して、プレイヤーは国で適当に数億単位のスピルで散財を繰り返しては去っていく程度の、いわば上客になっていたそうよ。今のNPCが昔見たっていってるのはこの上客のプレイヤーということね」
要は運営による耐久テストだ。
お金をばら撒いて、道具を買いあさって、貴重な道具を売り払って、問題ないかどうか確認したのだろう。
そして、今の9カ国は基準を満たしたと判断した。
「それがどうして【賞金首】狩りの話に繋がるんだい?」
「ふふ。クロウ、あとはよろしくね」
「ああ、なぜ序盤の今【賞金首】狩りが国主導で行われる可能性が高いかについてだが」
ちょうど話が切り替わったからか俺に主導権を戻したらしい。
「要はこの世界のバランスが崩れたわけだ。プレイヤーの大量流入といった形でな」
そして、<Eternal Chain>のサービスが開始された。
「都市機能のマヒを起こしてないのはアイテムボックス文化っていう資源を大量に貯蓄できる下地と、単純な慣れによるものだ」
このゲームの無名度というか宣伝効果の低さもあるだろう。
数万人程度が9つの国に時間帯も居場所もバラバラに散らばっているからこそ許容範囲内で済んだのだ。
そのおかげで、NPCも世界のルールが変わったことを理解する時間ができた。
今後急激にプレイヤーが増えても、あの手この手で対応するはずだ。
「そのプレイヤーに話を聞くと、これからもどんどん増えると言われるわけだ。味方にいれば心強いが、敵にいると大変な旅人がな」
そうなると、どれだけ自分達の国にプレイヤーを集められるかが肝になってくる。
彼らにとって戦争の形が一つ変わったに等しい。
「できるだけ自国に集まってほしい、できれば善良な人が来てほしい。私たちはいい国ですよとアピールしたい! そうなると、邪魔なやつらがいるよな?」
りんご飴は小さく、呟いた。
「【賞金首】か……」
「その通り。自国に所属しているプレイヤー達から煙たがられる存在【賞金首】だ」
動き出しは早ければ早い方がいい。
この隙にも、他の国が先に動き出してしまうかもしれない。
いわばサービス開始直後の今がNPCにとっての最も重要な時期だ。
『あの国は【賞金首】がたくさんいて治安が悪いから行くのやめようぜ』と思われるわけにはいかない。
国外ならいざしらず、国内に【賞金首】がいる状態は非常にまずいのだ。
「ただ【賞金首】はプレイヤーに倒されて初めて所持金とアイテムボックス内のアイテムを全てドロップするわけで、NPCは干渉ができず、どちらにせよ2時間もすれば再ログインができるんだよな」
「そうだよね、それだと何も解決しない……」
だから、NPCにも武器が与えられている。
「切り札が用意されているんだよ。【指名手配】っていうな」
それは【賞金首】という対抗手段に並ぶ、NPCにとってのプレイヤーへの抑止力。
「国に【指名手配】されたプレイヤーはその国にリスポーン設定することも国が管理している設備へのセーブポイントの使用もできなくなる、そして、リスポーン地点がなくなったプレイヤーがデスペナルティになった時は……」
「ど、どうなるんだい?」
「囚人国デスゲードという、この世界とは完全に隔離された別サーバに存在する国に送られるらしい」
まだ、【指名手配】されたプレイヤーがいないから、その存在はヘルプに書かれている内容がすべてだ。
ヘルプには特定の条件を満たすと国に【指名手配】されるようになる、と書いてある。
おそらく、NPCは【契約の神】の権能という風に理解しているのだろう。
明文化されていないのは、国ごとに指名手配の条件が違うのかもしれない。
「ありきたりなのはカルマ値とか罪人ポイントみたいな隠しパラメータ依存かな」
「国の法律とかも関係あると思うわよ。王族侮辱罪とかあったら一発でアウトかもしれないわね」
「【賞金首】がある以上、PKじゃ貯まらないだろうな。あくまでもNPCへの迷惑行為の線が妥当だ」
「よくそんなポンポンでてくるね……」
これは慣れによるものだろう。
知識として知っているかどうかの問題だ。
「その【指名手配】にすることができるかの確認もしてるんだろうな。場当たり的に動いて取り逃すのが嫌だから、NPCはまだ表面上動いてないように見えるわけだ」
「付け加えるなら、動くのは最終段階だろうぜ。なんでもかんでも【賞金首】を狩ったり【指名手配】する国とは思われたくねえだろうからな」
ゴーダルが補足を入れた。
自分の国から移動されるのは最低限にしつつ、他の国から移動してくるプレイヤーという将来的な戦力を受け入れる土壌も作る必要がある。
【賞金首】じゃなくとも所属国家を変えてくれる可能性を残すために、プレイヤーに対して過激な国だと思われたくないわけだ。
故に、NPCはすぐには動けない。
「だから、彼らは求めてるのさ」
「な、なにをだい?」
「"大義名分"を、だ」
国が【賞金首】を狩るのがまずいのであれば、旅人に狩って貰えばいい。
これだけ多いのだ、きっとどこかで正義の下奮い立つ旅人が現れるはず。
その勇気の炎を、きっかけを見逃すな、と。
「プレイヤーが自警団組織を作り、国がそれを治安維持の目的という建て前のもと支援する。これが、一つの理想形だ」
プレイヤーは自分たちの身を守るため。
NPCは自国の治安を維持しつつ、他国からきたであろう旅人を受け入れる土壌を作るため。
「まとめると、サービス開始初期の今に限ればプレイヤーが自警団を作らなくても、最悪NPCが勝手に掃討作戦を実行しつつ【賞金首】を【指名手配】して追放してくれるわけだ。それが前例となって少なくとも同じ国所属のPKによる被害は減るだろうよ」
仮想敵国家に所属しそうで、しかも旅人が自国を選ぶ時に邪魔な【賞金首】を討伐したい。
だけど、過激な国と思われたくないし、旅人に自浄作用が働く自警団組織も作ってほしい。
その2つを天秤に乗せて生まれたのが今の空白期間である。
前者に天秤が完全に振り切った時が【賞金首】の最後だ。
最悪敵国家に所属されないために、リスポーン地点の固定化による無限狩りみたいなことをやりだしてもおかしくないと俺は考えている。
善良なプレイヤーには他のプレイヤー全員逃げ出すことになるからできないけど、【賞金首】相手ならギリギリ許容範囲内と判断を下す過激な国があってもおかしくない。
プレイヤーがやったら粘着行為としてアウトにされる可能性があるが、NPCが勝手にやる分には問題ないし、仕様を見る限り不可能ではないんだよなこれ。
自国にリスポーン地点を設定している自国所属の【賞金首】とか考えれば考えるほどマジで邪魔な存在でしかないわ。
「それじゃあ、この会議の意味はなんなんだい?」
決まっている。
「もったいないから俺達で貰ってしまおうっていう会議だよ。勇気の炎が欲しいなら、俺たちが誘導して火を灯してしまえばいい。【賞金首】の抱えてる物資をみすみす他のプレイヤーに譲ってやる必要もないしな」
故に、PK撲滅大作戦である。
俺達の手によって、PKを撲滅させる流れを作ってしまうのだ!
「数だけは増えるから相当美味しいはずよね。規模を広げざるを得なくて分け前は減ったとしてもNPCと共同で事件にあたるという性質上、主導で動けば何らかの利権は手に入る可能性が高いわ」
「ええ……」
他にもいろいろあるが、りんご飴には言っておく必要があるだろう。
「いいか、りんご飴。今から少し酷なことをいうぞ。これは俺たちが出した結論だ」
「う、うん」
そして、俺はりんご飴に告げた。
<Eternal Chain>の一つの本質を。
「このゲームは対国家間を想定した戦争MMORPGだ。戦争が起こりやすいようにデザインされた世界だ。それも恐ろしく現実に即した形のな」
文字通り、剣と魔法のファンタジー世界である。




