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第21話 ブレイクタイム

□魔導船クイーンズブレイド号 VIPルーム クロウ・ホーク


 俺の朝は一杯のコーヒーから始まる。

 部屋に備え付けられたアイテムボックスには多種多様な種類の飲食物が取り揃えてあった。

 最初に魔力を登録した段階で一時的にこれらの使用権を有しており、その中でもひときわ俺の目を引いたのはコーヒー豆だ。


 取り揃えられた中からいくつかをピックアップ。

 天秤式サイフォンと呼べばいいのか、魔道具の使い方に従い水と豆と部屋に備え付けられた魔石をセット。

 待つこと数分、自動で抽出が終わりどこか高級感のあるカップに注ぎ完成。

 魔石で動くコーヒーメーカーということらしい。

 なにこれ凄く欲しい。


「……ずず、ふぅ」


 時刻は早朝、天気は快晴。

 カップを片手にふかふかのソファに腰を落ち着け窓の外を見ると、そこには朝焼けに照らされ始めた光り輝く結晶都市があった。

 このVIPルームは魔導船の中でも比較的高い位置にあるからか、景色もいい。


「良い」


 素晴らしい。

 理想の朝だ。

 俺はこんな体験を待ち望んでいたのかもしれない。

 窓からの光景を目に焼き付けた後、カップを机に置き魔導カメラを取り出した。

 そのまま写真を撮る。


「……良い」


 10万スピルは高い?

 とんでもない。

 安いぐらいだろう。

 交易都市レンバのギルド職員の言葉は正しかった。

 これは()()る。 


 どれだけそうしていただろうか。

 陽が上がりきると同時に、少しずつ魔導船が浮き始めた。

 そのまま耳を澄ます。


『お客様にご案内申し上げます。次の目的地は、魔導都市エルダリオン。予定到着時刻は本日の昼過ぎ頃となっております。それまでは空の旅をごゆるりとお楽しみください』


「──良い」


 空の旅の2日目はこうして始まった。



 なんだかんだ朝早く起きてからそこそこ良い時間が経過した。

 そろそろ連絡してもいい頃あいだろう。


(ユティナ、起きてるか?)


(……クロウ)


 ユティナに声をかけると返事がくる。

 どうやら起きているようだ。


(おはよう。とりあえず今は……)


(……私はもうこのお布団から外に出ないわ)


 はい?


(恐ろしいわ、これは人をダメにするものよ。ここまで違うなんて思わなかったわ。でも、もう抗えない……知ってしまったら戻れないのよ……)


「……」


 意識を切り替える。


(エリシア、起きてるか?)


(はい、起きています)


(ユティナに連絡したらなんか布団から出ないって言い張ってるんだが)


(ええ、ずっとくるまったままですね。なんでも、布団で寝るのがここまで気持ちいいとは知らなかったと)


 そういえば、ユティナが睡眠する時は基本憑依をして宙に浮きながらか、顕現せずにいるときだったか。

 ある意味睡眠というものに無知な状態でVIP室にある最高級の布団と枕を使ってしまったものだから離れられなくなったんだな。


(贅沢をさせすぎたとみるべきか、これまで申し訳なかったと思うべきか)


 反応に困る。


(なので、ユティナの気が済むまで部屋にいることにします。朝食はルームサービスで済ませますね)


(悪いな。あとでまた連絡するけど何かあれば遠慮なく声をかけてくれ)


(わかりました)


 そのまま念話を切り上げる。

 朝食を一緒にと思ったのだが、こうなってしまったのなら仕方あるまい。

 ユティナのことはエリシアに任せよう。


「ま、それならそれで」


 せっかく時間が生まれたのだ。

 この間に1人で船を見て回るとしようか。



 部屋から出た足そのままにVIP用のラウンジへ。

 朝早いからか人は見当たらない

 そもそも、前日に借りられるぐらいにはVIPは空いてるらしいからな。


 俺のように大金を払っているならともかく5000スピルであれば少し金策の方法を確立した旅人からすれば支払うのに躊躇するような金額ではない。

 この魔導船のセーブ機能がある以上ログアウトしても何の問題もない。

 ある程度散策したらリアルに戻って休み、後はエルダリオンに停泊中に一回ログインして降りるだけでいいからな。


 適当な窓から外を見る。

 見下ろすとどこまでも広がる大自然。

 魔導船に乗ってから、外を見たのは一度や二度ではない。

 空からの景色は否応にもこの世界の広さを実感させられる。


「剣と魔法のファンタジー世界、か……」


 強化外骨格や魔導船といった技術大国で運用されているそれらはこの世界独自の技術体系によって成り立っていた。

 ダンジョンから採掘される魔石を資源とした魔道具文化。

 この世界は独自の発展を遂げている。

 決してリアルに見劣りするものではない。


 加えて、数多のモンスター達。

 エリアボスモンスター、<プレデター・ホーネット>。

 <ナイトウルフ>の特異種、【マグガルム】。

 そして上級モンスター、<蛇蟷竜ペルーラ>。

 そこには生態系があり、自然があり、殺意があった。

 俺がこれまで倒してきたモンスターなど氷山の一角にすら満たないだろう。


(夢が広がるなぁ)


 よし、このままぐるりと船内を……


「……ん?」


 一つ、近づいてくる魔力を感じ取る。

 ただ、おかしなことに《気配感知》に反応が……


(いや、なんだこれ)


 意識を深く落とし込むと《気配感知》には確かに反応があった。

 しかし、意識しなければ到底気づけないような微弱な違和感。

 こんなの初めてだ。

 耳を澄ませても足音もしなければ、そこに人がいるという息遣いさえも聞こえてこない。

 ゆっくりとその人物はこちらに近づいてくる。


「……」


 通路の方を見る。

 そこには1人の老紳士が歩いていた。

 年齢は50を超えているか、白髪交じりの髪を丁寧にまとめている。


「おや?」


 その紳士は俺のことを見ると驚きの表情を浮かべていた。


(イデアか……)


「よい天気ですね」


 老紳士は小さく笑みを浮かべながら近づいてくる。

 そして、気さくに話しかけてきた。


「そうですね。とても気持ちの良い朝かと……それで、なにか私にご用件でもありましたか?」


「なに、()()が合ったものですから、つい」


 そのまま俺の横に並んできた。

 同じように外を見る。


「よく気づかれましたな。これでも、気配を消すのには自信があったのですが」


 つまり、あれはただの()()なのか。

 反応があった以上《気配遮断》を使用しているわけではない。

 《気配遮断》を使用せずとも、《気配感知》を潜り抜ける歩法。

 気配を限りなく消す技。


「偶然ですよ」


 本当に偶然気づけただけだ。

 魔力の流れの変化に気づけなければ《気配感知》の反応はきっとスルーしていただろう。

 それほどまでに、あのような反応は始めてだった。


「偶然? 御冗談を」


 老紳士は微笑を浮かべていた。

 小さく微笑みながら、どこか確信をもって断言してくる。


「いや、本当に……」






「魔力を辿られましたな?」






「……」


「それは、偶然とは言いませんよ」


 さっきの気配の消し方といい……何者だ?


「おっと、警戒させてしまいましたかな? なに、お気になさらずに。私がそれに気づけたのも()()ですので」


(……反応を読まれたか)


 《気配感知》に対して訝しげにしていた俺の動きに気づいていたのだろう。

 そして、いくつか可能性をピックアップしブラフを仕掛けた。

 その指摘に対し俺が警戒を露にしたことで、魔力を辿ったと確信しただけの話であり……


「……はは、あなたとは仲良く出来そうだ」


「奇遇ですね。私もそう思っていたところです」


 食えない紳士だな。


「それにしても、このようなところで旅人の魔導師級魔法使いに出会えるとは思っておりませんでした」


「魔導師級? 魔法師級じゃなくてですか?」


「おや、そこの知識はないのですね。貴方のように周囲の魔力を認識できる存在を、国家最高戦力【魔導師】への畏怖も込めて魔導師級と呼ぶのですよ」


 どうやら細かい違いがあったらしい。

 魔力操作のできる魔法使いが魔法師級。

 そして、周囲の魔力を知覚できる存在が魔導師級と。


「それ、ほとんど違いがないですよね? それに、周囲の魔力を知覚できても魔力操作ができない魔法使いがいたらなんで呼ぶんですか?」


「私に言われましても、そういうものですので。ただ、一定以上の実力がないものは魔法師と呼ばれることはないので感覚の世界なのでしょう」


 大雑把だなぁ。

 魔法師級に関しては前から思ってたけどもっと明確に定義するべきだろ。


「不満そうですね」


「魔法師級と魔導師級の区切りがきっちりしてないのが気持ち悪く感じまして」


「人生、そういうものですよ。事実、私が貴方のことを魔導師級と評したのはそれが最も()()()()()言葉だからに過ぎません」


 老紳士はそのまま懐から何かを取り出し差し出してきた。


「よろしければこちらをどうぞ」


「……これは?」


「紹介状のようなものです。貴方とは何かしらの縁を繋いでおいた方が良いと判断しました」


<翡翠石の徽章>

特徴的な紋章が刻まれている徽章。


 ほとんど情報がないな。

 それに、縁を繋いでおいた方がいいって……少し会話しただけだろうに。

 老紳士は用事が済んだと言わんばかりに歩き出した。


「商業連盟にありますラトゥールという街にいらした際は、商業ギルドにそちらの徽章をご提示ください」


「……適当に売り払うかもしれませんよ?」


「これでも人を見る眼はあるつもりです。貴方はそのような()()()()()ことはしないと判断いたしました」


 先ほどの意趣返しをしてみたが適当に流されてしまった。


「ま、行く機会があれば」


「ええ、それで構いませんとも。旅人は自由ですからな。いやはや、早起きはするものですね。まさかこのような出会いがあるとは」






「それでは、()()()()()()






 そのまま老紳士は先ほど来た通路へと戻っていった。


「……なんだったんだ?」


 手元の徽章を見る。

 一羽の鳥が植物を咥えて羽ばたいている姿が刻まれていた。

 繊細な細工物であることは一目見てわかる。


 共通クエストが発行されたわけでもないし、なんらかのイベントが起きたわけでもない。

 ゲーム的にいうのであればイベントフラグを踏んだと言えばいいのだろうか。

 よくわからない以上、機会が来るまで放置でいいだろう。

 そもそも、魔導王国エルダンの次に商業連盟に行くと決まっているわけでもないしな。

 目的の分散は、避けるべきだ。

 少なくとも、魔導王国エルダンでの戦力拡充以上に優先されることはないのだから……


(ま、しまっておけばいいか)


 ユティナが起きる前に、昨日行っていない場所をざっと見て回ってしまうとしよう。

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― 新着の感想 ―
旅の醍醐味ですね。その時々の光景が、出会いが、味覚が、楽しみです。
旅のさなかの一期一会って感じで良かったです。 こういうちょっとした縁が面白い経験に繋がったりするんですよね。
更新ありがとうございます
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