第20話 結晶都市アルノンプーレ
□魔導船クイーンズブレイド号 VIP専用ラウンジ クロウ・ホーク
「最高だったな……」
「そうね……」
VIP専用のラウンジで俺とユティナは向かい合いながら言葉を交わす。
最初に向かった一般用のラウンジに比べて席と席が広く取られている。
また窓も比較的大きく、なにより人もほとんどいない。
ほぼ貸し切りと言ってもいいだろう。
「最高だったな……」
「そうね……」
あの後、簡単に着替えを済ませ予約していたVIP特権によるフルコースを堪能した。
俺は部屋に備え付けてあったタキシード風のジャケット一式を。
ユティナもいつも着ていた黒と白を基調とした服に似ているゴシック調のドレスを。
エリシアは普段通りだ。
そして名前の知らない素材を用いた料理がこれでもかと存分に振る舞われた。
それによるものか俺達の言語能力は衰える一方である。
「ミルゲータのテリーヌ、オッドレップコーンの冷凍スープ、そして高級食材デポラのフィレ肉のパイ包み焼き」
「ちょっと、読み上げるのはやめてよね。また食べたくなってくるじゃない」
高級と言われたところで、俺の舌では全部美味しいということぐらいしかわからなかった。
ただ、ああいうのは場の雰囲気含めてのコンテンツだ。
存分に堪能させていただきましたとも。
「クロウ、ユティナ」
「どうした、エリシア?」
……あ。
「ち、違うぞ? ただ、なんていうのかな? シチュエーションや金額に応じたサービスだからこその良さというのもありますか……」
まずいな、言い訳みたいになってしまった。
いつもエリシアは俺達のために戦闘用のアイテムや小休憩用の料理を準備してくれている。
それをないがしろにしているわけではないのだと言いたかったが、俺とユティナの先ほどまでの反応は勘違いさせてもおかしくはない。
「いえ、そうではなく」
しかし、エリシアは気落ちした様子はない。
それどころかどこか自慢気で。
「全部とはいきませんでしたがレシピの方を何点かいただけたので、今後は素材さえあれば提供できますよ? 料理人のレベルを上げる必要はありますが、些細なことでしょう」
そして、若干のどや顔でそう告げてきた。
どうやらいつの間にか交渉を済ませていたらしい。
……だが、待ってほしい。
「……エリシア。その心遣いは嬉しく思うが待ってほしい。そうじゃない、そうじゃないんだ!」
それは違うぞエリシアよ。
「その通りよ! エリシアはわかってないわ!」
ユティナも俺と同じ意見のようだ。
「はい?」
そのエリシアだけが分からないような顔をしている。
なんてことだろうか……これを看過することはできない。
「フルコースは特別感があるからこそなんだ! いつも俺達のために料理を用意してくれるエリシアと共に落ち着いて食べれたからこそ! いわば思い出補正プライスレス!」
「そうよ! そもそもレシピで再現できるのはあくまでも他人の味よね? 私たちはエリシアの料理をいつも楽しみにしているの! もし今後一生どちらかしか食べられないというのなら、迷うことなくエリシアを選ぶに決まってるわ! そうよねクロウ!?」
その通り。
「そうだ! ユティナの言う通りだ! だから、そのレシピはいざという時のために取って置いてくれ。俺達はエリシアの料理だからこそ、楽しみにしているのだと忘れないで欲しい……」
俺達の熱意が伝わったのかエリシアは顔を隠すようにフードを深く被る。
「は、はい。わかりました、わかりましたので……もうやめてください……」
そして、か細い声でそう言ってきた。
やめて欲しい、か。
「……やめてだとよ? ユティナ、どうするよ?」
「続けましょうか。エリシアは少し誤解をしているようだもの。これを機に知ってもらうとしましょう」
「おーけー」
「え、待ってくだ……っ!?」
自覚の無い相手には言葉で伝えるのが一番早い。
まごうことなき本心を伝える事こそが重要なのだ。
決して、決して俺とユティナは若干気恥ずかしそうにしているエリシアの反応を見て楽しんでいるわけではない。
それだけはここに断言しようではないか。
「さーて、どうしてくれよ……」
『お客様にご案内申し上げます。まもなく、結晶都市アルノンプーレに到着いたします。出発は明朝を予定しておりますので、降船されるお客様は、乗り遅れの無いようご注意ください』
そんなことをしていると、船内でアナウンスが流れてきた。
どうやら次の目的地に到着したらしい。
「おっと」
「あら」
どうやら、今日の船旅はこれにて終了ということらしい。
「ま、やめて欲しいみたいだしまた次の機会にするか」
「ええ、そうしましょう」
「……クロウもユティナも、不敬です」
エリシアはフードの下からどこか恨めし気に俺達のことを睨んでくる。
が、俺とユティナは知らぬ顔で窓の方を見る。
(ユティナがこんな風に俺以外をからかうのはエリシアが初めてだな……)
この間、ルセスの魔導図書館でもユティナはエリシアのことを積極的に揶揄う姿勢を見せていた。
あれからもユティナが1人でエリシアにちょっかいをかけることも増えてきている。
今までは俺に対してだけだったそれをエリシアにもするようになったのだ。
(信頼している相手に対するサインみたいなもんか)
少なくとも今のようなやり取りにはある種の信頼関係が必要だ。
(俺みたいに捻くれているわけでもないからなぁ)
そのまま窓から外を見る。
時刻は夜。
わかるのは少しづつ高度が下がり始めていることだけ。
周囲は真っ暗であり、まともに見えやしないのだが……
「なんだ……」
その中に一つ、異彩を放つ光の群れがあった。
魔導船はどんどんとそれに近づいていく。
そして、ついにその物体がはっきりと見えるようになる。
それは大きな結晶だった。
この暗闇の中、とてつもなく巨大な結晶が大地に鎮座している。
数百メートルはくだらないだろう。
いうなれば塔。
それが連なるように何本も大地から生えていた。
そのとてつもなく巨大な結晶を囲うように建設された街がある。
いや、結晶そのものが街の一部なのだろう。
「……あれが結晶都市アルノンプーレか」
ちょっと想像を超えてきたな。
いや、なにあれ。
魔導王国凄いな。
ここまでの衝撃は【月光の樹海】以来だぞ。
「ダンジョンがあるわけでもないんだよな」
「そのようですね。魔除けの効果のある<ムレトゥムクリスタル>と呼ばれる巨大結晶を中心に建設された街が結晶都市アルノンプーレらしいです。採掘は原則禁止されているそうで」
「いやに詳しいな」
エリシアの要点を抑えた説明。
まるで一度来たことがあるかのようだ。
「本に書いてありました」
「……さすがだな」
どうやら、これについて調べるために図書室に行っていたらしい。
「それで、どうするのですか?」
「そうだなぁ」
おそらくこのまま魔導船は街の側に降りるのだろう。
当然、イザベラのようにあの街を目的にしていた旅人達も降船するわけで。
「今、あの街の冒険に乗り出したら朝までに戻ってこれる気がしない」
「あー……」
ユティナは納得とでもいいたげに声を零す。
「行きたいか?」
「いえ、本日はもうお休みをいただこうかと思っていました」
エリシアはこのままクイーンズブレイド号で休みを取るらしい。
下船するか否かは乗客の意思次第だからな。
このまま船で休憩するのもなんら問題ない。
「ユティナは……」
「私も今日は休むわ。それに、まだVIPルームを堪能していないもの!」
「凄い意気込みだな……」
よし、それなら今日はこれにて解散。
明日に備えるとしよう。
「クロウ」
「ん?」
立ち上がると同時に背後から声をかけられたので振り向いた。
エリシアは少し思案した後。
「お休みなさい」
「……ああ、また明日な。お休み」
エリシアにはぜひともゆっくりと休んで欲しい。
(俺も、この世界でのあいつらの今を知らないからな……)
魔導王国エルダンにおける筆頭クラン。
【イデアル・マジック】。
いよいよ明日、俺達はそのクランホームがあるとされる首都エルダリオンに到着する。
☆
「ふあ……」
あの後、一度ログアウトを挟み30分ほどで所要を終わらせてきた。
ユティナはエリシアが待っている部屋へと戻り、俺は再度自室に1人。
「この移動が終わったら体を動かさねえとなぁ」
また、前のように麗凛や母さんにどやされても困る。
ただ、エリシアがいるために長距離移動の際はある程度まとまった時間が必要になってしまうのだ。
花の国の護衛依頼の時のように急ぐ必要がないとはいえ、長時間ログインは必須。
「セーブ機能付きの魔車とか、もう少し移動手段については考えていかないとか……」
かといって、エリシア一人に移動を任せるといざという時に困る。
街中であればともかく、街道は危険が多い。
不注意で俺の預かり知らぬ間にエリシアに何らかの害が及んでいたとなれば、フレシアさんに顔向けできないではないか。
(信頼できる仲間を増やすとか?)
ふと、一匹の猫もどきが思い浮かんだ。
「……ねここはなぁ」
旅の目的が合致していて、ある程度の条件を達成できればエリシアの事情を話してもいいぐらいには信用に足る存在。
ただ、それを差し引いてもあの猫もどきに頼るのは若干のリスクがある。
(ま、それはおいおい考えていけばいいか)
部屋に備え付けられた窓から外を見る。
灯りに包まれた街。
そして、いくつもそびえたつ巨大な結晶の塔。
そう、地面から生えている結晶のいくつかはまるで居住できるかのような塔になっていた。
加工して内部を整備したのだろうが……
「……いつか、この街も見て回りたいもんだな」
魔導王国エルダンから魔導船で一日もかからない距離にあるのだ。
また、何らかの機会があるかもしれない。
その時にはぜひとも散策をするとしよう。
路地裏とか、路地裏とか、路地裏とか。




