第18話 魔法世界への勧誘
4月8日も08:00頃更新します
「賞金首ってあの、一定以上通報されるとなるやつだよな」
「はい、その賞金首でございます」
いや、マジでなにやってんだあいつら。
「国が賞金首を放っておくことなんてあるのか?」
自国の賞金首とか邪魔でしかないからな。
それで発生したのがPK事変……自国の賞金首及び指名手配の掃討作戦だ。
サービス開始初期に世界規模で発生したそれにより最低限の規律が生まれたのは誰もが知る話だろう。
「それを説明するにあたって、【イデアル・マジック】が魔導王国エルダン公認の筆頭クランであるということを念頭に置いていただく必要があります」
「……ふぅ、セバス。ここからは私が話しますわ」
見るとイザベラは紅茶を飲みほしていた。
どうやら心を落ち着けていたらしい。
そのままセバスの話を引き継ぐように話し始めた。
「彼らは国が大々的に活動を保障したクランということですわ。他国にある自警団クランなどと似たような立ち位置にいるのが【イデアル・マジック】ですの」
(どういうこと?)
(……ルクレシア王国でいう【ヴァンガード】みたいな立ち位置にいるってことだな)
自警団クラン【ヴァンガード】の治安維持部隊にはある種の自治活動の裁量権が与えられている。
それは国が保障しているものであり、このクランの活動はルクレシア王国が正式に認めた公的なものであると示すものだ。
つまり、【ヴァンガード】はルクレシア王国の筆頭クランということだ。
(にしてもあいつらが自警団組織……?)
どちらかと言えば治安を悪化させる側だろうに。
ということは、それとは別枠で特例を受けていると考えていいだろう。
「【イデアル・マジック】が保障されている活動は魔法の発展。つまり、旅人への魔法啓発活動やそれに準ずる行為であれば大々的に行っていいというものですわ。何か問題が発生した際にも国が仲裁に入ると宣言をしていますの」
イザベラから語られる内容は、なんともらしいものだった。
「彼らは既にいくつかの功績を残していますわ。《詠唱》スキルを用いた【可変詠唱】や【オリジナルスペル】の原理の詳細究明」
イデアのジョブは天職にある種縛られている。
全てのジョブに就ける旅人だからこそ、それらの情報は有用であり今まで発見されなかったのもそこに起因している。
それらを見つけだし旅人に広げた功績を評価された、と。
「あとは魔力操作の実践演習ですわね。実際、私も始めて見た時は感動いたしましたわ」
それが【イデアル・マジック】というクランの活動内容であり、魔導王国エルダンが正式に保証した権利そのものということらしい。
「何も問題ないように聞こえるのですが?」
エリシアは疑問を投げかける。
確かに、ここまでであれば何の問題もないように見える。
そう、あいつらの生態を知らなければ……
「ええ、本当にそこだけ見れば彼らの活動は素晴らしいのですが……」
イザベラはぽつぽつと語りだす。
「まず、彼らの前で魔法をその……バカにしたり、蔑むような言動をしますと問答無用でフルボッコにされますわ」
(だろうな)
あいつらならやる。
絶対に殺る。
「次に、次に……わ、私のことを 囲んで、か、かかか、勧誘を……いやああああああああああ!」
イザベラはそのまま頭を抱えて悲鳴を上げだし……え?
「ま、魔法最高! 魔法最高ですわ! ですから! ですから! 私の方が魔法よりも美しいなんて妄言を口にしたのを謝罪いたしますわああああああ!」
イザベラは頭を抱え震えていた。
それはもうガタガタと。
「お嬢様、おいたわしや……」
「なにがあったのか聞いてもいいのか、これ?」
明らかにトラウマになってるじゃねえか。
「お嬢様は【イデアル・マジック】の皆様方が発動した魔法に対し、私の次に美しいと発言なされまして……そうですね。こちらの方が早いかと。こほん」
セバスは喉の調子を確かめる。
「おお、なんて精巧な作りの装備だ! これほどまでの装備を作り出す技量。確かにあんたの言う美しさとやらも素晴らしいもんだ! 俺達の魔法に匹敵すると言うだけある!」
そのまま声を張り上げた。
どうやら声帯模写をしているらしい。
これも執事の嗜みなのだろう。
「あなた、素晴らしい独創性を持っているのね! これほどまでに自分の中のイメージを出力することができるなんて、普通出来ないわ!」
次は女性の声に切り替わった。
聞こえてくるのは賞賛の声の数々。
イザベラの装備を褒め称え、素晴らしいと声高々に叫ぶ尊敬の声。
「そんなあなたにおすすめしたい世界があるの!」
「君のその熱意を! 才能を! ほんの少しだけ活かしてみないかい?」
そのすべてが次への布石。
それを言うためだけに紡がれた言葉。
「そう、それが……」
それこそが。
「グランドマジックオンライン! 魔法最高! 魔力最高! あなたのその有り余る才を表現する世界は確かにそこにある!」
セバスは一仕事を終えたかのように息を吐いた。
「……以上が、お嬢様が【イデアル・マジック】に自分の方が美しいと喧嘩を売った結果になります。あの勧誘の嵐以降、お嬢様は彼らの名前を聞くと時折あのように震えだしてしまうように」
「よーしわかった! 別の話題に変えようか!」
この話題は駄目な奴だ。
「ほら、魔導王国のダンジョンとかどうなってるんだ? ルクレシア王国の月光の樹海についてでよければ話すぞ」
「はっ! そ、そうですわね! そういたしましょう!」
つまり、魔法をバカにした相手にはPKを仕掛け、喧嘩を売ってきた相手に見込みがあるなら魔法のすばらしさを伝えるためにいつも通りの勧誘活動を行っていると。
確かに、賞金首になるわな。
加えて、ここまで話を聞く限り魔導王国エルダンは名前の通り魔法至上主義の国のようだ。
あいつらのやらかしよりも、魔法師級としての戦力の確保を優先しているのだろう。
(クロウ)
(はい)
(その……大丈夫なのですか?)
エリシアはどこか不安そうな顔で俺のことを見る。
エリシアには【イデアル・マジック】にいる知り合いと実戦経験を積むと伝えてある。
そこで降って湧いてきた異様なエピソード。
さすがのエリシアと言えども感情が隠しきれていない様子。
大丈夫なのかって、そんなの決まってるだろ。
(……)
(あの、視線を逸らさないでくれませんか?)
(……大丈夫なはずだ)
少なくともエリシアはあいつらに好意的に見られるのは間違いない。
それだけは断言できる。
(……はず、ですか)
あいつらはどうしようもないほどにバカでアホで最低な性格をしているが、素晴らしいものを素晴らしいと認める潔さも持っている。
そして魔法に関しては決して嘘はつかない。
自分の魔法こそ最高であると証明せずにはいられない。
だから、魔法に関する点だけは信用できる。
そういう連中なのだ。
(大丈夫。エリシアなら絶対大丈夫だ)
(……信じますからね)
ああ、本当だ。
あいつらもきっと、笑顔でエリシアのことを迎え入れてくれることだろう。
(性格の悪さなら俺に引けを取らないやつしかいないからなぁ)
きっと、これ以上ないほどに嗜虐的な笑みを浮かべエリシアのことを歓迎してくれるはずだ。
☆
「……これも美味しいわね」
「恐縮でございます。エリシア様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「いただけますか? ……ありがとうございます」
ユティナはセバスが取り出したお茶菓子を楽しんでいた。
エリシアに至っては紅茶を片手に本を取り出し読み始めているという。
自由が過ぎるぞ2人とも。
「そうなりますと、【月光の樹海】でダンジョンの影響が出るのは星天の日と呼ばれる時だけですのね」
そして、俺は落ち着きを取り戻したイザベラと雑談を続けていた。
話題はルクレシア王国の【月光の樹海】についてだ。
「影響範囲はどれぐらいですの?」
「ダンジョンがあるネビュラって街の周辺全域だな」
北から南まで、ありとあらゆる魔域が活性化を迎える。
特異種の発生確率が上がり、モンスターの大繁殖や大移動が起こるわけだ。
そういえば、そろそろ次の周期か。
大体3ヶ月に1回らしいので、数週間後にはまた星天の日を迎えることになるのだろう。
「随分と広いですわね」
「エルダリオンは違うのか? 名前は確か【ラネルカ遺跡】だったよな」
魔導王国エルダンの首都エルダリオンにはダンジョンがあることで有名だ。
聖国、天空国家プレメア、魔導王国エルダンが旅人の初期リスポーン地点の中でオススメされる理由は首都にダンジョンがあるからだ。
「話を聞く限り、【月光の樹海】は波があるタイプということですのよね? 【ラネルカ遺跡】は違いますわ……クロウはエルダリオンの首都は見たことありますの?」
「チュートリアルで映像を少しだけな。ただ、街の上を空飛ぶ絨毯で飛んでいるワンシーンぐらいだ」
初見の感動を大事にしたいので、そういった情報は手に入らないように気を付けている。
なので、エリシアとユティナと同じくほぼ初見のような形になるだろう。
「でしたら、私からは多くを語らない方がよさそうですわね」
イザベラは楽しみは取って置いた方がいいと笑みを浮かべ……
「あ、空飛ぶ絨毯に関しましては免許制ですのですぐには乗れませんことよ?」
「急にリアルだな」
運転免許かな?
「イザベラ嬢は乗れるのか?」
「私は、その……才能がなかったと言いますか。習熟する前に逃げだしたといいますか……ええ。乗れませんわね」
あー、それもあいつら関連なのか。
地雷が多いな。
「そうですわね……1つ言えることがあるとするならば、【ラネルカ遺跡】は恒常的に周囲に影響を及ぼすダンジョンですわ!」
それはどういう意味か確認しようと思ったのだが、どうやら時間切れのようだ。
「お嬢様。そろそろ」
「あら、もうこんな時間ですの?」
昼もしばらく過ぎた頃。
確かにいい時間だろう。
「何か用事があるのか?」
「ええ、夕方にはなりますがこのクイーンズブレイド号を運用している商会の方と商談を予定していますの。そろそろ準備をし始めなければいけませんわ! なかなかに有意義な時間を過ごせましたし、この場はお開きにいたしましょう」
そういうことなら仕方がないか。
それなら楽しみは後に取っておくことにしよう。
「私たちは結晶都市でそのまま降りる予定ですわ。クロウ達はエルダリオンまで向かいますのよね?」
「そうなるな」
どうやら首都まで一緒ではないらしい。
まぁ、イザベラは首都に近づきたくないだろうしなあ。
「ふ、ふふふ! エリシア、次は私が勝ちますわ!」
すると、イザベラはエリシアに宣戦布告をする。
次こそはお嬢様バトルで勝利をするのだと。
「次も返り討ちにしてあげます」
「望むところです! そうですわ! エリシア、私とフレンド交換をいたしましょう?」
「フレンド交換ですか?」
「あら……?」
「お嬢様、エリシア様はイデアでございます」
すると、イザベラはショックを受けたかのように固まった。
イデアにフレンド登録機能やメッセージ機能といったものは存在していない。
小さなところで旅人とは差異が存在している。
「な、なんてこと……私はこのままリベンジの機会すらも与えられませんの!?」
「あー、それなら俺とフレンド登録するか? メッセージが届く範囲にいるかはわからないけど、少なくとも何かしらの拍子に連絡を取り合えるかもしれないし」
「……っ! それは名案ですわね!」
早速と言わんばかりにシステムメッセージが飛んでくるので許可を押す。
イザベラ・チャリスカッテがフレンドリストに刻まれた。
椅子から立ち上がり、彼女達と向かい合う。
セバスはイザベラの後ろに控え、イザベラは扇子を取り出しばさりと広げた。
「それでは皆様方! ごきげんよう、ですわ! おーほっほっほっほ!」
「またお会いできるのを楽しみにしております」
彼女達とはこれで一旦のお別れだ。
魔導船で紡がれた一期一会の縁。
「ああ、イザベラ嬢もセバスも元気でな」
これもまた旅の醍醐味だと言えるだろう。




