第8話 【回顧録】At the beginning
■???年前
「共感覚?」
クロウ・サウザンドと名乗った青年の案内の元、数ある修練場の一つに連れていかれたアルカは復唱するように言葉を零す。
「なんですか、それ?」
「ひとつの感覚の刺激によって別の知覚が起こること……って言ってもわかりづらいか」
黒髪の青年は受付のNPCに修練場の使用申請をしながら、少女の質問に答える。
「音を聴くと色が見えるとか、匂いに形を感じるとか、そういう人がいるって話を聞いたことは無いか? ……共感覚って言った方がわかりやすいかもな」
「それなら聞いたことあるかも……」
VR環境において言語の壁はほぼ完全と言っていいほどに取り払われている。
しかし、一部の言語や言語システムの導入が不十分なゲームでは処理の関係上うまく伝わらない場合も存在しており、このグランドマジックオンラインというゲームはその一部に該当していた。
青年はその齟齬を減らすための言葉を意識していたのだが、それが返ってわかりづらくなっているのだと気づく。
図らずも青年は目の前の少女のアバターの中身が自身と同じ日本人であることを知った。
「色なら目で、音なら耳で。本来なら対応する感覚器官で処理するはずの情報を知覚した際、異なる種類の知覚が自動的に生じる現象、とかだったはず」
「それが私の眼?」
「たぶんな」
青年はそのまま奥の方の扉へ向かい、少女はそれに続くように歩き出す。
「クロウ・サウザンドさんは……」
「クロウでいいよ。もっとラフに行こう。さっきみたいに言葉を崩した方が楽だろ?」
「……クロウは共感覚、を持ってないの?」
「持ってないな。というか、俺もまだ半信半疑だ。今も色は見えてるんだよな」
「うん」
黒髪の青年は振り返りアルカのことを見る。
「その眼は、この世界において魔力と定義された”なにか”を色として捉えてるんだと思う」
それが少女の有する【共感覚】。
魔力視とでもいうべき力。
普通の生活では決して目覚める事の無かったであろう能力。
「え、なにかなの?」
「あー、念の為な。リアルで魔力なんてものを見たり、感じたことはあるか?」
「ないけど」
「だよな」
錬金術や魔術のように過去には様々な逸話が存在している。
しかし、21世紀の現代においてもその存在の証明は結局のところ誰もできていないというのが実情だ。
少なくとも、一般に普及している範囲ではそれらはあくまでも創作上にしか存在しえないものだろう。
「じゃあ、俺達が知覚した肉体の内部に流れているこれを魔力であると誰が証明できるんだ?」
「えーと……あれぇ?」
「だから"なにか"って言ったんだ」
少女は困ったように頭を捻り、男はそれを見て意地悪く笑う。
「あと、その疑問の答えは単純だ。運営だよ。運営がこのなにかを【魔力】と定義している以上、俺達はその共通のルールに従うだけだ」
「た、確かに……」
「ま、結論俺の考え方が捻くれてるってだけの話だな。困惑させたみたいで悪かった」
彼らは廊下を抜け、貸出用の修練場に足を踏み入れる。
同時に侵入禁止エリアとして、他のプレイヤーが入れないように調整された。
「結局のところ、フルダイブという環境においてあらゆる情報を処理しているのは脳だ。その過程で、肌か、耳か、匂いか、それこそ魔力を感じ取る器官か。そこで知覚した情報の一部が、そのまま色として処理されているんじゃないかというのが俺の仮説だ」
クロウは振り返り少女と目を合わせる。
「それは、全くと言っていいほどに魔法体系が確立されていないこの世界において圧倒的なアドバンテージになりうるものであり……何より、俺の目的とも合致する。それで、アルカはこの世界になんで来たんだ?」
「なんでって。質問の意図がわからないんだけど」
「アルカが瞬く間に過疎って星1レビューを書き連ねられた悪名高いこのゲームをわざわざ始めるようなもの好きなのかの確認だよ。その眼の検証とか、魔法体系の確立とか言われたって、そもそもやる気がないなら何言ってんだこいつで終わりだろ?」
確かに、現状流されるままに連れてこられた少女はその言葉を否定できなかった。
側から見れば黒髪の青年が一方的に話しているように見えるのだから。
「人がゲームをやる動機は色々ある。娯楽、現実逃避、新たな刺激を求めて。流行に乗り遅れないようになんてのも立派な動機だ」
「私は……」
アルカは少し戸惑いながらも、流されるままに言葉を発す。
「魔法少女に、なりたくて……あっ!?」
そして、自身の失態に気づく。
「魔法少女」になりたい。
実に幼稚な理由。
実際、アルカは魔法と名のつくVRゲームを虱潰しにやっていただけに過ぎない。
その中の一つがたまたまこの世界であっただけ。
今、流されているのは単純だ。
VRゲームが出てはや■年。
少女の期待に応えてくれるような世界はついぞ見つからなかった。
この世界に対する動機などない。
この世界に対する期待などない。
ただ、魔法少女のように、童話の世界の魔法使いのように。
自分の意思で魔法を発動させたかった。
今この場にいるのはそれ以上でもそれ以下でもない。
あえて言葉にするなら「魔法への憧れ」であり……
「へぇ、いいな」
青年はそれを聞いて、否定することはなかった。
それどころか好意的な反応までしていた。
少女は思わず青年のことを凝視する。
「え、笑わないの?」
「逆になんで笑う必要があるんだ? いい動機だと思うぞ?」
お世辞などなく、本当に何を言っているのだろうかと。
「よし……そんな魔法少女に憧れているアルカに一つ提案がある。さっきも言ったが俺と一緒に、この世界の魔法を体系化してみないか?」
そして、それであれば交渉の余地はあると。
青年、クロウ・サウザンドは一つの取引を持ちかけた。
「魔法の体系化……」
「そうだ。どんな風に魔力を操れば魔法が発動するのか。発動後の魔法は操作できるのか。性質は? 属性は? 形状は? そもそも、なぜ発動後にランダムな遅延が付与されているのか。俺から見てもこの世界は未完成もいいところだが……」
しかし、何も見どころがないというわけではない。
「少なくとも、今までのVRゲームにはなかった要素が盛り込まれているのは確かだ。魔法を0から探求するっていうユーザビリティ最悪の不親切仕様がな」
ならば、俺達でその原理を解き明かしてしまおう。
「どうだ、ワクワクしてこないか?」
それを受けてアルカは……
「……するかも」
人の道理を外れる怪物の卵は目を輝かせた。
「面白そう、かも……!」
それが原点。
「なら早速だ! まずは俺がいくつか仮説を基に魔法を発動させていくから、その眼で何色に見えて、どんな風に動いているのかを教えてくれ!」
「うん、わかった!」
この取り組みによって青年は後日、自身を煽りつくした先行ユーザー達へ見事復讐を果たすに至る。
そして、5人、10人と仲間が増えていくのはそう遠くない未来のこと。
そんな、探究の日々の始まりであった。
──しかし、今はただ2人だけの……




