第3話 観察者
□リリーの花屋
「次は【園芸師】になるのもいいかも。見栄えもいいし……」
レーリが小さく独り言をこぼしている。
動画のネタについてだろうか?
何を題材として扱うかまだ悩んでいるらしいしな。
「クロウさん。あの依頼についてですが……」
会計を済ませた後、リリーが話しかけてくる。
(依頼? ああ、フレシアさんから渡された暗号の解読か)
入替戦やグランドクエストが忙しかったためすっかり忘れていた。
まとまった時間が取れなかったのもある。
「そういえば終わったのか?」
「はい。ただ、日中だと少し話しづらいものでして。調整もあるので閉店後に来ていただけませんか?」
どうやら、短く収まる話ではないようだ。
(調整?)
なにか含みがあるな。
「わかった。今日の夜にまた来るよ」
「はい、お待ちしております!」
とりあえずリリーの紹介はこれにて終了。
今日はハードスケジュールの予定なので、次に行くとしよう。
☆
□猫の休息所
「次はここだ」
東の大通りから裏道を通り移動。
南通り沿いの大通りから少し外れた道。
日当たりのいい場所にあるクランホーム。
「【猫の休息所】? ……って、あの?」
レーリは驚いたように俺のことを見る。
「どのだよ」
「ヴァンガードと共同で動いてる純生産職クラン。猫型の<真贋の仮面>で有名な。他にも腕のいい生産職を複数人抱えてるっていう。へぇー、こんなところにクランホームがあったんだ」
りんご飴たちって今そういう立ち位置なのね。
初めて知ったな。
ルクレシア王国の自警団クラン【ヴァンガード】と共同で動いている生産クラン。
所属構成員全員がPK事変からの古参で、クランリーダーであるりんご飴は【Impact The World】の総合ランキング上位500位以内に入る実力者。
猫型印の<真贋の仮面>という目印もある。
クランリーダーはメリナと仲がよく、イデアとの交流も盛ん。
言われてみると確かに、ある程度有名になるための下地は揃っているのか。
「ネットで集めた情報か?」
「うん、自国でどのプレイヤーが有名なのか必要最低限の情報収集は流石にするよ。他には彗星さんに、ドウゴクさん。メリナさんにmu-maさん。最近だとミミフェットさんあたりの名前は見るね」
ほう。
これまた聞き覚えのある名前ばかりだな。
「ちなみにクロウ・ホークさんは?」
「ほぼ無名だね」
「はい」
知ってた。
「ランキングの結果は見たけど、2位ってのが中途半端って感じ。1位のねむねむねむねさんの名前のインパクトの方が強いし。凄いとは思うけど記憶には残らない絶妙な位置だね。ドンマイ」
ねむねむねむねはルクレシア王国の【Impact The World】部門ランキング1位の旅人の名前だ。
ちなみにメリナは4位だったりする。
(ま、別にいいんだけど)
ランキング上位を狙っていたわけでもなく、今となっては知名度は低い方が都合がいいので別に問題はないけどな。
なんなら、俺よりもそういうのに敏感なレーリがそう思っているということは何よりの判断材料になると言えよう。
「有名になりたいならもっと露出を増やさないと。ほら、こないだの入替戦とか。ユーザ主催のイベントは注目度結構高いんだよ?」
「レーリは参加しなかったのか?」
「レベルが参加条件を満たしてなかったんだよね。ただまぁ……今はあんま目立ちたくないからどちらにせよパスしてたかも」
だろうな。
「ってことで中に入るぞ」
「え、いいの? 他人のクランホームでしょ?」
「大丈夫だ」
アポは既に取ってある。
☆
中に入ると、そこは楽園だった。
「ふあああああああっ!」
主にユティナにとって。
見渡す限りの猫、猫、猫。
色とりどりの多種多様な10を超える程の猫たちが自由気ままに過ごしている。
もともとは猫カフェとしてオープンする予定だった一階のスペースがまるまる猫の自由に過ごせるスペースになったからだろう。
「あ、クロウ。いらっしゃい!」
「おう、悪いな。時間を取って貰って。それにしても、なんか猫が多いような……」
りんご飴のクランメンバーは10人ほどだったはず。
見ている限り、他にログインしているメンバーはいないようだが。
「従魔ギルド経由で依頼を出しててね。猫系の<アルカナ>を預かってるんだ」
「え、なんのために?」
「え、私が癒されるためだけど?」
「……」
すごい、なんてつぶらな瞳なのだろうか。
俺の発言がおかしな気までしてくるぞ。
「みんなの協力もあってかなり自由に動かせるスピルも増えてきたからね。それに、依頼を定期的にギルドに出すことで経済を回しながら、他の旅人との顔を広げることもできる。一石二鳥だって」
「……メリナが言ってたんだな」
「うん! ……よくわかったね?」
りんご飴は元々猫カフェを開くつもりだった。
しかし、諸々の事情を考慮しそれは断念。
生産系クランの道を歩むこととなる。
そのかじ取りをしたのはメリナなわけだが。
「凄いよね。旅人はほぼ何もせずに経験値や報酬が貰えて幸せ。ギルドの人は誰でもできる簡単な定期依頼が確保できて幸せ。私は猫に囲まれて幸せ。誰も不幸にならないんだってさ」
それだけじゃないな。
(必然的にりんご飴は今後従魔ギルドと連携を取る立ち位置になってくる。動物系クランがりんご飴だけで終わるはずがない。そうなると、似たような事例は今後増えてくると見ていい。旅人とイデアの橋渡し。もしくはノウハウの蓄積。そこにりんご飴を当て込むことでメリナの調整役としての負担を減らす意図があるってところか)
他にもいろいろ理由は思い浮かぶが、大筋の流れはそんなところか。
メリナだけでは手が足りないからこそ、適材適所として旅人側にもいわゆる顔役を作り配置しているのだろう。
自警団クランの治安維持部隊であるガーシスはルクレシア王国の騎士団と。
りんご飴は従魔ギルド担当。
他にも色々水面下で進めてるんだろうけど。
(一人だけやってるゲームのジャンルが違うんだよなぁ……)
マジで国家育成シミュレーションゲームしてんのなあいつ。
「それで、この子が紹介したいっていう……」
「初めまして。レーリです」
「これはどうもご丁寧に。私はりんご飴。生産クラン【猫の休息所】のクランオーナーをしているよ! よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします……と、言いたいんですけど。クロウ、ちょっと」
「ん? りんご飴、悪い。ちょっと待っててくれ」
「うん? わかったよ」
レーリに呼ばれたのでりんご飴から少し離れ、耳を傾ける。
りんご飴はユティナと話し始めたので問題はなさそうだ。
「バリバリの攻略組に私を紹介するって……一体何を企んでるの?」
どこか困惑と疑いの声で囁かれた。
やはり勘が良いな。
「企んでいることなんて何もないぞ。俺は未来ある新人のためにツテを紹介しているだけに過ぎない。MMOでは人脈=強さだからな」
貴重な情報や、装備集め等マンパワーが如実に表れる。
ソロでも問題ないが、やはり数はそれだけで力だ。
俺も基本ソロ専ではあるものの、他の旅人と協力してことにあたったことは一度や二度ではない。
「俺程度の人脈でも役に立ってくれたなら、それ以上に嬉しいことなんてないさ」
「はい嘘。その程度の理由でクロウは他者を優遇したりしない。つまり、私に何かして欲しいことがあるんでしょ……ちなみに、この後の予定は?」
「えーと……」
たしか。
「まずは大通りにある服屋ネーエライの店主のバーティだろ? 次に自警団クラン【ヴァンガード】の対人部門リーダーのガーシス。ルクレシア王国の討伐部門ランキング1位のアブソリュートエターナルカタストロフィ・彗星、同じく2位のちょこちょこドドリアン。夕方になるけど、生産クラン【技能研究会】のレレイリッヒの予定も確保済み……ってところか」
バーティは既に商業ギルド経由で予定を確保済み。
それ以外の旅人の面々はメッセージを送ったらすぐに返事をくれた。
突発的に連絡をしたのだが、割と調整が効いたのでどうせなら俺と比較的友好関係を築けているフレンドは全員紹介してしまおうと思ったのだ。
彗星とブルーはグランドクエスト関連でちょうどこっちに来ているらしく、本格的に旅に出てしまう前に会おうと思った次第。
mu-maとは目と目が合ったら間違いなく戦いが始まるので無し。
そもそも仲がそこまでいいわけではないからな
ドウゴクも同じ理由だ。
メリナは流石のレーリにも手に余る。
なにせ俺が手に余らせているのだ。
「まぁ、こんなところだな。どうだ?」
「どうだって、有名どころばっかだね。知らない人もいたけどさ。レレイリッヒさん、だっけ?」
「レレイリッヒは入替戦の会場設置とかグランドクエストの連絡網の構築をした生産クランのリーダーだな」
自分で言うのもなんだが、ルクレシア王国に所属する旅人の中でもある程度要点を抑えたメンバーだと言えるだろう。
「あとで教えてよ? そんな回りくどいことしないでも話ぐらいは聞くからさ」
「本当にただの老婆心なんだけどなぁ」
「……誰が信じるの、それ」
凄い疑い深いな。
本当に何もないのに。
ただ、俺なりにルクレシア王国の近況を知れる情報網を構築しようとしてるだけなのに。
「ま、このクランは攻略組ってほどじゃない。割とエンジョイ寄りのクランだ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。クロウさん嘘つかない」
「確かに、おかしいとは思ってたんだよね。りんご飴さんからはなんていうのかな? 特有のオーラを感じなくて……」
ランキングの上位に入るような面々は何かしらの凄みというものがある。
それはこの世界に限らず、ありとあらゆるジャンルに言えることだろう。
レーリから見て、りんご飴は良くも悪くも普通の人に見えているということだ。
「だろ? 俺を信じてもいいと思うんだ」
「そう、だね。疑いすぎもよくないか……」
クランリーダーであるりんご飴はレイナ関連の話題になるとメリナですら手に余らせるほどのプレッシャーを放つ狂信者で。
たまに蜂蜜狂いが大量の素材を集めて売りに来て。
時折自警団クランと共同で事に当たり。
悪女が悪巧みを引っ提げて巻き込みに来るような。
その程度の場所だから。
☆
「ということで、一応よくしてくれると助かる。要相談だろうけど素材集めとかもできるはず、だよな?」
「はい、依頼であればいつでも受け付けますよ」
「ほんと? 私は戦闘がからっきしでね。一応頑張ってはいるんだけど、やっぱ難しいんだよねぇ。助かるよ!」
そこから暫く雑談し、レーリとりんご飴がフレンド交換するのを見届けた後クランホームを出る。
「普通に良い人だった。本当に、普通に」
そのままじとりと俺のことを見て来る。
「……本当に普通の人なんだよね?」
「話して分かっただろ?」
「いや、でも……クロウの紹介だし……」
俺のことをどんな風に思ってるのか問いただしたいところだが、今日は見逃がしてやろう。
「それで、ユティナ」
「なにかしら?」
「その手に持ってるものはなんだ? 俺の見間違いじゃなければ猫に見えるんだが……」
「なーお」
クランハウスから出てきたユティナの手には抱っこされるような形で一匹の猫がいた。
まごうことなき猫がいた。
三毛猫に近いか。
ファンタジー色の強い<アルカナ>の中では珍しく現実に近い姿をしている。
それが何かを聞くと、ユティナは視線を逸らした。
「……拾ってきたのよ」
「嘘おっしゃい」
明らかにりんご飴のクランハウスの中から連れてきただろ。
「ちゃ、ちゃんと私が面倒見るから! ほら、見て。このつぶらな瞳。ふわふわの毛! もうこの子を離すことができないのよ……!」
「あーんたまたそんなこと言って! ほら、もといた場所に返してきなさい! 俺は面倒みないからね!」
「なんでおかん口調?」
まったく、油断も隙もないな。
そんなことを考えているとユティナの手元にいる三毛猫と視線があった。
見られている、が別におかしな話ではない。
<アルカナ>は大なり小なり意思疎通できるのだ。
にしても、まるで観察するように……
「うぅ、またね……」
ユティナはしぶしぶと、猫の休息所のドアを開く。
中に戻るよう促しているようで話しかけているのが聞こえてくる。
そのまま少し待つと今度はちゃんと何も持たずに、そしてきりっと表情を整えた。
「さぁ、2人とも。何をしてるの? 早く次に行きましょう!」
……突っ込んだら負けか、これ?
☆
□猫の休息所 ???
「ほーら、おいで……うにゃにゃにゃ。ククルはかわいいにゃぁ……」
りんご飴は自分が1人になったことを確認すると同時に顏をだらしなく崩した。
ここは彼女にとっての楽園であり、従魔系のスキルレベルを上げるための練習の場でもあった。
彼女自身の<アルカナ>であるククルを撫でながら、並行していくつものスキルを発動。
効果を切らさないように維持する訓練を重ねる。
「……」
そこに一匹の三毛猫がいた。
それは隅の方に寄り、りんご飴の意識から外れるように動く。
周囲の<アルカナ>達からも見えない位置に入り込み……次の瞬間まるで不定形のスライムのように蠢いた後、その姿は徐々に変わり小さな蝶になった。
そのままふわりと飛び立ち、空いている窓から抜け出した。
りんご飴は気づかない。
なぜなら、彼女が預かっている<アルカナ>の中に三毛猫に似た姿のものは存在していないから。
気配を遮断し続け意識、視線、動き、そのすべてを掌握され、観測を許さなかったことで紛れ込んでいたから。
その蝶は路地裏の方へと進み人の気配が消えたそこで再度蠢く。
それは先ほどとは異なるよう黒猫へと姿を変え……
「にゃー」
一鳴きと共に歩き出し、路地の闇へと消えた。




