第1話 【回顧録】Grand Magic On-line
第7章開始。
グランドマジックオンラインというVRゲームが存在する。
その仮想の世界は誰でも魔法使いになれるという謳い文句でサービスが開始された。
チュートリアルで最初にやることは、瞑想し自らの体内にある魔力を認識することだ。
己の中に蠢く何かを感じ取り、見つけ出し、識別する。
魔法を夢見る誰もが一度は空想するだろう。
瞑想をすることで特別な力を認識し、超能力者になった自分の姿を。
魔法のある世界で魔法を使いたいと。
異世界、ファンタジー、現代ファンタジー、etc。
創作によって数多の空想は形となり、人は魔法に思いを馳せる。
しかし、そこにあったのはどこまでも地味な訓練だった。
なにかしらの魔法の名前があるわけでもなく、口頭で唱えたところで何も発動しない。
ただ瞑想をしていればいいわけでもない。
しっかり自己と魔力を分別し認識しなければならない
それがチュートリアル。
これを超えないとゲームを始められない。
つまり、魔法を発動させなければ街を散策することすらもできないのだ。
チュートリアル用の専用エリアで初心者たちと共に瞑想に励む日々。
多くのゲーマーが瞬く間に見切りをつけて引退していった。
理由は至極単純、つまらないから。
娯楽をしに来ているのに、誰が好んでどこかの修行僧のような日々を過ごさなければならんのだ、と。
救済措置として先行プレイヤーから指導をして貰える専用エリアも存在していたが、そもそも誰もチュートリアルを超えられない初期において無用の長物であった。
サービス開始から5日経過。
一部惰性でログインを続けていた暇なプレイヤーが魔法を発動させることに成功しチュートリアルをクリアした。
魔力の塊を飛ばすような、そんな最低限。
その女性は「なんか発動する気がしたと思ったら発動していた」と後に語った。
すでに多くのユーザーが離れた後。
しかし、そこに希望を見出した者たちはどうにか再現をしようと思考錯誤を重ねた。
重要なのは魔力の流れ。
体の中の特定の場所に魔力を流し込む。
魔力孔とでもいうべきそこを経由しイメージを持ってして魔法現象として発現される。
魔法にもどうやらいくつか種類があり、体外に魔力孔のようなものを作り出すことも可能。
その場合陣が構築され、魔法が射出される。
そこまでわかれば、あとは同じ行動を繰り返すだけだ。
その結果、再現はできなかった。
正確にはできはしたのだが、魔法が射出されるその都度、ラグとでも言うべきものが存在した。
浮かび上がった陣から魔法が発射されるまでおよそ最小で0.1秒以上の完全ランダムのズレが発生。
原因は不明。
しかし、バグか仕様かなどというのはもう問題ではなかった。
強制チュートリアルによる制限。
魔法を放てるようになるまで早くても4日から少し遅いと1週間。
のちに判明するが1ヶ月以上かかった者もいる。
そもそも認識できずに魔法を発動できないプレイヤーもいた。
その仮想の世界はあまりにも多くの欠陥を抱えていた。
結果、当然と言うべきか。
グランドマジックオンラインというVRゲームはその悪名と共に電子の海へと消えていくこととなる。
一部のプレイヤーを除いて。
☆
サービス開始から2週間程が経過したころ、一人の少女のアバターが街中を散策していた。
街を散策しているプレイヤーはチュートリアルを乗り越えた奇特な人物というのは当時の数少ないプレイヤーの共通認識だった。
その中でも魔法学生用の基本装備をしているのは始めたての初心者の証。
そんな少女の前に1人のサングラスをかけた男が立ちふさがり声をかける。
服装は魔法使い用のローブのため非常にミスマッチしていると言えよう。
「へいルーキー。あのチュートリアルを超えてきたってことは、お前もできるんだろ? ちょっくら俺との差ってやつを教えてくれよぉ!」
意訳、どのぐらいの時間でチュートリアルをクリアしましたか?
「え?」
赤髪の少女のアバターは何を言われているのかわからないという表情で返事を返した。
「……」
「……」
どのぐらいの時間を掛けてチュートリアルをクリアしたのか聞くのはこのゲームの定番の話題だ。
しかし、始めたばかりのそのプレイヤーに遠回しに言われたその質問を理解できるはずもない。
「……なまいってさーせんした」
「あ、はい」
「つい、いつものノリで。これもあいつらが悪い……」
「えーと……それで、何か用ですか?」
青年は誰かに責任転嫁をしながらサングラスを外し真面目な表情で正面に向き直る。
声をかけた目的を果たすために。
「おっと、そうだった。チュートリアルをどれぐらいでクリアしたのかなぁと。同じプレイヤー同士参考になるものもあると思いまして」
青年は声をかけた理由を丁寧に説明していく。
「一応検証勢の真似事みたいなことをしてましてね。どうにかこの世界の魔法体系を理論立てできないかと色々情報収集をしながらプレイヤーにも話を聞いて回ってるんですよ」
自分の力で魔法が発動できる。
その一点だけに興味を示し瞬く間に過疎ったそのゲームに残っていた者達がいた。
そして、彼はその1人だった。
青年はどうにか魔法を体系化できないかと模索していた。
しかし、魔法を発動できる大半は感覚派が占めておりロジックではなかった。
「なんとなく気合で動かしたらなんか知らないけど発動した!」
「イメージだよイメージ。よく言うだろ? 魔法はイメージだってな」
「体の中を虫が這えずり廻るような感覚、癖になるううううう!」
どこか奇人変人が多いものの、それが常であれば感覚は麻痺すると言うもの。
青年は少し遅れそのゲームを始めた。
その時には既に魔法を使えるようになっていた先行プレイヤーがいたため、指導をしてもらえる共通エリアに向かい……魔法を発動できるようになった面々に四六時中煽られ続けた。
その仕返しをするために、青年はきっかけを探しており……
「それなら、たしか説明が終わってから5分だったかな? それぐらいだったと思います」
「…………は?」
そのきっかけは、不意に青年の元に転がり込んできた。
「もう一度言ってくれないか?」
「5分です」
「はあああああああああああああ!?」
「うるさ!?」
なんのことはない。
この広い世界、たまたま仮想の肉体に流れる魔力と定義された不思議なナニかをすぐに認識できる存在がいてもおかしくはないだろう。
すぐに魔法として発動できる存在がいてもおかしくはないだろう。
それが、その少女というだけの話であり……
「お、俺の9日間は……」
「あの、私からも1つ質問があるんですけど……」
「お、おお。なんでしょうか……」
「色が浮かび上がって見えるんですけど、これが何か知ってますか?」
「色?」
少女は周囲を見渡す。
「ログインしてからずっと淡い色の光が周囲に浮かびあがってるんです。すごい綺麗だなって……ただ、ちょっと不思議な感覚もあって。これはなんなのかなぁって」
「色……それって俺の周りにもありますか?」
「はい。ぼやけているので無色に近いでしょうか? 薄い光を纏ってますよ」
男は少しの思案。
そして、意識を切り替えた。
「じゃあ、今は何色に見えますか?」
「青色に変化しましたね。綺麗なアクアブルー……」
「……今は?」
「赤色に変わりそう? でも、何て言えばいいの、かな。混ざって、乱れてるような。あの……なんの意味が?」
「まじ……か。ありえるのか、そんなことが。そこだけ作りこまれてる? いや、まずなんで見えてるんだ? 隠し要素、なんていう高尚なコンテンツを作ってるわけないだろうから考えられるのは……」
「……?」
青年は自身の知識からそれに当てはまるであろう言葉を導き出す。
「……共感覚。魔力を識別し、認識し、色として捉えられるってところか。あくまで仮想の肉体を操作しているのは脳だ。その処理の過程で……いや。こんなことはどうでもいい!」
色々疑問は浮かび上がり、そのすべてを切り捨てる。
「君、名前は!」
「はい?」
「名前! プレイヤーネームだよ! プレイヤーネーム!」
「アルカ、ですけど」
「アルカさんだな。よし、作戦会議だ! あのバカどもにほえ面かかせてやる!」
早速と言わんばかりに歩き出す。
「え、ええ!? なにがなんだかわかんないんだけど!?」
青年は振り返る。
「色々質問があるんだろ? これでも無駄にこの世界のことについては調べて回ったから、大体のことは答えられると思うぞ。その色についても推測になるけど説明できそうだ。ただ、ついでと言ったらなんだけど、俺の復讐に付き合って欲しいんだ」
「ふ、復讐!?」
「そうだ、名前を言ってなかったな。人に聞いておいて自分が名乗らないのはバッドマナーもいいところ。俺のプレイヤーネームはクロウ・サウザンドだ。ちょっと痛い目に合わせたい連中がいてな。ボコボコにしたいんだけど、俺だけだと返り討ちにあいそうで行き詰まってたところなんだ」
黒髪のアバターの青年は自信に満ち溢れた表情で……
「助けてくれないか?」
始めたばかりの少女に助力を願った。
「ええ……」
それが始まり。
その世界には奇人変人がいた。
適応の怪物がいた。
ただ、それだけではいずれ壁に当たっていたことだろう。
彼らだけでは、その世界のルールで人の道理を外れるためのピースが足りなかったか、もしくは長き停滞の時を要したことだろう。
それは運命のいたずらか。
はたまたただの必然か。
過去、そして未来永劫見つかることのなかったかもしれない能力。
人の道理を外れるに至るであろう怪物達の中で、唯一の特別。
【魔】に愛された存在。
彼女が訪れたことで歯車は不格好ながらに回りだす。
ただ、それだけの過去の物語。




