第19話 隠された悪意、隠した企み
□王都ルセス 冒険者ギルド 酒場 クロウ・ホーク
「まぁ、とりあえず座れよ」
俺は席を立ち、ユティナの横に移動した。
そして、ガーシスに席に座るよう促す。
「それじゃあ失礼するよ」
ガーシスはそのまま一人で席に着いた。
「ガレイとガラップはいないのか」
「彼らは引退したよ」
「そうか……」
どうやら他の二人は引退してしまったらしい。
「悪いことしたかな。さすがに首を集中狙いしすぎたし」
「いいや、僕含めて当然のことだと思うよ。正当防衛だ」
ガーシスは笑いながら言った。
彼も気にしてなさそうだが。
「いいのか? 仲良かったんだろ」
「別のゲームの付き合いで一緒にやってただけだしね、よくあることだろう?」
「そりゃ、な」
確かによくあることだ。
表面上仲が良く見えても、グループやクラン、ギルドがなくなれば全く会話しなくなるなんてどのゲームでも起こりうる。
「それで、なんのようだ? かたき討ちって雰囲気でもなさそうだけど」
「そうだね、とりあえず一つ禊を済ませようと思って」
そう言うと、ガーシスはアイテムボックスからなにかを取り出した。
それはベルのようなアイテムであった。
ガーシスは、そのベルの頭の部分を押し、そのままチリンという音が鳴った。
……ベルかよ。
「それは?」
「一定範囲内の声が周囲にもれなくなる魔道具だよ、時間制限付きだけどね。内緒話する時とか、狩りをする時に予め身をひそめるために使うことがあるそうだ」
「おお、便利だな」
「クロウ、すまなかった」
そうして、ガーシスは俺に頭を下げた。
「別に気にしてないんだが。よし、許す」
「頭を下げた程度で許してもらえるとは思って……え?」
「だから許したっていったんだよ。わざわざ魔道具で周囲に迷惑をかけないようにしてまでやりたかったのがそれか?」
「あ、ああ。有り金全部だせと言われても粛々と受け入れるつもりだったのだけれど」
「いらん、迷惑だ」
「ええ……」
ガーシスは納得いかなさそうな顔をしているので、理由を説明することにする。
だから、ユティナさんも空気を読んで静かにしてくれてるのは大変助かりますが、俺の足をげしげし蹴らないでください。
「ゲームの仕様上PKは許容されていて、PKから物資を奪うにはそいつが【賞金首】になるぐらい通報されてからってルールで決まってるんだから、わざわざ目くじら立てて金をせびるなんていう真似はやりたくないんだよ。その感じだとあれ以降PKを仕掛けたというわけでもないんだろ?」
「いや、あれからPKは一回仕掛けてるね」
「おおっとお!?」
びっくりした。
相変わらずガーシスの演技力は侮れない。
「いや、それについても併せて説明させてほしい。ガレイとガラップの引退とクロウへPKを仕掛けたことにも関係があるんだ」
「お、おお。あんま驚かせんなよ」
さっきのハニーミルクの衝撃がまだ抜けきってないんだ。
心臓が飛び出ちゃうだろ。
「最初にクロウに仕掛けたPKについてだけど、あれを言い出したのは僕ら3人じゃないんだ」
……ほう?
「続けてくれ」
「僕たち3人組の他に途中で合流して一緒にいたプレイヤーが1人いてね。彼がPKを仕掛けてみないかと言い出したことが始まりだったんだ」
「そのターゲットになったのが俺ってわけだ」
「うん、すでにソロでここまで来てるプレイヤーだ。きっと何かすごいアイテムを持っているに違いない、PKしたらアイテムがランダムドロップするかもって言われたんだ」
なぜPKを仕掛けてきたのかわからなかったが、なんというか、随分と行き当たりばったりな流れだったんだな。
「気になる点が2つある。PKしても恩恵がないのと、そいつが戦闘に加わらなかった理由だ」
俺の疑問に関しても、ガーシスはすらすらと答えていく。
「一つ目に関しては僕らの確認不足だね。ゲームに浮かれてヘルプをそこまで詳しく見てなかったんだ。3人で遊んでたのも暴言含めてなんでもありのFPSだったしね。箱を漁るのもアイテムドロップもそこまで変わらないと思ってたんだよ」
「あー、そういうことね……もしかして、このゲームを始めたのって」
「そう、お察しの通りだよ」
FPSとは、「ファーストパーソンシューティング」の略称で、プレイヤーが自分自身を操作して画面内のキャラクターを撃ち倒していくシューティングゲームのことだ。
他のプレイヤーを銃やナイフといった獲物でキルしてスコアを稼いでいくゲームや、最後の1人になるまで生き残るサバイバル形式と多くの種類がある。
そして、AR・VR・コントローラーそのすべてが協力しあい盛り上がり始めるのではないかと言われていたジャンルの一つであった。
専用のレジャー施設や自宅で2から3メートル四方のゲーム空間を確保し、専用のアタッチメントなどを用意し拡張された現実で行われるAR FPS。
VRヘッドギアによって仮想現実で行われるVR FPS。
従来通りコントローラーを用いたFPS。
ここ数年はそれぞれのプラットフォームに分散するような形であったため、俗に言う供給の分散が発生してしまっていたそれを、一つに纏めようという動きがつい最近あったのだが……
「民度の悪化がやばかったとは聞くな……」
「公平性が保たれずに結果的に失敗しちゃったんだよね」
結果サバゲー界隈と密接に連携しあっていたAR FPSがいいとこ取りをして、VR FPSと従来のFPSは自分たちの売り上げを奪われる形になったわけだ。
海外ではAR FPSの方が人気なのもあっただろう。
従来のFPSは元からファン層がかなり固定しており、体を動かさなくて良いという点とコンテンツとしての長さもあるのですぐに立て直した。
しかし、VR FPSは仮想か現実かという違いはあるものの、自らの肉体を動かすという点においてAR FPSと競合してる箇所がありかなりのダメージを負ってしまったのだ。
かろうじて盛り上がっていた方のVR界隈のコンテンツが一つ半殺しにされた事件である。
一部ではAR界隈の陰謀ではないかと噂されていた。
「よし、話を戻そう!」
「そうだね、2つ目はその彼が後衛の魔法職だったからだ。確か【風魔法士】だったはずだよ」
なるほど、いざという時の後釜として控えてたわけだ。
「クロウが覚えているかわからないけど、モコ平野で戦った近くに木があっただろう? あの木の上から狙撃して援護するって言ってたんだ」
覚えている。
確かにあった。
だからガーシス達に気づくのが遅れたのだ。
「その後も耳元で指示をされててね。風魔法っていってたけど」
「確か【風魔法師】で離れてても会話できるスキルはレベル45必要だよな。俺も今日知ったけど。それは少し整合性が合わなくないか?」
【賞金首】の【刃歯】が仲間と遠距離で連絡を取り合っていたのがその魔法によるものだった。
調べてみたが、あれは【風魔法師】の《囁風》という魔法らしい。
「それこそ、そいつのレベルが高すぎるだろ。サービス開始初日の数時間だぞ?」
「とにかく、それで自分の存在は絶対に伝えるなって言われてたんだよ。今は魔法をチャージしている、もう少し待ってくれと。僕たちがデスペナルティになるその最後の瞬間までね」
ふと、思い出した。
俺が最後にガラップをデスペナルティにした時、ガラップはなんて言っていた。
いや、何かを訴えかけるような雰囲気はあったが俺が首を切り離したからか言葉は聞こえなかった。
では、どこを見ていた?
──俺の背後遠くを、木の方向を見ていなかったか?
「ははっ」
やってくれたな。
「その後どういうことかって彼に連絡を取って尋問しようとしてね、ガレイもガラップも怒りのままに問い詰めて結果的に」
「プレイヤー同士の殺し合いになったと」
「殺し合いじゃない、瞬殺だった。ガレイもガラップも僕も全員君にやられたように首を切り離されたよ。私の検証に付き合ってくれてありがとう……ってね? それがショックだったんだろうね。ガレイとガラップは2度も続けて負けたのが嫌になったみたいだ」
「そいつの名前は?」
「エデンだよ。安直だろ?」
楽園、か。
「俺が言うのもなんだけど、ありきたりすぎて笑っちまうな」
名前からの特定は事実上不可能だな。
1000人プレイヤーがいれば1人はつけてそうな名前だ。
そもそもこの広い世界から見つけ出すこと自体が難しいだろう。
「また、便宜上彼と呼んでたけど、それも疑わしいんだ」
まだあるらしく、ガーシスは続きを話し出す。
「最後デスペナルティになる瞬間、彼が彼女になるのが見えた」
「姿を偽ってたってことか?」
「おそらくね。ジョブの力か<アルカナ>の力かわからないけど」
であれば俺からも一つ言っておこう。
「お前たちにPKを仕掛けられた時、確かに俺にも運営からメッセージで【通報権】の連絡は来たぞ。あんま気にしなかったけど」
「その感じだと通報はしなかったのかな」
「ああ、通報の対象にはガレイとガラップとガーシスの名前だけがあった」
「……いや、それはおかしくないかい?」
【通報権】というシステムは害意に反応し、実際に攻撃を仕掛ける、もしくは被害をもたらした場合にその被害を受けたプレイヤーに通知されるものだ。
【賞金首】に協力して街の中で物資を集めて【賞金首】に売り渡したプレイヤーも場合によっては【害意判定システム】の対象となり、通報対象になることが確認されている。
俺に戦闘行為を仕掛けなかったとしても、今のガーシスの話であれば間違いなく通報対象のはずだ。
「お前、一体誰とパーティ組んでたんだ?」
「わからない……この世界ホラーゲームじゃないよね?」
「どうだろうな。今はどちらかと言えば推理ゲームの気分だ」
容姿がわからない。
プレイヤーかも定かではない。
名前があっているかも疑わしい。
「可能性としてはNPCか?」
「プレイヤーの紋章はあったからその線は……容姿が偽れるならありえるね」
「いや、わざわざ何かの検証をしていたんだ。プレイヤーであってるはずだ……」
「あの、ちょっといいかしら?」
「ん?」
それまで無言を保っていたユティナが、会話に入ってくる。
「プレイヤーでもNPCでもないなら、人の言葉を話せる<アルカナ>じゃないの? 私みたいな」
「え?」
「そうか」
確かに、ありえる。
<アルカナ>のマスターが意図して<アルカナ>に危害を加えるように指示していた場合はともかくだ。
プレイヤーが全く関与していない、かつ意図しておらず、その場にもいなくて、結果的に戦闘行為にも及んでいないような状態であれば【通報権】の対象から外れる可能性はありえる。
少なくとも、ゼロではない。
「さしずめプレイヤーの権限を真似できる能力か。結果的にPKを<アルカナ>が独自の判断で実行したと。だから【通報権】のメールにプレイヤーネームは晒されなかった。NPCにも簡易メニューの能力があるらしいからパーティも組めるだろうしありえなくはないが……」
「お手上げだね、クロウへの謝罪としての情報提供のつもりが余計混乱させてしまったみたいだ」
「いや、とてもためになる情報だった」
知ってるか知らないかで、対応できるかどうかは大きく変わる。
そういう能力もあるかもしれないと知れただけで値千金の情報だ。
「それで、ガーシスも引退するのか?」
「……わかるかい?」
「まあな」
ゲームを引退するプレイヤー特有の雰囲気を纏っているからすぐにわかった。
「僕はこの世界を心の底から楽しめなくなってしまってね。こんなことならPKなんて仕掛けなければよかったよ。他のゲームと同じ気持ちで安易に動きすぎてしまった。僕の悪いところだ」
ガーシスは心の底から楽しめないという。
それは彼が根っこの部分では善性を持っているからだろう。
ゲームだからと割り切るつもりが、あまりにもこの世界が現実的過ぎてリアルの感覚が勝ってしまったのだ。
「クロウに謝れてなかったのが最後の心残りでね。ちょっと冒険者ギルドに張っていたんだ」
「粘着行為なので運営に通報しますね」
「引退するって言ってるのに今更すぎないかい!?」
なるほど、ガーシスの真意はわかった。
律儀、いや誠実とでもいうべきか。
だったら、巻き込んでしまってもいいだろう。
「そうか、俺に悪いと思ってるんだな? それが心の突っかかりになっていると」
「うん、そうだね。そのために贖罪に来たんだし」
「そのためならなんでもやってくれると?」
「僕にできることがあるならね」
いいことを聞いた。
言質は取ったぞ。
「それじゃ1つ頼まれてくれないか? それが終わってから引退でも何でも好きにしてくれていい。ただ、ガーシスにしかできないことがあるんだ」
「うんいいよ。それが贖罪になるならやろう。いや、僕にやらせてくれ」
「そうだな、とりあえずレベル上げしつつ今から俺が連絡を取ったプレイヤーと一緒にあることをしてくれればいい。今から頼むことになるから、もしかしたら断られるかもしれないけど、その時は別の人に頼むことにする」
「わかった。それで、僕はそこで何をすればいいんだ?」
そして、俺はガーシスの目を見て、頼みたいことを口に出した。
「PKだ」
「……はい?」
「いや、本当にPKをして欲しいわけじゃない。ただ、ガーシスというプレイヤーは戦闘狂だと思われて欲しい。PKの味方をしてもおかしくないと周囲に思われるぐらいには暴れてくれ。通報されないノウハウは彼が持っている。おそらく、決闘の日々の幕開けになるだろうが、それを以てしてガーシスの謝罪を受け入れよう」
俺はフレンドリストにいるゴーダルに連絡を入れた。
「まぁ、なんだ。どうせなら最後に俺と思いっきりバカなことやってから引退しようぜ。お前の演技力ならいけるはずだ。とりあえずフレンド交換をしようか」
☆
その後、簡単に意見のすり合わせをした後、ガーシスとは別れた。
ガーシスは納得してくれたようなので、あとは了解のメッセージをくれたゴーダルに任せるとしよう。
ゴーダルにはお礼として、【賞金首】からドロップしたアイテムを分けると言っておいた。
縁起の悪そうな装備類は、さっさと手放すに限る。
メリナにも連絡を入れてくれるそうなので、彼女とも話し合いをする予定だ。
足りない情報は足を運んで調べるとしよう。
「さーて、楽しくなってきたな」
俺がそう小さく呟くと、ユティナはどこか胡散臭いものを見るような顔でこちらを見てきた。
「……クロウ、あなた性格悪いってよく言われない?」
おいおい、ユティナは一体何を言ってるんだ?
「出会ってすぐ言われたことがあるぞ」
どこかの銀髪の悪魔曰く、どっかのクロウ・ホークさんはずる賢くて、元来性格が悪いらしい。
覚えておいて損はないはずだ。
 




