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第12話 最悪の旅人


「くっ!?」


 アークは思わず、顔を覆い隠した。

 世界が割れたと思うほどの熱量。

 夜であるのに、昼と錯覚するほどの輝き。

 国家最高の一振りは直視することすらも叶わない。


 しばしの後、ようやく落ち着きを取り戻した空を見上げる。


「──っ!」


 そこには何も残されていなかった。

 雲一つない夜空……ではない。

 雲そのものが吹き飛び、()()()()()()()()()がそこにあった。


(これが【山狩り】。帝国が有する最高の力……)


 国家最高戦力と唯一対等となる存在。

 それが皇帝。

 皇位継承権争いを勝ち抜くと言うことは、()()になるということだ。


「姉上……」


 アークは空を見ながら、気づく。


(レルガ殿はどちらに……?)


 その男のことをアークは完全に見失っていた。


「おや、何を探されているので?」


「レルガ殿が見当たらなくてな」


「それはそれは……どれ、私も探してしんぜましょう」


「ああ、頼……うお!?」


 アークは背後にいた男に驚き態勢を崩す。


「おっと失敬! レルガは(わたくし)の名前でしたな!」


 道化は笑い声を上げながら、青年を見下ろす。


「無事、見届けられましたかな?」


「……ああ、確かに」


「それはよかった。我が一振りは国家最高。遺品はもちろん、その痕跡さえも残りはしませんのでね。証拠を出せと言われたら困っていたところです」


 そのまま一つの杖を手元に取り出した。


「ただ、国宝とまではいかずともこれほどの装備を失うのは()()()()()()行為であるため、()()させていただきました」


 【超越装備】震壊の杖。

 それは帝国の魔女を象徴する装備だ。


「一体どうやって……」


 それは最後までエリーゼが手にしていたはずであり……


「簡単なことですよ。私が放ちました()()()()()()()エリーゼ様の元へ駆けつけ、お手元から杖を拝借しただけのこと」


「……」


「己の技よりも遅いなどありえませんからねぇ!」


 アークは冷や汗を垂らす。

 刹那にも満たない一撃よりも早く移動し、的確に杖だけを回収して見せたというのだ。

 非常識の塊、だからこそ彼は国家最高を名乗れると言えよう。


「それで、いかがいたしましょう。けじめの権利は譲渡されましたため、この杖は本来この世に残るはずがないものでありました」


 本来であれば、エリーゼもろとも震壊の杖は()()するはずであった。

 しかし、レルガは裁定者である前に国防の要。

 これほどの装備を興が乗ったという私情だけで()()するなどあってはならない。


「しかし、けじめが完遂した今、この杖の所有者であったエリーゼ様のお言葉に従いますと、アーク皇子に渡すのが道理! いやはや、困りましたなぁ?」


 そのまま杖を大事に抱えながら、【山狩り】は皇位継承権を有した男を双眼に収める。


「さてさてさーて……」


(試されている)


 青年はすぐに気が付いた。

 皇位継承権争いの裁定者である国家最高戦力が直接干渉をしたことは本人も言った通り特例中の特例だ。

 しかし、その特例を許可したのは他ならぬ皇族であるアークとエリーゼだった。

 あくまでも、レルガは臣下として提案しただけなのだから。


「……であれば、その杖は決着がつくまでレルガ殿に任せたい」


「ほう。装備条件は確かに厳しいですが、探せばいないわけではありますまい。本当によろしいのですかな?」


「特例の措置が取られた以上、この皇位継承権の争いにおいて、その装備は存在しないものとして扱うべきだ。ならば、レルガ殿に管理を任せるのが道理であろう」


 答えは出した。

 息を呑み、国家最高の言葉を待つ。


「……正直、私としては次期皇帝、いや女帝はエリーゼ様以外()()()()()と考えておりました」


 道化のような笑顔から一変。

 薄く開いたその目に映るは深淵。


「確かに確かに、かの女傑は、旅人という()()の取り扱いを間違えた。しかし、それは誰であろうと起こりうることです。そして、エリーゼ様の精神的な問題は時間が解決していたことでしょう。そうなれば、負けていたのはアーク皇子、貴方だ」


「……」


 否定はしない。

 できようはずもない。

 最期の瞬間にエリーゼから放たれた凄み。

 それは自分にはないものだと理解していた。 


「この作戦の成功も、旅人の尽力あってこそ。そして、勝てたのも旅人が事前に危険分子を排除していた故に。それを、ゆめゆめ忘るることなかれ」


 国家最高にはアークの見えていないものが見えていた。

 此度の勝利はただ、運が良かっただけ。

 否、誘導されきっただけであると。


「エリーゼ様は、旅人の()()()を見誤った。であれば当然、アーク様。貴方にも同じことが言えましょう。今一度、考え直されてはいかがでしょうか」


 国家最高戦力【山狩り】は皇帝候補に忠告をする。


「旅人に()()するのが、皇帝として本当に正しい姿かどうかを」


「……忠告、痛み入る」


「いえいえ! では、この杖は皇位継承権の争いから存在しないものとしてこの【山狩り】が管理するということで。決着がついた時、受け取られるのがアーク様であることを祈っておりまする!」


「……そうでありたいものだな」


 最後にそれだけ言い残し、青年は先ほどの言葉に従い地下通路から離脱すべくその場を去った。


「……」


 【山狩り】はそれを見送った後、ふと気が付いた。


「おっと! 先ほどので壊れてしまいましたか。良いところで()()()()()()()いなければよいのですが!」


 懐から砕け散った()()()()()()()を取り出した。

 そのまま宙に放り投げ鎌を一振り。

 鏡は粉々に砕け散り、()()()()()された。


「ではでは本日最後の仕事と行きましょう!」


 アークが去ったことを確認するや否や、男は大きく息を吸い……


「アレクサンブリズにお住まいの皆様! そして、今この瞬間街の防衛に尽力されている旅人の皆様! ごきげんよう! 私は国家最高戦力【山狩り】レルガと申します!」


 それは、この街に住む全ての住人の耳に直接届いていた。

 先程の一撃で強引に叩き起こされたもの全員へ。

 まるで《()()》のように、反響し、響き、耳元に声が届く。


「現時点を持ちましてエリーゼ第2皇女は皇位継承権を放棄なされました! それと合わせ、人身売買、危険アイテムの製造その他諸々の悪行を働いていたアレクシャス伯は処刑! 爵位も剥奪いたしました! ですがご安心を! これよりこの地はカラブ帝国直属の管理下に置かれ、皇位継承権争いの戦地から除外されることをここに宣言いたします!」


 道化は街の声に()()()()、その中でも重要度の高いものを選び取る。


「護衛の報酬はどうなるのかと? 大変残念ではございますが、陣営の消失であるためお支払いすることは難しく! おーっとお待ちください! ですがですが、しばしの混乱が予想されますため、旅人の皆様にはぜひ護衛としてカラブ帝国名義にて依頼を新規で発行させていただきたく。報酬は弾みますよ~」


 そのまままるでどこかの通販番組のように、第2皇女の陣営に所属していた旅人からでてくる不満に対し丁寧に対処を進めていった。

 それが仕事だと言わんばかりに……




□テリートの森 深層


 国家最高の一振りの衝撃にて映像は途切れた。

 皇帝を目指した者同士、決して交わらぬ道。

 姉弟の別れという悲劇を見ていたものがいる。


「いやあ! 面白い()()()だったね!」


 白は鏡に映し出されたその映像を見ていた。

 カラブ帝国を内乱に導いた元凶である少女は……彼らの別れの遠因となった旅人は笑う。

 まるで面白い演劇を見た後のように。

 感動と言ってもいい。

 途切れることなく拍手をし続ける。


「ね? アリアンロッテ」


 その瞬間、効果時間が終わり鎖の拘束が外れた。

 メイド服を着た少女は解放される。

 アリアンロッテは地面に着地し、そのまま白の少女へと踏みこんだ。

 その手の先が、白の首元に添えられた。

 ただの一捻りで殺せることだろう。


「なぜ、エリーゼ様だったのですか?」


 それは、最初に狙われたのがエリーゼだったことに対する質問だ。


「そんなの決まってるよ。()()()()だったから」


 首元に(凶器)が添えられているにも関わらず、一切怯むことなく少女は質問に答えた。


「第1皇子は自分を賢者と思い込んでいる無能。皇帝暗殺計画なんて考えるぐらいだから、とびっきりのバカだよね。成功するわけないのにさ」


 それは第2皇女の評価と一致していた。


「第2皇子は戦の何たるかを理解していない愚かな将。国家最高の睨み合いで生まれた小競り合いでの勝ち戦しか知らないからね。その血筋と環境のせいで増長した哀れなピエロ」


 無機質なまでに少女は淡々と読み上げる。


「第3皇子は金稼ぎだけが人よりちょっと得意なだけの半端者」


 散々たる評価を下していく。


「唯一、第2皇女だけは違った。本人の戦闘能力。度量の深さ。思慮深さ。魔道具開発という()()()()()()。どれをとっても一級品だ。もし、第2皇女が実質的にリタイアしてなかったら第4皇子よりも彼女を選んでたかもね!」


 だから最初に潰すべきは第2皇女だと判断した。

 御しやすい内に倒すべきだったから狙ったのだ。


「なるほど」


 白の少女はアリアンロッテを視界に収める。

 彼女は第2皇女が勝ち残るピースは揃っていたことに気づいていた。

 アリアンロッテが共犯者として本当の意味でエリーゼに協力を申し出ること、それが復活の鍵。

 始まりはただの契約関係であり、だからこそ、それもある種の絆の形となったことだろう。


 そうすれば、有り余る覇気をもってして第2皇女は他の陣営を文字通り蹴散らしていたはずだ。

 それをわざわざ伝える必要はないと、少女はそのまま会話を続ける。


「従者として、仕えるべき主を守り切れなかったね! やっぱ悲しいのかな? それとも、無力感に打ちひしがれてる?」


 かつての主人が本当の意味でこの世界から消え去ったことに対して追い打ちのように話しかける。

 それに対しメイド服の少女は視線を合わせ。






「──なにも?」






 ()()()()()()は何も感じなかったと、そう答えた。

 先ほどの悲劇を見ても、関心も、悲しみも、怒りも何も感じないと。


「エリーゼ様がこの世界から消えたという事実を認識こそしましたが、それで何かを感じるということはありませんでした」


 それは、彼女が幼少の頃より培った価値観によるものだけではなかった。

 彼女からすれば、すべてが等価。

 父親や母親も、そこらの地面に転がっている石も同じものに見えてならない。

 しかし、そこには会話が出来ると言う事実があり、扶養を受けているという立場があり、自身が恵まれた境遇にいるという理解があり、ならばその娘としてふさわしい程度の立ち振る舞いをしなければならないという義務感はあった。


 そうであるべきという常識を知っているため、それを演じているだけに過ぎない。


 人には大なり小なり好悪がある。

 しかし、彼女にはそれがない。

 ただ、普通はそれがあると理解はしている。


 人はそれを好愛と呼ぶ。

 人はそれを親愛と呼ぶ。

 人はそれを友愛と呼ぶ。

 人はそれを愛情と呼ぶ。


 しかし、彼女にはそれらを感じとる機能がなかった。

 現実では見れない生の悲劇を。

 現実ではできない体験を。

 現実では体感することのできない刺激を。

 そうすれば、自分の中の何かが動くのではないか。


「だから私は、それを知るためにこの世界に来ました。しいて言えば、残念……でしょうか」


 付き合いだけで言えば数ヶ月はあるだろう。

 従者とはどういったものか、色々学んだ部分もある。

 積み重ねてきたすべてが無に帰した。

 そのような状態に陥った時、人は大なり小なり感情を露にする。

 その上でアリアンロッテは何も感じなかった。

 故に、残念だと。


「エリーゼ様が死んでしまったというのに、何も感じないことが残念でなりません」


 一部の旅人が彼女の感想を聞けばこう言うだろう。

 「所詮NPCが死んだだけだ」と。

 それはある種の真実でもあった。

 旅人という異邦人にとって、この世界はどこまで行っても()()()()()()だ。


 ならば、次の遊び方を探す必要がある。

 ちょうどいいことに、自分は()()()()されているのだから。





「あなたは私に()()を教えてくれますか?」





 無垢なる狂気は白に問いかけた。


「──いいね。アリアンロッテ」


 白は笑う。

 それは一種の同族意識。


「破綻していて、壊れていて、そしてどこまでも()()だ」


 彼女の立ち振る舞い。

 そのすべてが傲慢そのものであると評価した。

 だからこそ彼女は()()()()


「うん、私ならきっと教えてあげられると思うよ。アリアンロッテが知りたいものを。だってアリアンロッテはここにいる」


 白は断言する。

 なぜなら、アリアンロッテは決して無機質な存在ではないのだから。


「本当に何も感じないなら何かを期待してここになんて来ない、でしょ?」


「……」


 アリアンロッテは首元に当てていた手を引いた。

 その場で足をそろえ、背筋を伸ばしてまっすぐに立つ。

 それはここ最近で慣れきってしまったメイドとしての所作だった。

 そのまま耳を傾ける。


「私には目標があるんだ。それに協力してほしくて、アリアンロッテのことをスカウトしたの。だから私のことはステラって呼んで欲しいな。それが私の名前。綺麗でしょ?」


 白の少女……ステラは名前で呼んで欲しいとお願いをする。

 それは、()()に向けての自己紹介だった。


「はぁ……」


 アリアンロッテは一言、そう答えた。

 白と無垢は見つめ合う。


「……」


「……」


 見つめ合い、見つめ合い。


「……あ、れ?」


「……」


 どれだけそうしていただろうか。

 白はせわしくなく視線を動かしはじめた。

 メイドは何を思うわけでもなくそのまま立っていた。

 そして、ステラの瞳からはじわりと涙が浮かびあがった。


「えっと、名前……で、呼んでくれないのですか?」


「泣かないでください」


 メイド服を着た少女は話を進めるためには仕方がないと。


「これからよろしくお願いします、ステラ」


「……っ! うん、よろしくね! アリアンロッテ!」


 少女は自分の名前を呼んでもらえたことが嬉しいと言わんばかりに、ぱぁっと笑顔に変わる。

 アリアンロッテはその百面相を見ていた。



 ──どれが本当の彼女なのか。



 そう思考し、すぐに()()()()()()と結論付ける。


「それで、先ほど言っていた目標とは?」


 興味があったわけではない。

 しかし、普通はここで聞き返すものだと理解しているから聞き返しただけだ。


「ふふーん! 気になる? そうだよね! 気になるよね!」


 ステラは暗い森の中、聖法衣を揺らしながら歩き出した。


「私の目標は誰もが一度は夢に見て、諦める。そんなとびっきりなんだ!」


 そのままよくぞ聞いてくれましたと振り返り……






「世界征服」






「……」


「それが私の目標だよ」


 それを聞いても、アリアンロッテは何も思わなかった。

 不可能だとも素晴らしいとも思わなかった。

 ただ、これからそれを目指していくのだと、自身の役割(ロール)を決めただけだ。


「私の仲間を紹介するよ。壊れてて、狂ってる、どうしようもないほどの悪党どもをね」


「悪の組織みたいな言い方ですね」


「うん、そう! 悪の組織! アリアンロッテはその構成メンバー!」


 正義ではなく、悪の道を目指す少女は【無垢なる狂気】を仲間に引き入れた。

 彼女の頭の中に浮かぶのは他の悪党候補の名前だ。

 これより始めるのはカラブ帝国の内乱という環境を利用した()()()()


「まずはこの世界の攻略の第一歩」


 故に少女は……【最悪の旅人】である白は宣言する。


()()()()()()を始めよう!」


 その顔は、どこまでも生に満ちていた。



「そういえば、結局匿名希望の協力者と言うのは……」


「しぃー!」


 ステラはアリアンロッテの口元に人差し指を添えて止める。


「本人が匿名を希望してるからね。そこは、知らないふりをして欲しいなって!」


「……匿名希望の協力者とはいったい誰だったのでしょうか」


「さぁ? 私もわからないなー。なにせ、匿名希望だからね!」


 2人の旅人が雑談をしながら歩みを進める。

 その姿だけ見れば、まるで友人のようであると言えた。

 数刻前まで敵対していた陣営同士とは到底思えないほどに。


 ふと、ステラは歩みを一瞬止めとある方向へ視線を送る。






「──はやくしないと、置いてっちゃうよ?」






 そして白は、誰に聞かせるでもなくそう呟いた。



To be continuited……

以上で断章【最悪の旅人】編は終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

楽しかったという方は評価やブクマ、感想、いいねをいただけるととても嬉しいです。

後ほど断章の裏話(各種設定や詳細な説明等)を活動報告にて記載します。

次回第7章のアップデート開始は予定通り4月初旬頃を予定しています。

それまでは番外編などの更新の予定はありません。

後日更新するエピローグにて断章は終幕となります。


今後も合間に似たような形で視点を完全に切り替えて章単位での番外編の更新を予定していますが、あくまでも番外編であり本編よりも短くなる予定です。


また、お会いできるのを楽しみにしております。

それでは……

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― 新着の感想 ―
断章更新ありがとうございました。 【山狩り】には見えてる状況が違うようで、既にイデア対旅人となる未来を見据えているみたいですね……。 ステラが順調に戦力強化したようですし、クロウも放置してばかりではい…
いつも更新ありがとうございます。 クロウと悪の親玉の鬼ごっこは世界征服されてても一応成り立ちますよね・・・ それに各国に人外がいるから世界征服もそう楽なものではない、と思いたいです。 次章、楽しみにし…
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