第5話 【決死兵】
■30分前 アレクサンブリズ 伯爵邸 迎賓館1階
「……」
なんの変哲もない来賓用の一室。
その隅に設置してあった棚がずるりとずれる。
その下、なにもない床が開いた。
そこには人が通れるような空間があり、気配を消した十人程の人影が物音を立てることなく素早く躍り出る。
全身を纏う黒い衣装は気配を消す特殊な装備だ。
彼らは第4皇子の陣営の精鋭部隊だった。
とある筋から、第2皇女が現在拠点としている伯爵邸の抜け道を見つけ出したという情報を受け取った。
奇襲計画は即座に建てられ、城塞都市エルフォートから情報を参考に包囲網の穴を掻い潜り、3日3晩ひたすら移動を繰り返し、その有り余るステータスによる強行軍を成し遂げた。
精鋭部隊の名に偽りなし。
全ては高い使命感によるものだ。
この作戦を成功させ、勝利を得るために。
「お待ちしておりました」
そこには1人の侍女がいた。
「そなたは……」
「お久しぶりです。と言っても、前回は違う姿でしたね」
精鋭部隊の1人が前に出て、問いかける。
それは確認の意図があった。
これまで第4皇子の陣営を勝たせるべく多くの情報工作をしているとされている旅人。
出会う度に姿や性別、背丈すらも変わり、決まった名称を名乗ったことは無い。
彼女、いや、彼かもしれない。
「今はレプラと名乗っています。この姿は都合がいいので一時的にお借りしているものですが」
レプラの姿をした異形はそう名乗った。
精鋭部隊の何名かは警戒を露にするが、前に出ていた男が手を上げ止める。
「時間が惜しい、説明を」
「簡単なものなら解除済みです。ただ、見回りの兵士はそこそこと言ったところでしょうか。できるだけターゲットを補足するまで殺すのは止めてくださいな。パーティを組んでいてもおかしくはありません」
パーティ機能は契約の神によって全ての人類種へ与えられた力だ。
それは一定範囲内にいる相手を対象に縁を繋ぐ力とされている。
暗殺等しようものなら即座に異常事態を悟られてしまうことだろう。
「無用な殺傷はもとよりする気はない」
彼らの目的は第2皇女の陣営の主要人物の抹殺。
陣営の旗印である第2皇女。
悪徳貴族アレクシャス伯爵。
その子飼いの貴族、カラプレス男爵。
「必要とあらばその限りではないがな」
それは、目的の障害となりうる相手は殺すと言っているに等しかった。
「私は他に用事がありますので。作戦の成功を願っています」
レプラの姿をした何かは背中を向ける。
次の瞬間、消えた。
一瞬、姿が変わったように見えたが気にしない。
かの旅人と敵対すること、それすなわち自分達の陣営を勝利に導く縁をどぶに捨てる行為と理解しているからだ。
(まったく、末恐ろしいな)
旅人という存在の中でも間違いなく異質な存在だ。
何らかの狙いはあるのだろう。
しかし、それに頼らなければ勝ち目はなかった。
であれば良いように利用されてでも勝ち残ることが使命である。
男は……カラブ帝国第4皇子、アーク・レークス・カラブは決意を固めた。
死地に将自らが赴く暴挙。
しかし、その甲斐もあってこの場にいる精鋭部隊の士気は最高潮と言っても相違なく。
「……」
「……」
彼らも動き出す。
ハンドサインによって意思疎通を行う。
《念話》の装備はしない。
それは貴重な特殊装備枠を消費する行為であり、そのようなものなどなくても意思疎通など簡単にできるからだ。
そのまま静かに、内部からの手引きによって誰にも気づかれることなく……
☆
□食堂
「ふぅ……」
レプラはこの後この世界に来るであろう少女のために夜食を用意していた。
いらぬ気づかいだと言われるかもしれない。
わざわざ侍女長が1人の旅人にそのようなことをするというのもおかしな話だ。
しかし、レプラには関係がなかった。
アリアンロッテは旅人であり、友人であり、まだまだ指導をする必要のある侍女の1人だ。
言い訳は色々浮かんでくるが結局のところ、レプラはあの少女と仲良くしているというだけの話だ。
「あれ、レプラ侍女長? こんな夜更けに何をされているので?」
そこに若い兵士が声をかける。
槍を背中に背負った齢20前半ほどの男だ。
「あなたはラードックさんでしたか?」
「おお、覚えてくれてるん……じゃなくて、えーと。覚えていただけていたの……ですことね?」
青年は慣れない様子で言葉を紡ぐ。
「ふふ、誰も見ていないですし、普段通りで構いませんよ」
「ほんとっすか! いやー、冒険者上がりなもんで。まだまだ慣れないですねー。先輩にも言葉遣いをどうにかしろって言われてるんですけども」
カラブ帝国はある種の実力主義社会だ。
冒険者として活動し、功績を残した者をそのまま兵士として雇い入れるといったことも行われている。
青年はその若さにして合計レベル200もあり、魔域の主の単独討伐実績もあるような実力者だった。
結果、冒険者からたたき上げのような形で兵士になるに至る。
「冒険者に戻りたいとは思わないのですか?」
「いやー、自由なのはいいんすけど、やっぱ魔域の探索は命がけっすからねー。レベルを上げ切るまでは頑張るぞって気持ちでやってたんで! まぁ、これはこれで別の危険があることは知っていますけど、帝国にいる以上冒険者でも兵士でもそんな変わんないんで」
カラブ帝国は貴族の力が他国よりも強い性質上、国に属すというよりも自分が生まれた領地を治める貴族に属すという考え方が主流だ。
青年もその例にもれず、生まれ育った地を治めるアレクシャス伯爵がお上である考え方であった。
貴族同士の小競り合いや取り潰しも頻繁に起こるこの国は、ある意味人の命の価値が軽いとも言えるだろう。
「ふふ、よろしければこちらをどうぞ」
「まじっすか! いただきます!」
レプラは夜食として作った菓子類の一部を青年へと渡す。
青年は槍を外し傍に置きつつ、それを受け取る。
「うまー! レプラ侍女長、まじうまいっす!」
「それは良かったです」
青年はそのまま近況を話し始め、レプラは聞く姿勢に入る。
こういったところでの情報収集も彼女の仕事だ。
兵士同士の不和は無いか。
場合によっては侍女に伝え気を付けるよう促す必要がある。
(そろそろかしらね)
レプラはアリアンロッテのログインの時間が近づいていることに気づき……
「あ。そういえば、さっきは何をしてたんですか?」
青年は不思議そうな表情で問いかけた。
「さっき……というと?」
「いや、30分程前に迎賓館の方にいましたよね? 何か必要なことがあるなら俺がやるっすよ! 食事のお礼です!」
それは青年が30分ほど前にレプラのことを見かけたというだけの話だ。
登録されていない魔力反応があればすぐにでも魔道具に感知され配備されている守衛が駆け付ける。
であれば当然、あの場にいたのはレプラ以外の何物でもなく……
「……迎賓、館」
レプラはそう呟いた。
おかしな話だ。
レプラはここ1時間食堂にずっといたのだから。
なぜ、自分がもう一人いるという話になるのだ。
嫌な汗が流れだす。
青年は、レプラの反応がおかしなことに気づく。
「レプラ侍女長?」
「私は一時間前からここにいました。迎賓館には行っていません」
小さな声で、青年にだけ聞こえるように話す。
「でもさっきは確かに……」
察すると同時に青年の顔が変わる。
飄々としたものから兵士の顏へ。
青年はパーティリストをちらりと見る。
異常はない。
まだ、盤面は動き出していない。
おそらく《気配感知》は無意味。
ならば五感を研ぎ澄ます。
これまで培ってきたことごとくを全力で行使する。
「……いや、俺の気のせいだったかもしれません! 寝ぼけてるっすねぇ! なんか眠気の覚めるようなものが欲しいっすわ!」
そのまま青年はレプラだけから見える角度で背後の入口を指さした。
そして、2本の指で鼻の下をこする。
「ふふ、お茶でいいかしら?」
「いただきます! いや〜、楽しみだな~!」
レプラはゆっくりと立ち上がり、奥の方へと向かう。
そのように指示を出されたからだ。
台所の裏にも出入り口があり青年はそちらに行くように促した。
そちらの方であれば安全であると。
安全にしてみせると。
「レプラ侍女長」
青年はこれは自分のミスであると受け入れた。
おそらく、見逃されることは無い。
なぜなら青年は気づいてしまったから。
気づいたことを知られてしまったから。
「ありがとうございました。楽しかったです」
ラードックは笑う。
レプラは振り向かない。
ゆっくり、ゆっくりと……
「どうか、ご武運を……」
聞こえないほどの小さな声で呟き奥へと消えた。
「……ま、最後に楽しい時間を過ごせただけ上等か。年上美人は俺の身の丈には合わなかったってことで」
青年は1人そうぼやく。
そして、傍に置いていた愛槍をその手に取り……殺気を解放した。
「敵襲うううううううううッ!」
「《消音》」
次の瞬間、入り口から2つの影が入りこんだ。
青年は振り向きざまに叫び、影の内一つは消音の魔法を発動させた。
それにより、青年の叫び声は周囲に聞こえず……
(んなの関係ねえよ!)
消音の範囲は決まっている。
それ以上の破壊をもってして知らせればいいだけだ。
手に持つ槍が光り輝いた。
「《竜撃槍》!」
特殊上級職【滅槍士】のスキル。
数多の生物を屠ることに優れたジョブ。
その中でも破壊規模の大きさに優れた一撃。
炎と風を纏った竜を滅する槍を地面に叩きつけようと。
「させん」
それよりも早く槍と地面の間に割って入った男の片手に受け止められた。
スキルの力は確かに解放された。
しかし、受け止めた片手を焼き焦がすのみに留まる。
(嘘だろ!?)
一連の動作をラードックは視認できなかった。
ただ、自分の必殺を完全に受けきられ、その衝撃も吸収されたことだけは理解した。
合計レベル200の一撃を完全に止められたということは、相手とのレベル差は少なく見積もっても100以上。
それも前衛の戦闘職でまとめ上げられたものに違いなく……
「うおらあああああああああああああああ!」
「むっ!」
そのまま槍を強引に振り下ろし、槍を巧みに使い飛び蹴りの要領で蹴飛ばした。
距離が開く。
(次の瞬間に首が飛んでいてもおかしくはねえな!)
格上が相手だ。
それがどうしたと笑い飛ばす。
ラードックはその経験から相手の力量を、装備を見破る。
(さっきのはハンドサイン、ってことはスキルの使用を極力抑えてやがる。何かに引っかかるのを警戒してるな! つまり、遠距離の連絡手段はない! こいつらさえここに止めればレプラ侍女長を追跡するやつはいねえ!)
であれば、己の役割は決まっていた。
一秒でも長くこの場に釘付けにする。
「っしゃ! 来いよおらああああああああああ!」
次の瞬間、ラードックの視界から男の姿が消えた。
「……あ?」
「惜しいな。敵同士でさえなければと思わずにはいられない」
背後から声が聞こえた。
体の感覚が消えていく。
ラードックは悟った。
自分は死ぬと。
それが当然の帰結であり、結末だ。
「ごぼっ!?」
「気づきさえしなければ見逃せたのだが……許せとは言わん」
青年の首と心臓に短剣が二刺し。
首は発声を封じるため。
スキルの口頭詠唱の生命線を潰す役割を有していた。
心臓は重要部位の破壊のため。
必要最小限かつ、最速で殺すための2撃。
「あ゛……うお゛」
奥義の発動すら許されない。
最後の抵抗など与えられない。
そこには合計レベルだけでなく、ただの冒険者上がりと、殺すことに特化した対人戦での経験の差が存在していた。
「あ゛ああああああ゛あ゛あ゛あ゛!」
青年は最後の力を振り絞り槍を振り抜こうと……
「あ゛え゛?」
自分の右手首が切り落とされていることに気づいた。
槍は手元から離れ地面に落ち……
「お゛ら゛──!」
「なに!?」
その石突きを思いっきり蹴飛ばした。
不意の一撃により男の腹部に槍が突き刺さる。
しかし、そのステータスの差は絶対であり貫通とまではいかず。
(まだ動けたか! しかし、抵抗は……!)
ラードックは首に刺さっていたナイフを残った左手で無理やり引き抜いた。
そのまま、口に含んでいた丸薬をかみ砕く。
喉の傷が光り輝き、回復。
スキルを発動させるべく口を開こうとした次の瞬間、ラードックの首は斬り飛ばされる。
狙い通りに。
「はっ、斬ったな……」
青年は最後にそう吐き捨てポリゴンとなって砕け散っていった。
周囲に飛び散った血痕は赤いポリゴンとなって空気に消えていく。
アイテムボックスはその場に落ちた。
耐久が足りなかった装備はイデアの死によって発生する衝撃に耐えられず肉体と共にポリゴンとなって砕け散る。
同時に、そのスキルが発動。
特殊下級職【決死兵】。
特定条件の達成と共に発動するスキルを複数覚えるジョブであり……それすなわち、自らの命。
パッシブスキル《死の束縛》。
自らを直接殺傷した攻撃を放った相手へ呪いをかけるスキル。
直接首が斬り落とされ死亡判定となった結果、死の呪いが男へと縛りをかけた。
一定時間の行動阻害効果。
自らの命をなげうつことで味方に勝機をもたらすそれは、ある種の耐性貫通効果を有しており……
「……見事」
合計レベル400の男をその場に縛り付ける事に成功した。
「どうする?」
布で顔を隠した男は先程の侍女を追うか問いかける。
1人で追うことになるが男の足であれば15秒もあれば十分に追いつけるだろう。
「解除されるまで待機だ」
身動きの取れない男は今二手に分かれるのは愚策と判断する。
彼らはツーマンセルであり、一方の男は支援に特化しているためだ。
先程、彼らは襲撃に気づかれたため仕掛けざる得なかった。
仕掛ける時間は決まっており、それまで騒ぎを起こすわけにはいかなかったからだ。
加えてもう追う必要もないというのもあった。
なぜなら、現在が予定の時刻であり……
「やはり駄目だったか。英傑が……魔女が暴れ出すぞ」
次の瞬間、屋敷全体を揺らすほどの爆音が鳴り響いた。
盤面は動き出す。
今夜、第2皇女と第4皇子のどちらかが死ぬことは決定づけられた。
もう、誰にもこの流れを止めることはできない。




