第4話 【最悪】との邂逅
□アレクサンブリズ 伯爵邸 アリアンロッテ
一瞬光り輝き、先ほどまで誰もいなかったその場にはメイド服を着た少女がいた。
時刻は夜。
アリアンロッテは自身に割り当てられた部屋にログインし目を開く。
今日は特に仕事などは請け負っておらず、レベル上げをするために彼女はログインしていた。
同時に少女は周囲を見渡す。
そのまま動き出そうと……
「……」
《気配感知》にはなんの反応もない。
視界にも誰もいない。
しかし、アリアンロッテは違和感を覚えた。
「誰かいるのでしょうか?」
問いかけた。
まるで、透明人間に話しかけるように。
いるはずがない。
彼女はそう結論を下そうとし……
「へぇ~、すごいね! わかるんだ!」
「……」
いた。
部屋の入口のドアに背中を預けた1人の少女。
白い髪を腰ほどまで伸ばし、白の聖法衣を来た見知らぬ旅人。
侵入者であると理解した。
多くの魔道具による警戒網。
加えて合計レベル200以上で固められた何十人もの守衛による見回り。
そのすべてを掻い潜り、自分がログインすることを狙っていたかのようにこの場にいた。
それを見てもアリアンロッテは警戒も、驚愕もしなかった。
ただ、この旅人はそういう存在なのだと受け入れる。
「一応、なんでわかったのか教えてくれないかな?」
白の少女……ステラはどこか楽しそうな笑みを浮かべながらアリアンロッテに近づいていく。
「人の視線には敏感ですので」
事実だった。
アリアンロッテがこれまで培ってきた経験が、今この部屋には自分だけではないと告げた。
自分を見ている何者かがいる。
だから、問いかけただけ。
そう答えると、白の少女は固まった後小さく震えだし……
「すごいです! まるで凄腕のスパイみたいですね!」
そこには純粋な眼で自分のことを見つめる存在がいた。
まるで自分を見つけてくれたことが嬉しいと言わんばかりに。
「はぁ……それで、なんのようでしょうか?」
「え? あ、そうでした! ……こほん。君をスカウトしに来たって言えばいいのかな?」
白の少女は意識を戻す。
そのまま、目的を共有した。
あなたを仲間に誘いに来た、と。
「スカウトですか?」
「うん、前線に来たら声をかけようかなって思ってたんだけど、よくよく調べてみたら第2皇女の側仕えとして陣営の奥地にこもりっぱなしだったからねー」
白はあっけからんと笑う。
「アリアンロッテに会うためにもあえて戦闘を引き延ばしてたんだけど、それなら終わらせるついでに会いに来ちゃおうかなーって」
ぴくりとアリアンロッテはその言葉のおかしさに気づく。
「まるで、あなたがわざと戦いを引き伸ばしているかのような言い方ですね」
「うん? そうだよ、だってその方がみんなレベル上げしやすいからねー。<アルカナ>の貴重な経験値稼ぎの場だもん。長引かせるに限るよね!」
《鑑定眼》を発動させる。
アリアンロッテの合計レベルは250を超えている。
それでも少女の情報は何も見えなかった……否。
(反応しない?)
そこには何もいないという判定だけが残った。
「終わらせるついでというのは?」
「流石にこれ以上引き延ばすと第4皇子の陣営が負けるルートも想定しなくちゃいけなくなっちゃうからね。そうなると調整が面倒になるからさ……うん」
アリアンロッテと視線を合わせ白は無邪気に笑う。
そこに悪意などなく、これはただの決定事項であると。
「第2皇女の暗殺をもってして、内乱の初戦を終わらせるって話だね!」
アリアンロッテは《気配感知》をおぼろげにしながら薄く広げていく。
現在は確かに夜の帳が落ちた後だ。
しかし、守衛は交代制にて見回りをしているはずである。
それにしては静かすぎ、《気配感知》の反応も少なく……
「……」
つまり、襲撃はもう始まっている。
アリアンロッテは正面にいる少女を再度見……
「──あは、バレちゃった」
白の少女はぺろりと舌を出した。
「あなたの相手をしている暇はなくなりました」
即座にアリアンロッテは目の前の侵入者を排除すべく動き出した。
それが皇女に仕える者として当然の行動だからだと。
脚に装着したホルダーから4本の鋭利な針を鋭く抜く。
暗器と呼ばれるそれにスキルを重ねる。
「《鋭刃付与》」
投擲。
1秒にも満たない早業によって放たれた針は正確無比に白の少女の急所へと迫る。
そして白の少女はその場から消えた。
(どこへ……)
瞬間、アリアンロッテは自身の背後に気配を捉える。
「ふっ!」
前衛職によって上昇したステータスによって後ろ蹴りを放つ。
高いSTRと無駄のない動きにより爆発的な威力をもってして放たれた一撃。
床が抜けないような絶妙な手加減をした踏み込みで部屋の中にあった備品が揺れる。
しかし、その攻撃は腕に防御される形で防がれた。
そこには顔見知りがいた。
侍女長であり、アリアンロッテに仕事を教えてくれた同僚の1人、レプラ。
しかし、それはどこまでも違和感でしかなく……
「だれ?」
レプラの姿をした異形の姿が一瞬で切り替わる。
長い耳に色白の肌。
まるでエルフのようなそれは小さく笑みを浮かべた。
「どうぞこちらへ」
次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開く。
そこには見慣れた侍女長の姿があった。
「──!」
髪は乱れ、切羽詰まった表情で、いつものような余裕のあるものではなかった。
一縷の望みにかけ駆けこんできたであろう姿。
(生きていたのですね)
それは安堵ではない。
ただ、まだ無事だったという情報だけを認識した。
そして、彼女の期待には応えられそうにないことも。
そのまま、アリアンロッテとレプラの視線は一瞬重なり……アリアンロッテもその場から消え去った。
☆
□テリートの森
アリアンロッテは周囲を見渡す。
どこか暗い色をした木々が生えた森の中。
(転移スキルですか)
この世界において国家最高戦力である【魔導師】しか使用が確認されていない力。
転移門という大規模魔道具も存在しているが、使用には莫大なコストがかかることで有名だ。
旅人の<アルカナ>であれば似たような力が芽生える可能性は存在している。
しかし、先ほど自身を転移させたのは人だった。
(先ほどのエルフが国家最高戦力?)
ありえないと結論を下す。
こんなところに他国の国家最高戦力がいるはずがない。
であれば、この転移は何らかの<アルカナ>によるものだと考える。
驚きはない。
ただ冷静に、ありえない何かを操る異常達が敵対者だと受け入れた。
「ここはどこでしょうか?」
アリアンロッテは問いかける。
そこには白の少女がいたからだ。
「テリートの森。アレクサンブリズのすぐ側にある魔域だね!」
「ありがとうございます。では」
アリアンロッテは現在位置を確認すると同時に少女へと攻撃を仕掛ける。
どこから取り出したのか、鋭利なナイフを投擲。
しかし、それは結界に阻まれた。
あらかじめ設置しておいたそれを起動したものだ。
「高位結界の魔道具だよ」
「それが?」
アリアンロッテは既に踏み込んでおり、彼我の距離は0になっていた。
白と黒のエプロンドレスは風に揺れる。
その手には、いつのまにかメリケンサックとでもいうべきものを装備していた。
ただの踏み込みにより大地は陥没した。
そのままひねりを加え解放し、結界を殴りつける。
高位結界の魔道具の基準はその性能にある。
並大抵の中級モンスター程度の攻撃なら10分以上は防げること。
そして場合によっては上級モンスターの一撃までなら防げる可能性すら存在しているものだけが高位結界を名乗れるのだ。
それにヒビが入った。
つまり、ただの直殴りが並の中級モンスターを遥かに超える一撃であり、上級モンスターの領域に一部踏み込んでいることに他ならない。
「すごいね」
「どうも」
二撃目を放ち、結界は崩壊。
「わぉ」
少女を仕留めるべく、踏み込みのエネルギーを利用し逆の足で掬い上げるように回し蹴りを放つ。
「遅くなりました」
「ううん、ぴったしだよ」
しかし、それは余裕をもって受け止められた。
そこにはレプラが……レプラの姿をした何かがいた。
アリアンロッテは距離を取る。
先ほど転移させてきた相手だと認識し距離を取る方が安全だと考えたからだ。
「素晴らしい一撃です。合計レベル277。特上経験値ポーションによる高速レベリングをしているだけありますね。さすが、第2皇女お付きの旅人といったところでしょうか」
イベント報酬として配られた特上経験値ポーションはイベントポイントによる交換レートが高いため、ある程度イベントをやりこんでいた旅人しか交換することはできない。
その効果量も絶大であるため、大半は自分のレベルを上げるために消費していた。
逆に言えば、売れば大金になるアイテムでもあったのだ。
アリアンロッテは第2皇女お付きの旅人であり、当然ながら戦闘能力は高い方が良い。
多くの思惑と条件が重なった結果、第2皇女の陣営は旅人から特上経験値ポーションを買い取り、アリアンロッテの高速レベリングが行われるに至る。
「ステータスに振り回されることなく、見事にモノにしている」
その成果が現時点において合計レベル277という破格の高さ。
それも、下級職でなく上級職を中心にレベル上げをしていた。
上級職は下級職よりも、1レベルごとのステータスの上昇値が高い傾向にある。
つまり、アリアンロッテは全ての旅人の中でも現時点において最高の物理ステータスを有する旅人ということだ。
そして彼女は、その高いステータスを十全に発揮するための技量も有していた。
「あなたは?」
「アリアンロッテにメイドとは何たるかの基礎を教えたレプラですよ。忘れてしまったのですか?」
「……」
「それじゃ、後は任せるね~。私は観戦してるからさ」
アイアンロッテをちらりと流し見した後、ステラはその場から消えた。
アリアンロッテは思考を回す。
先ほどは恐らくこのレプラと名乗る何者かによって転移させられて消えたのだろう。
しかし、今のは違うと彼女は直観的に気づいていた。
最初に隠れ潜んでいた時と同じ状態に遷移したのだと。
(ログアウトではないようですね)
アリアンロッテは一瞬意識を白の少女の方へ向けた。
「あら、よそ見とは寂しいではありませんか」
「……ッ!」
次の瞬間、長身のメイドはアリアンロッテのすぐ眼の前にいた。
「《破貫》」
放つは抜き手。
貫通能力に優れた【武闘家】のスキル。
木を、鍛え上げれば鉄をも容易に貫く一撃。
アリアンロッテは側面を叩き、弾き軌道を逸らす。
「《烈風撃》」
迎え撃つ形で放たれたそれも【武闘家】のスキル。
手のひらを押し出すように放ち、レプラの偽物を吹き飛ばした。
しかし、その攻撃は腕を盾に直撃を防がれていた。
レプラの姿をしたナニかは地面に着地するとともに勢いを流す。
(……ジョブスキル?)
一部の<アルカナ>はジョブスキルそのものをコピーし使用するものも存在する。
しかし、このナニかは違った。
アリアンロッテはこの女性は先ほどの白の少女の<アルカナ>だと考えていた。
先ほどの転移スキルもそれによるものだろうと。
しかし、そこにはジョブ補正特有の道理が存在していた。
そうなると辻褄が合わない。
あまりにもできることが多すぎる。
「旅人でしたか。読みが外れましたね」
「これはこれは……さすがと言うべきなのでしょうね。なんと重い一撃なのでしょうか」
暗い森の中、2人のメイドの視線が交錯する。
「だとしても、私のやることは変わりません」
「いえいえ、このまま向こうの決着がつくまで私と一緒に踊っていただきましょう」
アリアンロッテは素早く前方に踏み込み腕を振るう。
ナニかは先ほどと同じように受け流そうとしたがあることに気づき後方に下がる。
アリアンロッテの手元からいくつもの針が投擲された。
ナニかは暗器による攻撃を体を傾けることで躱し、針は背後の木に突き刺さる。
「手癖の悪いことで」
戦闘が始まった。
アリアンロッテはどこから取り出したのか指の間に挟むようにいくつものナイフが握られていた。
両の腕を鋭く振るい投擲されたそれらを、ナニかは木を足場に蹴り回避する。
そのまま手ごろな石を拾い投擲することで一歩踏み出していたアリアンロッテの動きをけん制した。
その隙を突き、大地を蹴り前へ出る。
再度の接近戦。
アリアンロッテは無表情のまま鋭い攻撃をナニかに放ち続ける。
レプラの姿をした異形も微笑みを浮かべながら猛攻を防ぎ、躱し、反撃する。
どちらの攻撃もまともに食らえば大ダメージは免れない。
頭部に直撃すれば破裂して内容物を撒き散らす形で致命傷判定となるだろう。
「ふふ」
「……」
攻防は激しさを増していく。
アリアンロッテの殴打が木を捉え陥没する。
攻撃するための踏み込みにより大地にひびが入る。
ただの拳撃の応酬によって、木々が折れ吹き飛んでいく。
ステータスによってもたらされる超人の肉体は、全身そのものが凶器となる。
口頭詠唱によるスキルを放つ暇もないほどの高速の接近戦。
両者は踊るように戦い続ける。
「GUAAAAAAAAAAAAA!」
そこに乱入者が現れた。
ここは魔域<テリートの森>だ。
当然ながら多くのモンスターが生息している危険地帯である。
戦闘音に引き寄せられたモンスター達が2人のメイドに襲い掛かる。
木々の上から何体もの<クライムウルフ>が隠匿状態から飛びかかった。
アリアンロッテは一瞥もせず、素早くその内の一体の頭を掴んだ。
狼が自身の状況を理解する暇もなく、アリアンロッテはそのまま敵対者へ向け振り回す。
それに対し、レプラの姿をしたナニかは腕を振るい打ち払う。
武器として利用された<クライムウルフ>は体の中程から折れる形で破壊され、ポリゴンとなって砕け散っていった。
ついでと言わんばかりに左の親指から弾くように放たれた石によって、まだ空中にいた<クライムウルフ>のことごとくが撃ち落された。
それ以降も断続的に襲い掛かるモンスター達をお互いに敵対者から目を離さず捌き続ける。
背後や頭上から襲いかかってくるそれらよりも、今、目の前にいる相手の方が危険だと理解しているが故に。
アリアンロッテには悲観も、絶望も、焦りもない。
主人である第2皇女が暗殺されようとしており、その場所に最速で駆け付けるためには目の前の障害を取り除くのが最善だと理解しているからだ。
重要なのは忠義をもってして最善を尽くしているということだった。
彼女は役割を重視している。
誰かに仕える、尽くすという経験を得るために。
レプラの姿をしたナニかも笑みを浮かべながら目の前の暴力兵器を的確に対処し続ける。
主人のために、自身に任された任務を全うするために。
どちらも根底にあるのは主人のために尽くすという意識だが、一方は過程を重視し、一方は結果を重視していた。
両者の実力は現時点において拮抗している。
それはこの戦いがすぐには終わらないことを意味していた。




