第1話 好奇心
旅人は初期リスポーン地点として9つの国から一つ選び始めることができる。
選べる国は様々だ。
騎士の国、ルクレシア王国。
魔法の国、魔導王国エルダン。
天空の国、天空国家プレメア。
聖なる国、聖国。
氷雪の国、ノースタリア。
機械の国、機械帝国レギスタ。
海上の国、オーシェルド。
商業の国、商業連盟アーレ。
そして最初に選んではいけない国はどれかと聞かれたら、多くの旅人はこう答えるだろう。
残る一つ。
「カラブ帝国」と。
初期リスポーン地点にして9大国の一つ。
世界有数の軍事国家にして侵略国家。
たった一国で大陸東部の40%を占める大国。
強者の国。
その国は現在NPC……現地人による皇位継承権争いの真っただ中にあった。
すでに嫁ぎ先が決まっている第1皇女と、その幼さゆえに現皇帝の命の元継承権を放棄した第3皇女を除いた残りの皇族。
第1皇子ラルガス。
第2皇子ボトム。
第2皇女エリーゼ。
第3皇子ドゥーエ。
第4皇子アーク。
そして、とある事情によって第4皇子の勝ちぬけが決まると同時に他の陣営は動き出した。
すでに事態は最終局面、各陣営による殺し合い。
いわゆる内乱となっていた。
それに対する現皇帝の反応は静観。
【国家最高戦力】が手元にいる現皇帝に戦で勝てるものはいないからこその傲慢。
これからこの世界が荒れることは確定していた。
混沌を生き残るものにこそ皇帝の座は相応しい。
故に、皇帝は自身の子供たちに命を下した。
そして、各陣営の後ろ盾となっている貴族すべてに宣言した。
「内乱? 大いに結構。我が愛し子たちよ、そして帝国に名を連ねる臣下たちよ。存分に殺しあえ。その先に答えはある」
異常だ。
しかし、それが良くも悪くもできてしまうのがカラブ帝国という国だった。
実力主義を超えた生存主義。
敵対者すべてを殺し切り、最後まで生き残った者が正義という価値観。
共通のルールはただ一つ。
降伏しろ、そうすれば命までは取らない。
それが許されるのは、兵士であり、民であり、いわゆる下級民とでも呼ぶべき一般層だけだ。
各地に設けられた皇帝直属の避難地に移動する猶予だけが与えられ……そして内乱は始まった。
降伏した皇族や貴族の末路は言うまでもないだろう。
そこに加わる旅人という不死の兵士たち。
泥沼の戦の始まりである。
☆
□カラブ帝国 第2皇女陣営外れ 森林区域
「今回もうまくいったな! あとはバレてなきゃいいんだが……」
「平気だって。どうせバレやしねえよ」
「バレたところで追っ手を殺せばいいだろ。そして俺達は他国へドロンだ。証拠隠滅証拠隠滅」
夜のとばりが落ちた深夜。
気配を消しながら3人の男たちは森の中を静かに駆け移動していた。
彼らの目的は、盗品による金策だ。
内乱が起こったカラブ帝国にはいわゆる闇商人のようなものが集まりつつあった
彼らは売れるモノは何でも買う。
彼らは巧みに中に入り込み、陣営の兵士や旅人にこう諭す。
「今なら何でも買い取りますよ」、と。
それは文字通りの何でもだ。
彼らはそれを商売としており、何でも買い取るというのを信条にしている。
盗品でも、金品でも、【遺品】でも……
アイテムには所持権利が発生している状態と発生していない状態が存在している。
アイテムボックスは公には知られていないが、契約の神によって一部の機能が担保されていた。
【所持権利】とはアイテムボックスやアイテムボックスにしまわれた状態、一定以上装備した状態のアイテムに付与されている【遺品】と同様状態異常の一種だ。
例えば家屋や家具。
人が住むそれは常に外に存在しており【所持権利】といったものは付与されないため、盗もうと思えば簡単に盗めてしまう。
窓も<家>という巨大な構造物から破壊して取り外せばアイテムボックスにしまえるということだ。
逆に店頭に品出しとして出されている商品などは、基本アイテムボックス内から出された、もしくはスキルや料理等によって【所持権利】が発生している状態のためアイテムボックスの中にしまって盗み出すということはできない。
その他にも多種多様な条件判別によって【所持権利】という状態異常は存在している。
この3人組の旅人は闇商人の甘言に乗り、陣の中からアイテムをするりと盗み出した。
アイテムボックスに入れられるアイテムは詰め込み、アイテムボックスに入らないものも袋に詰め物理的に持ち出し逃げ出した。
その中には回復薬や魔力回復薬が詰め込まれている納品用のアイテムボックスも存在していた。
アイテムボックスは上級モンスター<バイスドラゴン>が本気で何度噛みついても壊れないほどの頑丈な作りになっている。
逆に言えば時間を掛けて破壊すれば中身を取り出すことが可能だ。
そして、闇商人と呼ばれるイデアは中身さえ取り出しさすればいくらでも利用方法を見つけることが出来た。
旅人からしてもイデアというMobを討伐することで彼らの【遺品】が手に入る。
HPを削って倒し切っても死体は残らずポリゴンとなって砕け散るだけ。
どこまでもゲーム的であるためNPCを狩って、それを集め、闇商人に売り払う金策でしかなかった。
そう、彼らはこれが初犯ではない。
既に他の陣営でも何度か同様の方法で作戦を実施し成功させてきた。
時にイデアを殺害し、時に旅人を騙し、大量のスピルを稼いだのだ。
その立役者は当然<アルカナ>だ。
盗み出したアイテムを高度に偽装するスキル。
ひそかに姿を消すスキル。
足音を消し移動速度を上昇させるスキル。
<アルカナ>という存在の多様性を活かし、この内乱の中いわゆる火事場泥棒のような方法で多くの金品を稼いできたのがこの3人組だった。
「へへ、今回はどれぐらいの稼ぎになるかね」
「100万スピルは硬いだろ。真面目にやってる奴らはバカだよなぁ」
「裏技裏技」
彼らは顔馴染みの闇商人がいる待ち合わせ場所へ……
「君たち、待ちたまえ」
嫌に響いたその声に男たちは足を止め、警戒をもってして正面を見る。
そこには30歳ほどに見える白衣を着こんだ男がいた。
この暗がりの中石の上に座りながら、しかし《暗視》によってはっきり見えたその視界をもって3人の旅人を捉える。
無視はできない。
なぜなら、闇商人との取引の現場を押さえられるのは避けたいからだ。
なにより、そうなると契約はおしゃかになる。
【遺品】や【所持権利】の状態異常になっているアイテムを捌く闇ルートを彼らは持っていない。
「……なんだお前」
「そうだね、教授とでも呼んでほしいな」
彼らは伏兵を警戒し、周囲の気配を探る。
「安心したまえ。今この場には私しかいない」
「……嘘じゃねえみたいだな。それで、そのきょーじゅさんはこんなところで一体何をしてるんだよ」
男たちは既に臨戦態勢へと入っていた。
自分達を待ち伏せしている理由など一つしか考えられないからだ。
「とある筋からの情報でね。今夜君たちが動くと連絡が来たのだよ。私の時間は有限でね。こういったところでレベル上げをしないと、中々進化が進まないのだ」
彼らは追っ手だと気づいた。
違和感はあったものの、自分たちが内乱にかこつけて金品をかすめ取ることを知っていたかのような言動。
「追っ手か」
「ふむ、まぁ似たようなものだ。君たちは今、賞金首になっているからね」
この内乱が起きているカラブ帝国において、賞金首になるのは逆に難しい。
なぜなら、賞金首の通報制度は一方的な被害が発生した場合において通知されるからだ。
陣営に属し、旅人同士の殺し合いを許容しているためお互いに敵対しながらも通報できないという状態だった。
しかし、この場にいる彼らは違う。
他の旅人からの、第三者的立ち位置での一方的な窃盗行為。
それは通報の対象であるとこの世界の管理者は判断した。
そして、賞金首になることを知っていたかのようなタイミングでこの場に現れた男。
「お前ら、裏切ってないな」
「当たり前だろ」
「やる理由がねえ」
それだけ確認する。
不可解な点は多い。
しかし、今回の仕事が終わればもうこの国に居すわる理由もない。
「ならいい。それなら、あいつを殺して終わりだ」
彼らは目撃者を殺すために行動を開始し……
「喰らえ。ブラッド・ウーズ」
そして、教授と名乗った男はただ一言そう呟いた。
☆
「クソッ、だからある程度合計レベルがあるやつは陣営に招き入れんなっていったんだ!」
ダークレッドの髪を腰ほどまで伸ばした女性の旅人はそう1人悪態づく。
その女性は恐ろしいほどの速さで森の中を駆けていた。
両腕にはまるで獣のような爪が装備されている。
第2王女の陣営に属している彼女が追いかけているのはとある旅人達だ。
陣営の内部から多くの物品が持ち逃げされた。
その犯人は、ある程度レベルが上がった段階で合流してきた3人の旅人だった。
少しでも戦力が欲しい前線の指揮官はそれを許可し、そして見事に騙され多くのアイテムを盗み出される。
女は1人警戒をしていたため気づくことができたが、多種多様な絡め手によって見事欺かれた。
それを報告した結果、その無能な指揮官の指示の元、尻拭いとでもいうべきために追跡を開始。
「あのハゲが招き入れなきゃそもそもこんなことになってねえだろうが! 帰ったらぶっ殺してやろうか!」
前衛に特化したジョブ構成によって生まれた超人の肉体を行使し恐ろしいほどの速さで駆ける。
そして走ることしばらく、彼女は異変に気づく。
「……なんだ?」
彼女の下級職【獣戦士】のパッシブスキルによって獣のような性能をゆうした嗅覚は数百メートル先の異臭を捉えた。
明らかな異常。
速度を緩めそのまま……足を止めた。
「……」
何かのスキルによる斬撃跡。
何らかの魔法による破壊跡。
半ばから溶け、融解した剣であったであろう何か。
同様に無残に溶けた獣の皮のような防具らしきなにか。
すべてが壊れ、溶け、融解し争った形跡があった。
「おや、今日はお客さんが多いようだね」
《気配感知》に引っかかていたその存在を視界に収める。
彼女は《宝感知》による違和感がこの場所で明確に途切れていることを確認。
「これは、あんたがやったのかい?」
つまり、自分の目標の男たちはこの場で殺されたのだと理解した。
「ふむ、君の目的はどうやら私と同じようだったみたいだね。その通り、とだけ言っておこう」
その男の足元には、多くのアイテムが散らばっていた。
アイテムボックスの機能を有した小さなカバン。
その他にも剣や防具、特殊装備枠に該当するレアな装備までだ。
「私はアイテムを盗んで逃げた3人の旅人を追ってきたんだが、その足元に転がってるのは……」
「ご名答。君の陣営から持ち逃げされたアイテムたちだ。ただ、彼らは賞金首だった。彼らが所持権を有していたスピルやアイテムは私の物になったとだけ言っておこう」
(ちっ、面倒だな)
この瞬間、彼女はこの男が味方の陣営ではないことを理解した。
「なら、ちょうどいい。返してくれないか? 私もそれが仕事なんだ」
「ふむ、それは難しいかもしれない。なぜなら、君は第2皇女の陣営だろう? 知っているよ。ダークレッドの髪を腰ほどまで伸ばした旅人。名前はレストラ。警戒に値すべき存在だ」
「そっちには随分と名が売れてるみたいだね。光栄だよ。ってことはあんたは第4皇子か?」
「今はね。雇われの身であることは否定しない」
ここにいるは第4皇子と第2皇女の陣営。
その中心にあるのは多くの物資たち。
致命的ではないが、窮地に立たされている第2皇女としてはぜひとも取り返しておきたい物だ。
(……さて)
不可解な点は多い。
レストラは思考を回す。
なぜ、自分よりも先に3人の旅人に追い付いたのか。
(待ち伏せ……ってことは、内部にまだ犬が紛れ込んでやがるな。くそが、情報戦で負けてるとかあほかよ)
それは内通者によるものだろうと推察し、レストラはひとり気分を悪くする。
内乱発生の経緯から、こと情報戦という分野においてまず間違いなく第4皇子の陣営に優秀なブレーンがいることは想像がついていた。
今回に関してもそうだ。
いくらでも抜け道は存在しているとはいえ、これは異常である。
なぜなら賞金首になることが確定するタイミング……つまり、一番肥え太ったタイミングで3人の旅人を刈り取った。
それは、他の陣営すべてにおいても彼らの動向を把握していたということに他ならない。
「それなら、殺させてもらうぞ」
「ふむ……少し話をしないか?」
「なんだよ、命乞いか?」
「いや、単純な興味の問題だ。敵陣営の、それも君のような強者と対面で話せる機会などなかなかないからね」
とにかく今は、相手の動向を探るのが先かと考えを改める。
なにより、この男には謎が多い。
ここで殺すよりも、少しでも会話し情報を引き出した方がいいと考えた。
「……いいだろう」
レストラは周囲を警戒しながらも臨戦態勢を解いた。
それを見て白衣の男はそれはよかったと朗らかに頷いた。
「まず我らは今、内乱とでもいうべき泥沼に浸かっている。それがなぜだかわかるかな?」
「……私たちが不死身だからだろ」
「その通り。例えば君が今、私を倒したところで現実準拠で1時間。この世界では2時間のアドバンテージしか稼ぐことができない」
デスペナルティ送りにし、リスポーン地点へと戻すことでこの場に散らばったアイテムを回収するという目標であれば達成できる。
しかし、この旅人を戦線から完全に離脱させることは事実上不可能だと言えよう。
「君はどんじゃんけん、という遊びを知っているかな?」
「知ってるけど……」
大の大人から聞くはずのないフレーズが聞こえ女性は困惑する。
それはとある国で馴染まれているじゃんけんを派生させた遊びの名称だ。
数十メートルの長さの一本のコースを作り線の先端がそれぞれのグループの陣地となる。
グループ内で出陣する順番を決め、合図とともに互いのグループの一番手の人が陣地からスタートし、コースに沿って相手の陣地を目指す。
コース上で相手グループの人と鉢合わせたらじゃんけんをする。
負けた人はコースから離脱し、自陣に戻り順番の最後に回る。
陣地からは次の順番の人がスタートし、勝った人はそのまま先に進め先に相手の陣地に到達できたほうが勝ち。
「ほう。私は馴染みがなくてね。この間、この内乱はまさにどんじゃんけん、と知り合いが言っていたのを耳にして調べて理解したよ」
しかし、白衣の男の声はどこまでもまじめだった。
「死亡判定と共にデスペナルティ。1時間の時間制限を付与しリスポーン地点に強制送還。死んだ駒は陣地に戻ればいくらでも復帰することができるが、相手に陣地を抑えられたら負け。まさに、旅人同士の戦争はどんじゃんけんと言えるだろう」
「……」
レストラは、確かにそうだと納得した。
「しかし、そう単純なものではない。例えば……装備」
教授は石から立ち上がり、近くに落ちていた足元からそれを拾った。
「これは君が追っていた旅人が持っていた剣だ」
それはドロドロに溶けていた。
今にでも崩れてもおかしくないほどに、なんとか剣としての体裁を保てているだけの鉄くずにすぎず……男はそれを手放した。
「耐久限界を迎えた装備にはロスト判定が存在する。あれは確率もあるが、それだけではない。修復スキルでも修復できない状態。つまり壊れるべくして徹底的に壊れた装備は装備足りえないというだけの話だ」
地面に落下した剣は、その衝撃に耐えきれず砕け散った。
それは既に武器として死んでいる。
復元は不可能。
拾っても既に鉄くずとしての価値すらないだろう。
「溶かして固めれば何らかに使えるだろうが……私が何を言いたいのかはわかるかな?」
「装備を破壊すれば戦力を削げる、でいいの?」
「その通り。ただ殺すだけではなく相手の武器を。相手の防具を徹底的に壊し、再活用できない状態にするのが理想だ。高い装備に付与されたスキルは優秀なものが多い。それを前提にジョブを組んでいたのであればその数値以上に大損害を与えることができる」
優秀な装備スキルはそれ一つでジョブの奥義に匹敵するような性能の物も存在する。
低コストで雷を纏う身体強化を発動できるコート。
装備含む肉体全身を透明化する外套。
相手の意識をずらしその姿を惑わす首飾り。
それらは総じて生産コストや希少性が高く、それに頼りきったジョブ構成にしたが最後、失った時の損害は見かけの数値以上に大きい。
「リソースの削り合い。それが我らの戦争の本質だ。相手の武器を、相手の物資を、倒し、削り、勝ち続けることによって相手の息切れを狙う方法だね」
白衣の男は壇上で講義をするように歩き出す。
「次に、大義名分の損失。私は第4皇子の。君は第2皇女の陣営に所属しているわけだが陣営の頭を潰された時点で戦略的な敗北となる。それはこの世界も向こうの世界も大きくは変わらない点だね」
「まあそうだろうな」
レストラは否定しない。
それも純然たる事実だからだ。
イデアの命は死んだら戻らない。
「ここで一つ。【指名手配】という要素を考えてみよう。国内のリスポーン地点の使用不可を旅人に強制させるそれを使えば、この内乱も終わりが見えて来るとは思わないか?」
「そういえばそうだな……」
「そもそも【指名手配】というのは契約の神がこの世界のNPCに与えた旅人を強制的に排除するためのシステムだ。それは何らかの条件を満たしている必要があるらしい。イデアの殺傷というのは有名だろう。しかし、今回、各陣営はそれを使用していない。なぜだろうね?」
「相手にもやられるからじゃねえか?」
「追い詰められてる君たちからすれば1人でも多く追放する方が勝ちの芽も上がるんじゃないかな?」
「……」
「つまり、旅人を指名手配されたら困る存在がいるということだね」
「そいつは誰だよ……」
「現皇帝さ」
白衣の男は冷静にその存在を導き出した。
「サービス開始初期、旅人による犯罪組織の結成と共に現皇帝の命によって数百人もの旅人が同時に指名手配された。つまり、指名手配というシステムはもっと単純なものと考えていい」
レストラは気づく。
この男の話を聞いたのは間違いだったと。
これはまず間違いなく知られてはいけない情報だ。
それはイデアが旅人という異邦人たちに対抗するための切り札であり、隠してきたであろうそれこそ全ての国の国家機密に該当するであろう情報で……
「指名手配の権限を有するのは各国の王のみ。そして、それは他者に分譲することができる。分譲することができる相手は血縁相手、つまり王族と呼べる存在。それと【国家最高戦力】と呼ばれる国の盾にして最大の剣だけだ」
白衣の男は確信していた。
だからこそ、今回は指名手配による競い合いが起きていない。
なぜなら、全ての権利を有している現皇帝がその指名手配の権利を自分の子供たちに与えていないからだ、と。
「そうなると国家間戦争の終結とは、相手の陣営の王族を全員排除することにある」
それは本当にただの情報の整理だった。
この世界における戦争終結のための条件の整理。
「彼らはその血があるというだけで、指名手配するという権限を契約の神から与えられているからだ。国の王が子供を大量に作る意義はそこにある」
男からすれば自身の推測を語りかけているだけだ。
そこには前提条件の共有という狙い以外存在しない。
「当代の皇帝が死ねばおそらくその権利は最も血の近い者に渡されると考えていい。指名手配をする権利を独り占めすれば、それは内乱における対旅人において絶対の切り札になる。それこそが皇帝暗殺計画の全貌。責任は全てスケープゴートに押し付けられたようだが裏を引いていたのは第一皇子の陣営だろうね」
男が暴き出す内容を聞いてレストラは思わず言葉を失っていた。
(なんてものを聞かせてくれやがる……)
少しは有益な情報を漏らしてくれればと思っていたら、全く関係ないそれ以上の爆弾を放り込まれたような気分だった。
「今の皇帝はシミュレーションをしているのだよ」
「シミュレーションだと?」
白衣の男は旅人による無差別な国家間戦争の再現をしていると言った。
「自分の子供達を使って、不死の旅人という兵士がリソースの削り合いを行い、相手の陣営の頭を殺しきる際、どのようなやりとりが旅人の間で行われるのかを。情報戦、裏工作、そのすべてが本番を迎えるときに役に立つはずだと」
そして……
「つまり、何を言いたいのかというとだね」
白衣の男は、今までのなにも興味がないような顔を一変させていた。
「私もそれに興味がある、と言う話さ」
レストラは悟った。
「……あんた、イかれてるよ」
これ以上の会話は不要。
この男の言う通り、今この場所で殺してもすぐに復活するだけだ。
しかし、その上で、ここで殺しておくことが自分たちの陣営のためになると確信していた。
一つ、間違っている。
旅人を追い出す方法は指名手配だけではない。
恐怖を植え付け、勝てないと思わせ、心を折ればいい。
心を折って逃げ出させればいい。
「ぶっ殺す!」
「ふむ、今までのは前提条件の共有で本題はこの後だったのだが……」
レストラはその必要はないと、これ以上の会話は不要だと、左腕を解放した。
「デモニアス!」
その左腕から黒き光が漏れ赤黒く染まり肥大化し異形の腕となった。
それがレストラの<アルカナ>。
《悪魔降纏》によって自らの左腕に悪魔を降ろす。
肉体そのものを悪魔のものに置換する力。
「《ベスティリーブ》! 《狂化》!」
獣の本能を覚醒させ攻撃の威力や相手への出血を悪化させるバフを乗せた後、自身の理性と引き換えに大幅にSTRを上昇させる。
そのまま左腕を振りかぶり、掬いあげた。
「《タイラントエッジ》イイッ!!」
次の瞬間、暴力的なまでの圧力が発生した。
それは悪魔の左腕から発生した黒炎による熱量によるものだ。
武器を乱暴に振り上げた凶撃。
流れるように放たれた必殺は前方の地面を掬い上げるように振るわれ……前面のことごとくが消し飛んだ。
圧倒的な前方範囲攻撃。
膨大な熱量を重ねる最大攻撃である。
到達階位Ⅲによって放たれた凶悪なまでの一撃。
なぜならそれは肉体置換。
つまり、悪魔の左腕から放たれた黒炎は<アルカナ>が自らの意思によって発動したアクティブスキルによるものだ。
本来であれば《戦士の極意》のようなスキルを使用しなければできないはずのアクティブスキルの重ねを、<アルカナ>とレストラの息を合わせることで疑似的に再現した。
「フーッ! フーッ!」
レストラは息を落ち着かせつつ、警戒は解かない。
そこには無傷の男がいたからだ。
「チィッ! 高位結界ノ魔道具カアッ!」
「なかなか高かったんだよ。それにしても……素晴らしい一撃だ」
白衣の男は純粋に褒め称える。
「もうすでにひびが入ってしまうとは」
それこそが、レストラの一撃が並の攻撃を遥かに上回る威力を有していた証。
「《ブラッドネイル》!」
次は無いと、レストラはさらなる迫撃によって結界を砕き割るために前に一歩踏み出した。
「ごぼっ!?」
瞬間、溺れた。
「ぐぼ……がッ!」
自身の首のまわりに何かが纏わりついていた。
それはぬるぬるとした赤黒い粘液であり、瞬間、左腕が、全身が覆われ始める。
(スライム!? 一体どこから……ッ!)
それは赤黒い色の巨大なスライムだった。
まるで、空気からいきなり現れたかのような。
気体がいきなり液体となって襲い掛かってきたようなそれほどの不意打ち。
もがくが呼吸という踏ん張るための機能が失われたレストラの肉体ではどうしようもなかった。
さもありなん。
そのスライムも到達階位Ⅲであり、いわば彼女にとっての同格。
加えて、主人の従魔系のスキルによって多くのバフを受けているスライムの拘束力は並大抵の方法では抜け出せず……
「ぐぼ!?」
口内に侵入されダメージ判定。
肉体の内部が溶かされ始めたのだ。
白衣の男はそのまま……
「では、話を続けよう」
まだまだこれからだと、レストラに話の続きを聞かせ始めた。
「私はこの世界に来て、まず、死にも質というものがあると仮定をしてみた。流れ作業のように死ぬよりも、死にたくないと、生きたいと、ここで死んだら現実でも死ぬと、それほどの覚悟を背負った死の方がより良質な死の経験値を得ることができるのではないか? というものだ」
それは男の研究テーマ。
否、趣味の話である。
「さらに死に方にも大別して2つに分類されると考えた。他者に殺されるのを許容するか、しないか」
殺されることを許容し死ぬより、必死に抵抗し死を拒絶したうえで死んだ方がより良い経験を得ることができるのではないか。
「この場合、悪質な死を検証する優先度は低い。であれば、良質な死の経験を得るために死にたくないと考えてもらう必要がある。この不死の世界で」
旅人の死。
ゲームオーバー判定とでもいえるそれは1時間もあれば復帰することが可能だ。
ある種の不死性を獲得した結果、死への恐怖という感情をそぎ落としていくことになる。
しかし、ゲーム感覚の死では駄目だ。
それは男の目標と相反する。
「まずは簡単なものから試してみる事にした」
「ぐぼぉ……ごぼ……」
レストラは必至にもがく。
しかし、体内にまで侵入したそれを排出するのは困難だ。
必至の抵抗もむなしくスライムによって、磔にされたかのように全身を拘束された。
「私はこの世界においてどの死に方が最も苦しいのかの検証を重ねた。我々は痛みを感じないように設計されているからね」
それが旅人という存在。
不死身であり、痛みを感じず、無限の命のままに世界を旅する異邦人の特性だ。
「焼死は熱いとは感じるものの、致命的なまでに熱さが足りない」
燃えたところで死への恐怖は微々たるものだった。
「首の切断や心臓の破壊も試してみたが痛みがない都合まったく苦しくない」
重要部位の欠損。
なんならすぐに死亡判定になるため楽な死に方であるとまで言えた。
「服毒死も肉体の拒絶反応こそあれ、痛みはない都合苦しくはないのだ。強力な酸性を有する毒によって体を溶かされるのはなかなかの体験だったかな? まぁいいだろう」
男は検証の結果を告げる。
「その中で一つ、私は明らかに苦しさのベクトルが違うものを見つけた。なんだと思う?」
「……ひ、ぐぅ」
それこそが──
「溺死だよ」
「ごぼ……!」
今、目の前の光景こそが最も死を感じさせる死に方だと男は言う。
「呼吸ができないという状態は精神的なプレッシャーが、呼吸不全による混乱が、痛みはないという状態でも相応の死の感覚が襲ってくるようだ……素晴らしいと思わないか?」
その感情を言葉にするのであれば、歓喜。
「臨死体験。まるで現実のようなこの世界では、そんな未知の経験すらも既知にすることができる」
それは究極の矛盾。
死んだものは二度と生き返らないという生命の絶対法則。
しかし、よりリアルな死を感じることで疑似的な死の経験の再現は可能なのではないか。
「死の淵から生還したことで特異な能力に目覚めた人類の存在は過去にも確認されている」
男は効果の切れた結界を後に、レストラに近づいていく。
興味のままに、この検証の意義を聞かせるために。
「記憶にも残っていない数十年前の風景を突如思いだし、写実的な絵として描くことが可能になった。道具を使うことなく、フリーハンドでフラクタル図形を描けるようになった」
才能の開花という言葉では表せない特異な能力の数々。
「共通項は脳だ。人の進化と脳は密接的な関係にあると見ていいだろう。事実、人類がその社会性を獲得したのは脳の進化によるところが大半を占めている」
実際の肉体の死からの生還という経験によって脳の回路が書き換わったそれらとは全く違うアプローチ。
プロセスは異なるため、あくまで人間の可能性の拡張に留まるかもしれない。
しかし。
「それをなんのリスクもなく行えるのだ。この試みは人類の能力の拡張に繋がる可能性が極めて高いと確信している。とある学者はこう言った。完全没入型のVRは一種の脳開発であると」
現実では経験できない多くの経験を積むことで脳は活性化する。
自分の生きる世界が更新されていく。
常識は書き換わり、精神性は染まり、新たな個を生み出す。
「君はこの世界で何度死んだことがある? その中で、死の恐怖を感じたことはあるのか? それは君にどのような変化をもたらしたのか。私はそれに興味があるのだ」
レストラは顔を歪める。
この内乱が起きた国で自分は何度も死んで来た。
そして旅人やイデアを何度も殺してきた。
他国所属の平和主義のような旅人からすれば理解できないことだろう。
しかし、こう言いたい。
何も考えずにすべてを壊したいと考えたことが一度もないのか。
破壊衝動。
ゲームの世界でくらい、理性を排除して思いっきり暴れたいと思って何が悪い。
気になるなら一度やってみればいい、さぞ気持ちいいことだろう。
私は気持ちよかったぞ。
──しかし、これはなんだ?
「今、君は命の危機に晒されている。呼吸ができず、身動きも取れず、体の内側からスライムに侵され、溶かされるという冒涜的な死を迎えようとしている」
「ぐ……が……」
──これはなんだ?
「死んでしまうぞ、では何をするべきだ? 限界を超えなければならないのではないか? さぁどうする? 何を見せてくれる? 君は死に際に何を為す?」
「ぐ……ぅううううう……」
──これはなんなのだ?
「安心してくれたまえ。君のその痴態を見ているのは私しかいない。あがきたまえ、もがきたまえ、死に抗いたまえ。死に死に死にて、死に抗いて、その先に君は何を為せるのか、私に人類の可能性を見せてくれたまえ!」
「……っ!」
嬲り殺し程度であればなんの問題もなかった。
しかしこれは悪意などという低次元の話ではなかった。
視界が歪み……
「あと、何分、君の、命は、もつのかな?」
「ごぼ……」
美しき狂戦士の顔は恐怖に歪んだ。
故に。
「……ふむ、残念だ」
瞬間、その旅人はポリゴンとなって砕け散った。
周囲には多くのアイテムが散乱した。
強制デスペナルティ機能の使用。
自刃判定となったそれにより、所持していた全てのアイテムの所持権利を失った。
窒息状態に加え体内の酸性のスライムによる継続ダメージ。
しかし、HP自動回復をベースにした【狂戦士】ビルドは、その生命力のせいで長く、長く死の恐怖を味わうこととなった。
デスペナルティとなった旅人は、リスポーン地点に戻され……現実準拠で1時間後にログインすることで復活することができる。
無限の命による殺し合い。
契約の神による絶対の契約を交わすか、相手の陣営のトップを押さえない限り旅人同士の戦争ゲームに終わりはないと言えよう。
「ただの凡人を超人に変えてしまうステータスやスキル。無限に屍を積み重ねてもなお死ぬことができる環境。なるほど確かに、新人類を生み出すのにこれ以上ない環境だ。この超常に適合した時……人外は生まれるに違いない」
しかし、抜け道も確かに存在していた。
例えば、この世界の住人であるイデアによるリスポーン地点狩り。
例えば、圧倒的な暴力を有したが故の【賞金首】、【指名手配】制度の不履行。
「……おっと、そうだった。忘れていたね」
そして……悪意を超えた何か。
もうあんな死に方はごめんだと。
「実験の協力に感謝する」
それすなわち、本物の狂気との邂逅。
Side Episode 【最悪の旅人】編 開始
第7章更新まで番外編としてカラブ帝国の内乱の一部始終を不定期で更新していきます。
時系列的には入替戦~グランドクエストの間になります。
本話は「第5章 魔王育成RTA」から少し経過した後となっています。




