第26話 竜狩り
□魔域の浄化 J地点
その瞬間、蛇蟷竜が有する全ての感覚器官が警鐘を鳴らした。
『────!』
全身を刺激する圧迫感。
危機感のままに、本能のままに、蛇蟷竜は振り向いた。
視線の先にはドウゴクがおり、その背後には5メートルにもなる影の魔人。
それはドウゴクの足元から手のひらに乗せるように持ち上げ、振りかぶっていた。
ドウゴクの全身からは黒い靄が溢れ出ており……影を纏った男は狂気的な笑みを浮かべながら、そのスキルを発動させた。
そして、先ほどまで蛇蟷竜の注意を引き続けていた仮面の男もまた叫ぶ。
「行くぞゴラアアアッ! 《戦士の極意》ィッ!」
「乗った! 《戦士の極意》!」
影の魔人はドウゴクを投擲すると共に、顕現条件を満たせなくなり空気に溶けて消える。
ドウゴクはそのまま加速をもってして蛇蟷竜に迫る。
愚直にも直進。
蛇蟷竜はすでに迎撃態勢に移っており、腕を振り被っていた。
──近づかせてはならない。
2つの斬撃を乱回転させ放つ真空波。
直線状のことごとくを抉り取る通常攻撃にして必殺の一撃。
その攻撃の余波だけで吹き飛ばさんと振るおうとし……
「《呪光》」
今までとは比べ物にならない速度と威力の光が腕を貫き、弾き飛ばした。
蛇蟷竜の態勢は崩れ、迎撃が一手遅れる。
それはレベル170程の旅人が発動した【呪術師】の奥義。
<アルカナ>によるINTとMPのステータスの拡張。
高性能な装備によるINTとMPのステータスの上昇。
重ねるように発動した《戦士の極意》によるステータスの上昇。
それらは1人の旅人をレベル以上の領域へと引き上げる。
その程度であれば蛇蟷竜には何の問題もなかった。
圧倒的な身体能力によって耐える、蹂躙する、回避する。
いかようにも対処方法はあった。
それを扱っているのが、その旅人でさえなければ何の問題もなかったのだ。
回避も迎撃も許さず一方的に直撃させて来る理不尽による魔法行使。
「MP1500。出血大サービスだ。受け取れよ」
同時行使可能な最大13分割の魔法のうち、10を使用し練り上げられた密度。
魔法系の下級職1つ分程のMPを潤沢に使用した一撃。
細く、早く、圧縮し形成された魔法は螺旋状の回転によって貫通力を高めながら蟷竜の装甲を貫き爆発。
その内側を呪いの光によって焼いた。
明確なまでのダメージを負い、その上で蛇蟷竜は自らの肉体が重くなったことに気が付いた。
倦怠感、それは度重なる判定の蓄積。
数十を超える呪いの光の直撃は無駄ではなかった。
いかに耐性を有していようと、いかにステータスに差があろうと、いかに効果を減衰させようと、それほどまでに呪いの光の直撃を許した失態。
完全無効でないのであれば、ただの耐性であるならば、呪い耐性の減少効果と組みあわせる事でそれは肉体を蝕む毒となる。
──呪いが十分量蓄積した蛇蟷竜の肉体は【衰弱】へと至る。
「ずぃあああああああああアアアアアアッ!」
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
それによって作り出された隙を突き、ドウゴクは蛇蟷竜へ向け剣を振るう。
放たれるは膨大なまでの影の放出。
それは蛇蟷竜を捉え、衰弱によって踏ん張りが一時的に効かなかった巨体を弾き飛ばした。
「残り時間は!」
「168秒だゴラァッ!」
「上等!」
彼らはそれだけで必要な会話を済ませる。
お互いに相手がどこまで理解しているか、そしてなんの情報を伝えればいいかを理解しているからこその最低限。
これをもってして、旅人達は竜を狩る意思を共有した。
仮面の男は先ほど発動した《呪光》の内残った3本の光を整形し剣に象る。
ドウゴクは着地と同時に、足元の影が膨張する。
再度顕現するは影の魔人。
しかし、肉体に纏った影は解けていない。
影の全身憑依【纏い】と影の魔人の完全顕現。
《影憑依》がもたらす全ての恩恵の解放。
それこそが、特定の条件が揃わなければ行使する権利すら与えられない至高の3分。
影を足場に、強化された肉体のままにドウゴクは加速する。
『GISHAAAAAAAAAAAA!』
蛇蟷竜はすぐに態勢を立て直すも……迫りくるは影の魔人。
『GUOOOOOOOOOOOO!』
振りかぶり、殴りつける。
巨体より放たれた一撃は蛇蟷竜をさらに吹き飛ばす。
加えてドウゴクは溜め、放つ。
「おらああああああああ!」
放たれるは《残影飛斬》。
《戦士の極意》によって動作を置換し放たれた極大の影の斬撃。
蛇蟷竜は鎌を振り払うことでそれを弾こうとし……顔に呪いの光が突き刺さる。
『GYUUAAAAAAAAAAAAAAA!』
それらは爆発し視界がふさがれた。
しかし、蛇蟷竜は何度も妨害されてきた。
この程度でもう怯むことはないと、腕と連動させ鎌を勢いよく振り抜く。
だが、その影の斬撃は生きている。
視界を防がれた瞬間には既に軌道を変えており……蛇蟷竜は当然のように空ぶった。
そして、弧を描いた影の斬撃がその巨躯を再度打ち据える。
『GYUAAAAAAAAAAAA!?』
「まだまだあああああああああ!」
ドウゴクはさらに前へ。
<アルカナ>によるバフを前提とした拡張スキルと呼ばれるものは基本、武器種と連動する。
ある程度相棒と共に練習することでそれは明確なスキルとなり、発動することが出来るようになるのだ。
とあるグリフォンに騎乗する女性は相棒と共に《グリフィンアロー》という攻撃スキルを編み出した。
もしこれが弓ではなく剣であれば、《暴風剣》と似たような風を纏い放つ剣撃によるスキルとなったことだろう。
ドウゴクが影を纏うことで発動できる《残影地斬》と《残影飛斬》はアクティブスキルとして刻まれており、当然ながら《戦士の極意》による効果指定の対象だ。
つまり、スキル詠唱なし、クールタイム実質0秒、特定動作による無法の連続斬撃攻撃が可能となる。
最大出力の恩恵を受けながら影の斬撃は蛇蟷竜を捉え続ける。
『GISHAAAAAAAAAAAAAAAA!』
それを受けてもなお蛇蟷竜は怒りのままに吠えた。
これだけの猛攻をもってしても削り切れない。
なぜなら……レベルが足りない、ステータスが足りない、装備が足りない、上級職による高火力のスキルも奥義もない。
現状の旅人では倒しきることなど到底不可能な怪物。
それこそが上級モンスター、<蛇蟷竜ペルーラ>。
しかし、ここにいる旅人達は普通ではなかった。
限定的条件下において超火力を獲得する思考の鬼。
人の道理を外れた怪物達とほぼ同等の魔力操作の技量を有する適応の怪物。
『GUOOOOOOOOOOOOOO!』
影の斬撃が放たれる。
蛇蟷竜は抵抗しようと腕を振りかぶり、これまで以上の重さを有した呪いの光が突き刺さり妨害された。
影の魔人が殴りかかる。
尻尾による一撃を放とうとし、これまた呪いの光によって阻害された。
衰弱した肉体の反応は鈍り、さらにダメージを積み重ねる。
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
SPを、MPを、アイテムを、スキルを。
全てのリソースを彼らはこの3分に注ぎこんでいた。
出し惜しみはしない。
ここで決めきれなければ勝つことは不可能という勝負勘。
蛇蟷竜の肉体には大小問わず傷が残り、肉体からは出血判定として赤いポリゴンが流れ落ちる。
多大な魔力を込め圧縮された爆発によって肉体は内側から光に焼かれている。
衰弱によって肉体の動作は鈍り……
「追加だ」
『GISHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
さらに【筋力減少】によってSTRとENDにデバフ。
一度呪いの耐性を貫通してからは、五月雨式に呪いは襲い掛かる。
ただ、元々有する耐性は健在である。
数分もすれば回復し減衰効果を獲得することができるだろう。
そうなれば呪怨系の状態異常など怖くはない。
それまで生き残れれば、だ。
「仮面戦士ぃいい!」
ドウゴクは声を張り上げた。
そのまま両の手で剣を握り……溜める。
影の魔人が消え、影を纏う剣はさらに漆黒に染まる。
影の全てを剣に込める。
加えて、影を纏う剣は風を纏い始めた。
《戦士の極意》の動作置換によってもたらされるアクティブスキルの重ね。
それこそが本当のドウゴクの必殺。
「わーってるよ。これで打ち止めだ。決めろよ?」
これで決めきれなかったら、あとは時間稼ぎだなと思考しながら……クロウ・ホークはその魔法を再度発動させた。
「《呪光》」
残存魔力を全て込めた奥義。
この魔法をもってして仮面の男が有するMPは枯渇した。
フラワードロップによるMP回復を挟めば継戦自体は可能であるものの、現状保有する魔力は《雷纏強化》を維持するための僅かを残すのみ。
彼らが導き出すは……唯一の弱点。
否、ここまでの戦闘において一度それを狙われてから露骨に使用を控えていた攻撃が一つ。
それは外殻でもなく、脚でも、顔でも、腕でもない。
それらとは明確に異なる反応を示した場所……
「──ほら、口を開けろ」
それはブレスによる自爆。
口内で発生したダメージによる反応が一番大きかったことに2人の旅人は気づいており、それはある種の道理ではあった。
外側が駄目なのであれば、内側から攻撃すればいい。
しかし、本来であればそれはただの自殺行為だ。
蛇蟷竜の正面に居すわった時点で蹂躙されて死ぬのみ。
そもそも高速で移動する蛇蟷竜の口が空いた瞬間に的確に一撃を放つことなどできるはずもない。
衰弱によって体の制御が鈍り。
影の魔人による一撃により態勢が崩れ。
影の斬撃の被弾によってダメージを負い。
その隙を的確に狙い撃つことのできる魔法使いがいないかぎり……
放たれた13の呪いの光、そのすべてが顔面へと迫り……散開。
蛇蟷竜は急に一つの熱が複数に広がるように感じた。
『GYUAAAAAAAAA!?』
回避は不可能。
これまでも、そしてこれからも蛇蟷竜はその魔法に対し耐える以外の選択肢を一度として与えられなかった。
技術に対抗するにはそれに匹敵するほどの技が必要だ。
機械帝国レギスタが有する工作部隊と異なり、人の道理を外れた怪物共が操る魔法を防ぐほどの技量を蛇蟷竜は……このモンスターは有していない。
なぜなら、その必要がないから。
なぜなら、それを身に着ける環境にいないから。
絶対的な捕食者はその圧倒的な身体能力によってすべてを蹂躙してきたがゆえに、それを防ぐ手段を持ち合わせていなかった。
呪いの光は顔面を打ち据え、脚を捉え、爆発。
避けることもできず、制御を失った肉体が一時的に崩れ落ちる。
さらに時間差で連続で着弾し、口元の緩みを強引に広げ光が一つするりと入り込んだ。
次の瞬間、これまでで最も強い光を伴い、呪いの光が爆発した。
『GYUA!? GOHUUU!?』
蛇蟷竜からは声にもならない声が上がる。
それは口内を一度ならず二度までも蹂躙されたがための咆哮で……
(はっ、マジで来やがった。最高にイかれてやがるな……)
ドウゴクはまるで狙ったかのように眼前に転がり込んできた蛇蟷竜の頭部へ向け、迷うことなく踏み込んだ。
あそこにいる男ならこの程度の調整ぐらいやってのけるだろうというある種の期待。
そして、本当に期待に応えてみせたことへの賞賛。
ならば今度はこちらの番である、と。
「これでも喰らっとけぇえええエエやああああああああアアあッ!」
風と影を纏った剣は力強く光り輝く。
《影憑依》によって影を一定以上纏った時にしか使用できない《残影飛斬》。
【剣士】の奥義、最大チャージを行った《暴風剣》。
2つの必殺による重ねをもってして……ドウゴクはそのすべてを解放した。
「《暴風剣》アアアアアアッ!」
黒き暴風は放たれまるで導かれたかのように、生きているかのように口内へと侵入。
『GYUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
暴風による蹂躙と影の膨張による破壊をもってして……蛇蟷竜のことごとくを削り切った。
場所は魔域の浄化、J地点。
荒れ果てた戦場で起きた死闘。
数多の死線を潜り抜け、今、ここに決着。
『GYUAA……GI……GO……』
蹂躙をもってして絶望をもたらす破壊の化身。
イレギュラー<蛇蟷竜ペルーラ>は度重なる状態異常の疾患、魔法の被弾、剣撃の直撃により……HPを全損。
絶対的な捕食者はそのまま……ポリゴンとなって砕け散っていった。
勝者。
「勝ち」
「っしゃゴラアアアああああああああッ!」
──旅人。




