第19話 優先権
□魔域の浄化 J地点 クロウ・ホーク
状況を整理しよう。
遠くを見るとそこには数百人の旅人が今もなお命を振り絞りながら蛇蟷竜と戦っていた。
「下がれ! ブレスが来るぞ!」
これだけ距離はあるものの絶叫のような怒声が耳に届く。
その声の通り蛇蟷竜の口から炎球が放たれた。
まるで散弾銃のように、一つ一つが相応な大きさで放たれたそれらは地面に着弾すると同時に爆発を巻き起こす。
対する旅人は土の壁を作り防ぎ、剣撃や魔法で起爆させ撃ち落としていく。
それでもなお多くの断末魔があがるが、旅人は業火に焼かれながらも武器を構え竜に向かっていく。
正面を見る。
眼前にいるのはつい先日の入替戦で戦った男、ドウゴク。
彼はルクレシア王国の討伐ランキング3位。
メリナ経由で声をかけられたのだろう。
ここにいてもなんもおかしくはない、が……
(メリナ! 売ったのか! また俺のことを売ったのか!)
あいつ、PKクラン戦の時のmu-maといい俺に対しては何してもいいと思ってる節があるな。
いや、まだ早い。
あの悪女は確かに質こそ悪いが意図的に俺の居場所をばらすなんてことはしないだろう。
入替戦に参加していた以上、俺が今日の魔域の浄化に参加することはバカでもわかる。
つまり……
「えーと、どうしてここに?」
「お前を探していたからに決まっているだろうがゴラァッ! A地点から虱潰しになァ……」
(こっわ……)
(すごい執念ね)
あのお礼参りとやらをするために俺を探し回っていたらしい。
どうやらA地点から時間を掛けつつぐるりと回ってきていたようだ。
「ま、そんなうまくいくはずもねぇ。見つからねえと思ってたところに……メリナから連絡が来てなぁ。なんでもイレギュラーが出てきたから近場にいるなら向かって欲しいってよぉ」
時間的にI地点あたりか。
メリナからすれば自由にさせていた戦力が近場にいたから向かうように頼んだだけ。
そして、たまたま俺とブッキングした、と。
俺の脳内のメリナは「意図したわけではないわ。ま、たまたまだからセーフよね! たまたまよ? ほんとよ?」と言っている。
部分的にアウトだよバカ野郎。
「……はぁ、それで何が目的なんだ」
わざわざ俺を探し回っていたことからすると……決闘かなにかか?
バトルロイヤルでは、ドウゴクと俺はまともに剣を合わせていない。
すぐにトレインを仕掛けドウゴクを消耗させた。
ミミフェットの<アルカナ>の高火力スキルを当てるように戦況を誘導した。
色々都合が良かったので絡め手を多分に使用したため俺はドウゴクを正面から撃ち倒したわけではない。
脚を失い、<アルカナ>は気絶したドウゴクに対してトドメを刺しただけ。
この男の性格なら今度こそ正面から戦うことでケジメをつけたいといったところか。
「……ん?」
すぐに何か言ってくるのかと思ったが静かだ。
ドウゴクは俺のことを何も言わずに見ていた。
「なんだよ」
「謎の仮面戦士、お前は……」
「おお! あんたら援軍か……ってドウゴク! マジか! こりゃ心強い!」
ドウゴクが何か言いかけたところで声をかけられた。
どこかボロボロの旅人が騎乗した大きな虎から降りてくる。
ドウゴクは目配せしてきた後話すのをやめその旅人を見る。
後で話すということらしい。
「あと、謎の仮面戦士……でいいんだっけ?」
「その通り!」
(あ、ここは声作るのね)
謎の仮面戦士はどこかキザったらしい設定なので。
「だったら話は早い。見ればわかるだろ、手伝ってくれねえか?」
そう言って、男は今なお戦い続けている方を向く。
蛇蟷竜ペルーラ。
上級モンスターにしてドラゴン種。
そしてそこにいるのは討伐ランキング3位の男。
対モンスターの専門家。
俺も微力ながらも力になれることだろう。
少なくとも参戦しないよりは倒せる確率は上がるはずで……
「断る」
「そいつは無理な相談だなあオイ」
俺とドウゴクの答えは一致した。
「なっ!? どうして!」
男の表情に浮かび上がるのは怒りと困惑。
そして……使命感。
「どうしてって言われても……なぁ?」
「獲物の横取りはルール違反だろうが」
ドウゴクはサングラスの中心を上げ位置を調整しつつそう答えた。
これはユティナの疑問に対する答えでもある。
そう、結局はマナーの問題なのだ。
既に討伐の人員が決定していたイレギュラーであるならばともかく、あの怪物と接敵したのは彼らの方が先だ。
今戦っているのは彼らだ。
命を削り、一歩前に踏み出しているのはあそこにいる旅人達なのだ。
「ここで遅れてきた俺達が我が物顔で加わるのは無粋だろ。少なくともフェアじゃない」
助けを求められたならいざ知らず。
もしあそこにいたのが取り返しのつかないイデアの命ならともかく、だ。
表情を見ればわかる。
あの気迫を見れば伝わる。
あれは助けを求めている顔ではない。
目の前の強敵を攻略しようとしているゲーマーの顏だ。
であれば俺達が取る選択肢は待ち。
挑戦する優先権は彼らにある。
「そ……れは……そうかもしれないけどよ」
男は納得は出来るが許容できないような顔だ。
そこには少しでも討伐の確実性を上げたいという気持ちが見え隠れしている。
「連絡員か? 《陣営指揮》はないみたいだけど」
「いや、連絡員は最初にやられた。今は俺が代理で本部に状況を報告してる」
なるほど。
「それなら俺がその仕事を引きつごう」
「え?」
「メリナに連絡して状況を伝えればいいんだろ?」
「あ、ああ。それでいいんだけどよぉ……なんで?」
なんでって……
「もったいないじゃろうが」
「そりゃ、え……」
あれ、ちょ。ドウゴクさん?
今は俺のターンじゃ……
「使命感に縛られ、挑戦する機会すら己で捨て、自分を騙してるお前は見るに耐えん」
ドウゴクは地面に胡坐をかいた。
それはここから動かないという意思表示に他ならない。
「騙してなんて……」
「舐めるのも大概にせえよ」
びくりと男は震えた。
「眼を見ればわかる。お前の心はなんと言っとる? 何を迷う必要がある! 何を遠慮する必要がある!」
言葉に熱がこもり、気迫が増していく。
そのまま男を睨むように見上げ……
「お前が死んでも俺がいる」
宣言した。
「だから安心して、バカになってこいやゴラアアアッ!」
「ドウゴク……お前っ……」
それに男はどこか感動したかのような目でドウゴクのことを見た。
連絡員の代理ということは、彼はこの魔域の浄化にかなり尽力してきた旅人なのだろう。
メリナや自警団クランを中心に、この作戦の中枢メンバーはなかなかの人数だ。
ログイン時間やリアルの予定などもあるので必然そうなる。
フレンドがいる。
同じ目的を共にしてきた仲間がいる。
それを放り投げることができなかった。
だが、ドウゴクはそれがどうしたと切り捨てた。
自分がいる。
お前が負けても俺が倒す。
だから何も考えず、もしもの時は任せて思いっきり遊んで来いと言ったのだ。
(あの、俺の良いところとられたんですけど……ん?)
見るとドウゴクはニヒルな笑みを浮かべ俺のことをちらりと見上げていた。
サングラスも相まってかかなりあくどい笑みだ。
(こいつ確信犯か!?)
連絡員代理の男は感動しているのか気づいていない様子。
(騙されるな! その男はかなり性格が悪いぞ!)
(それにすぐに気づくクロウも大概よね。類は友を呼ぶってやつかしら?)
聞こえません。
「……ああ、そうかもな。悪いな、ここまで来てもらって」
男は小さく頷いた後、すっきりとした表情になった。
そのまま騎乗してきた赤をベースにした虎の相棒を優しく一撫でした。
「俺達が倒しちまうから、あんたらの出番がなくなっちまうよ……」
「へぇ……」
「言うのう……」
男はそのまま自らの相棒に騎乗し直した。
その手には杖を取り出し……
「《従魔強化》!」
そのまま戦場へと勢いよく向かっていった。
☆
「さて……と。それで、さっきは何を言おうとしてたんだ?」
旅人たちの戦いを見つつ先ほどの会話の続きを促しておく。
流石にあそこで会話を切られたら何を言おうとしたのか気になるというもの。
「……ああ、そうだったなァ。謎の仮面戦士ィ。お前、あれに1人で勝てるか?」
ドウゴクは顎で蛇蟷竜の方を指す。
俺が蛇蟷竜に勝てるかどうか。
そしてその眼は嘘は許さないと雄弁に語っていた。
いや、ただ勝てそうかどうかを話すのに嘘も本当もないと思うけど。
「そうだな……」
今集まっている情報から大体のステータスは予想がつく。
少なくとも物理攻撃でやり合うことは不可能。
必然、魔法攻撃を主体にする必要が出てくるわけだが。
(INTとMPはユティナの支援とマグガルム装備があれば最低限足りるな。MPの回復アイテムもエリシアのおかげで潤沢。30分、余裕を持たせればギリ1時間までならほぼフル稼働しても問題なさそうだから……)
彼我の戦力差を分析……うん。
「1割あるかどうかってところだな。想定の最悪を引くともっと下がるけど」
それぐらいだろうという結論になる。
勝てないわけではないが、ほとんどの確率で俺は死ぬだろうな。
そもそも攻撃を一度でも直撃したら即死だ。
まぁ、戦う以上その1割を毎回引き当てるぐらいの気概で行くつもりだが。
「んで、これになんの意味が……」
仮面越しにドウゴクの方を見て、違和感。
「……おい、何を笑ってる」
ドウゴクは笑っていた。
それはそれは楽しそうに笑っていた。
ただ、この笑みはこれまで見てきたものとは根本的に違うと、なぜかそう思った。
「いやァ? ついにぼろを出しやがったと思ってな。揺さぶったかいがあったってもんだァ……」
「ぼろだと?」
何を言っている。
「敢えて言ってやるよ、謎の仮面戦士が<蛇蟷竜ペルーラ>に勝てる可能性は0だ」
「……」
ドウゴクは断言した。
俺では蛇蟷竜に勝てないと。
「確かにお前は強い、がそれは対人戦の強さだ。あの竜を狩るのに必要なのは常人を超える火力とそれを当てる技量」
対人と対モンスターで重要視されるものの違い。
ドウゴクは蛇蟷竜と旅人達の戦いから目をそらさず、俺に話しかけ続ける。
「今なお見てわかる。レベルは前にお前が自己申告した通り150前後。今の旅人の中で言うと上の中から上の下ほどといったところか。そして、お前が<アルカナ>と言い張っていたあのカブトムシ。実際に攻撃を受けた限りステータス通りの威力。火力補正が乗っているわけでもない、ただ物理干渉能力を獲得しただけ」
「人のステータスを勝手に見るなよ」
「隠さない方が悪いだろうがオイッ」
ごもっとも。
しかし、なるほど。
確かにこれはぼろを出したと言えるのかもしれない。
俺では対モンスターにおいて重要な火力が足りない。
正確には、ドウゴクの知っている俺では火力が足りない。
(こいつ……)
(ええ……)
レベルが足りないとしても俺達には<アルカナ>がいる。
<アルカナ>による戦闘能力の拡張。
俺はユティナがいることによって、同レベル帯の旅人よりもINTとSPとMPが多くなる。
それは一種のアドバンテージ。
それこそが旅人に与えられた恩恵であり……
「妙よなぁ……俺の経験則は勝てる可能性は0だと告げている。だが、お前は1割も勝てる可能性があると言った。その試算を見誤るほど、お前はバカじゃねえ。自分の力量を正確に把握している側の人間だ」
ドウゴクは顎に手を当てた。
「享楽的側面はありながらも、目的に対しては徹底した合理主義者」
俺はドウゴクを甘く見ていたのかもしれない。
この男は持ち前の思考力によって謎の仮面戦士という男のことについてずっと考えていたのだ。
「俺とお前の認識の食い違いがあるってことはつまり、俺の知らない何かがあるってことだ。例えば、高性能な装備の存在。例えば……」
故に男は確信に至った。
「<アルカナ>」
だから俺の返答に対しぼろと言ったのだ。
ドウゴクの知る俺の力では蛇蟷竜に勝てない。
であれば、そこには認識のズレが存在し……ドウゴクはそれを見つけ出した。
「お前は確かにこないだの戦いは本気を出していたんだろうよ。だが、全力ではなかった。自らに課した縛りプレイの中で自分が出せる最善を選び続けただけだ」
あの笑みは愉悦の笑みだった。
ドウゴクは謎が解けたから笑っていたのだ。
「ようやくしっくり来たぜ。謎の仮面戦士、お前の<アルカナ>はあのカブトムシじゃねえ。あれはただの【魔力操作】だ。魔法の性質を変化できるほどに、数十もの魔法を制御できるほどに、魔力操作に長けた魔法師。それがお前だ」
謎の仮面戦士は全力で戦っていなかった。
謎の仮面戦士は魔法師級の魔法使いである。
謎の仮面戦士は自らの<アルカナ>を隠している。
「違うなら違うとはっきり言ったらいいぞ。言えるもんならな」
それは、俺がバトルロイヤルの時にメリナの刺客ではないとドウゴクに言わなかったことを理解しての言葉。
俺のレベルや装備、スキルではドウゴクの《嘘感知》を超える方法がないと理解しているが故の、煽りだった。
その言葉を聞いて俺は……
思わず、笑った。




