第17話 【上級モンスター】
時は少し遡る。
□魔域の浄化 J地点
「んじゃ、ちょっと奥見て来るわ」
「あいよー」
そのまま1人を残し3人の旅人は森の奥へと向かった。
「さてと……ふっ!」
残った男は短剣を振るい、襲ってきた<ナイトウルフ>の頭から生えた植物を斬り落とした。
それが致命傷になり、狼が砕け散る。
「マジで寄生されてんな。普通の<ナイトウルフ>よりも強いし、これが<マザー・ウッド>の力ってやつか。ただ、弱点は分かりやすいな。脳に直結してるからだろうけど」
「ガウ!」
「おっと」
自身の<アルカナ>の警戒の声を受け男は背後から受けた奇襲を躱す。
匂いや気配の探知に優れ、索敵に特化したガーディアンだ。
頭から生えている一本の角がただのハイエナではないことを周囲に示していた。
「<パラガイザー>か。硬いんだよなぁこいつ。あとで【炎魔法師】に焼いてもらうか。おらよ」
男はペイントボールを投げつける。
<パラガイザー>に赤い色が付着した。
そして周囲に呼びかける。
「そこの木は<パラガイザー>だから近づきすぎんなよ! あとで魔法職に焼いてもらうから放置で!」
「お、助かる!」
「ありがとうございます!」
「いいのいいの。ただまぁ、レベル100無いならそろそろ下がれよー。カバーしきれねえぞ」
「はい!」
周囲の木を破壊しながら偵察班の1人である旅人は指示を出していく。
<マザー・ウッド>の縄張りに入った段階で森の奥地に彼のパーティメンバーは偵察に向かっていた。
異常事態が起きたらすぐに確認できるように1人だけ表層に残っていたのだ。
そのために男は何人かの旅人を引き連れ少し深めに潜っていた。
ここから始まるのは殲滅戦だ。
完全な破壊ではなく、移動のしやすさを重視。
そのまま視界の端に表示されたパーティメンバーを見て……
「は?」
言葉を失った。
(死んで……全員やられた!? 嘘だろ! いまさっき別れたばっかだぞ!?)
一瞬目を離したすきに自身のパーティメンバーがデスペナルティになっていたことに男は気づく。
全員の体力ゲージが一瞬で消失したのだ。
ほんの少しの硬直。
急ぎ周囲に警戒を促そうと。
「ぐふ!?」
それは油断というほど大きなものではなかった。
ただ、男は確かにその一瞬周囲から意識を逸らした。
いや、意識を逸らしていなかったとしてもそれを躱すことは不可能だっただろう。
(なんだ、一体何が起きやがっ……!)
男の視界にはそれが映っていた。
ポリゴンとなって砕け散っていく<パラガイザー>の姿。
そして……その背後。
(犯人はこいつか!? くそ、アイドもやられて……)
《気配感知》に、相棒のスキルに、これほどの巨体が一切引っかからなかったとは明らかな異常。
それは木々の間をするりと抜けていく。
道という道が整備されてない森の中であるにも限らず破壊を撒き散らすことなく、無音。
それはまさに狩りだった。
正確には足音はしていた。
ただ、旅人による破壊の音が邪魔で気づかなかっただけだ。
(声が……でね……)
それも当然だろう。
なぜなら、男の口元から下は吹き飛んでいたのだから。
口と言う器官が存在しないのだから、声を出せるはずもない。
そのまま支えを失った頭は地面に落ち……ポリゴンとなって砕け散っていった。
「は?」
「え?」
「どうしました?」
その周囲にいた旅人たちは当然気づく。
気づいてもなお、何が起きたのか理解する前に。
「ぐが!?」
「あれ?」
「……え?」
3度の衝撃。
何が起きたのか理解する間もなくそのままポリゴンとなって砕け散っていった。
7人の旅人がこの一瞬で死んだ。
「え、なにが?」
「グオオオオオッ!」
変な音がした方を見た瞬間、男は自らの<アルカナ>に弾き飛ばされた。
「うおっ!? なにを!」
フクロウの顏に熊の肉体。
前衛のステータスに特化した<アルカナ>は男の目の前でポリゴンとなって砕け散っていった。
「な!? ボンド! ぐふ……」
瞬間、男の首がへし折れる。
そのまま自らを庇った<アルカナ>の後を追うようにポリゴンとなって砕け散っていった。
「な、なに……!?」
「え、ちょ!? 待っ!」
ついでとばかりに男はそれに握り潰され、女は下半身を食いちぎられる。
この数秒で旅人がさらに3人死んだ。
「っんだこいつは!?」
「うわあああ!」
「GOOOOOOOOOOO!」
何人もの旅人が必殺を放ち<アルカナ>はスキルを、魔法スキルを発動する。
数十ものスキル、そのことごとくが……
☆
「しゅ、襲撃だああああああああああああ!」
森の中で起きていたそれがようやく後陣に伝わる。
「早く森の外にで……」
「ま、まて……!」
「ちょ、やば……」
森の奥から次々と聞こえてくる断末魔。
「なんだ! 何が起きてやがる!」
「構えろ! なんかやばそうだぞ!」
戦闘音が鳴り響き、木々が崩れる音と悲鳴がどんどん近づいてくる。
森の表層にいた旅人たちは避難し、ここではない場所で作業をしていた者たちも騒ぎに気付き森からでる。
数百人近い旅人が囲むようにそこを見ていた。
「来るぞ」
そして……森の中からそれは飛び出した。
「た、たすけてくれ!」
それは1人の旅人だった。
木々の根っこに躓きそうになりながらも飛び出してきた。
「おい! なにが……っ!?」
瞬間、森の中から飛び出した何かが旅人の腹を突き刺した。
それは鋭利な針のようなものであり……
「ごぼ……え、あれ?」
まるでネズミ返しのようなそれが旅人に引っ掛かる。
そのまま森の中に引きずり込まれる。
「……」
ついに音が消えた。
「……おい、何人死んだよ?」
「最低でも40人。俺の記憶違いじゃなけりゃ半分以上はレベル100を超えてるはずだな」
「冗談はよしてくれ……気配のけの字もねえんだが」
先ほど視界に収めたというのに一切の反応がない。
「さっきのあいつまんまパニックホラー映画のやられ役みたいだったな。ギリギリ生き残れたと思ったら死ぬ奴いるよな?」
「あー、それだ! なんか見覚えあると思ったんだよな。森の中に引きずり込まれるとかまんまやん。あはははっ!」
「笑えねぇ……」
彼らは異常事態であることに気づいた。
何かがすぐそこにいるのはわかっている。
少なくとも、森から飛び出した男を引きずりこんだナニモノかがいるはずなのだ。
しかし、彼らのスキルには全くと言っていいほどに反応がない。
そして、それは木々の間から現れた。
「…………でかくね?」
少なくとも見上げる必要があるほどの高さ。
それはまるで蛇のような顔をしていた。
頭や体表には鋭利な棘が生えており、背中には鎌のような尖った装飾。
そして、旅人の視界にはその怪物の名前が浮かび上がる。
そこには<蛇蟷竜ペルーラ>という表記が……
「こちらJ地点! 緊急連絡!」
連絡員の男は叫ぶ。
これはまずい、と。
これだけの巨体が森の表層まで来ていたことに誰も気づかなかった。
それが示す可能性は大きく2つ。
高度な擬態能力を持っている。
気配遮断系のスキルを有している。
もしくはその両方。
そして、ここら周辺の森の中にいた数十人の旅人が逃げる暇もなく全員殺された。
数百人もの旅人と<アルカナ>の警戒網を掻い潜るほどの格上のモンスターという事実に思い至った。
思い至ってしまった。
それは運が悪かったのだろう。
男は間違いなく有能だった。
連絡員として任されるに足る判断能力を有していた。
誰よりも早くその危険度を理解し、誰よりも早く動きだし、誰よりも先に報告のために声を出した。
運が悪かったのだ。
それは敵対心を買うには十分だったのだから。
「やべえのが……っ! じゃ……」
本部に蛇蟷竜ペルーラという名前を知らせようとした瞬間、数十メートルも離れていたそれと旅人の距離はいつのまにか0となっていた。
連絡員の上半身が吹き飛びポリゴンとなって砕け散る。
「は?」
同時にその男の周囲にいた旅人達が、<アルカナ>が。
ことごとくがポリゴンとなって砕け散った。
それはある種の体当たり。
移動した後、身じろぎした際に体表の棘がそのまま首に、肉体に接触し破壊されただけのこと。
また重要部位を欠損していない旅人や<アルカナ>の多くも吹き飛ばされる。
「うおおおおおおおッ!?」
それに巻き込まれた男が1人、これはまずいと剣を構えていたのが功を奏し、弾き飛ばされるもののなんとか生き残った。
その代わり、その移動攻撃と接触した男の剣は折れていた。
「え?」
その男を視界に収めていた狐の耳を生やしていた獣人の女性は、自分が同じように吹き飛ばされていることに遅れて気づく。
「あれ?」
そのまま視線を降ろし、自身の下半身が存在しないことを認識すると同時にポリゴンとなって砕け散っていった。
「うそ……だろ……」
10人もの旅人が瞬く間にデスペナルティになった。
数百人もの旅人は後ずさる形で静かに距離を取る。
森の中から完全に出たことで、ようやくその全身が露になった。
上顎から大きな牙が反るように生えた凶悪な蛇の顏。
全身を包む棘が生えた外殻。
竜のような身体を支える2本の太い足。
腕の先には太く鋭利な爪が剝き出しになっていた。
背中にある蟷螂の鎌のような装飾。
そして、先端が尖っている蛇のような長い尾。
高さは5メートルを上回っており、その尻尾の長さもあるからか体長は10メートルをゆうに超えるほどの大きさだ。
「ぶっ殺せ!」
「YAHAAAAAA!」
「レアモンスターじゃねえか?」
「《風刃》!」
「《暗黒槍》!」
「あっ、おい待て!」
であれば当然、彼らがやられっぱなしのはずもない。
血の気の多い、よく言えば怖いもの知らずの旅人が勇猛果敢に襲い掛かる。
その判断はしかして的確だった。
チャージの必要のない出が速い魔法スキルが放たれ、遠距離攻撃は次々と直撃する。
怪物は大規模な爆炎に包まれた。
「貰ったあああああああああ!」
「貢献度稼がせてもらうぜ! 《ハードスラッシュ》!」
「《加速》!」
魔法攻撃に続くように剣を構え、斧を構え、前衛たちが我先にと接近戦を仕掛ける。
次の瞬間、爆炎の中から何かが飛び出し、その風圧によってか炎がかき消される。
その怪物の体表には小さな傷がいくつもついていた。
逆に言えばそれだけだった。
同時に旅人たちは怪物の背中に生えていた鎌が伸びていることに気づく。
煙の中から飛び出したのはその怪物の背中に生えていた鎌のようなもの。
否、それは折りたたまれていただけであり……
「あの鎌、飾りじゃねえぞ!」
「嘘だろ!?」
そのまま怪物は一歩踏み込み、両の腕を地につける。
「あ、これまず……」
その勢いのままに肉体を引き絞り、回転。
急激に加わった力による遠心力によって背の鎌が振るわれた。
そして蛇蟷竜を囲んでいた旅人全員の上半身と下半身が別れ、ずれる。
「マ、ジで?」
「ヤバすぎぃ……」
まるで鋭利な刃物で斬り裂いたかのような綺麗な斬り口。
自らの肉体の異常に、目の前の化け物に殺されたのだと気づいたものは思わず声を漏らす。
その上で、半数以上は何が起こったのかわからないという表情であり……そのまま彼らはポリゴンとなって砕け散っていった。
「は?」
連絡員の死亡を皮切りに始まった戦い。
戦闘開始から15秒で27名が死亡。
森の中で奇襲を受けた者を合わせると現時点で総勢75名の旅人がデスペナルティとなった。
「はあああああああッ!?」
「全員一撃だと……ッ!?」
それを遠目に見ていた旅人から上がるのは眼前の理不尽に対する驚愕の声。
「10メートル……いや、もっとか!」
「ありえないでしょ!? なんか変なスキルでも使ってんじゃないの!」
背中の鎌を伸ばし回転する。
ただそれだけで2桁を超える旅人が、<アルカナ>が。
レベル120を超える前衛職達がなすすべもなく斬り殺された。
あまりの衝撃に旅人の動きが止まる。
しかし、それを待つ道理はモンスターには存在しない。
大きく息を吸い込み……吠える。
『──GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
瞬間、世界が割れた。
「ぐっ!?」
「な!」
「ひぃぃぃ!?」
それはただの咆哮だ。
しかし、その音圧と気迫によって全員が強制的に一歩後ろに下がらされた。
咆哮は止み、数百を超える旅人と一頭は向かい合う。
『Tiro……Tiro……』
「……っ!」
ごくりと誰かの喉が鳴る。
誰も声を発せない。
声をだしたら最後、この怪物の注意を引いてしまうのではないか。
人数では勝っているものの、なんの気休めにもなりはしなかった。
「う……あ……」
縦長の瞳孔に睨まれた女性は声を漏らす。
それは恐怖という感情に他ならない。
(勝てるのか、いけるか……いや、そもそも戦いになるのか?)
何かをしなければならないと足を踏み出そうとする男がいる。
しかし、動くことができず冷や汗を垂らすのみ。
「ひっ、逃げ……」
死にたくない。
そのような言葉が脳裏によぎる。
この時彼らはこの世界がゲームであるという認識を完全に失っていた。
頭では理解している者も、今自分が殺されるだけの存在であると思いしらされた。
この世界はゲームではないと考えている者はさらに恐怖した。
それほどの衝撃。
理不尽との邂逅。
だからこそ。
「おいおいおいおいおい! んだよこの化け物はよおおおおおおお!」
この場にいたその男は叫んだ。
「ぐ、グレルゴス。お前なにを……」
プレイヤーネーム、グレルゴス。
自警団クランヴァンガード、討伐部隊隊員。
役職とは裏腹に旅人の中でも比較的名前が売れている男だ。
古参である男が役職を有していないのは戦力として期待されているからに他ならない。
つまり、この場所に配置されていたメリナの保険の一つ。
イレギュラー対処人員筆頭。
「俺は知ってるぜぇ! 蛇蟷竜ペルーラ! 正真正銘の上級モンスターにしてまごうことなきドラゴン種だ!」
男は自身の知識から情報を引っ張り出し、それを周囲に伝えた。
「ドラゴン……っ!?」
ドラゴン種。
<アルカナ>としても旅人の間では高い人気を誇るファンタジーの代名詞。
この世界においても生物としての格が違うとされている最強の種族の一角。
「なにビビってんだお前ら! 見ろよ、あの背中の鎌を! 鋭利な爪を! 頑丈な竜鱗を!」
周囲の旅人たちは思う。
なぜそのようなことを言うのか。
背中の鎌はありとあらゆる防御を斬り棄てる切れ味を有していた。
鋭利な爪は鎧に食い込み、そのまま肉体を蹂躙する。
頑丈な竜鱗は多くの攻撃を防ぎなおダメージを負った様子がない。
ただの体当たり、肉体の接触だけでことごとくを破壊する。
ああ、なんて恐ろしいのだろうか。
この世界に住まうイデアが上級と明確に定義した怪物を前に、しかし男は叫ぶ。
なぜ動きを止める。
一体お前らはなにをしている。
「これ以上ないほどに! イかした装備が作れそうじゃねえかアアアアッ!」
極上の素材が目の前にいるのになぜ動かないのかと。
「そう……び……」
瞬間、ざわりと旅人の眼が変わった。
恐怖から、興味へ。
畏怖から、好奇へ。
『GURU……』
それは自らを食らわんとする捕食者を見る眼ではなかった。
それは自らがこれから食らう獲物を見る眼だった。
捕食者と被捕食者の関係から、捕食者と捕食者という対等の関係へ。
「経験値が欲しい奴は他の浄化地点へ移動しろ!」
戦う気の無い者は魔域の浄化に専念せよ。
「強くなりてえ奴は声を張り上げろ!」
明らかな格上。
死亡は必至。
それがどうした。
「あの化け物の素材が欲しい大馬鹿どもはあああッ!」
自由を謳歌する旅人達よ。
最高の装備を追い求めしゲーマー共よ。
「俺に続けえええええええええええええ!」
共に死のう。
「う……うおおおおお゛お゛お゛っ!」
「いくぞオラああああああアアッ!」
旅人が吠え。
『GISHAAAAAAAAAAAAAAA!』
竜は応えた。
静寂が消え去ると同時に戦場は動き出す。
グレルゴスの激を受け旅人の中でも最も素早く動き出した男は剣を握り、前へ。
「ひ、ひひひははははっはははは! 《加速》! 《致命防御》! 《鋭刃付与》!」
恐怖を押し殺し自らにスキルをかけながら、最短最速を駆け抜ける。
隣には一羽のハヤブサが並走するように飛び、一鳴き。
主人の使用したスキルのAGI補正というべきものを増加し男はさらに加速した。
蛇蟷竜はその愚かな双剣士に襲い掛かる。
鋭く腕を突き出した。
「《双刃斬撃》!」
それに対し男はスキルを発動。
双剣によって迎え撃つ……わけではない。
そのまま両の剣を傾けた。
「う、うおおおおおおおらあああああああっ!」
接触。
鋭利な爪戟を、恐ろしいほどの力を、双剣の側面に乗せ……流す。
「ずぃああああああああアアッ!」
身体を捻り、剣は削れ、耐久値が消し飛んでいく。
それと引き換えに強引に力を後ろに流し、流し、流しきって……
「ぬ、けたあああああああああああ!」
竜の懐に入ることに成功した。
それはこの怪物であろうとも絶対ではないという証明に他ならない。
攻撃を受けるのではなくスキルを使用し弾き、流しさえすれば生き残れるという事実を周囲に伝えた。
「あっ……」
瞬間左腕に掴まれる。
爪が喰いこみ、肉体がひき肉のようにすぱりと斬れる。
そのままポリゴンとなって砕け散っていった。
先ほどまでと違うことがあるとすれば。
「進めえええええ!」
「ライバルが減ったぞ!」
「ざまあみろ! あれは俺の獲物だああああああああ!」
「バカお前、肉壁は多い方が良いに決まってるだろうが! あのバカみたいにすぐに死ぬなよな!」
それを見てもなお、彼らは死を恐れていないということだろう。
『GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
怪物は吠え、迎え撃つべく動き出す。
「一塊になるな! 広がれ!」
「応っ!」
「指図すんじゃねえええ!」
「正面から受けるな! 躱すか受け流すんだ! 警戒する必要があるのは2本の腕と背中の2つの鎌! 誰かが受け流す隙に手数でゴリ押し……っ!?」
刹那、蛇蟷竜の尾がしなる。
「ぐぼ!?」
「ぐぺっ……」
「う、ぐおおおおおおおおおおっ!?」
回り込むように背後から迫っていた2名の旅人の顏が尾の先端で撃ち殺された。
側面から迫っていた1人の旅人の腹を尾が捉え、吹き飛ばされ木に叩きつけられる。
『GYUOOOAAAAAAAAAAAAAA!』
温いと言わんばかりに、一瞬で2人の旅人がポリゴンとなって砕け散り、1人は瀕死に近いダメージを負った。
「素材を寄越せえええええ!」
それがどうしたと旅人は叫んだ。
襲い掛かるはイレギュラー、<蛇蟷竜ペルーラ>。
上級モンスターにして竜の一角を担う災厄。
立ち向かうは世界を旅する旅人と彼ら彼女らと苦楽を共にしてきた相棒である<アルカナ>。
この戦場においては総勢500を超える軍勢。
蛇蟷竜と不死の獣達による殺し合いが始まった。
☆
「非戦闘員は早く逃げろ! 流れ次第じゃここもすぐに戦場になるぞ! 逆に戦える奴は前線に向かってくれ!」
「任せろ!」
「イレギュラーが出たんだって? ラッキー。めっちゃいい装備作れるんじゃね?」
「それなー」
それを見ていない旅人は意気揚々と前線へと向かう。
そして、すぐにその余裕を剥がされることになるだろう。
それでいい。
とにかく使える戦力は全部使わなければならない。
一分一秒でも長くこの場所に引きつける。
そんなことを考えながら男は息を吐く。
彼の傍には赤い虎が佇んでいた。
「とりあえずは繋げられた、か……グレルゴスの機転に助けられたな」
下手をすれば、あの怪物の殺気だけに呑まれ崩壊していた。
数百人規模の旅人がたった一体のモンスターに睨まれただけで壊走させられかけたのだ。
彼の懸念の通りこの場で迎撃戦闘にならなければ、他の浄化地点へ移動し被害を拡大させていたことだろう。
「あれが上級か……」
情報としては知っていた。
そして、想像をはるかに超えていた。
「……勝てると思うか?」
「わからねぇが、やるしかねえな。少なくとも足止めは絶対だ。さっきの連絡通りなら、そろそろ<マザー・ウッド>の攻略戦が始まる。その最中にこんな怪物が背後から襲い掛かってみろ、すぐに壊滅するぞ」
すでに作戦は最終段階に入った。
<マザー・ウッド>と<蛇蟷竜ペルーラ>。
2体の上級モンスターによる乱戦の発生は絶対に避けなければならない。
数千人も旅人がいれば余裕、などという考えはすでに消え失せていた。
「近場の浄化地点に待機していた援軍が2人向かってきてくれてるらしい」
「メリナの保険か。質より量の方が……いや、それだと本末転倒なのか」
「だな」
彼らはフレンドからメッセージを受け取る。
そこにはイレギュラーに対処するための遊撃隊の人員が向かっていると。
ここまできてもなお、作戦の趣旨は変わらない。
イレギュラーは少数で止め、他の魔域の浄化地点のメンバーに<マザー・ウッド>の討伐を託す。
この瞬間、<マザー・ウッド>の討伐が完了するまで蛇蟷竜ペルーラの足止め、ないし討伐がこの戦場に残された旅人の役割となったのだ。
そのために。
「ここで食い止めるぞ!」
「おう!」
最後の魔車を見届けた後、彼らも前線へ戻っていった。
上級モンスターとは……
この世界に住まうイデアが定義したモンスターとしての区分の最高位。
【超越種】や【臨界個体】よりは強さの格が数段階下がるものの、年間を通しての被害規模と潜在的脅威度はそれらを遥かに上回る。
上級モンスターの【特異種】は超越種に近しい力を有していることもあるらしい。
<マザー・ウッド>は広域に影響を与え生態系そのものを書き換えるのに対し、<蛇蟷竜ペルーラ>はひたすらに単体での脅威度によって上級に認定されている。
蛇蟷竜ペルーラとは……
上級モンスターの一角。
とある世界の蛇と蟷螂の要素を兼ね備えた竜とでもいうべき存在。
隠密に特化したスキルを用いた狩りを得意としながらも、正面戦闘にも優れている。
推奨討伐合計レベル300以上、パーティ推奨。




