第27話 【骸仮面】スカルフェイス
□モコ平野 スカルフェイス
(こんなもんか)
少年の胸の内に流れたのはそんな6文字だった。
(グラインさんは数で潰せる。フウラさんはあのグリフォンが空を飛べたなら……いや、まぁ誤差の範囲か)
空を飛ばれたところでいくらでも対処方法はある。
(ミミフェットさんは警戒するだけ無駄かな。いずれMPが尽きるか耐久限界を迎えて《聖結界》が維持できずに解けて死ぬでしょ)
わざわざ仮面の旅人が、先にミミフェットを……弱者を潰しに行ったのには驚いたが。
どうやらドウゴクからヘイトを買っていたので今のうちにポイント稼ぎでもするつもりだったのだろう、とあたりをつけた。
(たぶん、メリナさんから依頼をされたのは仮面のお兄さんなんだろうなぁ)
その上で。
(ま、僕との相性は最悪みたいだけど)
スカルフェイスは仮面を少しずらし片目に被せる。
すると……視界が切り替わった。
目の前にいるのは、仮面の男の背中。
視界拡張。
召喚した骨兵の視界を確保することができるスキルだ。
【骸仮面】スカルフェイス。
それがスカルフェイスの<アルカナ>である仮面型のモンスター。
否、名づけにて自分のプレイヤーネームを付けた<アルカナ>だった。
どちらもスカルフェイスが故に……一人と一匹が合わさって一つの完成形であることを示すために。
《召喚骸骨兵》+1や《骨視界共有》といったスキルをもって生まれたそれは、単体で運用する場合、骨を召喚した後視界を確保し偵察を行わせたり【死霊術師】を取らずとも骨兵を運用できるようなサポーターだった。
しかし、順当に進化を積み重ねた結果【死霊術師】のジョブと組み合わせることによって、【死霊術師】では本来困難なはずな数百体単位の使役という運用を可能とするまでに至る。
<アルカナ>によるブーストにより【高位死霊術師】の領域に踏み込み、限定的な部分では一部超越したその力は現時点において数という絶対の優位を作り出す。
(<アルカナ>は大体予想がついた。魔法を食わせることで【可変詠唱】では到底再現できないような、自由に飛び回る闇の虫を放ってくる。それに、あの腰の短剣は呪物だ)
ここまでくれば、ジョブ構成というものもある程度見えてくる。
(【呪術師】と【闇魔法師】。うん、負ける気がしないね)
【呪術師】に《呪縛》は効かない。
《呪光》による減衰効果すらもほとんど意味がない。
《呪術の心得》によって獲得した呪い耐性によるものか、同格の【呪術師】同士において、有効にダメージを与える方法はほとんど存在しない。
だからこそ、それ以外のジョブが重要であり……
(闇魔法じゃ、スケルトンを倒すのも一苦労でしょ)
【闇魔法師】と完全に戦闘態勢が整った【死霊術師】の相性は最悪だ。
スカルフェイスはその上で警戒を続ける。
どうやら、あの甲虫は物理的な干渉能力を付与できるようだ。
今も骨の兵士の関節を的確に砕き、足を止めずに移動することで致命的な状況にならないようにしている。
身動きの取れない骨兵士は使役数の重荷になるだけであるため、隙を見て《骨爆》で処分しなければならない。
(地味に嫌なことしてくるなぁ……いい性格してるね。流石メリナさんに選ばれただけのことはある)
壊さず、あえて体力を残すことによる使役数の制限の押し付け。
殺さずに負傷兵を増やすことで敵陣の士気を下げるような、そんな文字通りの嫌がらせだ。
(追加で警戒すべき点があるとするなら奥義に<アルカナ>の補正を乗せたときかな?)
魔法の奥義に<アルカナ>によって物理干渉能力を持たせた時の破壊力は警戒をした方がいいだろう。
少々面倒ではあるが、骨の騎士がいるのでタイミングをミスらなければ防げるだろうとスカルフェイスは考えを纏める。
仮面の男の対処方法は決まったため意識を切り替え、その男を視界に収めた。
(ドウゴクさんはいいね。どんどんギアが上がってる。ははは! もうちょっと時間を潰せばもっと出力が上がりそうだ!)
だからこそ。
(まずは羽虫の掃除からかな)
ドウゴクとの心躍る戦いをするために、それ以外を排除することを決めた。
☆
カタカタ、カタカタと骨のきしむ音が鳴り響く。
(……まずい)
戦場の中心でグラインは焦る。
(俺は今、押されている)
周囲を見る。
四方八方を囲むは骨の軍勢。
たった一人によってこの地獄は形成された。
文字通りの一人軍隊。
《気配感知》を埋め尽くす反応。
(100体なんてもんじゃねえ。下手したらもっと……!?)
頭が痛くなりそうだ。
これが<アルカナ>と奥義の重ねによる力なのかとグラインは戦慄を覚える。
ほぼ下級職で埋まっているレベル150前後でこれだ。
(もし、スカルフェイスがレベル400にカンストをして、<アルカナ>がこのままサポーターとして進化をし続けたら……)
数千、数万体の骨の軍勢を操るのではないか。
嫌な汗が噴き出てくる。
(……【魔王】)
それはまさに、魔の王に相応しきモンスターと呼べる何かである、と。
『AAAAAAAAA!』
視界の奥に影の魔人の巨躯が見える。
それは大きく左腕を薙ぎ払い……数十体ものスケルトンが空に巻き上げられているのが見えた。
しかし、それらは爆発し魔人は煩わしそうにする。
その隙に追加で召喚された骨の兵士が隙間を埋めていく。
(俺が3体倒す間に、ドウゴクは2桁は余裕で倒している)
圧倒的な範囲火力不足。
力自慢と言えど、攻撃範囲では勝ちようがない。
スカルフェイスはドウゴクのついでに俺たちを相手にしているに過ぎないのだと、グラインは現状を正しく理解していた。
「ちょっと! あなたも<アルカナ>を出して戦ってよ! とにかく数を減らさないとでしょ!?」
「ギュアアアッ!」
相棒のグリフォンは風の弾丸を口から放ち骨を牽制。
その隙にスケルトンに押されながらフウラがたまたま合流できたグラインに突っかかる。
「……もういない」
「え?」
「もういねえんだよ! あの大乱戦の途中で倒されたからな!」
伝えたくなかった情報。
自身の相棒はすでにいないという弱み。
しかし、この状態になっても出し惜しみしてるとは思われたくない故にグラインは吠える。
「つ、使えないいいい!」
「どちらにせよ敵同士でしょうがあああ! 俺に頼らず、ずばっと解決してくれよ!」
「できたらもうやってるって!」
「おふたりさーん。いちゃついてないでちゃんと戦おうよー」
「ん!? ほ、骨が喋った!?」
「え? うわ、ほんとだ! 気持ちわるいぃぃ!」
スカルフェイスはスキルを通し、骨兵から声をかける。
骨兵の視界で見た二人の旅人が話しているのが見えたからだ。
「くそ、余裕だなあああ。《パワーインパクト》!」
大地にハンマーを振り下ろし、話しかけてきた骨兵を弾き飛ばした。
(なんでもありかよ! 発声したってことは視覚とか聴覚も共有できるんだろうなぁ……)
<アルカナ>による骨関連のスキルの拡張性向上。
それこそが【骸仮面】スカルフェイスの力であり、旅人スカルフェイスが選び取った力。
「誰がいちゃついてるって! てかどこから見てるのよ!」
「スケルトンの視界を通してに決まってるだろ! それぐらい察しろ!」
フウラは声だけ聞こえてきたことに対する不満の声をあげるも、状況は改善しない。
「あーもう、射線が通らない! 準備もさせてくれないしぃ」
「……射線が通ればいいんだな? 準備できればいけるんだな?」
「え?」
グラインは考える。
認めよう。
おそらく、俺はもう勝てない。
<アルカナ>という存在の有無はもちろん、戦闘の規模が違う。
階位Ⅲと階位Ⅱの差を嫌でも思い知らされる。
だからと言って……
(やられっぱなしは性に合わねえ)
どこにいるのかはわかる。
《霊魂墓地》は移動できない奥義だ。
「道は開く。あとは任せた!」
「はぁ!?」
だったら見せてやろう。
どうせ死ぬのだから、見せてやろう。
午前の部で上位互換というものを見せられたが鍛え上げた我が秘奥……!
「《大回転割》ううううううッ!」
大きく踏み込むと同時に、ハンマーを横に振り被り、足を起点に振り回す。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる回る。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
《気配感知》が示すままに、邪魔な骸骨どもを粉砕する。
回転するほどに威力は上がる、
移動速度こそ遅い。
なにせ回り続けなければならないからだ。
ハニーミルクのような3次元的な回転はできない。
なんだあれは、あんな運用方法があったのかとグラインは目から鱗が落ちた気分だった。
しかし、こちらに向かってくるだけの雑魚を狩るのであれば!
人間大の、振り回せば確実に当たるのであれば!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
足を細かく切り替え、ハンマー投げのように。
グラインはぐるぐる回り続ける。
「……うわ。あのスキル実際に使ってるのハニーミルクさん以外で初めて見た。スキルレベルも上げてるみたいだし、見た目によらずマメだなぁ」
スカルフェイスは第三の眼。
骨の兵士を通した視界からそれを盗み見る。
その声はどこか引いていた。
確かに、高いSTRもあってか破壊力はすさまじい。
その代わりあまりにも隙だらけ。
魔法攻撃を喰らえばおしゃか。
しかし、骨の兵士を破壊するだけであればこれ以上ないほどに効果的だ。
「でもそれさぁ……やっぱ隙が多いよね」
グラインの周囲には骨の兵士が持っていた呪いの武器が多く散らばっている。
足元から崩せばそれで終わりだ。
《大回転割》の理論値を知っているがゆえに、それはあまりにも拙く見えた。
「はい残念。《呪爆》」
瞬間、グラインの周囲に落ちていた呪いの武器達は爆発した。
「ぐ、クッソ、がああああああッ!?」
足元で発生した爆発を受け、態勢が崩れる。
その先には武器を構えた骨の兵士が待ち構えていた。
「あっはっはっは! ほらほらほら! 休んでいる暇はないよぉ?」
骨の兵士による攻撃がグラインに襲い掛かる。
「くっ!?」
必至に抵抗をしようとするも弾き飛ばされ体勢が崩れているがためにすべてを防げず……殺傷。
「《呪縛》」
「く、そ……」
動きが止まったグラインの上に続々と骨の兵士が覆いかぶさった。
「あーあ……《骨爆》」
そしてそのすべてが爆発した。
骨兵を爆発させる闇属性の魔法攻撃。
1発1発の威力は低いものの、数の暴力によるダメージは無視できない。
「あっはっは! たのしー!」
元PKは笑う。
待ちに待ち望んだ大規模の対人戦。
メニューを操作しひたすら武器を取り出していく。
呪いの武器に始まり鉄製の武器や引いては石剣まで。
赤字なんて気にしない。
また稼げばいい、貯めればいい。
(それはそうと、早く【高位死霊術師】になりたいなぁ)
そうすれば、武装したスケルトンを呼べるようになる。
そんなことを考えながら、自分の考えたコンボになすすべなく倒れていく他のプレイヤーを見るのに快感を覚え……
「……おっと」
ついやりすぎたことに気づいた。
あまりにも滑稽で。
あまりにも楽しかったせいで。
(ドウゴクさんに次送らないと)
骨兵士の召喚をつい止めてしまった。
この空白期間でかなりドウゴクに倒されている。
はやく補充を……
「礼は言わないわ……ただ、この一射をもってしてあんたへの手向けにしてあげる!」
「GYUAAAAAA!」
(は?)
生まれた空間。
生まれた時間。
骸骨の視界から見えた情報はその矛先は自らの方を向いていることを示している。
グラインが作り出したそれによってフウラが準備を終わらせていた。
(……ま、問題ないかな。ドウゴクさんの影の斬撃よりも威力は低いわけだし)
恐れる必要はない。
骨騎士で防げる。
それよりもドウゴクに対して骨の兵士を向かわせる方が重要だ。
所詮、階位Ⅱの攻撃スキルで……
「あれ?」
骨の兵士の視界に映ったのは青い光。
スキルにはスキル発動中に別のアクティブスキルを重ねることができるスキルとできないスキルが存在する。
その中でも特に攻撃系のアクティブスキルは基本重ねることができない。
しかし、一部のスキルはスキル効果によってスキル詠唱と発動したスキルの紐づけをほかの動作に置換したり、保持する能力がある。
そして……スキル単体は基本加算であるが、スキルとスキルを重ねた時は乗算に近いと言われていた。
それは組み合わせ次第によって無限の可能性がある汎用性の高い奥義の一つ。
理論上3つのアクティブスキルを同時に重ね掛けることすらも可能なそのスキルの名は。
「戦士の、極意……」
スカルフェイスは気づいた。
(やっば!?)
これは今までとはわけが違うと。
「さすがに、これは効くんじゃない?」
フウラは笑う。
この一撃であればタイラント・ゴーレムにも届くと確信している己の最高の一撃。
ジョブスキル《チャージショット》と<アルカナ>によるバフスキル《グリフィンアロー》。
そして……武器によるパッシブスキル《貫通強化》。
武器スキルによる恩恵を受けながら2つのチャージ系の攻撃スキルを同時に重ね放つ……奥義。
「《暴風矢》!」
放たれるは螺旋の一矢。
しかし、ただの矢と侮るなかれ。
グラインが稼いだ時間で、生まれた空間で、その一撃は十分な威力を蓄えたまま放たれた。
瞬間、視界を共有していたスケルトンが、その周囲にいたことごとくが、そのスキルの余波によってなすすべもなく破壊された。
(まずい!?)
(逃げられないんだよね。さすがにそれぐらいは知ってるよ)
《霊魂墓地》は陣を構築した場所から移動することができない。
正確には、その墓地から足を踏み出したとき怨念が術者に牙を剥く。
召喚している骨兵の数、奥義発動中に消費したMP等自身が受けた恩恵の分に比例したHPに対する固定の減算ダメージ。
この数分間でスケルトンを数百体召喚し、その運用コストを肩代わりさせた時のデメリット効果はあまりにも……
(ここから出たら僕は死ぬ!)
固定の減算ダメージ故に耐える方法はHPを上げるしかない。
しかし、スカルフェイスのジョブ構成は後衛特化……つまり、HPが低い。
そして、この奥義の起点となっている核は骨塚だ。
この攻撃は確実に陣を破壊するに至るだろう。
フウラの勝ち……
(……まさかこれを防御札に切らされるなんてね)
などではない。
スカルフェイスは手元にある予備の霊魂球を急ぎ砕き、
「《召喚骸騎士》!」
『a……aA……AAAAOOOO!』
二回り大きい骨の騎士が顕現した。
<アルカナ>によるバフ。
ジョブスキルによる補正。
霊魂球によるブースト。
そして……衝突。
風が爆発した。
フウラとスカルフェイスの直線上にいた数十体を超える全てのスケルトンは砕け散り霧散した。
その衝突の余波の突風により、スカルフェイスの周囲を固めていたスケルトンの多くが吹き飛ばされた。
しかし。
「防がれ……た?」
(間に合った)
スカルフェイスは笑みを浮かべる。
霊魂球の用途は奥義の発動だけではない。
「いやー、危ない危ない。負けるところだったよ」
召喚する骨兵士の能力を向上させることもできる。
事前に作成しておいた霊魂球を消費することで、並を上回る耐久能力を有した骨騎士を召喚したのだ。
(いざという時の切り札だったんだけど、参ったな)
しかし、無傷ではない。
骨騎士はすでに半分以上HPが削られていた。
これでは奥の手を重ねるのには勿体ない。
さらに、スカルフェイスは冷静に戦況を分析する。
手を緩めすぎたと。
「おらあああああ! ようやく、来たぞゴらアアアアあ!」
「あーあ、油断は駄目だねぇ」
数百体もの骨の兵士を蹴散らし、ドウゴクとスカルフェイスは再び相まみえた。
物量によるゴリ押しを仕掛け足止めをさせていたそれが崩れたからだ。
「ふぅ……。さて、どうしよう。《早食い》、はしとくとして……」
「GYUAA……」
フウラは息を吐く。
枯渇したSPを技力回復薬によって回復するも自身の必殺を防がれてしまった。
「ぐ、うううう! 勝手に殺すなあ!」
「あ、生きてる」
フウラから少し離れた場所でグラインはなんとか立ち上がる。
しかし、体の節々が上手く動かない。
ダメージは確実に積み重なっている。
(ま、グラインさんとフウラさんは実質退場みたいなもんか)
先ほどの油断のせいで均衡が崩れた。
だからこそ、仮面を被り状況を把握。
(ミミフェットさんは……ちょうどかな)
見れば《聖結界》が解ける一歩手前だった。
耐久限界。
骨兵士による攻撃を受け続けた結果崩れ去る。
《聖結界》のクールタイムは結界の維持効果がきれてから60秒。
守る手段を失った少女は骨兵士に囲まれ……
「もうだめ! ぴーちゃん! お願い!」
「PiiiiiOOOOO!」
故に、それは放たれた。
術者であるスカルフェイスはいち早く気付く。
(……は? 僕のスケルトンが浄化された!?)
ミミフェットの周囲にいたスケルトンがスキル発動の余波だけで浄化されたのだと。
(聖属性……しかも、この規模は!?)
「んだと!?」
「うそっ!」
「なんだありゃ!?」
残りの面々も遅れて気づく。
少女の頭上、小鳥が羽ばたくと同時に魔法現象として顕現した巨大な光の塊が遠くに見えたがために。
「来たな」
それを待ち望んでいた、ただ一人の男を除いて……




