第21話 カタギ
□モコ平野 クロウ・ホーク
「だいぶ減ってきたな」
また一人デスペナルティ送りにしつつ周囲を見渡す。
最初は少し移動したら接敵していたが、既にだいぶ余裕ができつつあった。
10分近く戦い続けているが、大体3分の2ほどくらいになっただろうか。
(ユティナ、どうだ?)
(散らばってるわね。右に5。左は粉塵が上がっててよく見えないわ)
ユティナが所持する《限定憑依》というスキル。
それは俺自身に憑依することでMP・SP・INTを大幅に上昇することができるというものだ。
しかし、今回はその使い方は出来ない。
背中にユティナを背負って戦うことになるからだ。
だから、今回はいつもと戦闘スタイルの趣向を変えてみた。
ユティナは今、呪物……<呪いの投げ石>に憑依している。
そして《呪物操作》によっておよそ20メートル近い高さに浮かせていた。
これにより、地上から見えない範囲でもある程度なら索敵することができる。
案としてはあったのだが、普段使用している方が使い勝手が良すぎたためあまり使ってこなかった方法だ。
それに、武器が破壊されたらユティナはそのまま空中から落下してしまう。
ある程度のリスクを背負うのだが石であれば違和感は少ない。
《呪物操作》だけであれば魔法現象ではないため《魔法感知》で探知されないのもいい。
逆に俺もこういったスキルの適用範囲外の攻撃には警戒しなければならないだろう。
(クロウ、正面2よ)
(ああ、見えて……)
ん?
「おっと」
「ぐああああッ!? 死ぬ! あ、でもレイナちゃ……」
その場を避け流れ弾が通りすぎていくのを見送る。
旅人がものすごい勢いで吹き飛んできたのだ。
その男は地面に叩き付けられそのままポリゴンとなって砕け散っていった。
「吹っとんだなー」
魔法か、はたまた奥義によるものか。
その方向を見ると黒髪をオールバックに纏めた一人の男がいた。
バスタードソードと呼べばいいのか片側のみに刃がある。
まるで叩き割るための形状。
鈍器のようなようなそれを肩に担いでいる。
どうやら単純にあれで弾き飛ばしたらしい。
黒いサングラスを掛け、大股で歩きながらこちらに近づいてくる。
どこぞの極道のような威圧感。
(癖つよ……)
なにこれぇ……
「何見てんじゃわりゃアアアッ」
(ガラわっる)
「おいコラッ、お前堅気のもんかいごらアアッ!?」
「いや、この場にいる時点で参加者に決まってるだろ……」
「……それもそうだな」
男は肩に担いでいた剣をだらりと下ろす。
(黒剣、鉱石ベースか?)
「なら……死んどけぇやあああ!」
男はそのままこちらに向け駆け出してきた。
バックステップで距離を保ち、闇の弾丸……昆虫で牽制。
「この! なんだァこの虫は!?」
(これは俺の<アルカナ>。これは俺の<アルカナ>)
戦闘中ずっと思い込むことで少し愛着が沸いてきた。
造形が甘い気がするので動きでカバー。
口元をぎちぎちと動かしてみるとしよう。
うん、それっぽくなった。
男はとびまわる甲虫の中でも近づいてきた個体は的確に引きつけ叩き落としている。
純粋に技量が高いのだろう。
(視線誘導なし、目を見ようともしていない)
<アルカナ>の情報がないため最大限の警戒をもって男を見つめる。
まず警戒すべきは状態異常付与系の能力だろう。
右目に宿るMP回復スキルを持った竜なんてものがあるのだ。
目に宿り一定時間視線を合わせた相手を石化する魔眼。
殺傷した対象に麻痺の付与。
鱗粉を撒く。
空気感染。
陣を構築し領域内にいる対象の動きを封じる。
などなど、ありとあらゆる可能性を警戒する。
この間にも周囲の情報を収集。
次の目標を定めながら、現在接敵中の男を視界に収める。
「おいこら! よそ見とはいい度胸だなごらぁ!?」
(……早いな)
闇魔法を無視し、素早く踏み込んできた。
単純にステータスが高い。
前衛職で固めているのか、もしくは俺よりレベルが一回り高そうだ。
位置関係が少し入れ変わる。
正面から受け止めず、流すように移動。
追いついた闇魔法でけん制。
俺の影と相手の影がすれ違い……瞬間、影が蠢いた。
「……へぇ!」
思わず口角が上がる。
男の影から黒い腕が生え俺に襲い掛かってきたのだ。
(何か住んでやがるな)
さらに男が動く。
「《フラッシュ》!」
剣先が白く輝く。
【盗賊】や【冒険者】などの探索系のジョブが覚える周囲を強く照らすだけの基本スキル。
使い方によっては相手の視界を一瞬奪うことすらも可能だがよっぽど近距離かつ目元に当てないと意味はない。
攻撃性はなく、《暗視》ですら見えないような暗がりを照らすために使う探索専門のスキルだ。
しかし、今この場においては違う。
(影の角度か!)
影に潜み、足元から襲い掛かってくるアルカナ。
そして光で相手の眼を錯乱しながら、影の角度を変え射程を伸ばす。
立ち位置の計算など考慮しなければならないがなるほど。
「面白い!」
足に力を込め後方へ飛ぶ。
距離を開くのを優先。
地面に振り下ろされた腕は俺が先ほどまでいた場所を陥没させた。
なかなかパワーがありそうだ。
攻撃を躱しつつ、闇虫で攻撃。
守りに入った男の周囲から大きな腕は離れない。
影の腕は俺への攻撃を諦め、器用にも闇の虫を掴み潰している。
「この虫めんどくせえエエッ!」
(あの腕はあくまで主人の影から伸びるのか。立ち位置を考える必要はあるし射程は短いが、場合によっては死角をカバーできるのは優秀だな)
これはなかなか骨が折れそうなやつが来た。
闇の弾丸は残り5つ。
そろそろ補充を……。
(クロウ!)
「……って、それは野暮では?」
「ちぃっ!」
俺と男はその場を大きく飛びのき、空から薙ぎ払うように放たれた炎を躱す。
「これはバトルロイヤルだぜ! 隙があったら狙うってもんよ!」
空から見下ろされる。
騎乗しているそれはワイバーン型に近いか。
竜のアルカナに乗った男が空から俺たちのことを一瞥していた。
このゲームにおいて下級職での一番人気は【剣士】とされている。
では、<アルカナ>の一番人気と名高い種族といえば?
「てめっ!? ドラゴンライダーかごらぁ!」
「ご名答! ……ってガラわっる。イカしてんなぁおっさん」
答えはドラゴン。
犬や猫のようなメジャー所と並ぶ人気があり、ファンタジー御用達の種族だ。
下級職【騎士】。
下級職【従魔師】の派生下級職【竜使い】。
この2つをレベル最大にし、一定の条件を満たすことで就くことができる上級職に【竜騎士】というものがある。
ドラゴンライダーはそれを目指しドラゴンのガーディアンの<アルカナ>を選んだ者たちの総称だ。
共通しているのは騎乗タイプの<アルカナ>が大半を占めていること。
「かっこいいなー」
今はともかく、まだ始めたての頃は俺も竜に乗りたいと考えていたものだ。
でもいいのか?
20メートル離れていない。
そこは俺の射程圏内だ。
「だろ? だから俺の英雄譚のために死んでくれ! 《風刃》!」
「──グオオオオオッ!」
「断る。行け!」
風の刃の軌道から避けながら牽制のために闇の甲虫を放つ。
先ほどまで戦っていた男はブレスを避けながら駆け、自身の影を竜の影に重ねた。
「てめえが死ねえええええいッ!」
瞬間、影が蠢き先ほどよりも長く伸びた腕が竜に襲い掛かる。
「見た目のガラの悪さによらず技巧派なのね……」
自分の影を他人の影と重ねることで攻撃の規模が大きくなるようだ。
なかなかに面白い性能をしている。
「なッ!? フィードラッドゴルス2世! 距離を離して……」
名前の癖強いな!?
なぜ2世なんだ。
……それに、そうはさせない。
「《呪縛》」
ぼそり、と小さな声でそのスキルを発動。
「グアッ!?」
竜の動きが一瞬止まる。
「なにが!?」
対生物において特効の性能を誇る《呪縛》。
あの男はどうやら魔法使い系のジョブで固めているように見える。
であれば、レジストされないようにその脚である竜を狙った。
先ほど注意がそれている時にさりげなくもう一つの《呪物操作》の対象であった呪いの短剣でダメージを与えておいたのだ。
そうすることで、《呪縛》の条件は達成。
あとは、他の旅人の攻撃に合わせ、俺が動きを一瞬封じてあげればいい。
この10分の間俺は自分の手を汚すことなく、この方法で何度も旅人を仕留めさせてきた。
目立たないための方法、その2である。
「ぐわああああ!?」
「おら、どうしたヨ英雄様ああアアアッ!」
ドラゴンは大きな影の腕につかまれ地面に叩きつけられ、衝撃によって旅人は投げ出された。
(……射程が長いな)
俺がわざわざ止める必要は無かったらしい。
ついでに闇の虫に指示を出す。
といっても、俺が動かしているのだが。
それぞれが自由自在に飛び回り、その旅人の胴体を捉え破裂する。
「ぐおおお!?」
その隙をつき、影の腕を操る男が飛びついた。
「じゃあなアッ!」
「待っ!?」
「グオオオオオオッ!」
影が消えたことで自由になったドラゴンはしかし、主人の元には間に合わない。
男の剣戟が英雄様の胴体を捉えた。
「ぐふっ……!? ガッ!?」
加えて、足元の影から爪が伸び男の心臓部を貫いた。
徹底的なまでの追い打ち。
重要部位の欠損か、HPを全損したのか、ポリゴンとなって砕け散っていく。
「はッ、ザマぁねえぜ。よし、仕切り直しだぁ! 次はてめえだぞゴルァッ!」
「おーこわ。《暗黒弾》」
再度、装填。
「……それ、魔法かァ?」
「さぁ、どうだろうな。どっちかというと魔法で生み出された生物に近いと俺は思ってる」
含みを持たせる。
《嘘感知》がある以上明言はしない。
答えは勝手に導き出してくれ。
「……魔法を食わせてるのか。面倒くせえ<アルカナ>だな。本体を仕留めねえと無限に生み出されるのかよ。反応もねえし服の中にでも隠れてやがるのか?」
男はガシガシと剣を持っていない方の手で頭を搔いた。
影から飛びでている腕はうへぇ、とジェスチャーで感情を表現している。
どうやらかなりお茶目な<アルカナ>のようだ。
そしてやはり、見た目とは裏腹に頭の回転がかなり速い。
それに、この旅人と<アルカナ>かなりバランスがいいな。
基本は近距離戦時に足元からの奇襲の役割。
それだけで警戒を続けなければならない。
そして、空を飛ぶ相手にも影を重ねることで攻撃距離を強引に伸ばし対抗できる。
条件によって出力が左右されるが、幅広い環境で戦える全距離対応型。
それに両者ともに火力があり息もあっている。
(ま、俺の相棒には負けるがな)
(誉めてもなにもでないわよ……それにしても、うまく誤魔化せるものね)
(実際に似たような<アルカナ>はいるらしいからな)
狐型の<アルカナ>。
複数属性の狐火を放ってくる純正魔法アタッカーのガーディアンだ。
適当に動画を漁っていたら出てきたので参考にさせてもらった。
「仕方ねえか……纏え」
睨み合うこと数秒。
すると、影から闇が立ち上り男の右腕に巻き付いた。
そのまま剣も包み込み、漆黒の闇に染まる。
影の生物をその身と剣に纏ったのだ。
「……中二病の方?」
「そんな仮面付けてるやつに言われたくねえぞゴラァッ!」
ごめんて。
(いや、待てよ)
影からの攻撃はガーディアンのようだったが今の形態はまるでサポーターだ。
そこまでの拡張性を持たせられるものなのか?
「差し支えなければ教えていただきたいのですが、合計レベルとアルカナの階位はいくつでしょうか? 私めは合計レベル143の階位はⅡです」
「合計レベルは191。アルカナの階位はⅢだ。ってかその気持ち悪い話し方やめろや」
あ、普通に答えてくれるのね。
根は良い奴なのかもしれない。
いや、それよりも進化して3段階目になっている。
<アルカナ>はガーディアンの方が育ちやすいというのは有名な話だが、さすがに現時点で5回の進化のうち2回目に到達しているのは少数だろう。
なにせ、階位Ⅱの場合<アルカナ>のレベルを50まで上げないといけないのだ。
俺のユティナもこないだ進化したが、未だに9レベルである。
レベル上げには多種多様な経験を<アルカナ>にさせることが重要なようだ。
食事ですら経験値を取得できるとのこと。
ただ、やはり一番効率的なのはモンスターを狩り続ける事。
つまり、この男……
「あー、ルクレシア王国の討伐ランキングは何位だ?」
「3位だよ。総合で10位。なんか文句でもあっか!」
さすがの俺でも知っている。
ルクレシア王国の討伐部門3位。
クエスト部門2位。
そして総合ランキングトップ10入りを果たした旅人……
「ドウゴク……」
「よくわかってんじゃねえかよオイッ!」
……め、メリナさーん!
最上位ランカー取りこぼしてますよ!?
というかクエスト部門2位って、やっぱ普通に良い奴だな。
イデアや旅人の困りごとを率先して解決してるってことだし。
「ばりばりの上位勢じゃねえかよ。なんで入れ替わり戦なんかに参加してるんだ?」
それだけの実績があるのであれば何の問題もなかっただろう。
「用事があって西の方から昨日ルセスに戻ってきたんだよオ。そしたら、俺のことを放ってやれ浄化作業の選抜メンバーだの面白そうなこと言ってたんでな。しかも、あのふざけた名前の1位と2位も参加するらしいじゃねえか」
彗星とブルーのことだ。
そしてどうやら、この男についてはメリナの情報網には引っかかっていなかったらしい。
「声がかけられなかったのは腹立たしいが、ようはここで勝ちゃイイんだろ?」
男は俺のことを睨みつける。
「それにヨォ……俺は総合10位だから参加させろとか喚くのは! くそダセえだろうがあああ!」
それはごもっとも。
「……オイ、もういいのかァ?」
男の腕に纏った影が蠢く。
影に住み、影を纏う<アルカナ>。
生まれたばかりの<アルカナ>はレベル50相当の戦力と言われていた。
階位Ⅱの<アルカナ>はレベル100相当の戦力と言われている。
単純に考えれば、階位Ⅲの<アルカナ>は150から200相当の何かがあると見ていい。
(それに、討伐部門で上位に入ったタネがあるはずだ)
討伐部門で彗星やブルーについで3位に入った男だ。
殲滅力、もしくは特定条件下での戦闘能力に長けているはずである。
情報を整理しよう。
影を他人と重ねると出力が上がる。
影が長いほど射程が伸びる。
環境依存による出力値の変化。
ドウゴクはその風貌や言動とは裏腹に思慮深い。
自分の強みや弱みを理解し活かす立ち回りを徹底している。
「なら、死ぬかおらあアアアアッ! 《残影地斬》!」
影が蠢き闇を纏う斬撃が放たれた。
それは大地を割るような縦の斬撃。
破壊の軌跡を残しながら俺へと向かってくる。
「ははッ……」
思考力に長けた旅人とギミック特化の<アルカナ>。
いやはや、これまた随分と面白い旅人がいたものである。
「いてまうぞゴラアアアッ!」
「テンション上がるなぁおい!」
俺は魔法を展開し迎撃をすべく行動を開始する。
(……ただ、総合10位はちょっと強すぎるな)
ならば、バトルロイヤルという環境を十分に活かすとしよう。




