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第14話 PK VS PKK VS 蜂さん VS 森のクマさん

□カイゼン樹林 浅層 クロウ・ホーク


 <カイゼン樹林>に入ると一気に、視界が悪くなった。

 しかし、森のざわめきとともに周囲から若干の戦闘音が聞こえてくるので他にもプレイヤーはいそうではある。


「さっきの2人組が入ったばかりだし、このまま直進してもモンスターには会えなさそうだな」


「そうね、少し外れましょうか」


「ああ、背後の警戒は頼むぞ」


「任せなさい《限定憑依(リミテッド・ポゼスト)》」


 《限定憑依》でユティナには背後を警戒してもらう。

 俺はアイテムボックスから巾着袋を取り出し腰につけ装備した。

 5つある特殊装備枠のうち、一つがこの巾着となる。

 そして中から、石を取り出していく。


***

呪われた投げ石(25個セット)

装備可能条件:合計Lv1以上

耐久値:10/10

装備補正:STR-30

装備スキル:《追尾の呪い》

投擲後、周囲の生命に反応して追尾する。発動時与えるダメージを-99%。

***


「それ、昨日大量に作りこんでたものよね」


「夜中に再ログインして、ほぼ同じものを50個以上は作ったやつだな。これが今日のメインウェポンだ」


 【呪言】で《追尾の呪い》を指定すると、追加のカスタマイズができなくなったから装備補正は弱い。


 ただ、元から一つずつ《反転する天秤》をしていたら、どれだけ時間があっても足りない。

 この武器の役割は攻撃ではないのでこれでいいのだ。


 また、巾着袋に入っている石は現在武器の扱いではない。

 例えば、【弓術士】は5つある特殊装備枠に<矢筒>を装備し、そこにあらかじめ矢をセットしておくことで、アイテムボックスから矢を取り出す手間を省くことができる。


 それと同じように、特殊装備枠として使用できる収納機能のある装備を用意し、予め<呪われた投げ石>をセットしておけば、アイテムボックスから取り外す手間を省くことができるのだ。


 これにより《防具切替》で巾着袋をすぐに取り出すことも可能になる。


 俺は生産の素材にしなかった武器を再度売り払い、なんの機能もない巾着袋を購入し25個単位で<呪われた投げ石>をセットしたものを用意していた。


 左手には一応<呪われた片手剣>を装備しているが。


 ……ブブブッ!


「お、来たな」


「ええ、正面よ」


 木々の隙間をすり抜けるようにこちらに向かってきたのは、この森のモンスターにして、本日のターゲットの一つ。

 視界に入ると同時に<ホーネット>というモンスター名が表示される。

 <ホーネット>の数は2体。

 人の頭ぐらいの大きさの蜂だ。

 先手を取るべく、先頭の個体が俺に向かって飛び込んでくる。


 この森の中、剣による大立ち回りは今の俺ではおそらく無理だ。

 もう少し練度を上げればできるのかもしれないが、コンパクトに取りまわさなければならない。

 だから、今日はこれを使う。


「《インパクト》!」


 俺の右手から《インパクト》によってノーモーションで放たれた<呪われた投げ石>は、投擲判定となり《追尾の呪い》によって軌道の修正を行う。


 狙い通り<ホーネット>に当たりこそしたが、ダメージ減少効果もあって多少ひるんだ程度。

 そのまま突っ込んでくる。


 それでいい。

 左手に持っていた剣を右手に持ち替え構える。

 そして、<呪われた投げ石>でその肉体を殺傷した<ホーネット>は【呪縛】の指定可能対象だ。 


「【呪縛(カース・バインド)】!」


 瞬間、<ホーネット>はすべての動きを停止させた。


 状態異常の【呪縛】は一定期間ありとあらゆる行動を制限する。

 いわゆる金縛りに近い、実に【呪術師】っぽい状態異常だ。


 レジスト判定は自身のMP・INTと相手のMP・INTによって発生するが、ユティナと《限定憑依》状態にある俺は現在、INTが400もMPも400近くある。


 つまり、並のINTやMPに対してなら、ほぼ確実に【呪縛】が通るということだ。

 プレイヤーに対しても、今の環境なら魔法職以外ならほぼ確実に【呪縛】を通せるだろう。


 状態異常対策をされていなければの話だけどな!


「《スラッシュ》!」


 慣性の法則で、身動きが取れないまま突っ込んできた<ホーネット>に俺は斬撃を合わせる。

 そのまま胴体を切り裂き、<ホーネット>は地面に転がっていった。

 倒しきれないか。


(クロウ、背後から来てるわ!)


(身体渡すんで適当に弾いてくれ!)


 ユティナに身体の操作権を引き渡す。

 アドリブだが、彼女はしっかりと合わせてくれた。

 もう1体の<ホーネット>をユティナは遠くに弾く。


 その後、俺に肉体の操作権を戻し、地面に転がっている方の<ホーネット>を迫撃する。

 【呪縛】は既に解けているが、ダメージが大きく動けていないようだ。

 効果時間はかなり短いらしい。


「はい撃破!」


(もう1体もさっさと仕留めましょう)


「おう!」


 これで囲まれるリスクはなくなった。

 増援が来る可能性もあるので手速く倒し、2分も経たずに最初の戦闘は終了した。


「及第点だな」


 とりあえず、やりたいことはちゃんとできた。

 想定通り、考えていたコンボも使えそうだ。

 投擲判定の検証をしてたプレイヤーには感謝だな。


「そうね、3体以上いたら危なかったかしら?」


「できるだけ省エネで戦ったからな。それならそれでもっと石を投げまくって【呪縛】も必要に応じて使うだけだな。倒しきれないってことはないだろ」


「このまま被弾0を目指しましょうか」


「4体以上は被弾覚悟しなきゃだが、毒だけは絶対食らわないようにしよう!」


「結局ひとつも毒回復アイテム買えなかったものね……回復薬で足りるかしら?」


 ユティナさんや、それは言わない約束でしょう?



 そのまま狩りは滞りなく進んだ。

 実質はじめてのユティナとの狩りだが、息をあわせて行動することができている。

 暇さえあれば意識的に【念話】を使用し、身体の操作権を引き渡す練習を積み重ねる。


(クロウ上から蛇が降ってきてるわ!)


「おう! ってぎゃあああ! モスネークって毒持ちじゃねえかああ!!」


「さっさと仕留めるわよ……ってどんどん降ってきてる!?」


蛇の雨(スネークレイン)ってか! こんな殺人蛇と一緒の部屋にいられるか、俺は自分の部屋に帰らせてもらう!」


「口を動かす前に足を動かしなさい!!」


 時には戦略的撤退を行い。



「この<ロア>と<ポイズンロア>見た目で差がないのズルいだろ」


「ちゃんと表示されているモンスター名を見なさいってことね」


「目が滑るんだよなぁ。時間経過で非表示になるように設定にしてるんだけど、ずっとつけとくか?」


「近寄られる前に倒せばいいんじゃない?」


「《インパクト》っと、それしかないな。動きは遅いし狙撃の練習ぐらいに思うか」


 見た目は変わらないのに毒を持っている個体と毒を持っていない個体がいる蝶型のモンスターを狙撃の的として倒していき。



(これは、カピバラか?)


(モーマットよ)


(いや、カピバラだろ)


(でも表示されてるのはモーマットよ、つまりモーマットなのよ)


(そうか、モーマットなのか……てか飛びつこうとしてねえか)


(噛みつき攻撃かしら? あとあの牙、毒がありそうね)


「冷静に分析してる場合じゃない!? 《スラッシュ》!」


 大型のネズミ型モンスターは一片の油断もなく確実に仕留めた。




 そして森の中に入って2時間が経過した。


「現在合計レベルは54と、ここだけ見ればかなり順調だな。 サポートしてくれた結果だ! <アルカナ>さまさまだぜ」


(【呪縛】も最初以外ほとんど使わないで済んでるわね)


「確実に勝てる相手だけ狙ってるからだろうけどな!」


「私たちだけだものね。慎重になるに越したことはないわ!」


 なんというか、冒険してる感じがする。

 適性レベル帯だからかレベルもちゃんと上がってくれるし。


 初心者向けの狩場は本当に簡単だったと再認識しているところだ。


 <カイゼン樹林>では群れで行動しているモンスターも多く、毒を持った個体が当然のように襲ってくる。


 入念に準備をするか、毒の状態異常を回復するスキルを持った後衛、いわゆる回復役をパーティに加えないと長期間の滞在は難しいだろう。


 ユティナが後方を、俺が前方を注意することで死角こそほとんどないが、上から奇襲されると大体撤退戦になってしまう。


「ん?」



─システムメッセージ─

条件を達成したため、以下のスキルを取得しました。


《気配感知》Lv1:パッシブスキル

周囲の気配に敏感になる。

※スキルレベルが上昇するほど、知覚範囲と知覚対象の幅が広がる。


《暗視》:パッシブスキル

暗い環境においても周囲が昼間のように見える。



「……随分と都合のいいタイミングで欲しいスキルを覚えたわね」


「逆だろうな。条件を達成するような環境に身を置かないと覚えないんだろ」


 俺はログイン初日から長時間夜という環境で群れを相手にしながら戦っていた。

 その時の経験値もあったのだろう。


 確かに周囲の気配がなんとなくわかるようになった、のか?

 未知の感覚に少し違和感もあるが……うん、なるほど。


「よし、慣れた」


(どうしたの?)


(気配感知の感覚だがなんとなくわかった)


 新しい感覚器官が生えてくるのは他のVRゲームで既に経験済みだ。

 スキルとしてアシストしてくれる分だけこっちの方が楽かもしれない。


(ふーん。それなら私の警戒もお役御免かしら?)


(いや、隠蔽系のスキルとかで気配を断ち切ってる場合、このスキルで感知できるかわからない。今まで通り、目視での確認は意識していこう)


 さて。


(ユティナは、もうPKは<カイゼン樹林>からいなくなったと思うか?)


(私たちが来るよりもずっと前からいたのでしょう? もう元の世界に戻っていてもおかしくはないと思うのだけれど……違うのよね?)


(ああ。一度出直すことも考えてたけど、これはいるぞ……)


 既に10分近くモンスターと接敵していない。

 つまり、誰か他のプレイヤーがこの辺りで狩りをしていたということだ。

 しかし、戦闘音もなければ、こちらに近づいてくる気配もない。


 そして《気配感知》を覚えたからか、はっきりわかってしまった。

 現在周囲にはモンスターが全くいないことに。

 であれば、導き出される結論は一つだ。


 俺達は今、見られている。

 観察されている。


 仲間がいないのか、あの男はソロでいいのか、あの女は<アルカナ>であっているのか。


 ()()()()()御しやすいバカなのか。


 違和感だ。

 第六感をもっているわけでもないし、特別なスキルを覚えているわけでもない。


 ただ、俺は2時間森の中にいる中で、今現在最も違和感を覚えている。

 脳が危険を訴えかけてきている。

 油断をするな、と。


 種は既に撒いた。


 今ここには「勝てる相手にしか喧嘩を売らない合計レベル54のプレイヤーがソロで活動している」と言う情報だ。


 どこかで聞き耳を立ててたなら、先ほどの会話もしっかり拾ってくれたことだろう。


(ユティナ、合わせてくれ)


(ええ)


 故に、仕掛ける。


「いやぁ! めっちゃ順調だな」


「そうね、私たちの連携の賜物ね」


「この素材を売ればいくらぐらいになるかな、今あるスピルと合わせれば、今よりもずっといい防具が買える気がするんだよなぁ」


「初心者用の防具をいまだに買い替えてないのあなたぐらいじゃない? ほら、入口に居座ってた怖い男の人もちゃんと<銀の鎧(シルバーメイル)>に買い替えてたじゃない」


「あいつマジで顏怖すぎだろ! マジでビビったぜ!!」


「【決闘システム】で決闘しなくてよかったの?」


「いいんだよ。勝てる相手にしっかり勝つ。これが一番……」


 なんて中身のない会話なんだろう。

 バカ丸出しだ。

 わざわざモンスターがいる森の中で話すような内容じゃない。

 ただ、これでダメな場合は少しリスクはあるが思いっきり隙を晒して……


「おい、そこのお前。止まれ」


「え……な、なんだよお前ら!」


 よかった、無事釣れたみたいだな。

 《気配感知》にもしっかり反応がある。

 やはり身を隠すなにかをしていたらしい。

 さりげなく警戒はしていたが、不意を突かれたら危なかったな。

 不意打ちはこいつらの専売特許のはずだ。


 初期スピルをほぼ全額残しているように装ったのが効いたのか?

 俺の見た目がチュートリアルで渡された装備のまんまだから信憑性があったと。


 目の前の木の上にプレイヤーが一人その肩の上にナメクジのような<アルカナ>。

 そして地上に剣を持った男が一人。


 今回の目標である【賞金首】であろうプレイヤー達がそこにいた。

 地上の剣を持った男は、名前が通報対象として晒されていた男だな。

 たしか【mu-ma】だったはずだ。

 おそらく【剣士】という話だったが、あってそうだな。


(一人いないな、後衛職か。地上の男の<アルカナ>も見えない。ユティナは背後の警戒を頼む)


(任せなさい。あとは手筈通りに、よね?)


(ああ)


 ユティナは目立たないように、身を隠すように俺の背中に張り付いた

 俺は強がる男を演じるように、彼女を背中にかばうようにする。


 そのまま情報を収集するべく、会話を続ける。


「なんだよ、先に狩場使ってたのかよ。場所変えればいいのか? そういや全然モンスターを見なくなったと思ってたんだ」


「いいや、その必要はない。お前は有り金を全部置いていけばそれでいい」


「え? 何言って……」


「わかんねえのか! 《風刃(ウィンドカッター)》!」


「うおお!?」


 木の上に立っている男から風魔法が飛んできた。

 見づらいが距離はあるので楽に避けれる。

 が、敢えて大げさに避けておく。


 ……詳しくは知らないが、おそらく【風魔法師】だな。


「は、なにすんだ! いや……PKなのか、あんたら?」


「気づくの遅えよ! そもそもPKなんてもんじゃねえ! 俺らは【賞金首】だ!!」


「わかったか? 死にたくなかったらさっさと金を置いていけ」


 なるほど、【賞金首】と"暴力"という武器を振り回して相手の反応を確かめてるのか。


 この圧力に心が屈したら、言われるがまま物資を渡してしまうのだろう。


 こちらの冷静な判断力を奪いに来ているのだ。


 わざわざ伏兵を仕込んでいるのも、抵抗しようとしたプレイヤーを確実に仕留めるためだろう。


 ああ、まったくもって……


(面白いよなぁ)


(……クロウ?)


「わ、わかった! 金を渡せばいいんだな! だから、その怖い風魔法の照準を俺に合わせるのはやめてくれ!」


「ち、最初からそうすればいいんだよ」


「刃歯、止めろ」


「わかってるよ。ほれ、もうやめたぞ~」


 そう言って、【刃歯】と呼ばれた男は手をひらひら振った。


 俺への警戒度が下がったな。

 なぜだ? お金を渡すと言ったからか?

 ここまで慎重に事を運んでおいて今更?


 ……試してみるか。


「そ、それでどうやって渡せばいいんだ?」


「トレード機能があるだろ、それでいい」


「わかった、俺の全財産を渡すよ。確か5メートルまで近づかないとダメだったよな」


「わかってるならさっさとしろ。その剣もしまえ。このトレードで全てのスピルを入れろ」


「ああ、逃げねえから……ちゃんと全額入れるよ……」


「ひひっ、かわいそ~」


 そして、剣をしまった俺と、剣を構えたままの【mu-ma】は少しずつ近づいていく。


 およそ5メートル地点か、【mu-ma】の名前とともにトレードの申請がきたので、了承を押した。


 プレイヤー同士のトレードの方法は主に2通りある。

 一つ目は直接その場所に出し普通に手渡しする。

 二つ目はメニューのトレード機能を活用した交換だ。

 見ず知らずの他人と確実にトレードする時は二つ目のトレードが好まれる。

 というのもシステムによって所持権の交換が確実に担保されるからだ。


 俺がスピルを全額出して置いていくという方法を取ると、所持権が正常に移らない可能性がある。

 故に、彼らはトレードによる交換を選択したのだ。


 それもこれも、俺が嘘をついていないからだろうな。


 心当たりはある。

 そして、彼らの行動を見て確信した。

 【賞金首】たちは嘘を見破るスキルを持っている。

 街の兵士が持っていたものと同一のものに違いない。


 俺がトレードで全額渡すと言ったのも、逃げないと言ったのも、全て本当だ。


 だから、5メートルという近距離までのこのこと近づいてきたのだろう。


 そして、この展開に持ち込めた時点で、俺の勝利条件はほぼ満たせた。


 成功体験の積み重ねによる驕り。

 数的有利を取っているという慢心。

 嘘を感知するスキルに対する信頼。


 人はそれを油断と呼ぶ。


 このトレードが終了するまで、俺が死ぬことは絶対にない。

 彼らは自らの手によって、この俺の命を保証してしまったのだ。

 トレードが無事完了し、目の前の男が俺を殺す合図をだすであろうその瞬間まで……


 そのまま左手で操作を進め、宣言通り全財産をトレードのメニューに置く。

 設定した内容で取引を行うかの表示がでてきた。

 相手の設定した交換アイテムという画面もでてくるが、俺はノータイムで交換のボタンを押した。


 そして、そこにはトレード完了の文字が……


「……なに?」





 ──さぁ、始めようか。





「貴様、これは!?」


「《インパクト》!」


 俺は駆けだす、と同時に<呪われた投げ石>が入った巾着を開け放ち、底の方から《インパクト》によって衝撃を与え、前方向に思いっきりぶちまけた。

 無作為に飛び散ったその石は投擲という判定が行われ、四方八方から目の前のPK、そして突っ込んでいる俺に向かって《追尾の呪い》によって軌道の修正を行う。


 俺は被弾するが、ダメージはほぼないことはわかっているため無視して突っ込む。

 相手も肉体に被弾する石を目くらましだと判断したのか気にした様子はなく、当然のように迎撃態勢に移っていた。


「ち、《暴風剣(ストームソード)》」


(クロウ! 背後から狼が飛び出してきたわ、<アルカナ>よ!!)


 ユティナの報告も聞こえてきた。

 《気配感知》でも把握済みだが、まずは目の前の男を先に仕留める。


「ならば死ね」


 《暴風剣》は【剣士】がレベル50になることで習得する強力な攻撃スキルにして【剣士】の奥義だ。

 なによりの特徴はクールタイムこそ長いものの、その取り扱いの良さにあるのだろう。

 剣を空で振れば遠距離攻撃に。

 近距離の場合、攻撃対象に剣が触れた瞬間、風の斬撃を連続して放ち切り刻むというものらしい。




 つまり、剣を振らせなければなんの問題もない。




「《呪縛(カース・バインド)》」


「っな、に!?」


 瞬間、金縛りにあったかのように目の前の男の動きが止まる。

 お前はすでに【呪縛】の指定可能対象だ。


 対策もしていないな?

 毒耐性を疎かにし、ピンポイントで呪い耐性を上げられていたらまた手を変えないといけなかったが、唯一の懸念点はこれでなくなった。


 【呪縛】が成功したところですぐに解除されるのは確認済み。

 しかし5メートルという距離は一瞬だ。

 仕留めるための、その一瞬を稼げればそれでいい。


「《武具切替(ウェポン・スイッチ)》!」


(《反転する(インバージョン・)天秤(リーブラ)》!)


 俺は無手のまま振りかぶり、そのまま《武具切替》によって剣を取り出し、強く握りしめた。


 ユティナはそれに合わせるように《反転する天秤》を重ねる。


 いくつか考えていたうちの一つであったこの作戦。

 ネックだったのはスキル発動をする時間があるかどうかだが、すぐに気にする必要はないことに気づいた。




 そもそも《反転する(インバージョン・)天秤(リーブラ)》は俺のスキルではないのだから。




「《スラッシュ》!」


***

呪われた鉄剣(効果:《反転する天秤》)

装備可能条件:合計Lv50以上 STR400以上

耐久値:12/20

装備補正:STR+300、CRT+100

装備スキル:《首狩の呪い》

装備している間100/1sのダメージを受ける。特定部位《首》に与える斬撃威力を300上昇。

***





「まずは、一匹」


 【mu-ma】は首を切り離され、ポリゴンとなって砕け散った。


 奇襲は成功だ。

 同時に《気配感知》で確認していた背後の反応も消える。

 【mu-ma】の<アルカナ>だったらしい。


 俺は手早く、メニューを操作し装備を切り替える。

 自傷で400ダメージも受けてしまった。


 木の上にいる【刃歯】と呼ばれていた男はまさに絶句と言った様子だった。

 何が起きたのかわからないとでもいいたげな顔をしている。

 やはり、リーダー格らしき男を最初に落とす方針で間違ってなかったな。


「おい、おいおい! どうなってんだよ……こいつ噓はついてないんじゃなかったのかよ!? 裏切ったのかてめえええ! はぁ? 知らねえよ! なんだぁ、じゃあこいつは嘘をつけるスキルでもあるっていうのかよ!」


 わざわざ伏兵の存在まで教えてくれるとか親切だな。

 礼には礼を。

 俺も、親切に教えてあげるとしよう。


「俺は嘘を一つもついてないぞ?」


「なんだと!?」


「俺はちゃんとトレードで所持金を全額渡したし、逃げる気もない。全て本当だ! だってそうだろお!?」


 彼らは【賞金首】の意味を忘れてしまっているのだ。


 ならば、懇切丁寧に余すことなく、【賞金首】が何たるかを教えてあげるべきだろう。






「お前たちを狩れば、全部ずぇえええんぶ! 俺たちのモノになるんだからさあああ!」







 お前たちは狩る側の存在ではなく、狩られる側の存在なのだ、と。


 全額渡しても問題ない。そもそも俺は生産で浪費したから一文無しだ。

 目の前に美味しい獲物がいるのに逃げるバカがどこにいる。

 俺はデスペナルティにさせられても、仕様上時間以外失うものはなにもない。

 最悪自滅覚悟で一人道ずれにするだけでいい。

 【賞金首】狩りはローリスクハイリターンなのだ!

 

「PKKうますぎる!」


(クロウ……この場であなたと縁を切ってもいいかしら?)


(なんで!?)


(いや、ちょっと、こんなのが私の主人って思うと涙が止まらなくて……)


 いやいや待ってほしい。

 そもそも彼らは今倒さなければいけなかったのだ。

 システムメッセージで【mu-ma】からドロップしたアイテムを見ればわかる。


 彼らはすでに、次のフェーズに進む準備を進めていた。


 今手に入った大量のモンスターのドロップアイテムは、他のプレイヤーへの交渉材料にするためのものだろう。

 デスワープ用の毒ポーション特需の今、カイゼン樹林で手に入るモンスターの素材は金策目当てのプレイヤーからすれば垂涎物である。


 そして【賞金首】は兵士に街から追い出されてしまう。

 そうなると、物資の補給が困難になる。

 NPCやプレイヤーを恐喝し無理やり奪うか、自給自足をする必要があるのだ。


 であればどうすればいいのか。


 簡単だ。

 ()()()()()()()()()()に買ってきて貰えばいい。

 そうすることで物資は手に入り、協力者も手に入る。

 協力者もいずれは【賞金首】となり、また別の協力者を作り出す。


 そこからはもうネズミ算式だ。

 自警団のような対抗組織があるならいざ知らず、サービス開始の初期段階でPKが跋扈(ばっこ)する流れにするのは抑える必要があったのだ。


 いわば病気の初期治療のようなものだ。

 <ゴズ山道>でちまちま暴れているPKよりも、現在最前線で暴れ散らかしている【賞金首】の彼らの方が危険なのである。


 だから、俺はそれを防ぐために。


 彼らの暴挙を止めるために! 


 溢れ出る正義感に従い<カイゼン樹林>に単身で乗り込んできたのだ!


「はい、自己正当化完了!」


(そこまで口が回るといっそ清々しいわね)


「ちぃっ! もういい、お前はここで殺す。援護しろよ右手! 《風纏強化(エアリアルフォース)》!」


「できんのかよ? お前らごときがこの俺を……っ!?」













 ふと、俺は違和感を覚えた。

 先ほど感じたものと同一のものだ。

 これだけ騒いでいるのに、モンスターも、プレイヤーも、一切近寄ってこない。

 【賞金首】と接触してからかなり時間も経過している。

 少しはなんらかのアクションがあってもいいはずだが、恐ろしいほど静かだ。


 まるで、既に自らの生命を脅かす何かから逃げだした後かのように。


 脳が危険を訴えかけてきている。


 油断をするな。


 ここは既に死地である、と。








 Bubububububu……



 音が。








 Gititi……



 爆発した。

















『GiiiiiiiiiGYAAAAAAAAAA!!!』


「はぁっ!?」


(なによ!?)


「なんだぁ!?」


 空から戦場に、絶叫する何かが舞い降りた。

 否、舞い降りたなどという優しい表現などではない。


 それはまさに怪物だった。


 簡単に言えば巨大な蜂だ。

 しかし、3メートルをもゆうに超える大きさと言えばその恐ろしさがわかるだろう。


 全てをかみ砕くのではないかと錯覚するほどの凶悪な顎。

 掴んだものを離さないと言わんばかりの長い脚。

 ただの羽音でありながら、その羽は戦場の空気そのものを震えさせる。


 鋭利な針はありとあらゆる生物を貫き、切り裂くような殺意に満ちていた。

 姿を見ているだけで、生理的にも、そして生物としても怖気が走る。


 そして、怪物の頭上には<プレデター・ホーネット>という名前が表示されていた。


「エリアボスモンスターか!!」


「なんでこんな浅いところにいんだよ!?」


 <カイゼン樹林>の推奨合計レベルは50から100だ。

 運営によって設定されたそれは例外こそあれ、基本的には文字通りの意味を持っている。


 エリア探索の難易度は合計レベル50のソロを下限としたうえで、場合によっては合計レベル100の最大4人で編成されたパーティ攻略を推奨する強さのモンスターかそれに準ずる何かがいる、ということだ。

 

 その代表が【エリアボスモンスター】だ。

 【エリアボスモンスター】は複数体存在しており、普段は特定の縄張り、それも深層と呼べるような奥地に生息している。

 お互いの縄張りに入らないように生きているのだ。


 目の前の個体もそのはずだ。

 下級モンスター<ホーネット>が生物的に時間をかけて成熟することで進化した姿が<プレデター・ホーネット>であり、本来であればもっと奥地で活動しているはずなのだ。


 それは公式の情報であり、王都ルセスに常駐している兵士の話であり、この3日間、ゲーム内では5日間近くもの間、プレイヤーが存在こそ知ってはいたものの、ついぞ遭遇をしたことがなかったという純然たる事実によるものだった。


 この怪物がプレイヤーの目の前に現れるのは、本来であればもう少し先の未来になるはずだったのだ。


 つまり、誰も辿り着けなかった深層にいるこの怪物の縄張りに入り込み、ここまで引っ張りだしてきたやつがいる。


 そんなバカが複数いるとは思えない。


 であれば、単身でこの怪物に挑むのは、きっととびっきりのバカ野郎だろう。






「はちみつをおおお! よこせええええええええ!!」






 そしてそのバカも、当然のように乱入してきた。


 空から落ちてきたクマの着ぐるみは、大きな斧を振り回し、強烈な一撃を見舞うべく<プレデター・ホーネット>の頭に振り下ろした。


『GiiiiGYAAAA!!』


 <プレデター・ホーネット>はその攻撃を一瞬で回避しそのまま凶悪な針で薙ぎ払おうとするが、クマの着ぐるみは空中で変則的な軌道を描き、こちらも華麗に回避する。


 それは今まで何度も繰り返してきたのかのような、洗練された動きだった。


「ははっ、正気かよ!? 最高かあああああああ!」


「てめえら! マジでふざけんなああああああ!?」


『GiTiti! GitititititiGiGYAAAAAAAAA!!』


「はちみつ! はちみつうううううううう!!」


 かくして、今この瞬間、俺を含めて戦場には4つの勢力が生まれた。

 プレイヤーを狩りに来たPK。

 PKを狩りに来たPKK。

 周囲全てを破壊しつくさんと暴れる蜂の怪物。

 己が本能に従い蜂の怪物に執着する野生のクマ。





 ──激闘が始まる。



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― 新着の感想 ―
急にキャラが濃いクマが出てきたww そういえば天秤の効果で反転するのステータスだけだったのねスキルのほうも反転するかと思ってた
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