第11話 顔合わせ
□自室 烏鷹千里
すっかり夕方を過ぎてしまったので一度ログアウトし深夜のログインに備えて準備を進める。
ついでに情報収集もだ。
(俺について探しているような書き込みは特に見当たらないな)
SNSでいくつかキーワードを抜粋し調べてみたものの特にそれらしき書き込みはない。
あれ以降ログアウト中は定期的に調べるようにしているが、杞憂だったようだ。
少し前にルクレシア王国のPK事変によるクラン戦で少女を背中に背負って戦う鬼畜男がいる、という書き込みがあったくらいだろう。
おそらく、ブルーが前に言っていた書き込みがこれだ。
俺だと断定できる要素もない。
特定して追ってくるというのは不可能だな。
俺が対峙した相手はイデア中心だった。
旅人経由で調べられる可能性も考慮していたがこれなら問題ないか。
「ん?」
メッセージが来た。
……麗凛か。
せっかくなのでこの後にでもルセスでフレンド登録をしようというものだ。
俺がルセスに着いたと連絡をいれたからだろう。
タイミングを見計らっていたようだ。
「……ちょうどいいか」
後ほどルセスの冒険者ギルドに集合と連絡を入れる。
少し待てばスタンプが返ってきた。
それにしても、麗凛と同じゲームをするのは久しぶりだ。
お互いソロ専と言い張ってはいるものの、協力できることは協力する関係でもある。
少し楽しみだ。
☆
□王都ルセス クロウ・ホーク
仮眠後にログインし、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
麗凛とは事前にメッセージで連絡を取っているので寝落ちのリスクもない。
(今日はユティナに紹介したい相手がいるんだ)
(唐突ね。だれかしら?)
(俺の妹だ)
(妹さん? 実在したのね……)
何だと思っていたんだ。
というかまだ信じていなかったのかよ。
(ああ、この世界に来てるらしくてな)
(それで紹介してくれるってこと? それは楽しみだけれど、クロウの妹……どんな子なのかしら?)
見てからのお楽しみだ。
といっても、俺もどんな姿なのかは想像つかないんだが……
☆
冒険者ギルドに着く。
盛況ではあるものの、混んでいるというわけではなさそうだ。
というのもルセスの東西南北それぞれの門にギルド出張所なるものが立っており、依頼の受領や対応処理を分散しているらしい。
門の外でもあるため、混雑緩和の狙いもあるのだろう。
一応俺の特徴は伝えておいたので、向こうから声をかけて来るはずだ。
壁際の適当な席に座り、少し待つ。
「ん?」
正面の席に誰か座った。
その少女は編み込んだ髪を後頭部で1束に纏めている。
三つ編みハーフアップと呼ばれるそれは、昔毎日のように編んだ覚えのある物だ。
随分と見た覚えのある髪型に、そしてどこか妹と似た顔立ちのアバターが……
「……おい、少しは隠せよ」
「別にいいでしょ。クロウ・ホークさんもほぼ変更してないみたいだし」
「よく見ろ、髪型が少し違うだろ。それに灰色だ」
「そんなの誤差だよ。それを言うなら私だって髪色も灰色だし髪型も今とは変えてますー」
「結局満足いくのが作れなかったんだな」
「……ノーコメントで」
それはもう答えを言ってるんだよなぁ。
いつも通り満足のいくアバターが作れずデフォルトを選択。
俺から聞いていた特徴を適当に真似して髪型を変えたのだろう。
確かに印象は変わっているから別に問題ないだろうが。
「それで、何て呼べばいい?」
「レーリで。クロウでいいよね。フレンド申請を送るよ」
「おう」
システムメッセージで麗凛、改めレーリから申請が来た。
そのまま許可を押しフレンドリストに登録する。
何を思ったのかレーリはアイテムボックスから猫型の仮面を取り出し装着した。
それはとても見覚えのあるもので……
「おい、何を勝手に見ている」
「あ、やっぱ知ってるんだ」
当たり前だ。
<真贋の仮面>。
その形、りんご飴が作ったものだろう。
「初心者割で買ったんだ。なんか、偽装スキル? で商品を偽装して高く売りつける詐欺行為を働いてるプレイヤーがいて、それを炙り出すために初心者には安価で配られてるらしいよ」
「あー、そういうことね」
うまくやったなぁ。
確かにこれ以上ないほどに効果的だ。
レレイリッヒとメリナ、それにガーシスか?
自警団組織を巻き込んで大規模な普及をするようにしたのだろう。
「それで、なぜ見る」
「挨拶鑑定っていうらしいよ。目と目が合ったら鑑定してステータスが見えたら初心者同士。レベルが足りずに見えなかったら先輩プレイヤ―」
「トラブルの元だからやめなさい」
「はーい。あ、クロウにしかやってないから平気だよ」
そう言ってレーリは真贋の仮面を外しアイテムボックスにしまった。
まったく……
(……)
(ん、どうした?)
(いえ、本当に妹さんなのね。お互いに遠慮がないといえばいいのかしら? すごく不思議な感じよ)
ユティナ視点、初対面の相手と俺が遠慮なく会話している光景が新鮮なのだろう。
「それで、クロウの<アルカナ>は?」
「ん?」
「まだ生まれてないけど、一応どんな風なのか見てみたくて」
レーリは俺と同じように完全ランダムを選択したはずだ。
それで気になったのだろう。
「あー、そうだな。わかった、紹介するよ」
警戒のし過ぎもかえって違和感になるか。
俺の意図をくみ取ったのか、黒い光がそのまま人の形をとる。
そして、空いている俺の横の席に彼女は座った。
「初めまして。私はクロウの<アルカナ>。【天秤の悪魔】ユティナよ、よろしくね、レーリ」
「…………」
「あ、あら……? ね、ねぇクロウ。レーリが固まってしまったのだけれど……」
レーリは目を見開きユティナをじっと見たまま固まってしまった。
「おに、おにいちゃ……のある……かな?」
「悪魔だぞ。ほら、角あるだろ?」
レーリはどこか焦点を失った眼をしている。
「お、お母さんに報告しなきゃ……」
なぜだろう。
恐ろしい速度で誤解が進んでいる気がする。
「いや、だから<アルカナ>だって……」
「お、お兄ちゃんの性癖をこんなところで知ることになるなんて……」
「うおい!? 絶対勘違いしてるだろ! そういうのじゃないからな!」
「そうよ、私とクロウはとても純粋で……そう、深い関係なの」
「今はそういう誤解を招くのは……て、おま!? 絶対わかって言ってるだろ!」
愉悦の表情を浮かべてやがる。
こ、この野郎!
メリナでからかったときのことを根に持ってやがるな!?
「ろ、ログアウト! 私ログアウトするね! なにも見てないから! 大丈夫だから!」
「ま、待て話をしよう。何も大丈夫じゃないから話をしよう! せめて弁明の機会をくれ! ……ちょ、い、行くなあああああ!」
この後、消音の魔道具を使用してめちゃくちゃ説明した。
☆
「人型の<アルカナ>もいるとは聞いてたけど、まさかクロウがそれだったとは……」
どうやら軽く情報を集めてから始めたようだ。
ユーザ数が増えてきたからかユティナのような人の言葉を話したり、人の容姿に近い<アルカナ>が生まれるケースも相応に増えてきている。
そのことについてだろう。
俺と同じような悪魔はもちろん、天使に始まりゴーレム、妖精、スライム、ゴースト等々。
変わり種だと植物から生まれたケースもあるらしい。
分類的にはアルラウネになるのだろうか。
人の言葉を話せそうな天使、悪魔、妖精は最初から人の言葉を話せるタイプと話せないタイプに分かれているらしい。
確かに、レレイリッヒの【観測の悪魔】オプトーは人の言葉を話せないしな。
「えーと、ユティナさん」
「ユティナでいいわよ」
「あ、はい。私はレーリといいます。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
どうにか元の軌道に修正できた。
レーリとユティナは軽く会話を交わしていく。
(まさか、あんな反応をされるとは……)
いや、まぁそうなるのか。
お互いに幼少の頃からほぼゲーム三昧の毎日を送ってきたしな。
俺は硬派な男なのでラブ恋のような恋愛シミュレーションゲームとは無縁だった。
麗凛も特に女性向けの恋愛シミュレーションゲームはやっていないはずだ。
ただ、レーリは俺と違いラブ恋を既にプレイ済みだったりする。
登録者がかなり伸びたと言っていたのは2年ほど前か。
お互いのゲーム遍歴は詳しいのだ。
(あれ、もしかしてリアルの知り合いに会ったら全員にこの流れをやらなきゃいけないのか?)
いやいや、待ってほしい。
冷静に考えてみよう。
今この世界にいるであろう知り合いの名前をずらっと並べてみる。
あの魔法バカ達は……平気だろう、魔法以外興味ないはずだ。
アルカも皮肉を飛ばしてくるだろうが問題はないな。
問題はつい先日誘ったロボトミーとねここか。
あの二人は絶対に調子に乗って煽ってくる。
良くも悪くもお互いに遠慮がない関係だけに絶対悪乗りしてくる。
(会いたくねー……)
誘っておいてなんだが、しばらく様子を探るか。
「ちょいちょい」
「ん?」
耳を貸せとジェスチャーをされた。
ユティナに聞かせたくない話だろうか。
「どうした?」
「この2日間ずっと思ってたんだけど……これ、本当にゲーム?」
「ああ、それか。少なくともゲームってことになってる」
俺が麗凛に返せるのはこの言葉だけだ。
そして、聡明な妹はこれだけでも十分に意図を察してくれる。
「……なるほどね。クロウが嵌るわけだ」
「ま、そういうこと」
レーリは離れ、そのまま立ち上がった。
「うん。私はレベル上げに行くから」
「どこに行くんだ?」
「魔域の浄化。グランドクエスト関連の経験値が美味しいんだよね」
倒すほど報酬が上がるからな。
「私、双剣使いなんだ。クロウとユティナも来る?」
両腰にさしてある2つの剣。
それがレーリにとっての武器のようだ。
「いや、他にやることがあるから別行動だな。しばらくルセスにはいるから、気になることがあったらメッセージをくれ。案内もするぞ」
「ありがと。ただ、もう少し一人で色々見てからにするよ。ユティナもこれからよろしくね。それじゃ!」
そうして彼女はギルドから去っていった。
「それで、私たちはどうするの?」
「エリシアとリリーの様子を見に行って、あとは装備について考えないとだなぁ」
レイラーの助言を受けるのであれば、あの変装の装備の使用はしばらく控えた方がいいだろう。
となると、マグガルムコートを使用ができないのが現状だ。
現段階の旅人が持っている装備の中でも間違いなくオーバースペックのそれをひとたび大勢の前で使用すれば話題になる可能性は高いだろう。
《審美眼》や《鑑定眼》もどうやらかなり普及しているようだ。
あくまで読み取られるのはプロパティのみでスキルなどは見えないはずなのだが……
(バーティに相談するか?)
餅は餅屋。
一般常識の範囲内でどうにかする方法はないか調べることにしよう。
最悪、マグガルムコートは切り札として、普段使い用の他の装備を用意することも考えなければならない。
しばらく装備の更新はしないでいいと思ったのだが儘ならないものである。




