第13話 【賞金首】を喰らう者
□2035年 2月17日 烏鷹千里
「ただいま」
今日は午前登校の日だった。
次は高校の卒業式前まで学校に行かなくていいため気楽なものである。
早速制服から着替え、<Eternal Chain>にログインをするべく準備を進めながら、新しい情報がないかSNSや各種掲示板、攻略サイトを軽くチェックしていく。
その中である書き込みを見つけた。
「PKされました、ねぇ」
サービス開始してから3日目に入った現在、数は少ないながらも初期リスポーン地点の各国ではPKの報告と【賞金首】認定されるケースが確認されるようになっていた。
正直、この速さでPK落ちするのは順応が速すぎると思うのは俺だけだろうか?
また、PKそのものに恩恵はないが、仕様の穴があったら突こうとする輩はいるものらしい。
PKしたらアイテムが落ちないのであればPKせずに脅して全部回収してしまえばいいという思考に至ったプレイヤーが一部いるのだ。
所謂ヤンキーとかチンピラに分類されるだろう。当然通報権の対象らしい。
他にも、娯楽でPKをするという行為が各地で確認されている。
結果【賞金首】になっているプレイヤーもいるわけだが、新規ユーザもどんどん増えてきている現状、このまま問題が表面化するのはよくない流れだろう。
今の俺にできることがあるとすれば。
「デスペナルティになるとか自慢かよ羨ましい、っと送信」
そう返信すると狙い通り怒りの返信がきたので、こんなところで油売ってないでデスペナルティ中でも<Eternal Chain>にログインできるからしてこい、と返す。
他にも目に付いた書き込みや呟きにも、やりすぎない程度に適度に使い分けながらログインするよう促していく。
「まぁ、あとは上手くやるだろ」
今の新規ユーザのほとんどは、いち早く反応したゲーマーが大半である。
なので、あのコミュニケーション能力強者ゲーム大好き悪魔とゲーム談義でもすれば即刻引退といった事態は防げるはずだ。
ただ、りんご飴や彼女が誘う予定のコミュニティの人たちからすれば、由々しき事態であろうことは容易に想像できる。
「とりあえず実地調査からだな」
☆
□王都ルセス モコ平野 クロウ・ホーク
俺とユティナは狩りの準備を終わらせ、モコ平野を進み、次の目標である中級者向けの狩場<カイゼン樹林>へ小走りで向かっていた。
ちなみに<カイゼン樹林>の推奨合計レベルは50から100となっている。
レベル50を迎えることで、俺たちプレイヤーは晴れて初心者を卒業できるスタートラインに立ったということだ。
「今日は<カイゼン樹林>で、レベル上げと、金策だ」
(スピルほぼ残ってないものね)
「その節は大変申し訳ございませんでした!」
昨日の暴走は俺の失態だ。
装備更新の予定も全部吹き飛んでしまった。
だからこそ、今日はしっかり金策をしようと考えているのだ。
「とりあえずギルドでいくつかクエスト受けたから、今日はこの依頼を達成するのが第2の目標だな」
(そうね、旅をするにしてもまずは装備を整えるのは必須よ。魔導カメラとか15000スピルもするのよ。本当にわかってる?)
「わかってるって!」
武器から感じるレイナの懐疑的な視線を受けて、俺は冷や汗を垂らす。
【ギルドクエスト】難易度2【蜂蜜納品依頼】
場所:<カイゼン樹林>
目的:【蜂蜜結晶】を5個納品
報酬:経験値(低)+1500スピル
期限:残り3日
【ギルドクエスト】難易度2【恒常討伐依頼】
場所:<カイゼン樹林>
目的:<カイゼン樹林>に生息する下級モンスターの間引き
討伐対象:<ホーネット><ハニービー><モスネーク><ポイズンビー><ポイズンロア><ロア><フォレスウルフ><モーマット>等
報酬:経験値(低)+???スピル
期限:なし
クエストは大きく【共通クエスト】【ジョブクエスト】【ギルドクエスト】の3つに分かれている。
だれでもイベントフラグを踏めば受けることが可能になる【共通クエスト】は、経験値に加えて、ランダムで報酬を獲得することができるというものだ。
俺が「裏路地でクマの着ぐるみに襲われてるところを助ける」というフラグを踏むことで【園芸師】リリーから受けたのがこの【共通クエスト】だな。
次に特定のジョブをセットしていることで受けることが可能になる【ジョブクエスト】はジョブボーナスによって経験値が多く貰えたり、ジョブ専用の装備を貰えたりするらしい。
そして俺が今受けているのが【ギルドクエスト】だ。
【ギルドクエスト】は各ギルドが受注、管理し発注がされたクエスト全般を指している。
経験値は少ないものの報酬が確定しているのが特徴だ。
安定した収入が確約されているのはもちろん、ギルドの実績や信頼度が上がっていけば、より高額な依頼も受けれるようになるらしい。
冒険者ギルドや商業ギルドを筆頭に、生産ギルドといった大小問わず20個ほど存在する各種ジョブギルドで受けることができる。
ギルドによっては【ジョブクエスト】の発注も取り扱っているらしい。
報酬のランダム性はあるが多くのバリエーションがあるのが【共通クエスト】。
ジョブレベルの育成や戦力強化をしたければ【ジョブクエスト】。
安定性を求めるのであれば【ギルドクエスト】。
そのような区分になっているわけだ。
「ふはははははは! よくぞ来たな勇敢なる冒険者よ!」
「ん?」
(え、なに?)
<モコ平野>を抜け、目的の<カイゼン樹林>が見えてくるマップの境目とも言うべき場所にその男はいた。
黒い鎧を身に纏い、4つの腕を振り上げこれでもかと体を広げこちらを威圧している。
「俺は魔王軍四天王が一角、剛鬼ゴーダルだ。ここを通りたければ俺を倒してからいけええ!」
(昨日、冒険者ギルドで絡んできた人よね)
「なにやってるんだ?」
「……そうか、今日は乗ってくれないのか」
そこにいたのは昨日、冒険者ギルドでチンピラ冒険者を演じて俺たちに絡んできた男だった。
俺の冷めた反応を見て悲しそうな顔をしている。
ごめんて。次はちゃんと合わせるよ。
「たしかゴーダルだったよな。さっきも名乗ってたし」
「おう! 坊主は確か、クロウだったか? あの嬢ちゃんが名前で呼んでたろ」
「嬢ちゃんはやめて頂戴。私の名前はユティナよ」
「おお!? いたのか」
ユティナは嬢ちゃんと呼ばれたのが嫌だったのか、わざわざ《限定憑依》を解除して出てきた。
ゴーダルは突然の光景に驚いてるようだ。
「いや、なるほど。よく見たら紋章もないし<アルカナ>だったのか。そういうのもいるんだな、こりゃ驚いたぜ。そんでもって今のは《憑依》系のスキルだな」
と思ったら、冷静にこちらのタネを見破ってきた。
「わかるのか?」
「おお。なんせ、俺も同じだからなあ! 《武装憑依》解除!」
ゴーダルが言うと同時に彼の黒い鎧から色が抜けていく。もとは<銀の鎧>だったようだ。
そして、いつの間にかゴーダルの傍には鎧武者が佇んでいた。
ゴーダルはニヒルな笑みを浮かべる。
「こいつが俺の<アルカナ>、【鎧武者】ゴウキだ。ユティナの嬢ちゃんみたいに喋ることはできねえがな」
「私と、同じ……」
ユティナは自分と同じ《憑依》スキルを持つアルカナを見て何か思うところがあったらしい。
しかし、俺はそれどころではなかった。
なんだよこれ、ふざけるのもいい加減にしろ。
「か……かっこいいい!」
「クロウ!?」
「だろ!? わかるか!」
「当たり前だろ!!」
憑依する鎧武者ってことは死霊系の種族なんだろうけど、もうフォルムがズルい。
刀とか兜とか男のロマンをこれでもかと刺激する。
しかも憑依すると装備箇所が黒色になるとか狙いすぎである。
カッコイイ<アルカナ>選手権優勝候補だろ!
「へえー、あーそう。まぁいいんじゃない?」
はっ!?
「いや、違くて!」
「なにが違うのかしら? 別に私は何も言っていないわよ」
まずい、目の前で他の<アルカナ>を褒めたからか、分かりやすく拗ねていらっしゃる。
「え、えーと。ユティナにはいつも助けてもらって……」
「ふーん、私とクロウが一緒に狩りをしたのはスキルの確認をした昨日の1時間だけよね? 私が寝てる間に、起こしてって言ったのに、一人で行ってしまったものね」
「えっと、その……」
「そんな甘い言葉で騙されるほどバカではないつもりよ」
うん、言い訳のしようがないな。
彼女の睡眠の邪魔をしないようにと思ったが、ユティナもキリがよければ起こしてとはっきり俺に言ったのも事実なのだ。
「お、俺にはユティナしかいないんだ! 捨てないでくれえええええ!」
「ふふ、もう少し誠意が欲しいわね?」
「りんご飴が猫カフェを開いたらすぐに向かう! 1時間でどうだ!」
「2時間」
「オーケーボス!」
どうにか機嫌を直してくれた。
これから狩りに行くのに、彼女の協力は必要不可欠なのだ。
「なんか、それはそれで苦労しそうだな」
「…………」
ゴーダルと【鎧武者】ゴウキは俺のことを呆れたような顔で見ていた。
ええい! 見せもんじゃねえぞ!!
こっち見んな!
☆
「それで何やってたんだ。メリナって女性のプレイヤーは一緒じゃないのか?」
冒険者ギルドで絡んできた片割れが見当たらない理由をゴーダルに確認する。
てっきりパーティを組んでいるのかと思っていたのだが。
「メリナ? ああ、昨日別れてそれっきりだな。西の<ゴズ山道>に向かうって言ってたぜ。なんでも、悪の女スパイロールプレイを楽しむんだってよ」
<ゴズ山道>は西の初心者向けの狩場の名前だ。
さらに奥に進むとルクレシア王国が管理している鉱山に繋がるので、鍛冶師や生産系のジョブを選んだ人は向こうの方に行くのだろう。
というか。
「俺がログインする前に<ゴズ山道>で女性に岩陰に誘い込まれてPKされたって報告を見たんだが」
「それは……あの女だろうな。装備を少し露出が多いものに買い替えてたが、それが目的だったか。『ごめんなさいね、許してとは言わないわ。これも私の仕事なの』とかノリノリでやるぞ」
「ええ……」
そこまで深い関係ではないとはいえ、ちょっとした知り合いがPKの沼に落ちていた件について。
「PKされた方も、創作の中にいるみたいとか言ってたからある程度は楽しんでたみたいだけど、このままだと下手したら【賞金首】の仲間入りだぞ」
「そりゃそうだ。フレンドからメッセージ飛ばすから少し待ってくれ」
ゴーダルがメッセージを送るのを待つ。
そして待つこと10秒。
どうやらすぐにメッセージが返ってきたようで、ゴーダルは苦い顔をしている。
「『相手はちゃんと選んでる』だってよ」
「いや、選ぶもなにもないだろ……」
「お、また来た。『クロウの坊やも興味あるなら<ゴズ山道>にいらっしゃい、夢のような体験を教えてあげるわ』だとよ。良かったなクロウ、直々に指名されたぞ」
「うれしくねえよ!」
「ダメに決まってるでしょ!?」
「それにしても、なんでクロウがいることがわかったんだ? メッセージにはお前さんのことなんも書いてないんだが」
「なにそれ怖い」
メリナさん怖い。
<ゴズ山道>にはしばらく近寄らんとこ。
「『PKを見かけたら私がいい感じにしておくから安心しなさい』とも書いてあるな」
「まぁ、いいのか? それじゃあ【賞金首】になったら直々に引導渡してやるから首洗って待ってろって伝えといてくれ」
「その必要はなさそうだぞ、もう返信が来てる。『私に会いに来てくれるの? 嬉しいわ』だってさ」
「だからなんでわかるんだよ!?」
絶対会話盗み聞いてるだろ!
怖いよ。
盗聴器みたいな能力の<アルカナ>でも生まれたのか。
「俺もやってることはメリナと似たようなもんだな。<カイゼン樹林>に向かうプレイヤーは基本的にレベル50を超えてるだろ? だから【決闘システム】で決闘でもやろうと思って片っ端から声をかけてるんだが……」
「そこに俺が来た、と」
そんなことを話していたら別のプレイヤーが近づいてくるのが見えた。
長話をしすぎたらしい、男2人組のパーティだ。
一人は小鳥が頭の上に乗っており、もう一人は宙に浮いている大きな亀に座っていた。
彼らの<アルカナ>だろう。
瞬間、彼らの前に俺とゴーダルは勢いよく立ちふさがった。
もちろん、お互いに<アルカナ>の《憑依》スキルを使用済みだ。
「ふはははははは! よくぞ来たな勇敢なる冒険者達よ。俺は魔王軍四天王が一角、剛鬼ゴーダルだ! ここを通りたければ俺を倒してからいけええ!!」
「ひひひひ、ゴーダルの旦那の出る必要もねえさ! この俺、魔王軍四天王、剛鬼ゴーダルが配下筆頭、黒翼のクロウが相手になるぜぃ!」
(もう何も言わないわ……)
「うわっ、増えてる!?」
「もう戦っただろ!? 俺たちの負けだよ、勘弁してくれ!?」
どうやら、既にゴーダルと戦った後らしい。
話を聞くと、レベル上げをするべく<カイゼン樹林>に入ろうとしたところで声をかけられ、【決闘システム】を利用せず敢えての真剣勝負を行ったとのことだ。
2体1だから勝てると踏んでいたが、見事に返り討ちにあったそうで、そのままデスペナルティになったという。
「レイナちゃんにまた会えたのはうれしい誤算だったけど、さすがにレベル上げ優先したいし、挑むにしてもまた今度にするよ」
「ほぅ……ふ、<カイゼン樹林>は毒を使うモンスターが多い。戦ってくれた礼だ。受け取れ」
「うおっ、と。毒回復薬! それも5個もか」
「おお! 気前良いな」
ゴーダルは彼らに何かを投げ渡す。
どうやら毒を回復できるアイテムのようだ。
「死ぬんじゃねえぞ、ひよっこども」
「お前に殺されたんだけどな!!」
「まあまあ。そんじゃそこの人も俺たちは先に行くから、またどっかで会ったらよろしく」
そうして、彼らは<カイゼン樹林>に踏み込んでいった。
俺もそろそろ、カイゼン樹林に入るとしよう。
「ちなみにゴーダルはどれぐらいログインしてて、合計レベルはいくつなんだ。嫌なら言わなくてもいいけど」
「俺か? まぁサービス開始してからほぼ四六時中ログインしてるな。最低限体を鍛えて動かしてるのと生理現象以外の時間はずっとだから……今二徹中だ!」
「それはまた随分とやりこんでることで」
「合計は61だな。色々寄り道こそしてるが、これでも最前線にいるという自負はある。まぁ他の奴らも似たようなもんだと思うぜ。50までがイージーすぎた。<カイゼン樹林>は毒を使うモンスターが多いから、長期間滞在してレベル上げするのが難しいんだよ。さっき別れた2人組も54とか55ぐらいだったはずだ」
なるほど、やはり相応に苦労はしそうだな。
昨日ほぼ丸一日生産に費やした俺と10レベル以内の差か。
本当に早いプレイヤーでも合計65前後と見ていいだろう。
「俺は3日間で昼から翌朝に掛けてログインして、合計52だな」
「そいつはまた……楽しそうじゃねえか」
ゴーダルは狂気的な笑みを浮かべる。
怖いよ。
「情報を提供しよう。対人戦、その中でも同格との争いや不利な状況で戦ういわゆる技術的な能力を求められる極限状態に身を置くことで、戦闘系のスキルレベルは上がりやすい傾向にある。俺の検証の結果だ。おそらく格上のモンスターと戦う場合もだが、これはデスペナルティを覚悟する必要はあるな。おお! なんということだ! ここにデスペナルティをしなくても済む【決闘システム】が!?」
「そんなこと言われても戦わないぞ、俺もレベル上げに来てるんだし。いや情報はありがたいけどさ」
どうやらゴーダルの琴線に触れたらしい。
俺と決闘するための理由を作るためにわざわざヘルプに載っていない情報を開示してきた。
器用に4本の腕を使って「これはびっくり!」と言わんばかりの小芝居もしている。
「それで、ゴーダルはずっとここにいたのか?」
「ああ、時折森の中から飛び出してくるモンスターを狩りつつかれこれ……6時間ぐらいか? 暇な時間は武器振り回してスキルレベル上げてるから退屈はしねえぜ」
「何人カイゼン樹林に入ったか覚えてるか?」
「俺の見た限り、さっきの2人組でちょうど40人ぐらいだ。<カイゼン樹林>とルセスの最短直線上の入口がここなだけで、別にどっからでも入れるだろうけどよ」
「それじゃ、何人森からでてきた?」
「気になるか?」
「もちろん」
ルクレシア王国では現在PKが確認されている箇所が2カ所ある。
それはどちらも人目が付きにくく、他のプレイヤーに助けを求めるのが難しい場所だ。
一つはPKするのにうってつけの岩陰が多い初心者向けの狩場<ゴズ山道>だ。
そしてもう一つが。
「20人だな。俺が見た40人に限れば7人だ。30人近くはまだ森の中でレベル上げのために彷徨ってるか、さっさと違う出口から抜け出したか、既にモンスターかPKに狩られてデスペナルティになってるかだろうよ」
ここ<カイゼン樹林>である。
「おそらく【賞金首】認定されてる【mu-ma】【刃歯】【右手にポン】の3人組だな。ほぼ同じタイミングでメニューの賞金首リストに名を連ねたから、パーティを組んでるんだろうぜ」
「<カイゼン樹林>でPKにあった報告がいくつかあって名前やジョブも一部さらされてたから確定でいいぞ。最短でルセスに戻るならここら辺から森を抜けるのが一番早いのに6時間で7人は少ない。ログアウトしてるプレイヤーや自殺からのデスワープしてるやつもいるんだろうが」
「2時間もゲーム内の時間が経過するんだぞ? 疲れ知らずの身体で走った方が早いだろ」
「ログアウトの移動ついでにレイナと話したいやつもいるんだろ」
「ああ、なるほど。俺にはよくわからん感覚だが物好きもいるからな」
ルクレシア王国では現在【賞金首】が6人確定しており、彼らの名前はメニューの賞金首リストで確認できる。
推定合計ログインユーザ数がおよそ4万人と言われている現在、全体から見れば0.001%にも満たない数だ。
されど、彼らは【賞金首】である。
「俺も行こうか?」
「いや、いいよ。ゴーダルはここでPKもどきでもしててくれ、その方が後々助かりそうだし」
「ほう、何か企んでやがるな。いいぜ、場合によっちゃあ乗ってやる。俺の芝居に付き合ってくれた礼だ」
「悪いな、今度面白い情報手に入ったら渡すよ」
ここで会ったのも何かの縁だろう、ゴーダルとフレンド交換をする。
「……本当にいいのか?」
「ああ、問題ない」
今度はノリでも芝居でもなく、本当の意味でゴーダルは俺の力はいらないのかと聞いてきた。
しかし、協力しようと言ってくれたゴーダルには悪いが断らせてもらう。
なにより、ここからはただの私情だ。
「【賞金首】を狩れば武器もドロップアイテムも所持スピルも全部こっちのものになるんだ。俺達ちょうど今、金欠なんだよね。貴重な臨時収入は誰にも渡さねえよ」
「勝てるのか?」
「デスペナルティになっても1人倒してれば時間換算で収支プラスになる計算なんだ。PvEよりPvPばかりしてるのもどうかと思うが、せっかくなら楽しまないと」
たっぷりため込んでるんだろうなぁ。
とても、とても楽しみだ。
「はっ、なんて悪人面で笑ってやがる……いいぜ、お前ら! 馬鹿みたいに死んでこい!」
そう言ってゴーダルは4本の腕でサムズアップした。
本当に器用に操るもんだ。
「よし。行くぞ、ユティナ」
「ええ、私の初陣だもの。失望はさせないわ」
そして俺たちは<カイゼン樹林>に足を踏み入れた。
■カイゼン樹林 浅層 ???
「うおおおお!? 《ペネレイト》!」
男はスキル発動の光とともに槍を突きだす。
それは人の頭ほどの大きさの蜂の胴体を捉え弾き飛ばした。
胴体への損傷、まるで血液のような緑色のポリゴンをまき散らしながら蜂は吹き飛んでいく。
「ははは! お前腰引けすぎだろ」
「いや、だって蜂だぞ! 蜂! しかもでかい! 気持ち悪いいいッ!」
「モコ平野と違って普通に難易度高いな。木に囲まれてるし状態異常攻撃持ちばっかだから常に周囲を警戒しなきゃダメだ……別の狩場にするべきだったか?」
「リアルすぎてキモイキモイ! ひぇええまだ動いてるぅ。てか、こんなリアルなのやばくね? なんで今まで話題にならなかったんだよ!」
「あー、このゲームは当たりというか、俺もここまで精密に再現されてるのは初めてだ。茶碗ニードルは運がいいな。今、お前は歴史の転換点にいる!」
森の中にいたのは3人組の旅人だ。
彼らはレベル上げの過程で意気投合しパーティを組んだ。
そして、次の狩場として王都ルセスから一番アクセスが楽にできる中級者以上向けのエリア、カイゼン樹林を選び訪れていた。
槍を持った男は俗にいうVRゲーム初心者であり、残りの二人はある程度の慣れというものを感じさせる立ち回りだ。
「──ッ!」
「おー! ありがとうサボちゃん!」
植物型の<アルカナ>、歩くサボテンは主人が弾き飛ばした蜂……<ホーネット>にとどめを刺す。
「……サボテンが動いてる方がおかしいぞ」
「ああ、蜂よりもよっぽど奇妙だ」
「こんな愛らしいのに何を言う!」
「……」
「……」
人の頭ほどの大きさの蜂。
人の大きさほどの歩くサボテン。
はたして、どちらの方が現実離れしているか、異常な光景かは言うまでもないだろう。
「それじゃ散策を続け……ん?」
がさり、と少し離れた位置にある茂みが揺れた。
「《気配感知》に反応は?」
「ない。気配遮断スキル持ちだ」
「わかった、俺が行く」
「任せた」
「ひぇ。また蜂はやめてくれよ……」
一人の男が茂みに近づいていく途中、彼の腕から直径40センチメートルほどの一匹の蝶が飛びたちそのまま周囲を飛び回りはじめた。
鱗粉を撒くとともに、男の体が一瞬光る。
一部の状態異常耐性を上げながら継続HP回復効果の付与するサポーターの<アルカナ>だ。
彼は茂みに近づき……踏み込み、加速。
「《ハードスラッシュ》」
鋭く剣を振りぬいた。
通常の《スラッシュ》よりも優れた威力のそれにより、茂みは大きく切り裂かれる。
その攻撃を避けるためか潜んでいた何かは反対方向に飛び出し……
「は?」
瞬間、茂みを斬りつけた男の首が吹き飛んだ。
「──なにッ!」
「え、え?」
そのままポリゴンとなって砕け散っていく。
周囲を警戒していた男の視界の端に映ったのは矢だった。
自らの知識と紐づけそれが最大チャージをしたであろう《チャージショット》なる【弓術士】のスキルであることを導き出す。
しかし、男の所有する周囲の気配を感知するスキル、《気配感知》には今もなお反応がない。
それはつまり効果を発揮しない距離から一方的に狙撃されたことを意味していた。
(嘘だろ! この障害物の多い森の中、的確に撃ちぬいてきやがった……違う、誘導されたのか!)
つまり。
「いったい何が……」
「襲撃だ! 茶碗ニードル! 構え……!」
仲間に警戒を促すためには振り向き、目を見開く。
「後ろだ! 避けろ!」
「は?」
警戒の声もむなしく、茶碗ニードルと呼ばれた男は背後から斬り裂かれ崩れ落ちた。
「ぐふッ……まじ、か」
すでに心臓のある場所が背中から大きく斬り裂かれている。
重要部位の欠損、大量の出血判定。
男の命は長くは持たないだろう。
「────ッ!」
主人の仇を取るべく、サボテンは下手人である剣を持った男に攻撃を仕掛ける。
「遅い」
「──ッ!?」
しかし、切り返すように素早く振るわれた剣によって両の腕が斬り飛ばされる。
まともな抵抗もできぬまま、奇襲によってHPを全損した主人に続くようにサボテンの<アルカナ>はポリゴンとなって砕け散っていった。
「……ここまで鮮やかに壊滅させてくれるとはな」
黒髪の剣士。
どこかにいるであろう遠距離からこの森の中的確に狙撃してきた弓使い。
流れるような連続の奇襲攻撃によって、自分のパーティが壊滅したことを理解した。
双剣を構え警戒態勢になるとともに、男は問いかけた。
「お前ら、プレイヤーキラーか」
「そうだ」
プレイヤーキラー。
プレイヤーを殺す者たちの総称である。
正道から外れた道を進む彼らの動機は様々だ。
対人戦が好きな者。
一方的に弱者を嬲るのが好きな者。
命の取り合いに心を躍らせる者。
仕様で許されているのであれば、ゲームの遊び方としてそれを選ぶものたちが現れるのは必然と言えた。
しかし、プレイヤーを殺したところでアイテムはドロップしない。
であればどうすればいいか。
「所持金とアイテムを全て置いていくのであれば、見逃してやろう」
殺意を、実力の差を知らしめ、追い詰め、脅迫すればいい。
「断ると言ったら?」
しかし、その脅しが通じない者もいる。
非現実的な光景に、殺意を向けられるこの状況に楽しさを見出すようなプレイヤーだ。
無限の命を対価に、一時間程度のデスペナルティを許容し、正当防衛という名の正義をもってして戦いの意欲を沸き立たせ向かってくるそれは、アイテムが目的のPKからすればただの邪魔者だ。
故に。
「ならば、ここで死ね」
「ハッ! 上等!」
………………
…………
……
「こんなものか……」
双剣を構え抵抗をした男がポリゴンとなって砕け散っていく。
剣士のPKは無傷。
<アルカナ>の姿も見せてない。
ただ一人の力量で、抵抗した男を、その<アルカナ>を、全てを圧殺した。
「ちっ、俺の出番はなしかよ。しかもはずれだったし……mu-ma! やっぱあの初心者を残した方がよかったんじゃねえかあ?」
軽装を身に纏った男が物陰から姿を現し、声をかけた
脅迫に屈しなければ、アイテムを渡す必要もない。
結局のところドロップの権利は守られているからだ。
だからこそ、精神的にひ弱そうなやつを狙うべきだったと主張する。
「問題ない。俺たちに必要なのは金でもなければ、ドロップアイテムでもない。他のPKを納得させられるほどの実績だ」
mu-maと呼ばれた男はその必要はないと答えた。
「速さを求める以上、一回にかける時間は最低限でいい。今の上位層の実力もおおよそ把握できた」
彼らの目的はまた別のところにあった。
これはそのための準備であり、確認作業だ。
そしてアイテムやスピル集めはその目的を達成するためのついでであり、あったらこの後の動きが楽になる程度のものと認識していた。
「右手、周囲の索敵を継続。危険区域であるここにいる可能性は低いが、NPCはターゲットにしないように気をつけろ。面倒なことになる可能性が高い。あといくつか上位層の力量を確認したらゴズ山道に移動。向こうで活動しているPKと合流する」
「いまだにゴズ山道で活動してる雑魚PKなんて頼りになんのか? ……はぁ!? 誰が馬鹿だ誰が!」
そのまま彼らは、森の中へと消えていく。
人を殺したというのに、それが当然だとでもいうように気負う様子もない。
襲い掛かってくるモンスターを一瞥もせず斬り捨て、次なる獲物を求め彷徨う。
【プレイヤーキラー】
このゲームでプレイヤーを狩ることを選んだ者。
プレイヤーを狩ることに娯楽を見出した者たち。
カイゼン樹林と呼ばれるそこは現在、そんな彼らの狩場となっていた。
 




