第12話 生産職の暴走
□王都ルセス 冒険者ギルド クロウ・ホーク
「うーん、どれにするべきか……」
次のジョブを何にするか俺は悩んでいた。
ジョブ検索の本を利用して、いくつか見繕ってみたのだ。
まずは【呪術師】だ。
魔物の素材を媒介に武器や道具に呪いを付与することができる。
また、呪いの武器を使って相手にデバフをかけることを得意とする、生産職と戦闘職のちょうど中間のようなジョブだ。
他にも行動制限やダメージの上昇など多種多様な搦め手を得意とするらしい。
俺がよく使用している呪いの武器もこのジョブで生産されたものなので、自給自足することができるようになるわけだ。
次に【黒魔術師】。
これは魔物の素材にとどまらず、植物やその他の素材を用いて呪いを付与する。
【呪術師】を生産に特化させたようなジョブだ。
他にも儀式を用いて魔物を生み出し使役するなどで戦うこともできるらしいが、基本後衛寄りになるな。
最後に【闇司祭】。
呪いや闇魔法を使用したデバフや吸収攻撃を得意とするジョブだ。
ただ、【呪術師】や【黒魔術師】のように自ら呪いの装備を作り出すことはできず呪いの検索ワードで引っかかっただけなので、選択肢としてはなしだな。
「全部セットすればいいんじゃない? 微々たるものとはいえステータスも増えるのだから、一つずつレベル上げすればいいじゃない」
「はぁ、これだから素人は……」
「なによ」
やれやれ、ユティナはわかってないなぁ。
「どんなシナジーが生まれるのか悩むのが醍醐味なんだよ」
「ふーん、まぁ私がやることは変わらないものね。好きに選んでいいわよ」
「ほう、そんじゃ好きに選ぶから。後悔しても知らないぞ」
「後悔って、そんな大げさな……」
ユティナは呆れた顔をしていた。
「よし、【呪術師】にするか!」
そして俺は意気揚々とメインジョブに【呪術師】をセットした。
さて、おなじみ検証の時間だ。
☆
【呪術師】になったことでいくつかスキルを習得した。
《呪術の心得》:パッシブスキル
呪いを扱えるようになる。呪いに対する耐性を得る。
※【呪術師】の合計スキルレベルが高いほど呪い耐性上昇。
《呪物生成》Lv1:アクティブスキル 消費MP1
呪い。
魔物の素材を媒介として特定条件の成立で効果を発揮する武具や道具を作成する。
※スキルレベルが上昇するほど呪いの効果が上昇。
※スキルレベルが上昇するほど呪いの条件範囲を拡大。
クールタイム0秒
《呪言》Lv1:アクティブスキル 消費MP1以上
MPを消費することで呪いの効果を高める言葉を紡ぐ。
適した素材を用いることで一度作成したことのある特定の呪いを付与することが可能
※対象ごとに付与できる呪いの強さに制限あり。
※MPを使用し呪いの効果の上昇や指定範囲を広げることが可能。
《呪縛》Lv1:アクティブスキル 消費MP 10
呪い。
呪物で肉体を殺傷した対象を指定し発動できる。
状態異常【呪縛】を付与する。
※一度対象に指定した場合、効果指定条件を再度満たす必要がある。
※対象の呪い耐性に応じて効果時間減少。
クールタイム30秒(最短20秒)
【呪術師】はなかなか癖の強いジョブらしい。
手持ちに残しておいた【ホーンラビットの角】を素材として、もう使う予定のない【スターターセット<剣>】を《呪物生成》で呪いの武器にしてみたのだが。
***
呪いの初心剣(トレード不可)(取り外し不可)
装備可能条件:合計Lv1以上
耐久値:10/10
装備補正:STR-22、討伐時獲得経験値-105%(【戦士】限定)
装備スキル:《兎特攻》
兎系統のモンスターに与えるダメージを+3%
***
「うーん、弱い」
「私のスキルで反転させれば元の能力よりは高くなるわね」
《限定憑依》状態で俺の背後霊になっているユティナも苦い顔をしている。
ユティナのMPは300あり、ステータスを共有することで俺の【呪術師】のレベルが1でも長めに検証をできそうなのは嬉しいんだが。
「ああ、方向性は間違っていなさそうだけど、この武器は取り外し不可の呪いが邪魔だな」
素材も武器も大して珍しいものでもないから、しょうがないと言えばしょうがない。呪いを解呪することで元の武器に戻るかもしれないが、お金がかかるので今は無しだ。
また、これによって俺は、今後《呪言》を使用することによってSTR-22と討伐時獲得経験値-105%(【戦士】限定)と《兎特攻》を任意のタイミングで付与することができるようになったらしい。
「いらなくね」
「あら、後悔してるの?」
「は? してないが?」
してないが?
バリバリ楽しんでるが?
そもそも《呪縛》があるだけでこのジョブの価値は十分にあるはずだが?
そんな俺の主張を聞きながらも、ユティナは意地の悪い顔をしながらニヤニヤしている。
「いいのよ、別に強がらないで」
「強がってないさ、見てろよ! 俺の華麗な呪い捌きを見せてやる!」
「はーい、頑張ってね。私は少し休んでるから、切りのいいタイミングで起こしてね」
「うおおおおおおお!」
ユティナは器用に空中で猫のように丸くなって寝る体勢になったが問題ない。
俺達の呪い道は始まったばかりだ!
☆
30分が経過した。
手持ちで色々試してみたが、なかなかどうして奥が深い。
まず、素材と武器が同じでも付く能力はランダムだった。
次にスキルレベルを上げるためにとにかく数をこなそうと思い、手持ちの投擲アイテムである石を、売却せずに残していた魔物の素材でむやみやたらに《呪物生成》で呪いを付与していたんだが、たまに珍しいスキルも現れて……
《獣特攻》獣族のモンスターに与えるダメージを+3%
《角特攻》特定部位【角】に与えるダメージを+5%
《防弱の呪い》:投擲動作中自身のENDを-5%、一定期間の間殺傷した対象のENDを-30(MAX-60)
そう、《防弱の呪い》の効果が知っている内容と違うのだ。
呪われた片手剣についていた《防弱の呪い》は殺傷した対象のENDを-30するものであったが、投擲武器になったことで、効果も少し変わっている。
同じ名前でも、効果や内容が武器や素材によって変わるということだ。
そして、《呪言》を使用することで、生産時に検索指定しカスタマイズもできる。
とりわけ優秀な能力を抜粋することで、自分好みにカスタマイズできるということだな。
「あ、やべ」
いつの間にかモンスターの素材と石がなくなってしまっている。
こんなことなら売らなければ良かったな。
それに、何かの役にたつかと思って拾っておいた程度じゃ少なかったか。
《呪物生成》のスキルレベルも上がっていないので、もしかしたら使う素材が同じものばかりであったり《呪言》で条件を指定するのは効率が悪いのかもしれない。
「おーい、ユティナさーん。狩りに行きたいんだけども」
「……もふ……もふ」
ダメだ、熟睡していらっしゃる。
寝ても《限定憑依》が解除されないのがわかったのは僥倖だが、さすがに寝てるユティナを背後に引き連れながら街中を歩き回る勇気は俺にはない。
冒険者ギルドの酒場のさらに端っこの席に座っているからこそ、このままでいられるのだ。
「さて、どうするか……お?」
どうしたものかと悩んでいたら、ユティナが俺の身体の中にすぅっと入ってきた。
どうやら、【睡眠】状態になっている場合、身体から漏れないようにすることができるらしい。
謎の仕様だが今は好都合だ。
MPもそこそこ使用したし時間経過で回復を待つ必要もある。
「それじゃレベル上げをしつつ、素材集めでもするか」
俺は冒険者ギルドから出て、いつも通り<モコ平野>へ向かった。
☆
さらに3時間近く経過した。
【呪術師】のレベルは全くといっていいほど上がらなかった。
合計レベルのマイナス補正に加えて、10倍キャンペーンがなくなったからだろう。
3時間狩りしてレベルが1しか上がらないのは誤算だったな。さっさと狩場を変えた方がよさそうだ。
今日は休日ということもあり新規ユーザもかなり増えているらしい。
奥の方に移動することになったのも時間をロスした要因だ。
道中俺が石拾いする姿を見て清掃活動かと思ったのか、真似をするプレイヤーがいたのには驚いた。
このままのペースで増え続けると狩場のキャパオーバーが起きないか少し心配である。
レベルは上がりやすいので、いざこざが起こる前に回転率が高まることを祈るばかりだ。
「ああ、経験値10倍キャンペーンってそういう意図もあったのか」
レイナ、つまり運営は獲得経験値を10倍にすることで早く強くなってもらい、狩場の移動を促すことも目的にしていたらしい。
VRMMORPGでは身体を動かすだけの空間は必要なわけで、サービス開始の今の時期はいわゆる「狩場の枯渇」が起きやすい状態だ。
時間さえあれば効率的なレベル上げをするべく世界各地に広がって落ち着くだろうが、現状はまだ初期段階。
下手にプレイヤーが増えすぎるとユーザ間のトラブルが起こりやすいのだ。
そう考えると敢えて宣伝を抑えてたのだろうか。
ゲームの地力でプレイヤーを増やせると判断したということなのかもしれない。
そんなことを考えていたら排泄のアナウンスがでたので、ユティナに悪いと思いつつ一旦ログアウトした。
☆
再度ログインして1時間が経過した
今はモコ平野を戻り、また冒険者ギルドに向かっている。
再度ログインしても憑依状態が解除されないのは驚いた。
SPの消費も発動時以外必要ないし、本当に自由度が高いスキルらしい。
ちなみに、ユティナはまだ寝ている。
<アルカナ>に睡眠の概念があるかわからないが、昨日のレベル上げ強行軍の時も起きて観察していたのかもしれない。
そう考えると、彼女は初めて眠りというものを楽しんでいるのだ。
騒がないようにしてあげよう。
「そういえば、石以外に呪いを付与したらどうなるんだろう……」
うずっ。
いやダメだ、自分で集められるモンスターの素材はともかく武器は安いものでもそれなりの値段がする。
だから俺は呪いの装備を選んだんだ。
せっせと石を拾ったのもそのためだろ。
そこら辺の鉄剣を買いあさった暁には一瞬で俺の稼ぎは吹き飛んでしまうぞ。
「ま、まぁちょっとだけならいいか」
俺は試しに<鉄投槍>や<鉄剣>といった少しお高めのものから安価なものまで少しだけ買った。
少しだけ、ね。
☆
「お、おおおお!」
***
呪いの鉄投槍(取り外し不可)
装備可能条件:合計Lv1以上 STR500以上
耐久値:15/15
装備補正:STR-300、AGI-100、INT-100、命中補正-35、END+50
装備スキル:《追尾の呪い》
投擲後、周囲の生命に反応して自動で追尾するように軌道を補正。与えるダメージを-99%。
***
***
呪われた鉄剣
装備可能条件:合計Lv50以上 STR400以上
耐久値:20/20
装備補正:STR-300、CRT-100
装備スキル:《首狩の呪い》
装備している間100/1sのダメージを受ける。特定部位《首》に与える斬撃威力を300上昇。
***
なかなかいい装備ができた。
他のプレイヤーからすれば産廃もいいところだろうが《反転する天秤》がある俺達にとっては十分強い。
当然といえば当然だが装備のグレードが上がることにより、ランダムで取得できる補正の値も大きくなっている。
状況によって使い分ければ十分に使えることだろう。
《追尾の呪い》はこの表記を見る限り自分に飛んでくる可能性もあるので取扱いには注意する必要がある。
《首狩の呪い》も使い勝手は良さそうだが、装備中毎秒100のダメージはかなり痛い。
「今の俺のHPが大体3000だから30秒でHPが0になる計算だな」
そしてようやく《呪物生成》のスキルレベルが2になった。
次のレベル上げに必要な経験値はさらに増えるだろうが、この道で間違っていないのだ。
バンバン装備を買ってバンバン呪いを付与していけばスキルレベルも上がり呪いのバリエーションも増えていく!
おお、なんと素晴らしい!
SPも余っているので、《早食い》や《武具切替》、《防具切替》といった汎用スキルのクールタイムを複数並行で数えながら《呪物生成》と合わせて行う。
難易度を上げるために、発動のタイミングを敢えてずらす。
1秒でも汎用スキルのクールタイムの秒数と発動がズレたら今日の夜ご飯はもやし炒めのみという制約を自らに課した。
「《武具切替》! 《呪物生成》! 《呪物生成》! 《防具切替》! 《呪物生成》!」
お、いいプロパティができたぞ。
これはゴミだな、これもゴミ。
これもゴミだ!
お、カースインパクト!? 大当たりじゃん!
やっぱスキルレベルは上げないとダメだな。
そして次もゴミ!
ゴミ! ゴミ! ゴミ!
「ふはははははははは!」
☆
すでにあれから1時間近く経過している。
MPは憑依状態込みでも前半石を呪物にしまくっていたこともあり、割とすぐに尽きてしまった。
今は汎用スキルを使用しながら、MPの回復を待ちつつ先ほどまでの成果を確認しているところだ。
「ん……クロウ、おはよう……」
「お、ユティナおはよう、よく眠れたか?」
「ええ。とても、とてもいい夢を見れたわ」
ユティナが起きた。
少し前から俺の身体から飛び出していたので、そろそろ起きそうな気はしてたのだが、どうやらあっていたらしい。
寝言でモフモフと言っていたので、きっと猫に囲まれる夢でも見ていたのだろう。
「ユティナ、いい装備ができたぞ!」
「うん、なによ…………ん?」
意識がはっきりしてきたみたいなので、俺は今日の成果を見せるようにアイテムボックスのリストをユティナに見せる。
そうすると彼女は寝ぼけた顔でアイテムボックスを確認し、なぜか目を見開いて固まってしまった。
どうしたのだろうか?
「クロウ、まずこの大量に増えている石以外の武器はどうしたのかしら?」
「露店や市場で買ったんだ。《呪物生成》でいろいろ新しい発見があってな、あれは英断だった!」
「……ふーん、それで適当に流し見した程度で悪いのだけれど、その武器の7割ぐらいが産廃に見えるのは私の気のせいかしら?」
「いやぁ、正確には【武器のグレードを上げることで、ランダムで取得できる補正の値が大きくなるときもある】とは思わなかったな。色んな呪いを抽出するために、とにかく作りまくったらゴミばかりできたんだ。まぁモンスターの素材のグレードが低すぎたんだろうな! 笑っちまうわ! ははははは!!」
「…………最後に、所持スピルが2桁に見えるのだけれど、これは?」
「はは、ユティナはまだ寝ぼけてるのか? 見たまんまだよ。昨日の狩りと今日の狩り、そのすべてのうち、いらないモンスターの素材売却金を全部武器の購入に使ったからに決まってるだろう?」
「ふふふ、ごめんなさい私ったら」
「ははは、気にしないでいいよ。そういうこともあるさ。さーて、ユティナも起きたことだし、そろそろ残りの武器も全部《呪物生成》の素材にしちゃうぞ~」
よし、武器を選択してっと。
「《呪物──」
「なにやってるのよこのバカああああああ!」
「うおっ! 突然なんだよ。寝起きに急に動くと健康によくないぞ? 水飲むか?」
「そんなものよりはるかに、あなたの、言動の方が精神衛生上よくないわよ! なにこれ、私が寝てる間になにがあったの! 所持金は? 防具は? 装備更新は? あれだけあれば、こんなゴミ揃えるよりもいい装備買えたはずよね!」
「まぁ、落ち着けユティナ。これにもちゃんと理由があるんだ」
「……理由?」
だってそうだろ。
「生産職のスキルレベル上げはお金が掛かるからね、しょうがないね」
「正気に戻りなさい! 悪魔タックル!」
「ぐほっ!?」
頭突きっ!?
☆
「反省は?」
「しています、調子に乗ってやりすぎました。大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。今後このようなことはないよう細心の注意を払います」
「よろしい!」
ユティナの頭突きでどうにか正気に戻れた。
俺の悪い癖だ。
やりこみ要素を見つけるとついのめり込んでしまう。
「ま、まぁ装備の更新はなくてもまだ何とかなるだろ!」
「次の目標の<カイゼン樹林>は毒の状態異常を使用するモンスターが多いらしいから毒対策の装備を揃えないとって言っていたのはどこの誰だったかしら」
どこかのクロウ・ホークさんですね。
いけてるナイスガイと記憶しています。
「……被弾0を目指します」
「ええ、頑張りましょうね」
つい熱中しすぎてしまった。
反省しないとだな。
「いいわよ、別に」
「ん?」
ユティナは腕を組みながら、なにか面白いものを見ているような顔でこちらを見ている。
「あの装備を見て、クロウの考えてることはなんとなくわかったわ。それに、楽しかったのでしょう? なら、それでいいのよ」
「……そうか。ただ、次はちゃんと相談するよ」
「私も次からはジョブ選択の相談に乗るわ、ちゃんと教えて頂戴ね」
「ああ、よろしく。それじゃ俺は一旦ログアウトするから、次も頼む」
「ええ、またね」
ユティナとそんな話をしつつ、一度俺は<Eternal Chain>の世界からログアウトした。
⭐︎
□自室 烏鷹千里
「ふぅ、想像以上に使えそうだったな」
俺は現実に戻ってきて今日の成果を振り返る。
悪くない、なんなら良すぎたぐらいだ。
思ったよりも【呪術師】が使えそうなジョブで安心した。
SNSで名前や文字列を見るのと、実際に自分で直に触って調べるのとではやはり情報量が雲泥の差である。
あとは、思った通りのコンボが使えそうか色々調べるとしよう。
他にもいくつかプランを考えないとだな。
さて、と。
「それじゃあ、りんご飴との交渉材料探しと行きますか」
俺は今後の流れをいくつも考えながら、ネットの世界に飛び込んだ。




