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第11話 りんご飴との交渉

□王都ルセス 冒険者ギルド本部 酒場 クロウ・ホーク 


「私は【水魔法師】のりんご飴。そしてそこにいる猫ちゃんが私の<アルカナ>、【幻猫】ククルだ」


 彼女は唐突に自己紹介をしてきた。

 警戒しながらも俺も礼儀ということで挨拶を返す。


「これはご丁寧にどうも。俺は【戦士】のクロウで、彼女が<アルカナ>のユティナだ」


「へぇ、彼女は君の……」


「……っ!」


 ユティナはククルと呼ばれた<アルカナ>を見て固まっている。


 どうしたんだろうか?

 まぁいい、それよりも。


「それで何か用か」


「この世界を旅する。そんな話が聞こえてきてね。気を悪くしたならすまない。ただ、お互いに協力できないかと思ったんだ」


「協力? どういう意味だ」


 そう聞くと、りんご飴は話を聞いてくれると判断したのかユティナの隣の席に座った。

 俺も正面になるように座り直す。


「クロウ、君はデスペナルティになったことがあるよね。そして、レイナ様に会ったことがある」


「……あるけど、なんでわかったんだ」


「君から“同類”の匂いがしたからさ。いや、ここで重要なのはレイナ様に君が会ったことがあるかどうか、だ。この前提条件が成立した時点で私たちは分かり合うことができる」


 何を言っているんだろうかこの女性は。

 自分がかなりヤバい発言をしていることに気づいていないのか?

 俺が色々ツッコミしたいのを抑えていると、りんご飴は語りだした。


「私は戦いが得意じゃなくてね。初心者向けの狩場ですら満足に戦えず、怖くなって逃げ出してしまったんだ」


 りんご飴は【水魔法師】という話だったがどうやら戦いが得意ではないらしい。


 戦闘系のジョブではあるので、精神的なものだろう。


「逃げた方向も悪くてね<モコ平野>のさらに奥、中級者向けの狩場の<カイゼン樹林>に迷い込んでしまい、そのままデスペナルティになってしまった」


 <モコ平野>は見渡すかぎりの平原だ。

 確かにマップをちゃんと見なければ自分が今どこにいるかもわからなくなるだろう。


 森の中に迷い込んだと話しているので、目を瞑っていた可能性すらもあるがモンスターが怖いのであればありえないことでもないのか?


「絶望したよ、私には戦いの才能がなかったんだと。このゲームでどうやって生きていけばいいのかと! そんな風に絶望しながらデスペナルティになって……そして、レイナ様に出合ったんだ」


「お、おお……」


 なんか雲行きが怪しくなってきた気がする。


「私は戦えないと、レイナ様にこの胸の内を打ち明けた。そうしたら彼女は受け入れてくれた! それでいいよと言ってくれた。そして戦いだけが道じゃないと言ってくれたんだ!」


「おーい、りんご飴さーん!」


 だめだ、声をかけても反応がない。

 完全にトリップしている。


「レイナ様は真摯に相談に乗ってくれた、私のしたいことを応援するのが役目だからと。笑顔で! そして私は考えに考えて、ついに答えを導きだしたんだ!!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、りんご飴は高らかにその導きだしたという答えを叫ぶ。








「そうだ、猫カフェを作ろう!」


「なんでだよ!」


 話の脈絡が無さすぎる。

 何を言っているんだと思っていると、りんご飴は隣を指さした


「ふっ、彼女を見てくれ」


「ん?」


 そこには、りんご飴の<アルカナ>である【幻猫】ククルと戯れるユティナの姿が……


「ずっと静かにしてると思ったらなにやってんの!?」


「はっ!? クロウ逃げて! この子のモフモフは危険よ、私が何とか抑えるから!」


「お前が触りたいだけじゃねえか!」


 どうやら、会話のキャッチボールはそこで終わりだったらしい。

 ユティナは無言でモフモフする作業に戻った。ククルはされるがままだ。

 それにしても、必死に猫と戯れるユティナがいるだけじゃ……


「……いや、そういうことか!?」


「そう、彼女の今の姿が答えだ。私はこの世界に一つの需要を見出した。先ほどのクロウの言っていた旅行と同じようにね」


 りんご飴は椅子に座り直し、その需要について話し出す。


「このゲームは五感が完全に再現されている。味覚や視覚からアプローチをかけようという君たちの視点も素晴らしいものだ。そして、私も別の視点からのアプローチを考えたのさ」


 それは、触覚だ。


「この世界だからこそできる手法だ。他に似たようなゲームは存在する。例えば拡張現実で動物を投影し、空間を撫でれば反応を返してくれるゲームだって発売自体はされているんだ。過去にも完全没入型VR空間でペット育成ゲームのようなものはあったが、ここまでの多様性と再現度はなかった。つまり現状はブルーオーシャン!」


 りんご飴の話に熱が入る。


「そして、私も馬鹿じゃない。ククルとともに過ごして、この子がかなりの知性と判断能力を持っていることぐらいはわかっている。それこそ“本当に生きている”と錯覚するほどの。いや、この世界で生きていると思うぐらいには短い時間で既に情が移っているんだ」


 それは俺も思っていたことだ。

 この世界のNPCは一人一人感情があり、意思があり、思考をしているのだろう。

 いかにもゲームらしいシステムとは裏腹に、この世界で過ごすほど現実と虚構が曖昧になっていくのを感じていた。


 良くも悪くも既存のゲームと比べることはできない。


「所詮ゲームに何を馬鹿なことを言っているんだと思われるかもしれない。だけどね、私はゲームだからこそ希望を見出したんだ」


 りんご飴は全身で表現していた。

 自分がどれだけこのゲームに希望を持っているかということをだ。


「アレルギーで好きなのに触れあうことができない者がいる。愛すべき家族を失い、次を踏み出せない者もいる。でも<アルカナ>には寿命の概念がない! ゲームにアレルギーなんて存在しない! そうであることを、私がククルとの触れ合いでなによりも実感しているんだ!」


 りんご飴はこの世界で感じた思いを、そして夢の話をしている。

 俺も、このゲームには似た思いを抱えているのだ。

 共感とも言えるだろう。


「だから、猫カフェをこの世界で開く。私と同じように現実で諦めてしまった同胞を集いこの世界で一つの経済圏を構築するんだ。クロウ、どうだ? 笑うか? 私のこの夢を」


 その夢を笑うものがいるのであれば、それこそ悪魔か何かだろう。


「笑うわけないだろ。いいぞ、協力しよう」


「ほんとか! ありがとう!」


「ああ、なんなら率先して手伝わせてもらいたいぐらいだ」


 単純に同じ世界を楽しんでいる者として、その夢を応援したくなった。サービス終了が唯一恐れる事態だが、そうならないようにこの世界を盛り上げるのも彼女の目標ということだ。


「それで、協力と言ったが俺に何をして欲しいんだ。話を持ちかけてきた以上何かあるんだろ。そして何をしてくれる?」


 ゲームという非日常の環境であるからこそ、双方にとって利益がなければいつか関係に亀裂が入ってしまうだろう。


 親交を深めているならいざ知らず、彼女とは今が初対面だ。

 ゲームだからこそ、簡単に関係を断ち切ることができてしまうのだから。


「まず、私が君に提供するのは物資と情報だ。私はこの王都ルセス、そしてルクレシア王国に骨を埋める覚悟を決めていてね。将来的に開く猫カフェもここに本店を構えることにしているんだ」


 まずはジャブと言わんばかりに、りんご飴は2つの交渉材料を提示してきた。


「具体的には?」


「リアルのツテでね。私と同じようにアレルギーで触れることができずに慰めあうことを主としたコミュニティに属しているんだ。彼女たちを誘ってまずはこの街で基盤を築く。生産職の活動が中心になるから、そこでスピルや信頼を稼いで商業ギルドとコネを作りノウハウを積み重ねる。生産アイテムはお店を開いた時に販売する商品にもなる予定だ」


 つまり、その過程で生み出した生産アイテムを俺に提供してくれるということだろう。

 将来的に複数の生産職のバックアップ体制を整えると言っているに等しい。


「そして、王都にお店を構えれば色んな情報が入ってくるだろう。そこで私たちが中心となって、必要な情報があれば調べて共有しようじゃないか」


 いわゆる情報網の構築だ。

 フレンド機能によるメッセージでの連絡を行えば不可能ではない。


 それにしても。


「随分と奮発するんだな、正直俺から渡せるものはないに等しいんだけど」


 そうだ、今日初めて出合った相手に提示する内容としてはあまりにも多すぎる。


 俺にできることとすれば現状狩りぐらいなもんだぞ。

 レベル上げを手伝って欲しいのかと思ったがどうやら違うらしい。


「ああ、クロウにお願いすることは、それほどまでに大変なことだからね。私が語った夢が成功するとも限らないし、こちらこそ釣り合ってないか心配なぐらいさ」


「条件次第だな、あまりにもこちらに有利な条件なら逆に断らせてもらうぞ」


「そうだね……クロウ、君には外の情報を手に入れてほしい」


「外の情報?」


 そう聞き返すと、りんご飴はこくりと頷いた。


「私は戦いが得意ではないと最初にいっただろ? そうなるとどうしても街の移動に護衛を雇ったり、自衛の手段を確立しなきゃならないと思うんだ」


「そうだろうな」


 初心者用の狩場でギブアップ宣言している彼女からすれば、確かに難しいだろう。


「街の中でできる金策方法を探してみたんだけど、結構色々あることがわかってね。さっきも言った通り今後は生産職で頑張ってみようと思うんだ。【水魔法師】を選んでしまったけれど、【錬金術師】や【園芸師】なら高いMPを生かせるみたいだからね」


「いいんじゃないか? 生産職はちゃんと育てば引く手あまたなのが世の常だし」


「そうだろ? 戦いは苦手だけど、細かい作業を繰り返すのは好きなんだ。ククルを膝の上にのせてればそれこそ無限にできるさ!」


「それで、外の情報っていうのはどういう意味だ、具体的に頼む」


 どういった情報が欲しいかは確認しておこう。


「猫やモフモフした動物がいれば、その写真とか、情報が欲しいんだよね」


「……猫カフェの参考にでもするのか?」


「そうだね、すぐにと言うわけではないし、必ずほしいというわけでもないけど。もしかしたら犬カフェとかも開くかもしれない。私が誘う予定の子たちの中にも好みがあるからね」


 うん。とりあえず、彼女に一つ言っておこう。


「りんご飴、交渉下手だな」


「え!? な、なにか不服なことでもあったのかな?」


「逆だよ、こっちが貰いすぎ。天秤が釣り合ってない。シャークトレードも真っ青の条件提示しといてそれはないわ」


「しゃ、しゃーくれもねーど?」


 なにそのレモン風味のフカヒレ、美味しくなさそう。


「シャークトレード、簡単に言えば弱いカードで言葉巧みに無知な相手を騙して強いカードと交換すること。この場ではカードじゃなくて交渉材料だけどな」


「そ、そうなのかい? 私からすれば外の情報ってだけで嬉しいんだけど……」


「SNSを使えば簡単に情報は集まるだろ」


「ああいうのは得意じゃなくてね、実は色々動物に触れられるARやVRゲームには手を出してきたんだけど、MMOは今回が初めてなんだ。だから得意そうな人に声をかけようかなぁって……」


 りんご飴は少し恥ずかしそうにしながら、私は初心者ですと素直に打ち明けてきた。


 なるほどなぁ。

 

「俺以外とはまだ交渉してないよな」


「うん、そうだね」


「それが正解だな、その条件を提示するのはもうやめておいたほうがいいぞ。わざわざ信頼できもしないプレイヤーに依頼するものでもないだろ。さっさと引退されるとか、物資と情報を貰うだけもらって何も還元されないとか考えなかったのか?」


「考えなかったね、だって最初に言っただろ?」


 そうして、りんご飴は俺の目を正面から捉え自信満々に言い放った。


「君と私は“同類”だと。分かり合うことができるってね」


 ……それが、最初の話に繋がるわけか。


 彼女なりの判断基準と直感を信じて交渉に乗り出したというわけだ。

 もしかしたら、ユティナが横にいたのも声をかける難易度を下げたのかもしれない。


「話は理解した。その上で言うけど、俺が貰いすぎだ」


「そう……か。それは、残念だ」


 だから、こちらも少し頑張るとしよう。


「まぁ待ってくれ。断るとも言ってない。とりあえず、俺とフレンド交換しないか?」


「うん?」


「今のままでは釣り合ってないから、俺からも追加で賭け(ベット)させてもらう。だけどそれは用意できるかわからないし、りんご飴が望んでいる物かもわからない。その上で、もしりんご飴が利益を得たと感じたなら、先ほどの条件で協力しよう」


「ほんとか!」


「ああ。だから他のプレイヤーにも交渉する気なら、まずは俺みたいにフレンド登録だけして交流をしてからにしとくんだぞ! フリじゃないからな!」


「ああ、わかったよ。ありがとう!」



 そして俺たちはフレンド交換し、少し話した後りんご飴はククルと共に去っていった。


 おそらく他のプレイヤーに声をかけに行ったのだろう。

 すぐに交渉はしないように言っておいたので、貢ぐだけの関係になることもないはずだ。


「ああ……ククルちゃん……」


「おま……本当にずっと遊んでるだけだったな」

 

 俺が必死にレクチャーしている横でこの悪魔はずっと猫と戯れているだけだった。

 そう少しの嫌味を込めて言うと、ユティナは無言で俺のことを見つめてきた。


 ……なんだよ。


「チェンジで」


「よーし、その喧嘩買ったぞ!」


「あ、ちょ。頬を引っ張ろうとしないでよ!」

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