第20話 新たな地へ
□商業ギルド クロウ・ホーク
商業ギルドはその性質上、商談用のカウンターが各所に設けられている。
場所を移動し席に着く。
「あの……クロウさんの<アルカナ>さん、ですよね。是非お名前を聞かせてください!」
席に着くや否や、リリーは目を輝かせそう話し出した。
その視線の先はユティナに固定されている。
「え、ええ。ユティナよ」
「ユティナさん! きれいなお名前ですね! あと、とても可愛らしくて……」
「ありがとう。嬉しいわ」
ん……?
(ユティナが<アルカナ>って知っていたのか?)
いや、名前を知らない様子からりんご飴から聞いていたわけではなさそうだ。
つまり彼女は初見でユティナが俺の<アルカナ>だと見破ったことになる。
始めてではないだろうか?
イデア、旅人問わず<アルカナ>だと名乗って始めて理解されるケースばかりだった。
(まぁ、そういうこともあるか)
それよりも、俺は先に確認しなければならないことがある。
「リリーはどうしてギルドにいたんだ?」
俺の姿を見つけた時、リリーはギルドの依頼の受付窓口の方にいた。
であれば、必然的に彼女がここにいた理由も限られてくる。
(メリナには悪いが、場合によってはこっちを優先するかもな)
リリーの困りごとがあるならば優先して解決することを考えている。
ここまで心配をかけてしまった償いの部分がないと言ったら嘘になるな。
(だからユティナもそんな顔で俺を見なくていいぞ)
そこには、少し不安そうな顔で俺のことを見ているユティナがいた。
(……ごめんなさいね。ただ、ちょっと私もこの子に弱いみたいで)
それは、本当に遠い記憶のようなものだろう。
ユティナには本来持っていた知識のほかに2つの記憶があるらしい。
初めて出会ったときに話していた自身のスキルを形成するに至った事柄に関する明確な記憶。
そして、関係ない事柄として棄却され薄くなった記憶。
彼女がリリーに弱いのはおそらく……ん?
「あ、えと……それは……」
リリーは言いよどみ、周囲を見渡した。
なるほど。
俺は消音の魔道具を取り出しチリンと鳴らす。
「あ、ありがとうございます」
周りに聞かれたくない、もしくは話しづらい内容だと思ったのだがどうやら当たりだったらしい。
そして、リリーは話し出した。
「おばあさまから手紙が届かなくて……」
「手紙?」
どうやら、祖父母と遠距離で連絡を取り合っているらしい。
「はい、毎年この時期にはおばあさまから手紙が届きまして、その返事を書いて商業ギルドに依頼をしていたのです」
この世界の街道はレベル50の戦闘職であれば移動できる程度ではある。
逆に言えばリリーのような非戦闘職はどうしても護衛を雇ったりする必要が生まれてくる。
であれば信用できる商人に郵送の依頼をする方が確実だ。
「おばあさまの身に何か起きたのかもしれないと思い、確認の手紙を急ぎしたためギルドに依頼をしようとしたのですが、どうやら今年はそこに向かうキャラバンがいないようでして……」
キャラバン、ようは商人たちの一団か。
「そのおばあさまが今住んでいる場所はどこなんだ?」
俺は確認の意味も込めてその場所を……
「はい。アウローラです」
……ん?
「旅人の増加の対処に追われてそれどころではないから、と。アウローラに行く商業隊が今年はいないみたいなんです」
「アウローラって……あの花の国で有名な」
「ご存知でしたか」
そりゃ、なぁ……
「経緯って聞いてもいいのか?」
「はい、問題ないですよ」
そして彼女は話し出した。
「私は幼少の頃、ネビュラの孤児院からおばあさまに引き取られルセスに来たみたいです。といっても記憶にないような本当に小さな頃ですが。おそらく、天職が【園芸師】だったからだと思います」
リリーは苦笑する。
「そこでおばあさまはお店を開き、そのお手伝いをしていました。そして4年前に卒業を言い渡され独立して開いたのがリリーの花屋なんです」
彼女の花の知識はそのおばあさま仕込みなのだろう。
「それ以来毎年おばあさまと手紙で連絡を取り合ってまして……」
「今年急に連絡が来なくなった、と」
「はい……」
これは、なんといえばいいのか。
(旅人の増加の煽りがこういうところに響いてるのか……)
危なかった。
そして、ある意味必然だったのだろう。
視界にシステムメッセージが現れる。
【共通クエスト】難易度4【花屋リリーの納品依頼】
場所:アウローラ
依頼者:【園芸師】リリー
目的:アウローラにいるとされるリリーの師の安否の確認、および手紙の郵送。
報酬:経験値(中)+???
共通クエストの発行。
彼女の師の安否の確認をし、その上で手紙を届ける。
実にわかりやす……
(却下だ)
俺はシステム上に表示されたそれをキャンセルした。
依頼を受けないわけではない。
クエストを受けないだけだ。
「リリー、俺達でよければその手紙を届ける役目を任せてくれないか?」
「……ほんとに、いいんですか?」
リリーは不安そうに揺れる目でこちらを見る。
事実、かなり精神的に参っていたのだろう。
育ての親と音信不通になったのだ。
藁にもすがる思いでギルドに来ていたに違いない。
「ああ」
俺はこんなところで恩を仇で返すところだったんだぞ。
そのうえで依頼による経験値や報酬の獲得だと?
馬鹿を言え。
「クロウさんに任せてもいいんでしょうか? ……期待していなかったと言ったら、嘘になります。ただ、やはりご迷惑に」
依頼の守秘義務ぐらいは意識している。
俺が国から、メリナからアウローラへ納品依頼があることは言えない。
ただ、そんなものがなくても俺はこの依頼を受けていた。
これは確信だ。
「リリーに会えたからこそ、今の俺たちがあるんだ。そのお礼ぐらいさせてくれ」
「お礼、ですか? それはどういう……」
「そうだな……」
本当に問題ないのだ。
借りを返すだけだ。
旅人によって引き起こされた問題の穴を、旅人である俺が埋めるだけだ。
なんの気兼ねもなく任せてくれるように……
「リリーだからだな。特別だぞ?」
「あっ……」
彼女が俺に特別に見せてくれた《花の祝福》。
そのお礼だと、はっきり伝えた。
「もう一度言うぞ。リリー、俺達でよければその手紙を届ける役目を任せてくれないか?」
彼女の目を見る。
始まりを教えてくれた相手が困っているのだ。
「はい。よろしくお願いいたします……」
ならば俺たちがやることは決まっている。
「ああ。冒険者ギルド所属、クロウ・ホークならびに……」
「クロウ・ホークの<アルカナ>、【天秤の悪魔】ユティナ」
「俺達がその依頼、承った!」
さぁ、クエストスタートだ。
☆
□花屋リリー クロウ・ホーク
翌日の朝。
旅立つ予定だったこの日に俺はリリーの花屋に訪れていた。
リリーの師の顔写真や現在住んでいるであろう場所の情報や地図を受け取るためだ。
「うわぁ……綺麗ね」
「ふふ、ありがとうございます」
ユティナは開店前の店の中に置かれている花を見て思わずというように感想を零していた。
それに対し、リリーは嬉しいのか笑顔を零す。
「こちらが、おばあさまの写真になります。それと、前回おばあさまから送られてきたアウローラの簡易地図です」
そのおばあさまとやらはだいぶアグレッシブな人のようで、毎年住んでいる場所が違うらしい。
なので、キャラバンに依頼をする時には合わせて簡易地図を渡して納品をするように依頼をしていたようだ。
「名前も教えてくれないか?」
「はい、フレシアです」
フレシアさんね。
リリーの育ての親は穏やかな笑みを浮かべた貴婦人といった感じだ。
育ちの良さがにじみ出ているというべきか。
「それと、クロウさんとユティナさんはアウローラにどのように向かわれる予定でしたか?」
「ん、ああ。ネビュラからぐるっと迂回して国境沿いに向かう予定だな。あとは徒歩で現地入りだ」
不法入国にはならないらしい。
いや、少し違うか。
俺達旅人はそういう国の垣根とは少し外れている。
過去の旅人は昔様々な理由で所属する国を変更し乱世を作り出した。
それは確かに世界に混乱をまき散らしたのだろうが……逆に言えば、どんな国にも旅人という存在が所属するチャンスがあったというわけでもある。
旅人は受け入れてしかるべき存在。
自国に根付いてさえくれれば国に恩得をもたらしてくれる。
わざわざその可能性を排除するということはしない。
だから、旅人である俺がアウローラに入るのには何の問題もない。
なんならルクレシア王国から発行された入国書もあるのだ、いきなり現地に瞬間移動したとしても変なことにはならないはずである。
「そうです、か……あの、これは私のわがままであることは重々承知なのですが、移動時間の短縮のお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「移動時間の短縮?」
「はい」
アウローラの国境を超えるまでは片道大体1週間を想定している。
確かにその時間を短縮できるのであれば、リリーの依頼という面でも国から受けている依頼という面でも非常にありがたいが。
なにかのバフスキルでもあるのだろうか?
「どうぞ、こちらに……」
リリーの後をついていく。
店の奥、裏の方に入ると色とりどりの花が所せまし並んでいる。
そして……
「地下室、か?」
「はい。秘密基地みたいでワクワクしませんか?」
地下室に繋がるであろう階段がそこにはあった。
リリーは嬉々としてその階段を下っていくので俺達もついていく。
下った先にもスペースがあり、そこには光りを放つ花が光源を確保していた。
「この花は?」
光源となっているその花はゆらゆらと淡い光を放っている。
「リコレといいます。少し特殊な生育環境でないと咲かない花でして……」
適した環境を用意しているということだろう。
そして、リリーはこちらに向き直る。
その顔は今までにないほどに真剣だった。
「あの、これから起こることは秘密にしてくださいね?」
その顔は、信頼というものに満ちていた。
故に。
「ああ、絶対に誰にも言わないと約束しよう」
「ふふ。ほんと、ずるい人です……あ、ユティナさんはもう少し近づいてください」
「ええ、わかったわ」
リリーは俺の言葉が噓ではないとなぜか確信しているようで。
「すぅ……行きます。《花の福音》」
彼女はリコレを手に取り……言葉を紡いだ。
「あっ……」
ユティナは目を輝かせる。
俺も同じだ。
(懐かしいなぁ……)
それは、この世界ではじめて見たスキル発動の光。
同時に、地下室全体が黄色く光り輝く。
まるで宝石のような、そんな輝きの中心にいるのはリリーが手に持つリコレの花だ。
「リコレの花言葉は追憶・届かぬ思いなどがあります。それは、誰かとの過去に思いを馳せるような、会いに行くという淡い希望の意味が込められています」
リリーはリコレの花言葉、いや。
花の持つ意味を口にした後。
「《フラワー・サークル》」
そのスキルを……魔法を唱えた。
「は?」
俺とユティナの足元に光が浮かび上がった。
この場に置いてあったリコレや他の花がいくつか起点となるように浮かび上がったそれは。
(なによこれ!?)
(魔法陣!?)
知らない。
【園芸師】にはそんなスキルは存在しない。
リリーは【園芸師】しか持っていないと言っていたはずだ。
「リリー、そのスキルは……」
俺たちは思わずリリーのことを見て。
「ふふ、クロウさん」
リリーは人差し指を口元に添え。
「秘密が多いほど、女性は魅力的に見えるんですよ?」
いたずらが成功したかのように、花が咲いたように笑った。
……。
「それが、おばあさまの教えか?」
「はい!」
それは……なかなかに曲者の気配がするな。
ここまでの流れで理解した。
俺たちは今からどこかに飛ばされる。
アウローラのどこかか、もしくはアウローラに向かう途中にあるどこかに飛ぶのだろう。
この地下室の空間そのものが特殊な環境になっているのだ。
これはきっと、そういう儀式魔法だ。
「クロウさん。ユティナさん、おばあさまのこと、よろしくお願いいたします……それと、覚悟はできています」
先ほどとは一変、リリーの顔は不安に彩られた。
最悪の可能性を彼女は考えている。
すでに覚悟を決めている。
育ての親がすでにこの世界にいない可能性を考えたうえで、気丈にふるまっている。
なら、俺たちがやることは一つだ。
「ええ、任せて頂戴」
「ああ、任せろ。もし、フレシアさんが困っていたら俺たちがその問題も全て解決しよう。約束だ」
気休めにもならないだろう。
彼女の不安をぬぐう程度の効果しかないだろう。
だからこそ、任せておけと。
自信のままにそう応えた。
「……はい。それでは、行きます! 《フラワー・リベレイション》!」
魔法陣が。
リコレの花が。
そのすべてが光り輝き。
そして、視界が光に包まれ────。
………………
…………
……




