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第1話 彼にとっての夢のゲーム

はじめまして。

白雪 シロネと申します。

楽しんで読んでいただければ幸いです。

 勇者になって魔王を倒し世界に平和をもたらす。

 ヒーローになってヴィランの陰謀を打ち破る。

 冒険家として世界を旅し、絶景に目を奪われながら思いをはせる。

 誰も知らない世界の真実を解き明かす。

 そんな経験をしたいと考えたことはあるだろうか。


 俺は小さい頃から、そんな夢見がちな子供だった。

 そして、そんなバカみたいな夢を今も追い続けている。



 古代ローマを彷彿とさせるコロセウムのような建造物。

 闘技場とでもいうべきそこには現在、二人の人物が目の前の敵を打ち倒さんと戦意を高めていた。

 ひときわ高い位置にいる、マイクを持った男が彼らに声をかける。


『ついに決勝戦まで来たわけだが、両者心の準備はできてるか。アルカ選手、クロウ選手、準備ができてたら返事をしてくれ!』


 三角帽子にひらひらの服を纏った、魔法少女のコスプレというべき装いのアルカと呼ばれた少女がそれに答える。


「ええ、大丈夫よ。目の前の男が無様に泣き叫ぶ様を見るのが今から楽しみね!」


 続けて、黒いローブを纏った、まさに魔法使いといった装いの男も言葉を返す。


「ああ、問題ねえ。目の前の女が無様に許しを乞う姿が目に浮かんでくるぜ」


 お互いに嘲笑の笑みを浮かべ煽りながら、しかし瞬間たりとも目の前の敵から視線を離さない。

 言葉とは裏腹に油断は一つもなく、今この瞬間戦闘の火蓋が切られても即座に敵を討つべく行動を始めることだろう。


『ばっちばちだなお前ら! 盛り上がってきたぜ。司会の俺もこの瞬間に立ち会えることが嬉しくてしょうがねぇ。それじゃ行くぞ。第28回グランドマジックオンラインユーザ大会決勝戦! 設定時間30秒。お題は魔法の同時発動数。試合開始いいいッ!』


 試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、戦場で向かい合う両者の周囲に魔法陣が浮かび上がる。

 一つ二つとそれらは数を増やし続け、10秒を経過するころには大小問わず20ほどまでに増えていた。


「うおおおおおおおお!」


「はああああああああ!」


 両者は苦悶の表情を浮かべながら声を張り上げる。

 その間も魔法陣は数を増やし続け……魔法が飛び出すわけでもなく、ただただ数を増やし続けた。


「おいおい、まだたった25個だろ!? これで終わりじゃねえよなぁ!」


「当たり前でしょ! クロウこそ辛そうな顔じゃない。さっさとギブアップして泣き叫びながらログアウトしてミルクでも飲んで来たらぁ!?」


「俺はコーヒー派だよ、勝利のブレイクタイムの間違いだろ!」


 互いに煽り合いながら、しかし集中は一瞬たりとも切らさない。

 ある意味で彼らは器用といえるだろう。

 そして20秒経過する頃には、両者の周囲に浮かぶ魔法陣の数は40を超える。


『こいつぁすげえ、このままいけば大会新記録も更新されちまうんじゃねえか? 残り時間10秒だ! 0になった瞬間ちょうどに解放しないとポイントには加算されないぜ。気張っていけえええ! ……カウントダウン! 5、4、3、2、1!』


 0という司会の掛け声と同時に、合計100にもなる魔法陣が光り輝き、込められた魔力とともに爆ぜ、色取り取りの光が闘技場を埋め尽くした。

 瞬間、極限の集中状態であった戦場にいる両者は勝敗を悟った。


「あはははははは! 私の勝ちいいいい!」


「ちっくしょうがああああああ! 調整しくったああ!」


『アルカ選手50個! クロウ選手49個! よって優勝はアルカ選手だあああああ!』


 魔法少女のコスプレをした少女は勝どきをあげ、魔法使いの姿をした男は叫びながらその場に崩れ落ち、司会は勝者の名前を高らかに告げる。


 白熱した決勝戦の結果を受け、直径200メートルにも及ぶ闘技場は大きな歓声で……埋め尽くされることはなく、観客席にいた10余名ほどのプレイヤーから彼らへ健闘を称える拍手が送られた。


 アクティブユーザー数およそ250人弱。同時接続数時間平均15人。

 完全没入型VRゲーム<グランドマジックオンライン>のそんな一幕であった。



 完全没入型VRゲーム。

 それは仮想の世界に五感を接続して、意識全体をVR世界にプレイヤー自身が入り込み遊ぶことのできる夢のゲームである。


 人類が完全没入型VRゲームに夢を見始めたのは21世紀初頭。当時は技術水準が実用域に達しておらず絵空事として扱われていたそれは、2010年代にヘッドセットによって視覚や聴覚の没入感を高めたVRゴーグルが発売されるとともに、徐々に現実味を帯び始めた。


 2020年中頃、周辺技術の発達と、とある会社の技術革新によるブレイクスルーによって、数々の課題がクリアされる。

 それと同時に、国内外問わず多くのゲーム会社が本格的にVRゲームの開発に着手しはじめた。


 2030年に入る頃には法整備が最低限整い、五感すべてを接続した完全没入型VRゲームと、それに対応した共通規格のVRヘッドギアが安価で発売され、我先にとパッケージの販売やサービスの展開が開始された。


 そして世にでたそれらは……ことごとく失敗の烙印を押された。


 動物と触れ合えることを夢見た女性は、ゲーム内の動物の全ての触感がプラスチック板を触った時と同じであったことに絶望した。

 ありとあらゆる食材を食べつくしてやると意気込んだ男は、ゲーム内すべての食材がなぜかゴムの味がするという奇妙な体験を星2の評価とともに自身のブログに書き殴った。

 魔法を夢見た少女は、ゲームの仕様による拡張性の少なさに落胆した。


 今では、正式名称は忘れ去られ<プラスチックモンスター>、<ゲテモノファンタジー>、<ラグマジ>等とネットのおもちゃにされているゲームを筆頭に失敗を積み重ねた。


 夢のようなゲームはついぞ世に出ることはなかったのだ。

 そして一部のVRゲーム愛好家を除き多くの人は見切りをつけていった。


『五感を再現できたことは評価できるが、それだけだった』


 そんな民衆の共通認識のもと、発売時には歴代最高クラスの瞬間販売台数を叩きだしたVRヘッドギアも徐々に家庭で埃をかぶるようになっていった。



□2035年2月8日 烏鷹千里(うたか せんり)(プレイヤーネーム:クロウ)


 俺は負けた、敗北者である。

 さんざん煽っておきながら無様に泣き叫ぶことになった弱者だ。


 親との交渉の末勝ち取った一人暮らしの準備を進め、大学入学に向けて粛々と調整を行いながら、この大会のために色々準備を進めていたが、結局優勝をすることは出来なかった。


 リアルが忙しかったは言い訳にしかならない。

 そうだ、これは言い訳ではない。

 言い訳ではないのだ!


「今回は勝てると思ったんだけどなぁ。自己ベストも更新できたから方針は間違ってないはずなんだが」


「そういえばクロウが顔出すの久しぶりだね。リアルでも忙しかった?」


「……まー、ぼちぼちな」


 一人で反省会をしていると、背後から声をかけられた。

 半目で振り向けば、先ほど俺を負かしてくれた少女のアバターがそこにいた。

 サービス開始以降、毎月このゲームで開かれているユーザ大会。その第1回大会から第28回大会までのうち計20回の優勝を誇るこの過疎ゲーの覇者にして怨敵だ。


 プレイヤーネームをアルカという。


「なにやってたの、面白いゲームでも見つけた?」


「いや、別の事情。そうだな、時間もできたし面白そうなゲーム探すの再開しないとだなぁ」


「ふーん。私そろそろログアウトするからまた気分転換したくなったら大会に参加しなよ。ボコボコにしてあげる!」


「は? 次は俺が勝つんだが? ただ、しばらくはログインしない予定だな」


「そうなの? まあいっか! バイバイ、負け犬さん♪」


「おお、喧嘩なら買うぞ!?」


 お互いにリアルの情報は適当に隠しながら話しつつ、俺は「こわーい」とウソ泣きをしながらログアウトをするアルカを見送った。


 そう、俺はとあるゲームを探し続けている。

 五感が完全に再現され、武器や魔法を用いてモンスターを倒し、世界を冒険できるようなそんな夢のゲームを。



 今プレイしている<グランドマジックオンライン>はいわゆる『君も魔法使いになろう』というコンセプトのもと開発されサービスが開始した完全没入型VRゲーム黎明期の作品の一つである。


 プレイヤーはゲームの世界に入り、魔法使いとしての一流を目指すために魔法学院に通う。

 そしてお題をクリアしランクをあげていき、最強の称号<グランドマスター>を目指すというものだ。


 しかし、このゲームは致命的な欠陥を3つほど抱えていた。


 一つ目に、最初に魔法を発動するための感覚をつかむ必要がある。

 魔法の発動はあくまで個人の感覚に依存するのだ。

 ログインしたらまずは、ゲーム内のアバター内に流れる魔力の感覚をつかむための瞑想から始まる。

 そして、この段階で才能のないプレイヤーのおよそ8割が引退する。

 そもそも魔法の発動をすることができないのだ。

 ゲームのコンセプトが崩壊している件について。


 次に魔法が発動したタイミングで発動しない。

 魔法を発動すると、魔法陣が浮かびあがるのだがこの大きさは完全にランダムであり、大きければ大きいほど威力は高くなりさらに発射までの時間が長くなる。

 魔力をどれだけコントロールして一定量で発動しても大きさに差が生じてしまう。

 全プレイヤーがポンコツ魔法使いに早変わりだ。


 ただ、一度発動した魔法陣に再度魔力を注ぎ込み意識を割き続けることにより、注ぎ込んだ分だけ発射までの時間を延長することができる。

 この謎仕様を利用したのが、先ほどの同時発動数を競う大会の全貌である。


 最後にそもそもゲームエリアが最初の街しか存在しない。

 開発が間に合わなかったのかストーリーは未完結。

 順次アップデート予定といいながらついぞアップデートはされず、オンラインゲームとしては驚くほどのコンテンツ量の少なさで数少ないユーザをさらにどん底に突き落とした。


 ただ一部のVRゲーム愛好家は魔力という新しい感覚器官と魔法が自分の力で発動できるという一点のみを気に入っており、なぜかサーバは残り続けているのでユーザ間で大会を開きなんとか最低限の体裁を保っているのがこのゲームだ。


 過疎るのも納得というか、よくサービスが継続してるなと今でも思う。

 俺を含めて毎月200円の定額料金を払い続けている物好きが多いのだろうか。


「さてと、俺もログアウトするか」


 来週には新居に移るため、荷物整理もしなければならない。

 高校もすでに自由登校で、卒業式とその準備を除けば行く必要がないのだ。

 バイトとゲーム三昧で仲のいい友人も特にいなかったし、これに関しては気楽なものである。

 リアルの事情を億劫に思いながら、俺もこの世界からログアウトした。


 ──夢のゲームは、まだ見つからない。



新着メッセージが1件あります

<クロウ>の設定した通知条件に該当したゲームを表示します。


<Eternal Chain>

ダウンロード開始可能時刻:2035年2月9日 12:00

サービス開始予定時刻  :2035年2月15日 12:00


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[良い点] 面白そうなスタートだと思う。これは期待大
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